第34話 露呈
廊下につながる扉を開けると再び喧騒が戻って来た。遊戯室を出たところでセドリックとジュリーは別れた。軽やかな足取りで去って行くジュリーを見送っていると、女性の声がセドリックに呼びかけた。
「先ほどは大変失礼を」
ルイーズだった。
目礼のみで立ち去ろうとするセドリックの行く手に立ちふさがり、ルイーズはにっこりと微笑んだ。
「お怒りにならないで。あなたがジュリーのことを大事に思っていらっしゃるのはよくわかります。でも、私が忠告申し上げたいのは、ジュリーに対して。そのお友達のことについてでしたのよ……」
ルイーズは扇を口元にあてて意味ありげに笑みを浮かべた。セドリックはルイーズの話を聞く気になった。
***
セドリックと分かれたジュリーの足は迷わずアナイスの所に向かった。アナイスはやっと人々とのお世辞の応酬から解放されて一人になったところだった。
アナイスはジュリーを見て喜んだ。
「もう大丈夫なの? セドリックは? 一緒じゃなかったの?」
「彼には後でお返事を。でもそれよりも先にあなたに話したいことがあって」
ジュリーは幸せそうにアナイスを見つめた。二人は歩き続け、人気のない廊下の壁際に寄った。
「アナイス、素敵だったわ。今日あなたが歌うのを見て、私、やっと気付いたの。何で昨日のうちに分からなかったのかしら、本当に私って鈍感ね」
「ジュリー、あなたはよく気のつく人よ、一体どうしたの?」
アナイスにはジュリーの言おうとしていることが、全く想像つかなかった。
「『夏の日を讃える歌』をあなたが歌って、エヴァンがピアノを弾いて、本当に素敵だったの、見ている私まで幸せになって。あなたとエヴァンは、いつの間にか、心を通わせる仲になっていたのね」
アナイスは硬直して立ち尽くした。
「私だけが知らなかったのかしら……あなたもエヴァンも昨日同じピアノを見て、そのピアノに『音程が直ったんだ』って、同じことを言ったでしょう。エヴァンの他には誰も蓋の開け方が分からなかったピアノで。あなたも以前に、エヴァンと一緒にそのピアノの音を聞いたことがあったのね」
「ちょ、ちょっと待って……」
アナイスは青ざめた。ジュリーの言うことには覚えがあった。昨日、旧い大広間で公爵令嬢がピアノを弾いていた時のことだ。確かに自分はそう言った。
気が付かなかったけれど、ジュリーもその場にいたのだ。他には誰がいただろうか。ジュリーの他には、誰も自分の失言に気づかなかっただろうか?
アナイスは後悔した。エヴァンの伴奏で歌ったことを深く悔いた。
彼は契約があって伴奏は弾けないし、今は弾きたい気分ではないと言っていた。その彼に無理やりピアノを弾かせたようで心苦しかった。彼を公にさらし者にしてしまったようで、自分がそれに手を貸したことが、ひどく申し訳ないと思った。
「何か違ったかしら?」
ジュリーは笑顔だった。アナイスのことを心から喜んでいるようだった。アナイスはいたたまれない気持ちになった。胸が苦しかった。
「……お願い、誰にも言わないで……」
泣きそうになった。どうしていいか分からず、アナイスはジュリーの前から走り去った。
***
人々がごった返す中、エヴァンはアナイスの姿をずっと目で追っていた。音楽会のあの状況下でひるまずに歌ったアナイスを賛美し、彼女を抱きしめて祝福したい気持ちだった。
間もなくジュリーがやって来て二人で仲良く話している姿が見えた。が、突然にアナイスがジュリーを残して走って行ってしまった。気になってアナイスを追いかけようかと思ったが、
「エヴァン」
彼を呼び留める二人組の姿があった。
一人は宮廷音楽家のドゥラエだった。先ほどの音楽会で、彼とアナイスが共演していた「夏の日を讃える歌」の作曲者でもある。
もう一人は、
「エスカール伯爵……」
エヴァンはつぶやいて天を仰いだ。大使としてフォーグル国で任務についているはずの、彼の雇い主がそこにいた。




