第5話 山荘の余暇
アナイスは当初、今回の旅行にあまり気乗りがしなかった。ラグランジュ伯爵夫人の山荘に自分も誘われているとは、耳を疑った。
「ラグランジュ伯爵夫人って、あのラグランジュ伯爵夫人?」
「そう、あのラグランジュ伯爵夫人」
ラグランジュ伯爵夫人は前の王家の末裔にあたり、現国王一家、とくに王妹と親しい。はっきりとした物言いを好む性格で、若い学者や芸術家たちの後ろ盾としても知られていた。
ジュリーの家はだいぶ格の高い家だとは知っていた。しかし、そんな高貴な知り合いがいるなんて、思ってもみなかった。
ジュリーはラグランジュ夫人からの招待状を見ながら言った。
「『年の近いお嬢さんがお友達でしたら、その方も是非誘ってご一緒にお越し下さい。』て招待状に書いてあるの。ね、アナイス、だから私と一緒に行きましょう」
アナイスは渋ったがジュリーはあきらめなかった。根気よく誘われて、ついに一緒に出掛けることになった。
ジュリーにとっても、伯爵夫人からの招待は絶対で、受ける以外に選択肢はないのだった。アナイスも、親友に熱心に頼まれては、無下に断ることができなかった。ちょうど学校は夏休みだった。
アナイスとジュリーの二人は寄宿学校で出会い、親友になった。
性格は、ジュリーは穏やかな性質で善良を絵に描いたよう。アナイスは用心深くてしっかり者だと周囲からみられていた。二人が一緒にいることは本人たちにも周囲にとっても安心材料で、山荘へは十八歳の女二人だけでの旅行となった。
途中までは汽車に乗り、その先の道はラグランジュ伯爵夫人の家紋付きの馬車が迎えに来てくれて、乗った。
はしゃぎながらの楽しい道程。
しかし目的地に到着してあまりに立派な『山荘』を見上げた時、だいぶ場違いだったかしらと心配になった。しかし山荘に滞在する同年代の女性たちと打ち解けて過ごすうちに、そこでの日々がすっかり楽しくなった。
茶会、夜会、音楽会、馬車を連ねての散策、あるいは乗馬で遠出。近隣からの訪問者もひっきりなしで、行き交う馬車に人々のささやきあいで山荘はいつでもにぎやかだった。
それにしても、ジュリーの気立てのよさというものは、際立っていた。
彼女は使用人たちとすれ違う時、いつも微笑んで「ありがとうございます。おかげさまで心地よく過ごすことができます」と言っていた。繰り返し言っていた。
何度も全面的な感謝を示されるとたまらない。誰であってもジュリーに魅了されてしまった。使用人たちはジュリーの味方になった。一緒にいるアナイスまで、他の滞在客に比べてちょっと得をしているのが分かった。
滞在中、ジュリーとアナイスは、二人で山荘の建物の内外を歩き回った。修繕したとはいえ古い建物には謎めいた場所がたくさん残されていた。二階の端にある旧い大広間とそれに続く小部屋もその一つだった。
その小部屋は外から見つかりにくく、二人で秘密のおしゃべりをするのによい場所だった。アナイスの手紙を置き忘れたあの日までは、誰にも秘密の場所だったのだ。
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「夏の日を讃える歌」歌詞
美しい日々よ 忙しく駆け抜ける
夏の終わりにこそ 光は輝く
やがて来る季節のため
秋の訪れに 夏の終わるを知る
夏の日々を讃えて 悦びを歌う
尽きぬ涙は 想うあなたのため
優しい思い出よ わが胸に色濃く
夏の終わりにこそ 強く光放つ
最も美しい 去り行く夏の日々