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夏の日の歌  作者: 井中エルカ
舞踏会
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第7話 次の事故

 しばらくして我に返ったアナイスは自分の手の中にある扇を見つめた。それから音楽の聞こえてくる大広間を見た。

 自分は第二広間に取り残された。ジュリーとセドリックは行ってしまった。

 彼らを追いかけて私も大広間に行く? いいえ、とてもそんな気になれない。 それに、いまさら何を?


 アナイスは不確かな足取りで応接間の方へと向かった。周りの様子が全く目に入らないくらいだった。

 応接間はがらんとしていた。ごくわずかな客人がソファに座って談笑していた。その脇を給仕たちがせわしなく通り過ぎていった。彼らはダンスの合間に出される軽食の準備ため、テーブルの上を整えていた。



 アナイスは部屋の中ほどに、周囲に人のいないソファを選んで座った。それから今の自分の状況を、何が起こったのかを考えようとした。


 ジュリーが落とした扇をセドリックが拾って、今、二人はワルツを踊っている。セドリックはジュリーを見つめていた。ジュリーは明らかに困惑していた。



 ほんの偶然の出来事だったのだ。誰が悪いわけでもない。


 それにしてもやり切れない気持ちだった。よりによってジュリーと。

 セドリックの方も偶然の相手を、そうと信じ込んで、……。


 アナイスは再び自分の手にした扇を見つめ、強く握りしめた。誰かの責めにできれば少しは落ち着くのに、それもできなかった。考え込んだところで気持ちは休まらなかった。

 それでも、考えるにつけ、ますますやり場のない腹立たしさがこみあげてきた。クッションにもたれたり離れたり、ソファから立ち上がりかけてまた座ったり、顔をおおってため息をついてみたりした。

 

 ついにアナイスはいらいらしながら勢いよく立ち上がった。


 それも偶発的な出来事だった。


 アナイスのすぐ近くを通りかかった給仕が何かに足を取られた。アナイスはフルーツパンチのボールを運んできた給仕と勢いよくぶつかった。

 ぶつかったはずみでアナイスの扇は手を離れ宙を飛んだ。給仕は運んでいた盆を取り落とし、フルーツパンチの中身はアナイスのドレスに、器は床に大きな音をたてて転がった。アナイスはパンチ酒にまみれて立った。一瞬何が起こったのか分からなかった。

「私、びしょ濡れだ……」

 手袋をしたままの手で顔をぬぐうと、手袋が葡萄色に染まった。パンチ酒の色だった。


「申し訳ございません!」

 給仕は叫び、すぐに給仕頭が駆け付けた。やや遅れて山荘の執事が現れた。

「お怪我はございませんか。すぐにお召し変えを。お部屋に湯を運ばせましょう」

 部屋付きの小間使いが呼びにやられた。


 給仕頭と執事は給仕が転んだ辺りを確認した。床板の部分が大きくへこんで段差になっているのを見つけた。山荘全体の修繕は終わったばかりだが、何か手違いがあったのかもしれなかった。

 執事の合図で使用人たちがソファを持ち上げ、床の段差の上に置いて隠した。付近の後片付けは続いていたが、ダンスの中休みまでには間に合って終わるだろうと思われた。


 アナイスは、やって来た小間使いに促されて応接間の外へと向かった。向かった出口付近で、見覚えある青年が、壁によりかかって立っているのを見た。エヴァンだった。自分の惨状をまた彼に見られたのかと思うと、アナイスはとても嫌な気分になった。

 エヴァンの方でも、アナイスが自分を見て顔をそむけたことに気づいた。彼女を気の毒にとは思ったが、特別な感情はわいてこなかった。出ていく彼女を無言で見送った。



 エヴァンは持っていたワイングラスを給仕に預けると歩き出した。エヴァンとしては、セドリックに付き合う気持ちはあるが、そもそも社交の場が好きではなかった。ダンスが終盤に近付き、人々が引き上げてくる前に自分はバルコニーに移動するつもりだった。


 足をけり出したところで、足先に何かが触れた。給仕とぶつかったときにアナイスが放りだした扇だった。床に落ちてを転がったときの衝撃で、骨組みの留め具が壊れてしまっている。

 顔を上げたエヴァンと執事との目が合った。歩いて室内の確認を続けていた執事もまた、床の上の扇を発見していた。


 執事はエヴァンの行動を待った。それに気づいてエヴァンは扇を拾い、執事を手招きした。呼ばれて執事はエヴァンの近くまでやって来た。

「エヴァン様、何かお手伝いすることがございますか」

「うん。これを。さっきの不運なお嬢さんの扇だ」

 エヴァンは扇を手渡した。

「直るかな?」

「職人に見せましょう」

「頼む」

「ひとつ確認ですが」と執事は言った。「直りましたなら、どなたにお戻ししましょうか」

 エヴァンは執事の質問の真意をはかりかねた。

 執事は言葉を補った。

「エヴァン様にお返して、エヴァン様の方からお嬢様にお渡しになりますか。それとも私共の方からお嬢様にお返しするのがよろしいでしょうか」

 エヴァンは笑った。執事は余計な気を回したようだった。

「直接彼女の方に。僕は彼女とは何の関係もないよ。ただ、落ちていたから拾っただけだ」

「かしこまりました」


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