表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夏の日の歌  作者: 井中エルカ
舞踏会

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/41

第10話 可能性

 声をかけたのがエヴァンと分かるとセドリックはすぐに渋い顔をした。ジュリーは戸惑い、しかしこの青年の登場に助けられたと思った。

「まあ、まあ、ご親切に。ええと、あなたは……」

 ジュリーは言ってから、この青年の名前を知らないことに気づいた。それを察してエヴァンはにっこりと笑いかけた。

「僕はエヴァンです」

 エヴァンが手を差し出し、さりげなくジュリーの手をとった。手をとられて彼女は立ち上がった。ジュリーとセドリックとの間の位置に、エヴァンが立つことになった。

「私はジュリー」

 これはエヴァンに言った。

「そして私の友人の名前はアナイスと言います」

 これはエヴァンとセドリックに言った。


 ジュリーは心配そうにエヴァンに訊いた。

「アナイスに何かあったのですか?」

 エヴァンは軽く首を振った。

「大事ないと思いますが、少し気分がすぐれない様子でした。でもあなたが行ってあげれば、きっと彼女も安心すると思いますよ」

「ありがとう。ではこれで失礼しますね、ごきげんよう」

 何か言われるより先に、ジュリーは素早く立ち去った。



 セドリックはあからさまに不満そうな顔をエヴァンに向けた。

 エヴァンは素知らぬ体で話しかけた。

「ずいぶん問い詰めていたようだけど、彼女と何があった?」

「まだ何も」

「まだ何も?」

 エヴァンはおうむ返しに聞いた。セドリックは憮然としていた。

「例の手紙の相手を探していて、状況からして、彼女に違いないと思ったのに……。でも、ジュリーは、恋文を書いたのは自分でないと言ってみたり、彼女の友人のことを引き合いに出したり、頑なに答えをくれなかったんだ」

 それはもっともなことだと、エヴァンは思った。恋文はジュリーではなくて、その友人からだったと、そう言いたい衝動にエヴァンは駆られた。しかし言ったのは別のことだった。

「へえ……君に口説かれてその気にならなかったとは、大したものだ」

「口説いたわけじゃない、話をしただけだ」

「そんな風には見えなかったけど」

 エヴァンと目を合わせて、それから目をそらして、セドリックは少し考え込んだ。

「……確かにちょっと困らせてしまったかもしれない。嫌われないといいんだが」

「めずらしく弱気だな」

「そうかもしれない」

 セドリックはため息をついた。 

「彼女も、はっきり言ってくれればいいのに……」

 相手に態度を保留されて、セドリックはすっかり調子が狂っていた。今までに経験したことのないことだった。

 相手が逃げれば追いかけたくなる。追われた方はますます逃げる。それだけのことだと、エヴァンは思った。

「君が本格的に恋しているのなら、まあよいとして、そうでなければ、相手に、強引に答えをせまるのも、どうかと思うけどね」

「……それもそうだ。俺も少し頭を冷やすとしよう」

 セドリックは友人の言を受け入れてうなずいた。


「ところでエヴァン」

 セドリックはエヴァンに向き直った。

「何かな?」

「ジュリーのご友人のことだ。先に帰ったと言っていただろう」

「ちょっとした事故があった。給仕とぶつかって、パンチ酒を浴びた」

 エヴァンは器がひっくり返るさまを大げさに身振りで示した。

「なるほど……それはお気の毒に。お見舞いには?」

「僕たちが出ていくと、かえって話がややこしくなる」

「わかった。君が言うなら、そうしよう」

 セドリックはうなずいた。

 事態は静観するしかない。エヴァンはそう思った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ