第13話 晴れない気持ち
またその次の日、言われた通りにアナイスは新しいドレスとの仮合わせに行った。裁縫士のカロラが助手を連れてやって来た。
夜会用のドレスはほぼ形ができていた。色は元のアナイスのドレスと同じく水色だったが、もっと上等で、艶のある生地が使われていた。
ドレスを本人に着せて、針を打ったり印をつけたり、カロラは忙しく働いた。肩と背中の開きが大きかったのでアナイスはそのことを口にしたが、
「このくらいがちょうどいいのです」
とカロラは素っ気なく答えた。
昼過ぎになって、伯爵夫人と山荘の客人たちは揃って馬車で出かけた。近隣のグラモン侯爵の別荘を訪問するためだった。
アナイスとジュリーが出かけようとしたとき、山荘には馬車は一台も残っていなかった。アナイスがドレスの仮合わせをしている間に、全ての馬車が出発してしまったらしい。
ジュリーも、アナイスの用が済んでから一緒に出掛けるつもりで彼女を待っていた。それで結果として二人で一緒に山荘に取り残されることになった。
「まあ。馬車がないって、不便ね」
ジュリーはため息をつくと、実家に宛てて手紙を書くことにした。ジュリーは家紋の入った自分の箱馬車を持っていた。山荘に来た時にはラグランジュ夫人の馬車に送ってもらったので、自分の馬車は使わなかった。まだ実家に置いてある馬車を呼び寄せるつもりだった。
アナイスは自分の馬車を持っていなかった。ジュリーが手紙を書き終わるのをじっと見て待っていた。
ジュリーの手紙を執事に託して、二人は、山荘の前庭を散策した。日差しは明るく、美しく薔薇の咲き誇る生垣があった。見事な枝ぶりと大輪の花だった。
「素敵ですね」
ジュリーは生垣の手入れをしている庭師の老人に声をかけた。アナイスも友人にならって庭師に微笑みかけた。
少し歩き続けて、馬車寄せの方を回って建物に戻ってきたとき、ふと二階の端の格子窓が二人の目に入った。つい先日、セドリックはこうやって窓を見上げたに違いなかった。気になって、どちらとなく切り出した。
「あの部屋に行ってみようか」
「うん」
二階の行き止まり、旧い大広間を通って奥の小部屋に入る。そこは今までと何ら変わりないの様子だった。
ジュリーは壁にかかった肖像画を見た。すべてが男性で、ラグランジュ伯爵のものと思えた。少なくとも、女性の絵は一枚もなかった。どうあっても伯爵夫人とは間違えようがなかった。
舞踏会で話した時には、セドリックはこれらの絵を、夫人のものと迷っていた様子があった。単に勘違いしていただけだろうか? ジュリーにはわからなかった。
アナイスは窓側に置かれた書き物机を見た。蓋が閉じられている机は全くピアノには見えなかった。アナイスはそのピアノを弾いていた男性を、彼に恋文のことを言われて嫌な気分になったことを思い出した。ピアノのことを、アナイスはジュリーに話すことができなかった。
何となく晴れない気持ちを抱えて、二人はその部屋を後にした。




