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赤い悪魔と呼ばれる竜殺し  作者: ビーグル犬のぽん太
赤い悪魔と竜の巫女
7/55

遭遇戦からの囮

 翌朝、出発をしてしばらく歩いていると、最後尾のサリウドがスタスタと前に出てきて俺に並んだ。


 大きな荷物に四人分の着替えを抱えていながらすごいなと感心していると、彼は後方を肩越しに気にしながら口を開く。


「風の向きが変わった。後ろから、つけてきている奴らがいる。複数の集団……人数はわからないが多い。距離は不明だ……風がころころと向きをかえて、匂いが途絶えた」


 俺は殿下を背負ったレイを待ち、斜面で四人は後方を眺めながら止まった。


「後ろから集団がつけてきているらしい」


 俺の言に、レイが可能性を口にする。


「陛下が、殿下がいなくなったことでアロセル教皇領方面に追っ手を遣わしたのかもしれないな」


 それならいいが、人数が多いというのが気になる。


「順番を変えよう。殿下、ここからは歩いてください」

「はい」


 俺の言葉で、アイリーン殿下が自分で地を踏み、レイが護衛となり先頭を歩く。そしてサリウドは荷物持ちのままで、俺が最後尾で後方を窺いながら進むことにした。


「いざとなったら着替えは捨てていいが、食料は駄目だぞ」


 俺がサリウドに話しかけると、彼はニヤリとした顔を肩越しに見せる。


「わかっている。こっちは長い間、とんでもない食いしん坊と一緒に戦っていたんだ」


 苦笑を返した時、前を歩くレイが前方を指差す。


「あの山を越えるのか?」


 サリウドが立ち止まり、地図とコンパスをあわせて方向を確認しながら答えた。


「違う、その左に少し背が低い山があるだろう? あれは山脈越えをする時の登山道ルートだ。途中、宿場町があるが、この速度だと明日以降の到着だろうな」


 殿下の速度が、俺たちの速度になる。


 これは実際、遅い。


 後ろの奴らが、仮に兵士たちだとした場合、森の中ということを鑑みると四ライン前後だろう。一方の俺たちは、これからはほぼ三ラインの速度で進むことになる。


 一時間で、一ラインの距離を縮められることになるので、正確に追われた場合、一時間ほどで追っ手の姿が見えてくるのではないかと予想した。


 外れてほしかったが、これが当たってしまったのだ……。


 アイリーン殿下にも歩いてもらい始めて一時間と少しで、俺は後方にゴート共和国軍の武装をした兵士の姿を確認した。


 どうして奴らが追ってきている? と考えた時、先日、森の中で遭遇戦の延長が現在なのではないかと想像する。


 俺は前を歩くサリウドへと駆け寄り、肩を叩いて先に行けと伝えた。サリウドが殿下、レイへと俺の意図を伝えた時、俺は大樹に身を隠し、後ろを観察する。


 分隊……三人だ。おそらく、本隊から放射状に分隊を東へと先行させているのだろう。相手は一個中隊規模……百人はいるのではないかと推測した時、殿下が森を歩いていることが彼らに知られている確率が高いと判断した。


 絶対にそうではないという確証を得ないかぎり、そうだと思って行動したほうがいいと決める。


 サリウドの話――イシュクロン王国の上層部は種族間で対立しているという話が今もそうなのであれば、共和国へ情報を流した種族がいるのではないか……二百年以上前の対立構造が続くのかという疑問はあるが、そもそも長寿の種族には百年も二百年も過去ではなく現在の話なのかもしれない。


 俺は彼らとの距離が、目算で百ノートもないとみて、分隊は片付けると決めた。そして、その騒ぎで敵が俺にくいついたなら、三人とは違う方向へと逃げてやろうと考える。


 剣を握る指の感覚は、調子がいいことを教えてくれる。


 俺は短く息を吐き出し、姿勢を低く保ち三人へと接近した。


 距離が縮まる。


 八十ノート……七十……五十……俺は速度をあげる!


 枝葉の揺れが、彼らに俺の位置を教えるだろう。


 それでも俺は、おかまいなしに突っ込む。


「なんだ!?」

「猪か!?」


 距離は二十ノート!


 茂みの揺れに、彼らが反応した直後、俺は跳躍して剣を投げた。


 先頭の敵兵が、俺の剣を顔面で受ける。彼は一瞬、何が起きたとばかりに硬直し、自分の左頬から後頭部に突き抜けた剣に困惑したようにフラついた。この時、俺は全速力で駆けていて、その男をすり抜け、左手の短剣で二人目の頸動脈を斬り裂く。


「ぎゃああああああ!」


 首を裂かれて絶叫と血を撒き散らした男。


 俺は噴水のように噴きあがった流血をくぐりぬけて、背を見せた三人目の男へと短剣を投げた。


 逃げた男の背から胸へと突き出た短剣を、彼は信じられないというように数歩あるいた。


 一人目の男の顔から剣を抜き取ると、激痛と混乱、脳を破壊されたことで身体がうまく動かせないでいるそいつにトドメをさしてやり、うずくまる三人目へと近づく。


「楽にしてほしいか?」


 俺の問いに、相手は肩越しに俺を見ると、口から血を溢しながら言葉を吐きだした。


「な……なんで?」

「なんで? とは?」

「ぼ……僕は大学に行く予定なんだ……兵役から帰ったら、入学が決まっていて……」

「知らん」


 剣を払い、男の首を薙いだ。


 図々しいにもほどがある。


 お前は、俺たちを害するために追ってきた奴らだ。それが被害者ぶる? 戦場で? 戦争やってんだろ、馬鹿。


 まぁ……気の毒に思う気持ちはないわけではないが、お互いに命を取られることを承知で戦場に立ったはずだろ。


 俺は彼らの荷を確かめ、水とわずかな食料を見つけた。


「……一人あたりがこの量……夜には本隊と合流予定と考えると、本隊はまだまだ後方だろうが……分隊のひとつが還ってこないとなると、速度をあげるかもしれないな……」


 食料と水を頂戴し、奴らの外衣で剣の血を拭い鞘にしまった。


 ここで、離れたところであがった声を聞く。


「あっ……叫び……」

「敵……たか!?」


 近くに別の分隊がいたな。


 ちょうどいい。


 三人とは別の道で逃げて、奴らを混乱させるか。 




-Elliott-




 俺は、発見されたがわざとぬるい逃げ方をして、分隊が俺を視認できる距離を保つ。


 殿下のほうは心配していない。


 レイは優れた魔導士で戦士だし、サリウドは荷物持ちで雇ったが期待以上の男だ。あの二人がいれば、アイリーン殿下が危なくなるという確率は低い。逆に、俺が追っ手を引きつけることでさらに確率が低くなるだろう。


 凹凸が激しい地面だが、この森でずっと戦ってきた経験が俺にはある。


 着地しつつ、次に踏む地面を視界の端で見る。同時に、樹木や枝葉の伸び具合も視界で捉えて走った。見るというよりも、視界と肌感覚で空間を把握するという表現が近いかもしれない。


 樹木を避け、伸びた枝葉で怪我をしないように姿勢を低くし、地面に張り出した大樹の根で足をとられないように跳躍する。


 耳で、音を確かめた。


 六時の方向から分隊が追ってきている。しかし、きっとそれだけではないはずだ。


 俺はわざと、西ではなく南方向へと逃げている。


 これは、ゴート共和国の占領地へと近づく方向で、殿下たち三人から引き離すのが目的だ。


 俺は逃げるにおいて、形跡を残しまくった。枝は折るし、草は踏みつけ、ぬかるみをわざと通る。そうして奴らをこちらへと向けさせつつ、一定の距離を保って逃げることで敵を管理した。


 一度に一個小隊規模を相手にしろと言われると、魔法と剣で可能だろうが、分隊規模と十回連続で戦えと言われると少し困る。


 魔法は、炎系統、風系統……など系統ごとにいくつもあるが、大きく分けると攻撃か防御か、簡単か難しいかになる。そして難しいものほど発動する時に体力と精神力をごっそりと奪われるのだ。これを錬度と魔法への理解で補うことは可能だが、撃てる数は限られていることには変わりない。そして、簡単な魔法だからと何度も繰り返し使っていると、やはり疲れるのである。


 実際、半年前に共和国で有名な魔導士が戦場に現れた際、俺は時間差による連続攻撃という作戦で、彼の部隊を倒した。


 彼にしたことを、されると困るのだ。


 だから、敵を引きつけながらも、連戦を避けつつ、戦うか否かは俺が決めるという方針で移動する。


 主導権をもっていたい。


 しばらく逃げた頃、追ってきていた分隊の速度があからさまに落ちた。


 可能性としては、ふたつ。


 疲労したか、警戒しているか、だ。


 いや、もうひとつあるな……俺が進む方向に、共和国軍の別部隊がいるのかもしれない。俺がそちらへ向かっているとみて、挟み撃ちの準備をしようとしているのかもしれない。


 そろそろ、西への進路へ戻したほうがいいか?


 時間の経過はわからない。


 頭上を仰ぎ、太陽はまだまだ高いことを確かめた。まだ午後にもなっていないだろう。


 俺はここから、完全に気配を消して西へと向かう。


 地面は固い場所を選び、枝や茂みを荒らさないように進む。


 登山道に入る前に、宿場町があるから三人はそこで俺を待つのではないか。


 いや、追われているなら、先に進むか……。


 それでも、殿下の速度が三人で進む距離だから、困ることなく合流できるだろう。

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