自転車とわたしとアオハル
自転車で二人乗りをするのが夢。
大好きな人と。
小説「ボク限定アオハル」
自転車の二人乗りに憧れていた。好きな人が漕いでくれて、私は後ろに座る。できれば制服で。軽くつかまっていたら『もっとちゃんとつかまって』なんて言われたりして。それで思い切りぎゅって後ろから抱き着くんだ。そうしたら、彼は笑うの。そんな自転車の二人乗りに、青春に、私は憧れている。
「あれ、野崎さんどうしたの?」
「尾形くん」
すごくどきっとした。教室に一人で残って、日直だったから一日のことを頑張って思い出して日誌を書いていたところだった。
私は、尾形くんに憧れていた。憧れというか、多分好きなんだと思う。いつの間にか目線の先には尾形くんがいて、声を掛けてみたくてうずうずして、でも、声なんてかけられなくて。
だから、驚いた。話したこともない私の名前、ちゃんと憶えていてくれているんだって。
「日誌、書くの忘れてて。今一気に書いてるの」
「そういえば、今日日直だったな」
「尾形くんは?忘れ物?」
「そうそう。まぁ、なくても困らなかったけど、なんか気になって」
そっか、それなら忘れ物してくれたことにすごく感謝だよ。こんな風に尾形くんと話せるのなんて、多分最初で最後だ。
「そしたら、野崎さんとも話せたし。いやじゃなかったら、LINE教えてくれない?」
びっくりな展開に、目を丸くしていしまった。え、だって、あの尾形くんが?私の連絡先を?
「いやだったらいいから」
「や、じゃないです」
「なんで敬語なの」
そうけらけら笑われて、スマホを出した。
「野崎さんのスマホケース可愛いよな」
「あ、ありがとう」
無事、LINEの交換が終わると、尾形くんは手を振って『また明日な!』と言って教室から出ていった。
私のスマホに、尾形くんの連絡先がある。女の子ばかりのアイコンの並びに、ひょこっと現れた、尾形くんの後姿。尾形くんはバレー部で、その写真みたい。
「いいなぁ」
思わず、ぽつりと呟いていた。
それと同時に、あ、日誌書かなきゃ!と焦る。四限は数学だった。さっぱりわからなくてついていけそうにない。そんなことを思いながら、さっきまで尾形くんと話せたことに興奮していて、スマホを見るとにやけてしまう。
憧れなんかじゃない。確実に、これは恋だ。
そう、自覚してしまった。
次の日は、前日ことで胸が高鳴りすぎたせいで、あまり眠れなかった。席について英語の単語帳を開いたら、あくびが出てしまって。手で口を隠す。
「野崎さん、睡眠不足?」
「あ、尾形くん!おはよう」
「おはよ」
私の前の席の喜多川くんと仲のいい尾形くんが喜多川くんの席に後ろ向きに座って、私を見ている。かなり高い身長に、大人っぽくて染めたりしない黒髪。尾形くんが一部の女子から人気があるのは私も知っている。そう、かっこいいんだと思う。改めて、思う。
「そうだ、英単語の小テストあったよな。俺も一緒に見せて」
尾形くんは勉強が得意だ。学年でもいつもトップにいる。モテないはずがないんだ。文武両道で、かっこいい。
私は、昨日はかなり浮かれていた。でも、今はちゃんと思う。身の程をわきまえなければと。ちゃんと、夢を見るのはやめなければと。
少しの間、一緒に英単語の小テストの勉強を一緒にしていたら、喜多川くんが席に来た。
「おい、尾形。そこは俺の席」
「ごめん。野崎さんと勉強してた」
「は? 野崎さん、大丈夫? こいつになんかされてない?」
喜多川くんはさっぱりとしている子だ。一学年年下に、猫っぽい可愛い彼女がいることで有名だ。私もその彼女を見たことがあるけれど、確かに可愛いと思った。こういう子が、高校生活の青春を謳歌するんだろうなって。
「してません。俺、野崎さんと仲良くなりたくて」
「は?」
喜多川くんがそういうと同時に予鈴が鳴り、先生が教室に入ってきて、尾形くんは席に戻っていった。英語の小テストの紙を配られても、頭から離れなくて困る。『野崎さんと仲良くなりたい』と、尾形くんは確かに言った。からかわれているのかな。ただの、暇つぶしにからかっているだけなのかな。でも、尾形くんはそんな子じゃないと思いたいし。そんなことが頭の中をぐるぐるして、英語の小テストの結果は散々なものだった。私の心をかき乱した尾形くんは、満点を取ったらしい。
「花音、最近尾形くんよく声かけてくるよね」
一番仲のいい、結愛がお昼を一緒に食べているときにそう言った。やっぱり、周りもそれを感じているんだなと。
「……からかわれてるのかなぁ」
「まぁ、その可能性もあるよね」
結愛は本音を言ってくれている。私が尾形くんに憧れている話は、前からしていた。でも、尾形くんに浮いた噂話はないけれど、よく一緒にいるのが喜多川くんだったり、モテることだったりを考えたら、ただからかわれているだけの可能性が圧倒的に高いと思うんだ。私だけじゃなくて、結愛もそう思っているんだと思う。
「普通に、友達になれたら嬉しい」
「友達ねぇ」
「尾形くんみたいな人に私が釣り合うわけないことはちゃんと知ってる」
尾形くんは、太陽みたいな人だ。私にとって。いてくれるだけで、その場が明るくなる、温かい気持ちにさせてくる。勉強ができようが、バレーが上手かろうが、見た目がかっこよかろうが、それだけじゃない人なんだと思う。
元カノがいた、とかいう話は聞かない。高校二年生の春。確かにもう元カノがいました、とかそんな話が合っても全然おかしくない。
「私からしたら、花音はちゃんと可愛いよ」
「それをめちゃくちゃ可愛い結愛に言われると苦しい……」
結愛もかわいい子なのだ。髪を巻くのが上手で、薄いメイクで学校に通っている。そして他校に彼氏がいる。写真を見る限り、その彼氏はちょっとチャラいのだけれど、普段のやり取りから結愛のことをとても大切に思っているのはわかっているので、これからもどうぞ仲良くねと思っている。
「花音は自信を持つことが大事!」
「はは、ありがと」
ありがたいなと思うのが、私のクラスではスクールカーストがあまりないこと。もちろん、あることにはあるけれど、それでいじめに発展したり、仲間外れにしたりなんてことはない。私はいわゆる真ん中くらいにいる。結愛と二人で。きゃぴきゃぴしている子たちとも普通に話せるし、ありがたい環境だなと思う。
「野崎さんってさ、写真部なんだよね」
放課後、喜多川くんに挨拶に来たのと同時に、尾形くんに話しかけられる。
「そうだよ」
「え、じゃあ、俺のLINEのアイコン撮ってくれない?」
わくわく!とでもいうかのような顔で、尾形くんが私にそういう。そっか、なんだ、それが目的だったか。ひどく安堵したと同時に、少しだけ寂しさが芽生えた。
きっと、私と尾形くんを見ていた周りも思ったことだろう。
勘違いしてんじゃねーよ、って。
「いいよ、どんな写真がいいの?」
「バレーしてるところかな」
「……私、さすがに体育館には行けないかも」
「じゃあ、今日LINEするから。また相談させて」
「あ、うん」
そう言うと、『じゃあなー!』って嬉しそうに尾形くんは喜多川くんと一緒に教室を出ていった。
今のアイコンもいい写真だけどな。私にそんなにもいい写真撮れるかなぁ。安請け合いしちゃったかな。そう、頭の中をぐるぐるさせていた。
尾形くんはちゃんとその日にLINEをくれた。金曜日だったから、ベッドの上でごろごろしながら、大好きな音楽をかけながらスマホを見ていた。
『明日空いてる?』
「空いてるよ」
『高校の近くの公園わかる?あそこで撮ってほしい』
「いいけど、ユニフォームで撮ってほしいとかじゃないの?」
『今はいいの。じゃあ、ありがとな、お礼も絶対するから!』
そんな短いやり取りをして、時間を決めて、おやすみって言い合って終わる。明日か、カメラちゃんと充電しなきゃ。そして、明日、晴れますように。あ、せっかくだから今日はパックしよう。いつものよりいいやつ。ただ、写真を撮ってほしいだけなのはわかっている。でも、そんな尾形くんの目に映る私が、少しでも可愛くあれたら嬉しいなと思う。
次の日は、快晴だった。目覚ましの十五分前に目が覚めて、顔を洗って準備をする。服は昨日もさんざん悩んだ。女の子!っていう格好、なんだかしていきたくないなと思って、お気に入りのトップスにデニムを履いてカメラバッグを持って出かけることにした。親には『いつも通り撮影してくる』とだけ言って。お母さんはちょっと気づいているかもしれない。いつもより、少しだけオシャレしていることや、少しだけメイクしてること。そして、こころが浮き立っている様子。伝わるなっていうのが無理な話だろう。
公園に来ると、喜多川くんもいた。二人きりのほうが気まずいだろうから、助かるかも。そう思いつつ、ちょっと残念な気もして。だって、これは一生に一度の出来事だろうから。好きな人と、同じ時間を共にできるなんて、青春っぽいじゃないって。
「野崎さん、ありがとな。今日はスパイクしたりレシーブしたりしてるとこ適当に撮ってほしいなって」
「尾形くん、喜多川くん、よろしくお願いします」
「おい、尾形。俺にも野崎さんにもちゃんとお礼しろよ?」
「はいはーい」
そんな尾形くんと喜多川くんの様子は微笑ましかった。
「好きなようにやってもらえると。私も好きなように動いて撮るので」
「了解です」
「野崎さん、ついでに俺も撮ってね」
「もちろんです!」
撮影を始めた。二人ともすごくかっこよくて、躍動感があって。カメラの設定をいじって、いろいろ撮ってみた。暗くてかっこよさげな写真から、明るくてよく見える写真、シャッタースピードをいじったりもした。モノクロもいいかも?と思って、撮ってみたり。ブロックが成功した時に嬉しそうな顔。レシーブでボールを必死に追う顔。そこそこ長いはずの時間が、あっという間に過ぎていった。
「楽しかったー!」
「俺も楽しかった!」
「なんか、部外者なはずの俺も結構楽しかった」
二人に飲み物を渡すと、『ありがとー!』って受け取ってくれて、マネージャーってこう気持ちなのかな、それはそれで楽しそうだなぁなんて思ったりした。
「野崎さん、撮った写真見せて」
「うまく撮れてないのもいっぱいあるけどいい?」
「全然大丈夫」
「俺も見せて」
そう言って尾形くんと喜多川くんは私のカメラを見始めた。二人でああだこうだ言ったり笑ったり、『これいいじゃん』とか『俺白目じゃん』って笑ったり。
そんな様子を見て、私は私のカメラの可能性を、少しだけ認められた気がして嬉しくなっていた。
ありがとう。やっぱり、尾形くんは私の太陽みたいな人だな。
「野崎さん、これ、俺らにデータ送ってくれる?」
「もちろん」
「あ!最後に一枚!」
「え?」
「野崎さんが写ってない!」
そう言うと、尾形くんが喜多川くんに『撮って』と言い出す。
「野崎さん、ちょっとカメラ喜多川に預けていい?どこ押せば写真撮れる?」
「いいよ、私は」
「いや、せっかくだし」
丸め込まれてカメラを渡して、撮ってもらうことに。
「尾形いい感じ。野崎さんは笑って!」
こんな緊張する場面で笑えないよ。そう思いながら、一生懸命笑顔を作った。
撮影会の日から少しして、尾形くんのアイコンが変わった。私の撮った写真だった。ブロックが決まった後に、ガッツポーズをする写真。私もいい写真だと思ったから、これを尾形くんが選んでくれたんだともうと更に嬉しくなった。
撮影会の後も、尾形くんは話しかけてくれた。昨日の部活の話、喜多川くんの話、勉強の話とか。尾形くんって、とてもまじめな人なんだなと、よくわかった。好きだったのが、もっと好感度が上がった。
「花音、尾形くんといい感じじゃん」
「そういうのではない、と思う」
「そうかなぁ。尾形くん、花音と話してるとき楽しそうだよ」
お昼を結愛と食べながら話す。今日も自分で作った卵焼きは美味しいなぁと自画自賛しながら。屋上には入れないから、その前の階段で二人で食べることが多い。
「あ、野崎さん、山内さん」
お昼を食べ終えたころに、尾形くんが現れた。
「こんなところで食べてたんだ」
「うん、割といつも」
結愛がにまーっとした顔をして尾形くんを見ている。
「山内さん、ちょっとだけ外してくれる?」
「いいよ。じゃあね、花音」
心の中では待って、結愛って叫びそうだった。二人きりになるのは、日直の時の教室以来だ。緊張してしまう。
「改めて、アイコンの写真ありがとうございました。他の写真ももちろんすごい嬉しかった」
「よかった。私あんまりうまくないから」
「上手いよ、充分」
そう言う尾形くんの目が真剣だったから、言葉に詰まってしまった。
「それで、なんですけど」
「うん」
「……お友達から、始めていただけませんか」
「へ」
すごく、間抜けな声が出た。でも、尾形くんは一生懸命な顔をしている。これは、からかわれているわけではない、はず。
「いきなり付き合ってくださいは、野崎さん困るかなって。だから、恋人になること前提の、お友達から始めてもらいたい、です」
「あの」
「うん」
「私で、いいの?」
「野崎さんがいいんだよ」
「よろしく、お願いします」
そして、尾形くんと私はお付き合いをスタートさせた。
付き合い始めたといっても、尾形くんは特に変わりなかった。いつも通り話しかけてくれるし、構ってくれる。でも、LINEのやり取りは増えた。たまに、バレー部の練習をこっそり見に行ったりもした。
そんなある日、尾形くんが突然『一緒に帰ろう』と言い出した。
「私歩きだけど」
「俺自転車」
「多分方向違うよ」
「いいよ、俺が送ってく。花音はいや?」
「いや、じゃない。むしろ嬉しいです」
いつの間にか尾形くんは私を名前で呼ぶようになり、私も前より少しだけど素直になれるようになった。
校門で待ち合わせることを約束して、尾形くんを待つ。季節はいつの間にか夏になっていた。制服も半袖になり、蝉も鳴きはじめ、暑いなぁが口癖となっている。
「野崎さん、尾形もう少しで来るから」
そう言ってくれたのは喜多川くんだ。例の可愛い猫っぽい彼女と一緒だった。
「ありがとう」
そして、少しして、尾形くんが私の前に現れた。
「花音、お待たせ。ごめんな、遅くなって」
「ううん。私こそ送ってもらうのごめん」
「俺がやりたくてするんだから気にすんなって」
そして、少しの沈黙が流れた。なんだか、尾形くんが何かを言いたがっている。気がする。
「尾形くん、何かある?」
「俺さ、夢があるんだよね」
突然そんな話をされるから、身構えてしまう。
「あ、たいしたことない夢だから。かわいいもんだよ」
「……なあに?」
「俺さ、好きな子と自転車二人乗りするの、夢だったんだよね」
そう言われて、衝撃が走った。私の、小さいころからの夢と、同じだ。
大好きな彼にぎゅってつかまって、二人で笑って自転車に乗る。もしかして、その夢、叶っちゃう?
「だから、俺の夢にちょっと付き合ってくれませんか」
「ねぇ、尾形くん」
「ん?」
「私も同じこと夢見てたの」
そう言って、目を合わせて笑いあう。
自転車の後ろに乗せてもらって、尾形くんの制服をきゅってつかむと『もっとちゃんとつかまって』って言われて、ぎゅっとする。
ねぇ、あの頃の私。夢が叶ったよ。
ゆっくりゆっくり下っていく坂道。丁寧にペダルを漕ぐ尾形くん。
ずっと、このままの幸せが続けと。
願わずに、いられない。
この瞬間はほんの一瞬だけれど、
記憶にはきっと一生残る、
大切な大切な、わたしのアオハルとなった。




