第十六話:戦う理由
「…誰だ?」
「さあな、下っ端だろう」
相変わらず最初にぶつけてくるのが下っ端というのは闇も普通の掃除屋と変わらないようだ。
「フフッ、相変わらずのようだね。まあ仕方はない。君達は幼かったのだから覚えていないのだろう?
あの牢獄は居心地が悪かったようだね」
男はニヤリと笑った。明らかに挑発の類と判断し二人は冷静だった。
「悪いな、俺達は殺した人間は覚えていても、ただの一研究者もどきの顔なんて覚えてはいない。だから名乗るな」
目の前にいる男は多少顔が引き攣る。彼は明らかに美夏と翔を見て来たのだから…
「そうかい、ならば思い出してもらおうか。あの牢獄の中にいた日々をね!」
突っ込んで来た研究者の攻撃を二人は飛び上がってよけた。
やはりスナイパー、一般の掃除屋では刃が立ちそうにない。
「まあ、お前を囮にして最初から大物を仕掛けてくるほど相手も馬鹿じゃないか」
「ああ、だがあの程度なら私がすぐに捕縛する」
面倒だと言わんばかりに美夏は持っていたくないを投げようとしたが、
「はい、待った。こんな街中で武器なんか使うな。それに俺みたいな自然系の方が捕縛任務には向いてるだろ?」
さっき短刀を投げたくせにと言いたいところだが、街中で闘うのに適したタイプがいるのだ。
「自然系? お前が?」
「ああ、風小玉!」
小玉達が研究者に襲い掛かるが、小玉はじかれ研究者は反撃に転じた。
「遅い!」
「ぐあっ!」
一瞬のうちに翔はやられた。美夏は舌打ちしすぐに反撃に出る。
「これだから弱いと言ったんだ!」
「だからっていきなり禁術使おうとするな」
「えっ?」
一撃でやられたはずの翔が美夏の後ろに立っていた。そして歪んだ空間の中から翔の戦闘はフィナーレを迎えようとしていた。
研究者は処刑場で今にも死刑になろうとしていたのだ。
「なっ! 何だこれは!」
「何ってギロチンだろ?」
「いつのまにかこんな幻術を!」
「幻術に思えるか?」
とてもそうは思えなかった。刃はどう見ても本物、さらに触覚もある。
「そいつは本物だ。さあ、死ね」
残酷なまでの一撃が研究者の首を落とす。そして翔はニヤリと笑うと、纏っていた殺気を全て消して指を鳴らした。
「なんてな、戻れまねまね!」
「翔! またなんてことさらしてくれとんじゃわりゃあ!」
「イテェ!」
幻術を解いた瞬間がこれである。大工の恰好をした小さな親父、まねまねは翔に飛び蹴りを食らわす。
「オウ、べっぴんな姉ちゃん連れとんじゃないか! 我はまねまね言うんじゃ! よろしゅうの!」
「戻れ、まねまね」
これ以上は面倒と翔はまねまねをその場から退場させた。
「まったく、俺には絶対上から目線なんだよな…美夏?」
「お前…自分が本当に平凡だと思ってるのか?」
「ん? 快に比べたら誰だってそうなるだろ? 少なくとも俺は風と幻術しか使えないぜ? まあ、まねまねは例外だかな」
翔は笑いながら答えたが美夏はとんでもないと叫んだ。
「まねまねは禁術召喚の一つだ…あんなに手軽に扱えるものじゃないだろう!」
「そうか? そんなに力を消費しないがな。どちらかといえば風小玉扱う方がよっぽど疲れるぞ?」
事実である。まねまねの力の消費量は風小玉に比べて少なかった。だが、それが指す意味は一つある。
「翔、お前まさか…」
「とりあえずさっさと帰ろう。咲」
「はい」
黒装束を着た咲はすっと二人の前に現れた。いつ何があっても良いように必ず美夏のそばにいたようだ。
「こいつを頼むよ。俺は美夏と帰るからさ」
「かしこまりました、では夕食時にお会いしましょう」
ニッコリ微笑み、研究者を連れてその場から消え去った。
「さあ、帰るぞ」
「待て! お前は力を封じられてるのか!? あの頃よりも弱いなんて普通あるものか!」
美夏が知っている片岡翔という少年は静かながらも闇に満ちた力を纏っていた。
それが今ではただの平凡なバスターより少し強い少年だ。だが、翔はそれでよかった。
「美夏、禁術を使うだけが強さってわけじゃないだろ? それに守るものがなければ戦おうなんて思わない」
「だったらお前は何のために戦うんだ?」
ストレートにぶつけられた質問に翔は飾らず答えた。
「快なら仲間を守るためってかっこいいこと言えるだろうけど、俺は平凡でいるためだよ」
「…わからない」
「だから平凡が一番なんだよ。さっ、帰るぞ」
二人はまた歩き出した。