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聖女候補ですが報われないので転生拒否して地獄で幸せに暮らします 

作者: みけのねこ

「そうですか。じゃあもう転生は致しません」


 白色オーラの癒しの聖女候補は神の御前で啖呵を切った。






 長い長い刻の中で、転生を繰り返してきた。

 はじめは海に浮かぶ泡だった。やがてプランクトンになり、小魚になり、陸に上がって地を這うもの、翼持つもの、四つ足のもの。経験を積み、魂としてのレベルを上げて、はじめて人間に転生した時の、あの歓喜!

 人としての転生を繰り返し、経験を積み、スキルを身につけ、魂としての格を上げていき、レベル20に到達するとアバターの性別を選べるようになった。男性型のアバターを集中的に選んで経験を積んで『勇者』の称号を獲得。レベルカンストの99を迎えれば『天使』に昇格して天界に行ける。……やっとここまできたと思ったら!

 海の泡から数えて1000年、天界システムの仕様が大幅に変わった。レベルカンスト値が現状の99から999へ。天使昇格資格は「勇者若しくは聖女の称号を持ち、かつレベル最大値の魂」。天使になるには魂レベルを最大値にまで上げなければならないという大枠は変わらないものの、その最大値とやらが大幅に引き上げられたのだ。天使を目指し、レベル90台まで頑張ってきた多くの魂が心を折られ脱落した。


 白色オーラの癒しの魂は諦めなかった。

 いつかは天使になって、天界へ。その一念で努力を重ねた。転生を重ね、経験を積み、魂レベルを上げて、スキルを磨いて。

 ひたむきな白色オーラの魂を、未来の先輩天使達も応援するようになった。天使達はひたむきな白い魂に『加護』を与えた。ある天使は生まれながらにして持つ富を約束し、またある天使は器の魅力が増す魔法をかけて。白い魂が所持するスキルを如何なく発揮できる良アバターをわざわざあつらえてまで与えてくれる天使さえいた。

 天使達に背中を押され、白色オーラの魂はさらなる努力を重ねた。下界への転生は楽しいことばかりではない、むしろ辛いことの方が多い。それでも白の魂は転生を繰り返す。いつかは天使に、天界へ。「行ってらっしゃい」「頑張って来いよ」……そう言って、様々な加護を与えて送り出してくれる天使達の励ましに支えられ、白き魂は霊界から旅立つ。いつかは私も彼らの恩に報いたい。いっぱい努力して頑張って、か弱き魂を励まし労り支えてあげられるような強い天使になりたい。


 なれると信じて、やってきた。

 それなのに。




 いきものとしての意識を持ってから2000年。また天界システムの改変があった。レベル20で開放される「アバター性別の選択権」が廃止されたのだ。

 魂本人に性別を選ばせると女性型アバターを使用する者がいなくなる、と神は言う。下界はまだまだ男尊女卑、女性型アバターはそれだけでハンデだ。神が無作為に性別を振り分けるようになってから、白色オーラの魂が戦略上有利とされる男性型アバターにありつくことはなくなった。

 8000年を過ぎた頃には、天使の『加護』もなくなった。加護に頼って努力を惜しむ魂が増えたからだと神は言う。

 申し訳ありません、加護は神の血脈のみに与えよと神は仰せです。

 天使達の中でも位が高く、ひときわ強い力を持つ金の髪の美しい天使が、言葉通り申し訳なさそうに白い魂に言った。


 魂は大きく2種類に分類される。

 神の血を引くいわゆる『貴族』と、その他大勢の『平民』と。

 平民の魂がそこら辺の草木や無機物から転生を始めるところを、貴族はいきなり人間からスタート。性別選択権は表向きには廃止されたにも関わらず、貴族はアバターの性別も選び放題。それだけでも不公平なのに、平民は天使の加護さえもらえなくなった。

 神に連なる魂が良アバターを獲得し加護を付与され鼻歌混じりで下界に赴くのを尻目に、平民の魂は粗悪品のアバターを押しつけられて加護もなく丸腰で下界という名の戦場へ向かわなければならない。

 下界にも、転生合間の休憩所的な場所たる霊界にも、不穏な空気が漂い始めた。

 神の血を引く魂は富も魅力も権力さえも手中にし、大して苦労もせず下界でのミッションをクリアして意気揚々と霊界に凱旋する。対して平民の魂は傷つき苦労し、背負わずともよいカルマを背負わされボロボロになって霊界に帰還する。

 辛さに耐えかね、転生途中の人生を下界で自ら終える者、転生そのものを拒否する者が続出した。転生拒否とはすなわち地獄に堕ちると同義だ。




 白色オーラの魂はくじけなかった。

 アバターの不利はスキルでカバーした。1億年の経験は彼女の精神を強くした。レベル900の大台に乗った。天井が見えてきた。

 1億と2000年が経った頃、また天界システムの仕様が変わった。

 天使への昇格条件は「レベル最大値かつ勇者若しくは聖女の称号を持つ者」だったのが「レベル最大値かつ勇者と聖女の称号を持つ者」に変更されたのだ、と、長すぎる人生を終え這うようにして霊界に戻ってきた白き魂に、金の髪の美しい天使は淡々と告げた。

 白色オーラの癒しの魂は微かな違和感を覚えた。金の髪の美しい天使のほっそりした首筋に、見慣れぬチョーカーがはまっている。金の台座に瞳と同色の翠の石を埋め込んだそれは、立派ではあるがどこか禍々しいモノのように白き魂には映る。




 白色オーラの魂は金の髪の天使に、聖女試験を受けたいと申し出た。

 神にその旨お伝えしましょう、と金の髪の魂は淡々と言った。




 それからまた時が流れた。

 白き魂は転生を終え、霊界に戻る度に金の髪の天使に訊いた。聖女試験はどうなってるの、と。

 金の髪の天使は淡々と、髪の御心に従いましょう、と返すばかりだ。

 何度もそんなやりとりを繰り返すうち、ついに白色オーラの魂のレベルは最大値999に到達した。

 勇者の称号はレベル2ケタの頃に既に獲っている。レベルもクリアした。あとは、聖女の称号だけだ。




 そしてさらに8000年が過ぎた。白き魂の同期はもう誰もいない。

 海の泡から数えて2億年。やっと待望の聖女試験が始まった。……






 ……いや、始まる前に終わってしまった。





 聖女候補としての今生は、まず通常通り下界に降りて経験を積み、『聖女』として目覚めた後に試験場たる異世界へ召喚される手筈になっていた。

 しかし、下界で手違いが起きた。白き魂が聖女として覚醒する為のキーマンが聖女候補に巡り合う前に殺害されたのだ。

 白色オーラの癒しの魂は、聖女として目覚めることなく今生を終えた。




 聖女試験は失敗に終わった。

 白色オーラの魂は、神に面会を求めた。




 窓口となった金の髪の美しい天使は、白き魂の願いをのらくらとかわし続ける。今は神にお会いできません、神はお忙しいのです、と。

 埒が明かないと悟り、白色オーラの魂は単身、天界に乗り込んだ。


 天界の門を守る番人を軽く返り討ちにし、続々と湧いて出てくる武闘派天使を弾き飛ばして神の間に辿り着いた白き魂に、神は横柄にのたまった。

 平民風情が何用だ、儂はそなたを呼んではおらぬ、誰の許可を得て此処へ来た、と。

 白色オーラの魂は臆することなく神に聖女試験に関する疑問を質した。だけでなく、神の血筋にのみ手厚く、平民にあまりに厳しい現状の転生制度についても訴えた。神は怒り、聖女候補にいかずちを落とした。彼女はびくともしなかった。傷ひとつ負わなかった。2億年もの刻をほぼ休まずに転生を繰り返して過ごした聖女候補は、神をもしのぐ力を身につけていたのだ。

 神は怒り、のたまった。神に対する不敬罪で1年の謹慎を申し渡す、と。そして神はさらに付け加えた。たった今から魂レベルの最大値を999から9999に引き上げる、と。重ねて神は、怒り狂って八つ当たりのように言った。

 平民風情が尊き色の白をまとって目障りだ、お前は分をわきまえて神の娘を立てておればよい、海の泡なら泡らしく、しおらしくしていればよいものを、と。


 神の娘。そのひとことで、白き聖女候補は総てを理解した。

 そうですか、じゃあもう転生は致しません。

 聖女候補は神の御前で高らかに宣言した。




 神の娘、と呼ばれる魂がいる。

 文字通り神の子、神の直系なのだが、他の神の血脈の魂と比べても格段に不出来な魂だ。怠け者で、努力を嫌い、転生=修業にも消極的。理由をつけては下界行きを見送り、半ば霊界に住んでいるような有様だ。よってレベルも上がらず、天界システム旧法でアバターの性別が選択可能になるレベルにさえ達していない。女性型アバターしか選択肢のなかった神の子は、揶揄混じりで『神の娘』と呼ばれている。

 神の娘は、白き聖女候補の一世代上の魂だ。神は自身の末娘より下の世代を出世させる気が無いのだ、と、捨て台詞を吐いて転生の輪を抜けて行ったかつての同志達を思い出す。

 アバターを選べなくなったこと、レベルの上限が開放されたこと、加護の付与を失ったこと、そして、聖女試験の妨害。それらはすべて、平民風情が神の娘を追い越すなどあってはならぬという神の私情ではなかったか。


 白き聖女候補は1年の謹慎期間中、裏取りと根回しに奔走した。




 謹慎期間が明けた。

 かつて聖女候補とまで呼ばれた白き魂は、罪人として霊界の中央広場に引き立てられた。

 罪状は、転生拒否すなわち天界に対する反逆罪並びに神に対する不敬罪。後ろ手に縄打たれ、霊界中を見世物のように引き回されながらも、オーラを体現する長い髪は綺麗な白色を保っている。

 居合わせた数多の魂が白き魂に罵声を浴びせる。その多くが、失敗に終わった聖女試験で何らかの恩恵を受けるはずだったのだ。罵倒だけでは飽き足らず、石を投げる者さえいた。

 処刑場となる中央広場に、処刑役の天使が多数待ち構えていた。その中に、金の髪の美しい天使もいた。

 金の髪の天使が淡々と言った。今ならまだ間に合います、神に謝罪し転生の輪にお戻りなさい、と。

 白き魂は首を振る。決意は固い。

 転生の輪から外れるとはすなわち地獄行きですよ、下界で生を終えてもまた再び新たな生を始めることが出来ますが、地獄は1度死んだら終わりです、と、気色ばむ金の髪の天使に白き魂は言った。

 1度死んだら即終了、願ってもないことですわ。何ひとつ報われなかったあの2億年をもう一度繰り返せとおっしゃいますか。冗談じゃない、私はもう行きません。

 海の名残を想わせるマリンブルーの瞳を凛と輝かせ、白色オーラの魂は言った。

 ここにいる皆さんも私と同様、いつかは天使となって天界へ、その一念で辛い下界での試練に耐えているのでしょう、けれどそれは無駄ですよ、神様は神の娘の下の世代が彼女より上に行くのが許せないのです。先の私の聖女試験は始まる前に終了していました。私が聖女として覚醒する為のキーパーソンを、神は血脈の者を差し向けて殺したのです。

 白き魂はさらに、1年かけて調べ抜いた事実を暴露した。

 アバターが選べなくなったのも、神の娘と足並みを揃えさせる為の法。平民の魂は天使の加護をもらえなくなったのに、神の血脈はもらい放題にもらっている。神は聖人の象徴ともされるこの白色が平民である私に宿ったのも気に入らないようです。平民風情は分をわきまえて神の娘を立てていればいいと神は仰せです。神が可愛いのは自分の血に連なる者だけ。平民の魂など虫けら以下としか神は思っていない――。


 熱烈な神の信者たる魂が白色オーラの魂に火球を投げつけた。白き聖女候補は火傷ひとつ負わなかった。視線ひとつで火球を滅した白き聖女候補に、金の髪の美しい天使は言った。

 貴女の述べたことは総て貴女の憶測でしかないのでは、と。

 白き魂は哀れみの目で金の天使を見、言った。

 かわいそうなひと、今のあなたは神の使徒ではなく、飼い犬ね。

 金の天使の部下達が白き魂に襲いかかった。しかし彼女を傷つけることは出来なかった。

 白き魂を守るかのように突如、悪魔が現れた。




 古参の天使の幾人かは、突如出現した悪魔の正体を知っていた。

 白色オーラの魂を守る強大な力の持ち主は魔界を束ねる王。すなわち魔王その人である、と。

 白き魂は、魔王が差し出す手を取り微笑んで、次いで、居並ぶ天使と野次馬の魂に冴えた眼差しを向け、言った。

 私、このひとと契約したの。彼は本当にいいのか、って何度も訊いたけど。だから今はさしずめ仮契約ってトコかしらね。どっちみち地獄に堕ちるんだもの、だったら魔王と契約したって同じことだわ。

 魔王は白色オーラの魂に言った。1年経ってもお前の気が変わらなければという約束だ。悪魔は約束は守る、そして契約には忠実だ。どこぞの神と違って気分次第でゴールポストを動かすような真似はせんぞ。

 魔王は居並ぶ周囲を威圧するかのように睨めつけ、続けた。

 俺は見ての通り悪魔だがお前達天使よりは余程人情があるぞ。天と神とに復讐したい一念で地獄を駆け抜け魔界を旅して魔王城まで乗り込んできたこの娘の気持ちを汲んでやりたいと思う程度にはな、と。

 さらに魔王は、天使達を嘲り挑発するように言った。

 魔王であるこの俺と仮とは言え契りを結び、それでいて尚この娘の髪が尊き白色であるその意味が判るか? お前達は大馬鹿だ。転生を繰り返し天界の誰よりも強靭な力と精神を得たこの聖女を軽んじ、虐げ、追い出した。天界が捨てるというなら俺が有難く拾わせてもらおう。

 魔王は血の色の瞳を優しく眇め、白き聖女に言った。お前の言う通り1年前のあの時に本契約でもよかったな。天界がここまで愚かだとは思わなんだ、まさか本当に追放処刑をしようとは。……さあ約束の刻だ、お前のその白き魂と引き換えに、お前の願いを叶えよう。

 白色オーラの魂は凛と冴えた眼差しと共に言った。

 神と、それに連なる者達に制裁を。神と神の血脈に、私が2億年かけて味わったすべての苦痛と悲嘆と絶望を。堕落した天使は滅び、天使の与える加護は毒となる。私は、身分に関わらず努力する人が正しく報われる公平な世界を望みます。

 魔王は厳かにのたまった。その願い、お前の魂にかけて誓えるか、と。

 はい、と答えて白き魂は、あともうひとつ、と、金の髪の美しい天使を見て、言った。彼の呪いを解いてあげて、と。

 雑作もない、と魔王は磊落に笑って指を鳴らした。金の髪の天使の首筋を飾る金と翡翠のチョーカーが音も無く崩れ去った。




 魔王は白き魂に言った。お前の魂と真の名にかけて我と契約を。白き魂は従った。

 悪魔と聖女の契約が成立した。オーラをそのまま体現したかのような長い白い髪が闇色に染まる。

 もう私、転生しなくていいのね、辛い下界に行かないでいいのね。黒の聖女はいとけない調子で魔王に言った。

 ああ、お前は充分よくやった。これからはお前がやりたいと思うことだけを存分にやればいい。何もしたくなければ何もせんでいい。心の赴くままに、好きにやれ。魔界でのお前の身の安全はこの俺が魔王の真の名にかけて守ろう。なに、地獄も案外悪くないぞ、住めば都と言うではないか。魔王は人の子の父のような風情でのたまった。






 強大な魔王の腕に抱かれ、かつて聖女候補と呼ばれた魂は永遠に去った。

 神の御世の滅びのラッパが高らかに――終わりの始まりが、はじまった。






 天界は混乱を極めていた。

 聖女候補の白色オーラの癒しの魂が魔王と交わした契約は、じわじわとしずしずと天界を蝕んでいった。

 大多数の天使が原因不明の不調に苦しむようになった。ある者は絶え間ない頭痛。またあるものは猛烈な吐き気や腹痛。身の内から針で刺されるような痛みが断続的に続く者。オーラの象徴たる髪がごっそり抜け落ち、枯れるように衰弱する者。頭髪の色はオーラの色、毛量の多さは魔力の量に比例するとされている。魔法を得手とする天使にとってハゲは死に等しい。急速に足腰が弱まり歩行困難で杖が手離せなくなった者、謎の多動を起こす者、呼吸もままならず常に息切れを起こす者もいた。肉体の不調であればアバターを脱げば解消するが、天界に住まう天使は魂そのものの存在である。魂自体の不調では手の打ちようがない。ただただ苦痛に耐えるのみである。

 メンタル面の不調はより深刻だ。健忘症様の症状を呈する者、鬱状態が続く者、幻覚幻聴、被害妄想、やたら攻撃的になる者、etc,etc。

 不調に耐えかね自害を企てる者も珍しくなくなった。天界の住人にとって自殺とは一発で地獄送りの禁忌なのだが……。


 こんな状態の天使達がまともに任務を果たせるはずもなく、不調の天使が付与する『加護』は最早加護ではなく呪いである。何しろ、加護を付与する天使の不調が受け取る側の魂に伝わってしまうのだから。まさに聖女候補の望み通り、「天使の与える加護は毒となる」というわけだ。

『貴族』の特権とばかりに加護に群がっていた神の血筋の魂も、手のひらを返したように天使の加護を忌避するようになった。だが、神の血脈の魂は加護付与前提の加護頼みでこれまでやってきたので、下界で辛酸を舐め尽すことになる。もっともそれは平民の魂がこれまで当たり前に強いられていたことなのだが。

 対して、平民の魂は通常通り。元々加護などなかったのだから、何も変わらない。図らずも「身分に関わらず努力する人が報われる公平な世界」が実現された形だ。だが、レベル最大値が999からいきなり9999に引き上げられたことで心を折られ脱落する者、また、聖女候補が暴露した真実――神の私情の依怙贔屓――に呆れて天界に見切りをつけ自ら地獄行きを志願する者が続出した。

 天界も下界も、魂の発する『氣』――オーラ――を礎に成り立つ世界である。多くの魂が去った世界は急激に寂れた。

 逆に、魔界は空前の発展を遂げることとなった。神を擁する天界は、魔界を『地獄』と位置づけ蔑んでいた。だが聖女候補の魂が魔王に迎え入れられたことで、魔界は必ずしも地獄ではないと多くの魂が知った。戦略的な魂達は悪魔とこぞって契約し、天界を去った。魔界としては数億年にわたる風評被害が解消されたというところだ。

 



 不調は何も天使に限ったことではない。下界と霊界を往復する魂の中にも苦しむ者はいた。その殆んどが神の血を引く魂だ。

 だが一番の苦痛を味わっているのは神その人かも知れぬ。神は髪を失い、全身を悪性のできものに覆われ、気狂いのようにのたうち回って苦痛に呻いている。発狂した神は八つ当たりのように火山を爆発させ地震を誘発し、津波を起こし暴風を起こし――神の癇癪で下界は壊滅状態。転生修業中の魂にとって下界は最早修羅の場だ。



「神と、神の血脈に制裁を。堕落した天使に滅びを」



 聖女候補の魂を賭した願いは呪いとなって、今なお天界の住人を苦しめる。

 救いは果たしていつの日か。それは誰にも判らない。




 そんな中、大した不調を感じずに平然としている者もいる。

 金の髪の美しい天使も、そのひとりだった。

 私は自由だ。金の天使は自身の首筋に触れた。裏切りを恐れた神が彼に課した呪いのチョーカーは既に無い。彼女が解き放ってくれた。逃れられない神の呪縛から。


 ――天界はもう終わる、彼女の望み通りに。


 金の髪の天使は混乱の極みの天界を何の感慨もなく眺め、思う。


 ――白き聖女よ、貴女はこれで満足ですか。


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[一言] とても面白かったです。魔王と聖女の後日談も気になりますね?
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