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プロローグ

 草木も眠る真夜中。街灯と月の明かりが、町の中を照らす。


 ここいらは夜になれば人はもちろん、車の数もまばらになり、辺りは静まりかえっている。

 あたしはそんな夜の町を一人、コツコツと足音を響かせながら歩いていた。


 背中まで下ろしたウェーブのかかった黒髪に、女にしてはまあまあ高い身長。黒のレディーススーツを着て、手にはビジネス用のバックを抱えながら、黙って歩く。


 これから帰宅? 夜道に女の一人歩きは危険じゃないのかって?

 バカ言っちゃいけない。あたしはこれからが仕事なのだ。


 こんな夜遅くに出張らなきゃいけないなんて面倒だけど、まあ仕方がないね。これはあたしのような、ちょっと変わった人にしかできない仕事なのだから。


 しばらく歩いていると、やがて踏み切りに差し掛かる。すると不意に、カンカンと言う機械音が辺りに響いた。


 音に合わせて二つの赤いランプが、交互に点滅している。

 終電の時間はとっくに過ぎているから、走っているのは回送列車。静かだった夜の町に踏切の音と、ガタンゴトンと言う列車の走行音がこだまする。


 列車が踏み切りを通過する際、一瞬、運転手の姿が見えて、心の中で「ご苦労様」と呟いた。

 夜遅いのに、お互い仕事熱心だねえ。


 やがて列車は走り去って辺りは静けさを取り戻し、通せんぼしていた遮断機が上がっていく。


 だけどどうだろう。さっきまでは誰もいなかったはずの踏み切りの先に、小学生低学年くらいの男の子が、屈んでいるのが見えた。


 こんな年端もいかない子供が夜中に一人で外にいるなんて、どう考えても普通じゃない。となると。


 ——あの子で間違いないね。


 あたしは踏み切りを渡って、男の子に声をかけた。


「君、こんなところでどうしたの?」


 男の子はあたしの存在に気づいていなかったみたいで、ハッとしたように顔を上げる。


「おばさん、誰……ひいっ!?」

「おやおやー、間違えちゃいけないよー。おばさんじゃなくて、お・ね・え・さ・ん! ほら、言ってごらん!」

「お、おねえさん、誰?」


 うむ、良くできました。

 ガタガタ震えちゃってるけど、間違いは正しておかないとね。

 って、こんなことしてる場合じゃなかった。本題本題っと。


「君、涼太君だよね。実はお姉さんは君のママに頼まれて、涼太君を迎えに来たんだ」

「ママに? でも僕、家に帰れないよ」

「どうして?」

「ママから誕生日プレゼントにもらったボールを、失くしちゃったから。大事に使うって約束したのに、きっと怒られるよ」


 涼太君は泣きそうな顔で再びうつ向いたけど、あたしはその頭をそっと撫でた。


「そんなことないよ。ママは絶対に怒らないから。涼太君がいつまでも帰れずにいるから、心配しているんだよ」

「本当?」

「そうだよ。だからもう、お家に帰ろう」

「……わかった。それなら、帰る」


 言う事を聞いて、立ち上がってくれる。

 うんうん、素直な子は嫌いじゃないよ。


 だけど涼太君は、すぐにある事に気が付いた。


「あ、あれ? どうして? 足が動かない」


 帰ると言ったのにその場から動こうとせずに、泣きそうな声を出す。


 ふざけて言っているわけじゃないのは、様子を見ればわかった。

 涼太君は歩こうとしているのに、まるで接着剤でくっつけたみたいに、足が地面から離れないのだ。


 混乱した様子で足を動かそうと頑張っているけど、いくらやっても結果は一緒だった。


「どうして? このままじゃ僕、家に帰れないよ」


 自身の身に起きていることがわからずに、ボロボロと涙をこぼす。

 やっぱりこの子は自分がどうなったか、気づいていなかったんだね。


 改めて涼太君の顔を見ると、涙と一緒にもう一つ。赤い液体が、頬を伝っている。

 頬だけじゃない。着ている服にも同じように赤いシミが——血が広がっていて、見ていて痛々しい。

 そして何より可哀想なのが、自分がもう亡くなっているということに、気づいていないことだ。


 そう、この子は生きた人間じゃ無い。

 死んでいることに気づかずに、この場から動くこともできない、地縛霊。

 こうなってしまってはこの場所に縛られて、成仏することだってできない。

 だけど。


「安心して。お姉さんがすぐに、お家に返してあげるから」


 あたしは涼太君に向かって、手の平をかざす。そして。


「心に風、空に唄、響きたまえ——浄」


 かざしたあたしの手から、光が広がっていく。

 これは迷える霊をあるべき場所に還すための、浄化の光。あたしの術だ。


 この術で涼太君の魂を、解放してあげるんだ。


 涼太君は覚えていないみたいだけど、あたしはこの子に何が起きたのかを、彼のお母さんから聞いていた。


 数ヶ月前、この踏み切りで起こった死亡事故。

 亡くなったのは、近所に住む小学生の男の子。飛んで行ったボールを追いかけて遮断機を潜り、やって来た列車にはねられて、そのまま帰らぬ人となったのだ。


 その男の子が、涼太君。

 彼は自分が死んだことに気づいていなくて、魂がこの踏み切りに縛られてしまっていた。だけど。

 

 あたしはそんな涼太君を、助けに来たのだ。


「心に風、空に唄、響きたまえ——浄!」


 もう一度呪文を唱えると、手から放たれる光はさらに大きくなる。そしてそれに合わせて、光に包まれた涼太君の体は、徐々に霧が晴れるみたいに薄れていく。


 けど、何も怖がることはない。魂が本来あるべき場所に、行くだけなんだから。


 涼太君は最初こそ混乱しているみたいだったけど、やがて何が起きているかを理解したみたいに、ニッコリと笑う。


「……ありがとう、おばさん」


 感謝の言葉を残して、涼太君は消えた。成仏したのだ。

 やがてあたしが放っていた光も収まり、辺りは元の静かで寂しい夜の町へと、姿を戻した。


「……まったく。おばさんじゃなくて、お姉さんだって言ったのに。あたしはまだ、二十代だっての」


 涼太君が消えた辺りを見ながら、苦笑いを浮かべる。

 本当なら正座させて説教でもしてやりたいけど、等の本人が消えてしまっているのだから、どうすることもできないね。

 それにしても、子供の霊を成仏させる時は、いつも心が痛むよ。


 あたしはあの子に、一つだけ嘘をついていた。

 涼太君が行ったのは、家ではなくあの世。できることならママのいるお家に帰してあげたかったけど、それはできないのだ。

 人は死んだらこの世に留まらずに、あの世に行かなければならない。そしてそのお手伝をするのがあたしの、祓い屋の仕事なのだ。


「少年、お盆にはちゃんと?お家に帰ってやるんだよ」


 すでにここにはいない涼太君に向けて言いながら、夜空を仰ぐ。


 さあ、仕事も終わったことだし、あたしもさっさと帰ろっと。

 踏み切りに背を向けて、来た時と同じように、夜の町を歩いて行く。




 あたしの名前は、火村ひむら悟里さとり。ピチピチの25歳で、職業は祓い屋。

 迷える霊や人に仇なす妖を祓う、少し変わったOLだ。


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