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夏の日の歌  作者: 井中エルカ
舞踏会

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第11話 幕の向こう

 ジュリーは急ぎ足で自分たちの居室に戻った。入ってすぐは応接間で、奥に寝室が二つ。アナイスとジュリーはそれぞれの寝室を使っていた。

「アナイス!」

 アナイスの寝室は暗くて静かだった。応答はなかった。

「アナイス、いないの?」

 ジュリーが手元灯を掲げると、天蓋付きのベッドの、幕が降りたままになっているのが見えた。

「アナイス、いるの? 開けてもいい?」

「いいわよ」

 こもった声が答えた。


 ジュリーが幕を開けると、アナイスは頭に布団を被ってあおむけに寝ていた。すでに夜着だった。

 ジュリーは自分はドレスの姿のままベッドの縁に腰かけた。

「何かあったの?」

「……ワインがかかって、ドレスをだめにしてしまった。もう舞踏会には行けないわ」

「まあ、それは、大変だったわね」

 ジュリーは心からの同情を示した。いつもの通り真心のこもった様子で、ちっとも嫌味ではなかった。


 アナイスはジュリーに言った。

「舞踏会はもういいの? あなただけでも行ってきたら?」

「私も、もういいわ。一人で行ってもつまらないし」

 ジュリーは首を振って答えた。アナイスは短く「そう」と言った。


 ジュリーは布団を被ったままの親友に呼びかけた。

「あなたが部屋に戻ったから、心配だって、教えてくれた人がいたの」

「ふうん」

「エヴァンっていう人で、セドリックのお友達なんですって」

 アナイスは寝返りを打って背を向けた。布団を被ったままで訊いた。

「その人、私のこと……何か言ってた?」

「特に、何も、言ってなかったわ」

「そう」

 どうやら、自分が書いた手紙のことも、手紙の通りに今日起きた行き違いのことも、彼は口をつぐんでいてくれるらしい。それは一安心だが、アナイスの心は晴れない。


「ごめんなさいね」ジュリーは言った。「私、あなたより先にセドリックと踊ってしまったわ」

「ジュリーのせいじゃないわ」

「彼と少し話したのだけど、あの、彼はちょっと誤解をしているようなの」

「誤解?」

「彼はあなたが書いた恋文を読んだみたいで……」

 アナイスは飛び起きてジュリーの顔を見た。

 手紙は、エヴァンには読まれてしまった。置き忘れていたほんのひと時の間に。その時に、セドリックもその場にいて、手紙を読んでいたということなのだろうか?


 ジュリーはすまなそうに下を向いて、それからまたアナイスを見た。

「それでね、どういうわけだかわからないんだけど、……彼は私がその手紙を書いたと思ったみたいで」

「えええ!?」

 アナイスは叫んで、それから黙り込んだ。

 

 しばらくしてからジュリーは静かな声で続けた。

「私が書いたんじゃないって言ったんだけど、なかなか分かってもらえなくて……、それで、でもあなたのことを言うわけにもいかないし、で、私には友人がいて一緒に山荘に来ているって、セドリックに言ったの」

「……」

 アナイスは沈黙していた。何も言えなかった。


「アナイスともお話しできたらきっと楽しいと思うから、今度一緒にお話ししましょうって言ったら、彼もそうしましょうって言ってくれたわ」

「……そうね」

 気乗りしない答えが返って来た。

 ジュリーは感情を込めて言った。

「きっと、そうしましょうね」

「ありがとうジュリー、でも今は一人にしておいて」

「具合が悪いの?」

「ううん、悪くないわ、でも、朝になったら元気になるから……」

「わかったわ……、おやすみなさい」

 ジュリーは立ち上がって幕を下ろした。幕の向こうからアナイスが答えた。

「おやすみなさい」


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