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赤い悪魔と呼ばれる竜殺し  作者: ビーグル犬のぽん太
赤い悪魔と竜の巫女
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宿場町

 アロセル山脈は、険しく高い山々がそびえ連なる大山脈だが、山脈越えに使われる登山道ルートは窪んだような地形になっていて、準備さえすれば徒歩で移動できる。だからといって容易ではないが、他の箇所は無理なので、それに比べれば困難は蓋然性が高くなるという理屈である。


 この登山道ルートは、古代ラーグ時代に、ドワーフたちが山脈の移動に使っていた道で、煉瓦や石材で舗装された道が今でもあちこちに残っているが、多くは劣化し土がむき出し、今の季節は落ち葉を被っていて道かどうかもわからないだろう。それでも平坦なので、森の中をひたすらに歩くよりはマシだ。


 俺は共和国軍をまいて、登山道に入る人たちが準備をする宿場町に入った。


 丸一日かかっている。


 十月十三日の夜、宿場町の時計台が午後九時過ぎを示していた。


 ここはイシュクロン王国領内だが、この宿場町は山脈の東西にあり、どちらもアロセル教団の管理下におかれている。つまり、ここは国家の影響を受けませんという場所で、これを無視すれば主神アロセルに祟られるということもあって中立を保っていた……が、実際に主神アロセルの祟りを恐れるのではなく、教団に敵対視されたい国家などないので、各国は仕方なく放置しているといえた。


 もちろんだが、教団は親切で宿場町を作ったのではない。


 金だ。


 旅人相手の商売を独占しているのである。


 それでも、教団運営なのでぼったくりがないところは評価できる。


 山脈東側の宿場町は、イシュクロン王国からアロセル教皇領経由で、ギュレンシュタイン皇国や大和王国へと出国したい避難民が多く滞在している。彼らは森のなかに集落を形成して暮らしていたが、長いながい戦争で棲み処を奪われ、都の方面に逃げても結局は戦いになると思って北西へと逃げた避難民たちだ。


 ホビットが多い。彼らは戦いを嫌うので無理はない。


 俺は避難民たちの集団が、身を寄せ合い教団の炊き出しを受け取る列を眺めていた。


 宿場町は東西に長く、鍛冶屋や雑貨屋、食料品店、宿、馬や牛の貸し出しをする店などが軒を連ねている。


 俺は宿に向かう。


 宿場町の宿は大きい。木造二階建ての建物は、正面から見れば長方形だが、空から見れば正方形となっていて中央部分は内庭になっている。一階部分には宿の受付や従業員の空間、酒場、厩舎や鍛冶屋などが入っていて、旅人の準備を手伝えるように職人が揃っていた。そして二階が貸し部屋で、大中小と様々な広さとなっていた。


 一年前に利用したことがあり、その時も今も変わらない賑わいをみせている。


 宿に入り、受付にいた店主に声をかけた。


「ちょっといいか?」

「アロセルのご加護を……いらっしゃいませ」

「三人連れが来ていないか? エルフ二人と人狼族ウォルフなんだが」

「いえ、そういうことにはちょっと……」


 俺は、言い澱んだ相手の顔で、知っているなと勘付いた。あきらかに何かを隠しているというか、知っているけど立場上、答えられないという反応である。


「困ったな……都から必ず連れ戻せと言われているんだが、もう先に行ってしまったかな?」

「まさか、やはりそうなのですか?」

「いるのか?」

「うえに……あ」

「感謝する。他言無用だ」

「……承知です。いやぁ、ものすごい美人のエルフで上等の絹服ですから……高貴な身分かと思ったら、やっぱりそうだったんですね?」

「いや、嘘だ。彼女は罪人でな。護送中だ」

「……本当に?」

「高貴なエルフが、こんなところにいるか? 少ない供で?」

「……貴方はどうして、罪人を捜していたので?」

「森の中ではぐれてしまってね……部屋は?」

「二階の三号室です……あの、私が話したってことは」

「誰にも言わないよ。安心してくれ。ありがとう」


 嘘で誤魔化して離れようとした時、「あ、お客様」と止められる。


「どうした?」

「お客様もお泊りに?」

「……そうだ」

「千六百シリグ、頂戴します」

「……」


 高い……もっと安い……いや、レイが殿下を安い部屋に泊めるはずがないか。


 上着の内ポケットから、小銀貨を一枚だして男に渡す。


「ありがとうございます。はい、お釣りです」


 大銅貨四十枚……邪魔になるなぁ。


 俺は二階へとあがり、三号室の扉を叩いた。


「俺だ。入るぞ」

「俺とは誰だ?」


 サリウドの声だ。彼はからかっているらしく、笑いを堪えながら言っていた。


「囮役を頑張った男だよ」

「入れよ、相棒」


 苦笑して扉を開くと、サリウドに出迎えられ、肩を抱かれた。


「よく無事で」

「当たり前だ。わざと南に逃げたから、追っ手は混乱しているだろう。宿場町に入れば教団のおかげで安全だ。よくここまで逃げてくれた」

「殿下が頑張って歩いてくれたおかげだ」


 内部は部屋が別れていて、居室を中央に、左右に寝室が別れている間取りだった。そして玄関からすぐの通路には、手洗いがある。


 俺がロンディーヌで借りているより部屋も広い……。


 さすが、一人千六百シリグの部屋!


「ベッドは各部屋に二つずつだ――」


 サリウドが喋っている途中で、右の部屋からレイが現れ、俺たちは握手をする。彼の後ろには、安堵の笑みを浮かべたアイリーン殿下がいた。


「エリオット、よく無事で……よかった」


 殿下の言葉に、俺は片膝をつこうとしたが彼女にとめられた。


「もう、そういうものは不要です。それよりも、追っ手は?」

「わざと南に逃げましたので、混乱しているでしょう。南から西へと進路を変えたので、急いだのですが遅れました。申し訳ありません」

「いえ、貴方だから、合流できたと思います」


 ここで、俺は三人に追っ手がゴート共和国の軍兵であったことを伝える。


「おそらく、過日の遭遇戦……殿下と俺が出会ったあの日以来、ゴ軍は殿下を捜しているのではないかと愚考します……これはつまり、ゴ軍は殿下が森を供ひとりだけで歩いていることを知っているということではないかと推測します」


 居室の円卓に集まった。


 殿下が腰掛け、レイが対面に座る。俺は少し離れたところでサリウドから受け取った水を口にした。


「殿下、まだ俺たちに話していないことがあれば、今、教えてください」


 サリウドが、荷物入れから地図を取り出しながら言い、それでアイリーン殿下とレイが、お互いの顔を見る。


 上層部の対立は、やはり続いているのか?


 アイリーン殿下は、頷くとレイに言う。


「いいでしょう。レイ、いいわね?」

「異論はございません」


 この男は優秀な戦士だが、殿下に意見を述べる男ではないのが残念だ……ここではそれがいい方向に働いたけど、これからは気をつけたほうがいいかもしれない。


「わたしが両親、一族から信用を失っていることは……話した通りです。そのわたしが、竜王の復活を理由に教皇聖下に会いたいと訴えた際、疑われたというのは実際、そうなのですが、別の理由もあります」


 アイリーン殿下が話す理由……現在のイシュクロン王国の王位はエルフのフェイレン王だ。エルフは長寿であるから、在位が移るということはなかなかないだろう。


 ここで、ゴート共和国と水面下でおこなわれている交渉において、共和国は三つの条件をイシュクロン王国が容れれば、停戦に応じてもよいと回答していた。


 共和国側の交渉窓口は、皮肉にも兄のガルディアン・ゾルダーリである……。


 彼の国が出した条件。


 ひとつ。現在の双方の勢力圏で国境を引き直すこと。


 ふたつ。イシュクロン王国のフェイレン王は退位し、人間であり王国摂政を代々務めるヴァレンタイン家から新たな王をたてること。


 みっつ。ヴァス族の姫であるアイリーンを、ゴート共和国に人質として差し出すこと。


「……わたしを人質にとる理由……今さらどうしてなのかはわかりませんが、彼らがこれを求めているので、わたしは本来であるなら、交渉が終わるまでブロブディアフに留まるべきかもしれません……ですから、信用がないことと、交渉の条件にされていることが理由で、わたしは一族から竜王復活を止める動きを制されていたのです」

「エルフも俗物になってしまったのか?」


 サリウドの批判に、レイが反応する。


「貴様、無礼は許さぬ」

「個人の感想を述べただけだ」

「では、それは口に出すべきではないな」


 レイが鋭い視線で腰を浮かしが、それを制したアイリーン殿下が彼を窘めた。


「レイ、彼は仲間です。それに、事実です」

「……殿下、しかしたかが人狼ごと――」

「そこまでだ」


 俺がレイの発言を遮り、円卓につく。そしてサリウドを誘うと、彼は肩をすくめて椅子に腰掛け、卓上に地図を広げた。そこには、これまでの経路と速度、休憩をとった場所などが細かく記されていて、彼を雇ってよかったと思わせるものだ。


 俺は地図を眺めながら、エルフ二人に言う。


「殿下への無礼、俺からも詫びる。レイ、それで収めてくれ」

「……わかっている。俺はどうしても殿下のこととなると……サリウド、すまない」

「いや、俺が大人げなかった」


 二人は軽く拳をぶつけあう所作で、双方の謝罪を受け入れたことを示した。


 アイリーン殿下が、胸を撫でおろす。


 俺は、可能性の話をすると前置きをして、殿下に尋ねた。


「共和国は、理由はわからないにしろ、殿下を狙っている。それに手を貸している者が、王国内にいるのではないか、またその者が殿下が城から消えたことを共和国に漏らしているのではないか……と考えますが如何?」

「あり得ます」


 アイリーン殿下の言で、レイが咳払いをして口を開く。


「まず、説明させてくれ。エルフである我々に王権があることをよく思っていないのはドワーフたちだ。その理由は、彼らはもっと鉄や聖鉄ミスリルの採掘をして、加工したいのだが、それは森や山を破壊することになるので、王陛下は首を縦に振っていない。あくまでも、年間の採掘量を制限したなかでという現状を継続路線だ……しかしながら、彼らが共和国と通じることは考えにくい……」


 彼はここで、言葉を選ぶように少し悩んだ。


 俺は、彼が答えを言う前に説明を挟んだことで、やはりそういうことなのだと感じる。だから彼の代わりに、答えを言うことにした。


「わかっている。人間側が疑わしいと言いたいのだろ?」

「……すまん」

「人間の俺を前に言いづらいよな? ただ、条件をきいた時に勘付いていたよ。共和国側の条件は、つまりそういうことだろうと思ったさ」


 ヴァレンタイン家から王位をたてる、という条件はあからさますぎるが、王位簒奪の絶好の機会ともあれば、なりふりかまっていられないのかもしれない。この条件はきっと、共和国に協力する見返りとして、ヴァレンタイン家当主が共和国につきつけた条件が、そのまま交渉の席に出てきたものと考える。


 現在の王国摂政は、シン・ヴァレンタインという二十代の青年で、若くして名家を継ぐだけあって有能で知られていた。会ったことはないが、有能と野心は時に同居することが多く、彼もそうなのではないかと推測したところで、アイリーン殿下が口を開く。


「幸い、軍部の上層部はドワーフたちです。彼らは現王権の地下資源の扱いに不満はあれども、対共和国というところでは固く意思統一できておりますので、軍事に関して手を抜くということは考えられません」

「……しかし、摂政が共和国に情報を流していると、勝てるものも勝てない」


 ここで、サリウドが意見を述べた。


「どちらにせよ、殿下が都を留守にしていることは隠されているべき類の情報だ。条件のひとつである殿下を逃がしたかと、あらぬ疑いを持たれたくない……共和国も、情報はつかめど確証がないから、王国に大きな譲歩を迫ることもできない……ここはさっさと教皇領で用事を済ませて、帰国するのが一番かと思いますが如何?」


 間違いない。


ここから先の登山道は、戦闘禁止地域のため、追っ手の心配はなかった。であれば、速やかに事を進める方法をとるべきだろう。


俺は、二人のエルフに言う。


「教皇聖下には、面会の希望などは伝えていないはず……ここは俺が先行し、用件を伝えておいたほうが早く物事が進みます。殿下、お手数ですが教皇聖下宛ての手紙を書いて頂けますか?」


 俺の依頼に、彼女は大きく頷いた。

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