第17話 嫌な質問
聞きにくいことだった。エヴァンは控えめに、でも単刀直入に訊いた。
「あなたは、例の手紙の返事を……セドリックからもらったのですか?」
「いいえ」
アナイスはむっとして答えた。それはアナイスにとっても、最も気にしていることだったが、他人から話題にされると腹が立った。
「渡してもいないのに、どうして手紙に返事があるんでしょう」
そこまで言ってからアナイスははっと気づいたようにエヴァンを見て、彼を睨みつけた。
「まさか、あなたがセドリックに……?」
「僕は何も、あなたのことは何も言っていません。誓ってありません」
エヴァンは慌てて否定した。
「ただ……」
「ただ?」
アナイスは詰め寄った。エヴァンは観念したように言った。
「セドリックはあなたの手紙を読んでいるんです」
アナイスは目を丸くしてエヴァンを見た。エヴァンは言いにくそうに続けた。
「僕がピアノを弾いていて、あなたに見つかったことがあったでしょう?」
「ええ」
「あの時僕は一人でしたが、その少し前まで、セドリックも一緒に、あの場所にいたんです」
「それで私の手紙を、二人で笑いものにしたのですね?」
「違います」
アナイスは感情的になって言ったが、エヴァンはそれを即座に否定した。思いのほか強い調子だったので、アナイスは驚いて、黙り込んだ。
「山荘の二階の窓から、僕たちに向かって手を振った覚えは?」
「あります」
手を振ったのはジュリーだが、彼女の名前は出さなかった。
「それで僕たちは二階に上がって、その場所に行った。そこで、彼宛ての手紙を見つけて、読んだんです。手紙を渡すためにその場所に誘われたのだと、僕たちがそう思ったとしても、責められないでしょう?」
「そうですね」
もっともな理屈だった。反論できない分、余計に腹立たしかった。
「セドリックは手紙を読んで、その恋文は誰が書いたのか分からなった。差出人の名がないと言っていた。それで彼は僕にも意見を求めた。なので僕が知っているのは、手紙の中の断片的な部分です」
それでも十分悪いわ。アナイスは心の中でつぶやいて、うつむいた。
「……不愉快な思いをさせたことは謝ります。でも彼はあなたからの手紙をずいぶん気に入った様子でした。舞踏会で、恋文をくれた相手に会うのを楽しみにしていたんです」
その言葉にアナイスは顔を上げた。エヴァンとアナイスの目が合った。
「でも……」
「でも……」
アナイスはエヴァンの言葉を繰り返して続きを待った。
「恋文に書かれた通りのことが起きたのは、あなたのお友達に対してだった。そして給仕の事故があってあなたは先に帰ってしまった」
「……」
その通りだった。アナイスは黙っていた。
「セドリックはすっかり舞い上がって、あなたのお友達が手紙をくれたものと思い込み、彼女に言い寄ったんです。彼にしてはめずらしく強引でした」
アナイスは耳をふさぎたい気分になった。
「……あなたのお友達の名誉のために言っておきますが、彼女はなんとか誤解を解こうとして、必死に防戦していました」
アナイスもジュリーの誠実さを疑っているわけではなかった。自分とジュリー以外の第三者から、そうと言ってもらえるのはうれしかった。
「でも……」
「でも……」
アナイスは再度エヴァンの言葉を繰り返して、それから大きく首を振って彼を遮った。
「もういいんです」
アナイスは大声を出した。
「もういいんです、今さら、どうにかなるわけでもないし……それ以上言わないで。忘れてください」
アナイスはしゃがみこんだ。顔を膝につけて覆った。
今日のセドリックとジュリーの様子を見ていれば、今後の二人の関係が想像できる。それで自分も途中で馬車を降りたのだ。アナイスはとても悲劇的な気分になった。




