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夏の日の歌  作者: 井中エルカ
散策

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第21話 心の内

 ジュリーとアナイスが仲良く建物に入っていく後ろ姿を見送った後、なかなか立ち去ろうとしないセドリックを促して、彼ら二人も帰宅した。セドリックの夏の別邸だった。


 使用人たちが引き上げるのを見計らってセドリックは言った。

「エヴァン、俺は本気だよ」

「何が」

 その時エヴァンは居間で暖炉の火をかき回していた。わざと振り返らずにセドリックを促した。

 セドリックは組んでいた足をほどくと、少し前のめりに座り直した。

「ジュリーのことだよ。本当に好きになったんだ」

「そうか」

 思い切って打ち明けたのに、エヴァンの反応は短いものだった。

 セドリックは拍子抜けした。

「そうか、って……」

「聞いてるよ。話してくれ」

 エヴァンも暖炉の前に置かれた椅子に戻って腰かけた。夏でも夜は冷え込んだ。


 セドリックは陽気になったりふさぎ込んだりしながらジュリーのことを話した。その様子はすっかり恋に思い悩む若者だった。本気だと言う彼の言葉は真実だった。


「ジュリーは優しくて、素晴らしい人だよ。親切で、心優しい。でも、少しでも踏み込もうとすると、話をそらされてしまう。全くもって悪気がないのは分かるんだが……どうしたらいいんだろう。……でも彼女は、本当に誰にでも親切なんだ……」


 セドリックは「誰にでも」というところに力を込めて言った。それを聞いて思わずエヴァンから、言葉が口をついてでた。

「それはまるで、君自身のことを言っているようだ」

「何だって」

「君は、それこそ、誰にでも等しく親切だ。好意を示してくれた人がすべて恋人です、みたいな態度で。特定の相手に執心するなんて、めずらしい」

「それについては……」

 セドリックは生真面目に考え込んだ。

「俺の方にも何か変化があったのだと思う。準備ができて、相手を探して、そこに彼女が現れて、……偶然にそういう機会があっただけかもしれない」

「偶然か。それは大事だな」

「そう。せっかくの出会いだから、大事にしたい」

 セドリックは言いながらうなずいて、自分自身に納得しかけた。が、突然思いついたように友人に反論した。どこかすねたような口調だった。

「めずらしいというのなら、君だって、今まで俺の女友達については何も言わなかったくせに。ジュリーの時にだけ、横から口をはさんで来たじゃないか」

「そうだっけ」

「そうだよ」

「それは……」

 それは彼なりに気を遣ってのことだった。当事者のうちセドリックだけが知らない事の真相を、エヴァンが知っているからだった。しかし、当初の恋文が誰からだったのかなど、もはや問題になる段階ではないのだった。

「君の気持が固まったのなら、僕が何か言うことじゃない。あとは君の恋がうまくいくようにと、祈っているよ」

 エヴァンも自分の想いに賛成してくれたようで、セドリックはほっとして、宣言するように言った。

「ここを去るまでに、結婚を申し込もうと思う」

「うん、そうしたらいい」

「でも、ジュリーが何と言ってくれるかどうか……とても心配だ」

 セドリックは頭を抱えた。彼は本気で心配しているようだった。一方のエヴァンはそれほど悲観視してはいなかった。



 話すことも終わって二人はそれぞれの翼棟に引き上げた。


 セドリックの夏の別邸は中央部分と、その左右に対称に広がる翼棟があった。

 中央には食堂と居間、テラスのある広々とした応接室、上の階に客間、さらにその上階には使用人たちの部屋。

 左右の翼棟には、それぞれ応接室、寝室と続きの化粧室、書斎があり、独立して外との出入が可能で、各々の交遊活動を行うのに支障がない作りになっていた。


 二人の滞在中、正面に向かって左側の翼棟には別邸の主人としてセドリックが滞在する。

 エヴァンには、向かって右側の翼棟を使うようにとセドリックがすすめた。

「それは、お互いの恋路を邪魔しないようにと、暗に言っているのかな」

「まあ、そういうことだ」

 言いながら、二人ともそういう事態にはならないだろうと思っていた。

 固い道徳概念を持ったセドリックが、一時だけの恋人と夜を過ごすことがないのをエヴァンは知っていた。セドリックの方でも、エヴァンが今はそんな気分ではないことを知っていた。


 エヴァンが使う翼棟の応接室には、小型ピアノがあった。滞在中、不自由がないようにと、セドリックがわざわざ借りて、置いてくれたピアノだった。

「使っても使わなくても、君の好きにしたらいい」

とセドリックは言った。

「ありがとう」

 エヴァンは素直に友人の好意を受けた。

 ピアノは部屋を閉め切っても、外部へかすかに音がもれた。


 応接室に入ると、エヴァンはピアノの鍵盤の上に両手を置いた。

 音を出すにはもう遅い夜だった。頭の中だけで『夏の日を讃える歌』の旋律が鳴った。楽譜も、歌詞も、伴奏の指遣いも、身体が覚えていた。まだ自分にも弾ける、と思った。彼の考えでは、その曲は表現をし過ぎないことがかえって悲しさを際立たせる、美しい歌だった。


 セドリックが言った通りに、二人で遊んで過ごすのは、これが最後の夏になると思った。二人とも夏が終われば、その輝かしさを後から思い出すことだろう。夏の終わりに気づいた者だけが知る、その美しかった日々を。


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