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夏の日の歌  作者: 井中エルカ
新たな客

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23/41

第23話 先触れ

 今日は歌の練習場所を間違えた。

 音楽室と聞いていたのに、アナイスとジュリーが行ってみると誰もいない。さらに今まで音楽室にあった二台のピアノがなくなっていた。

 他にピアノのある部屋を探していると、遊戯室でセドリックが、

「歌の練習なら大広間のようですよ」

と教えてくれた。彼はまた、

「終わったら遊戯室にいらっしゃい」

と誘うことも忘れなかった。


 大広間に行くと、そこには音楽室から消えた二台のピアノがあり、歌の先生と女性たちが集まっていた。明後日の音楽夜会に向けて、会場となる場所にピアノが移されたのだ。アナイスたちには、その連絡が行き届かなかったらしい。

「場所が変わったこと、ルイーズに聞かなかったの? 彼女が連絡してくれるって言ったのに」

 誰かがアナイスに言った。

 先日の散策で毬投げをして以来、ルイーズと話した覚えはない。

 彼女とは何となく疎遠になっていて、どちらかというと避けられている気がした。毬投げの時に、毬を受けにくいところに投げたのを、まだ悪く思っているのかもしれなかった。

 ルイーズはピアノを挟んだ向こう側で歌っていた。


 遅れてやって来たジュリーをみて、モーラン先生は、

「音楽会はもうすぐなんですがね」と言った。それでもあきれ顔をして練習をつけてくれた。   

 アナイスも一緒に歌いながら大広間を見回した。並んだ椅子の数は二百ほど。音楽夜会はまた、ずいぶん大がかりに催されるらしかった。



 歌の練習が終わって遊戯室に戻ると、待っていたようにセドリックが声をかけてきた。今度はエヴァンも一緒だった。

 ジュリーとアナイスは、彼らと四人でビリヤードをすることになった。


 セドリックは陽気でおしゃべりだった。彼の領地はブドウの名産地で、今年は天候に恵まれてよいワインができそうだとか、そういう話をした。

「でも間もなく、いったん領地に帰らないといけません」

「まあ、なぜ?」

「ブドウの収穫開始を宣言しないと。伝統的に領主の役割なんです」

「大事なお仕事ですものね」

ジュリーとセドリックはお互いの顔を見交わして微笑んだ。


 ブドウの収穫開始を宣言するのは、本来は領主夫人の役割だった。セドリックは一時的に代行しているだけで、早く領主夫人にその勤めを果たしてもらいたいものだと、彼の執事が気を揉んでいることは、もちろんセドリックも、エヴァンも知っていた。


「早く戻り過ぎても、嫌われるぞ。口うるさい主人がいなくて、みんな羽をのばしてるだろうから」

「帰る時には、忘れずに先触れを出すさ」

「独りで帰ってくると知ったなら、君の執事はがっかりするだろうな」

「……おい」

 セドリックはエヴァンの肩に手を置いたが、からかわれて怒っているのではなく、二人で戯れて笑っているのだった。ジュリーもその様子に、

「お二人はとても仲がよろしいのね」と言って笑った。

 アナイスにはあまり面白くなかった。その時アナイスの撞いた球が甘い位置に止まった。次はエヴァンの番だった。彼はそれを容赦なく穴に叩き落とした。



 不意に屋敷の中があわただしくなった。使用人たちが走って正面の大玄関の方へ集まって行く。口々にささやいている声が「予定より早くお着きだ」と聞こえた。

 何事かと、客人たちの間にも憶測が飛び交い始めたが、

「みな様、高貴のお方がお着きでございます。お出迎えのご準備を下さい」

山荘の執事が丁重に、しかし声を張り上げながら歩いて回って来た。よく通る声だった。


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