北上
船長のオーモンドと航海士のトレント、船員のエジル、ゼミロ、ジェズゥ、ジュウベエの六人と俺、イングリッド、レイミアの九人は隧道を抜けて、西方大陸北部の南端に到着する。
ディランタルは白猫のおかげで攻撃をしてこなくなり、ただ会話もしてくれなくなって……それにしてもあの魔王、頭のネジがいくつか抜けてるような破綻者だったけど、強さを量らせてくれなかった。魔法が得意なのか、格闘が好きなのかも不明で……さすが魔族の中で三本の指に入るだけのことはある。
そして猫……第二魔王……あいつ、おそらく姿を消して俺の近くにいる。そして、猫……にとってまずい状況になったら現れて、手助けしようという魂胆とみた。でなければ、もっといろいろと支援してくれるはずだ……ルキフェルに言われて俺との連絡係をしているという猫の説明から、ズボニールの正体はガリアンヌに仕える神使の中でも筆頭といわれる明けの明星だろう。俺が使える最大威力の重力系魔法の名前にもなっているこの神使と、あの猫は旧知というなら、神使は魔族とも繋がっていることになるな。
こんなことを考えながら歩いていると、斥候のエジルから手信号で伝えられて停止合図をイングリッドが送ってきた。俺は背後のレイミアに拳を握ってみせながら片膝をつき、いつでも剣を抜ける姿勢で視線を散らした。
気配はない。
森を抜けた先は、丘陵地帯で林が点在している。そして腰あたりまで伸びた雑草たちはどこまでも広がっていて、東から吹く風が緑の波を地上に描き、俺たちはその中に浮かぶ小石のようだと鳥には思われているだろう。
「エリオット、向こうで戦争やってるぜ」
斥候からの情報を口頭で伝えてくれたのはジュウベエで、大和の生まれでギュレンシュタイン皇国育ちの船乗りだが、操船よりも喧嘩が得意という男で、三〇手前の兄ちゃん的存在だ。その彼が深刻な情報を嬉々として言うので、イングリッドがコツンと彼のおでこに拳をぶつけた。
「楽しそうに言うな」
「いや、すまんて……で、どうする? 迂回するほど食料や水が余ってるわけじゃねぇよ?」
「……突っ切りたいって顔と言葉だな?」
俺の指摘に、ジュウベエは苦笑する。その彼の背後に、オーモンドが腰を落とした状態でついて、俺と侵攻方向を交互に眺めながら言う。
「赤いの、ここで戦闘が終わるまで待つのがいいと思うが、どうだ? 夜になりゃぁ、闇に乗じて突破もできるだろう」
「そうだな……今は……」
俺が太陽の位置から時刻を読もうと顔をあげた時、それが空を飛んでいた。
「な!」
声をあげた俺につられ、レイミア、イングリッド、オーモンドが空を仰ぐ。
それは、いた。
優雅に、音もなく、飛んでいた。
巨大な翼竜が、俺たちの頭上を南から北へと、空を滑るように飛んでいたのだ。
-Elliott-
丘陵地帯に点在する林のひとつに入り、雑草を魔法で焼き払い、周囲に罠を設置して夜営地を設営したのは夕刻前だ。これからひと休みして、夜のうちに一気に北上しようと考えている。
ミューレゲイトの村で分けてもらった塩漬け豚肉を、周辺に生えていたキノコ、食用の草などと一緒に鍋に入れ、チーズで味をつける。もともと塩味はついた肉を使うので単純な煮込み料理だがしっかりと美味い。
「毒キノコみたいな色ですけど、大丈夫でしょうか?」
レイミアの問いに、ゼミロが頷く。彼は料理長の下で働いていた料理人だ。
「少し齧って、舌の痺れや口の中の違和感などを確かめた結果、食べられます。おそらくネコフンダケの一種です。香りがいいでしょう?」
「……ネコフンダケって名前がいやだ」
俺の感想に二人が笑う。
イングリッドが、さらに大量のネコフンダケを抱えて現れると、鼻をスンスンとしながら笑みを浮かべた。
「なぁなぁ、これ、生でも食べられるか?」
「食べられますよ。私は齧りましたから」
ゼミロが答えると、イングリッドはネコフンダケをひとつ、袖でゴシゴシと拭いてから齧る。
「モグモグ……すごい香りだ。ワインが欲しい」
「贅沢いうな」
俺が叱り、大量のネコフンダケを前にレイミアを手も伸ばした。ここで周辺に罠を仕掛けていた船員たちが合流し、各々がネコフンダケに手を伸ばす。そしてナイフの先で突き刺して、焚火の火で炙って食べるということを自然と始めた。
人は、焼いて食べるということを発明した偉大な種族だ! と言いたい。
「うまー!」
イングリッドが声をあげ、皆が口々に美味い美味しい最高と笑顔になる。
隣に腰かけていたオーモンドが、トリュフを齧りながら俺に言った。
「ハフ……あの竜が、例の竜だろうな?」
「だと思う。ともかく、外に出ているあれが魂と一体かどうかを確かめるためにも、封印されていた場所に行く必要はある。目的地に変更はなしだ」
「どういうことだ?」
俺は、ロマーナでの竜騒動を話してやった。
「そんなことになっていたのか……俺はギュレンシュタインだから、ザマァみろとしか思っていなかったが……ザマぁみろ、くそゴート人どもって思うことにする」
「おい、俺も一応はゴート人だ」
「あ、悪い」
こういう民族というか、国と国の対立は根深い。さらに種族間の対立となるとさらに複雑で大変なんだ……
ここで煮込みができあがり、木製の深皿へとよそわれていく。
ミューレゲイトの村で、あれこれと用意してもらったおかげで飢えなくてすむと感謝した。
「昼間の戦争、ケイネスとフェンディだった。フェンディは竜騒動の発端のくせに戦争やる元気があんだな?」
斥候だったエジルの声に、ジェズゥが訝しむ。
「ん? お前、わかるのか?」
「ケイネスは旗に分度器と定規だ。フェンディはピッケルとハンマー、王族が両方とも出てきているらしくて、派手な格好をした騎士身分の騎兵たちがいた」
「竜のことで海外との船が欠航してるってのに、馬鹿だな」
航海士のトレントが、会話に加わる。
「ケイネスは、ギュレンシュタインの属国だ。アメーリアの欠便の件でギュレンシュタインがケイロス使ってフェンディに圧力かけてるんだろ? さっさと竜退治しろって」
レイミアが、俺の隣に来て声をひそめる。
「あの……背後に小さな気配があります。先ほどまで無だったんですけど」
「……」
俺が肩越しに背後を見ると、そいつはわざと姿を一瞬だけ、見せた。
白猫だ。
「ゼミロ、器に肉をよそってくれ」
「ん? はい」
俺は肉とネコフンダケが入った器を、後ろにそっと置いた。
「美味いよ」
俺が声をかけると、器の肉が齧られて減っていく……姿を隠したまま食べているらしい。
『僕の名前を知っても、君は質問してこないね?』
頭の中に、猫の声が聞こえてきた。
「あれこれと尋ねるのは野暮だし、話したくないこともあるだろ? 味方してくれるならそれでいい」
『味方……ね。わかった。たしかにそうだ。僕は君の味方だよ、エリオット』
器の肉は、きれいになくなっていた。
-Elliott-
真夜中。
戦場となっていた場所を俺たちは一気に通過をする。
両軍の斥候が、夜襲を警戒していたが、ジュウベエが背後から襲い、ジェズゥとエジルが連携して仕留めていく手際を見ていると、こいつら海賊だったんだなと理解した……。
オーモンドを横目に見て、言う。
「あんたら、名のある海賊だったんじゃないか?」
「よせよ。若気のいたりってやつだ。今はお金と命が大事だ」
「……船、無くしてしまってどうするんだ?」
「誰か、船をいらないってやつからもらうよ」
それは、奪う盗むっていうことだろ!
足を洗ったわけじゃないみたいだ……お金にならないことはしないってことだけだ。今は……俺たちと協力関係にいないと詰みだからそうしてくれているだけとみた……いや、そう思ってくれているのはありがたい。
だけど、念押ししておくか。
「俺たちからは、何も盗むなよ」
俺の忠告に、オーモンドの後ろに続いていたトレントが笑う。
「あんたらに手を出したら、命がなくなっちまうよ」
「賢いな? 長生きできるよ」
俺の返事に、オーモンドが苦笑しながら右手を動かし、飛んできた矢を叩き落とした。目と耳がとてもいいおっさんだ、この人……いや、船員たちは皆、海原で生きてきただけあって優れている。
戦場を抜け、俺たちのせいで斥候が滅茶苦茶にされた両軍が後ろのほうで混乱していた。
戦闘が後方で始まる。
「フェンディは北西だ」
イングリッドが、月の位置を見て方向を指し示した。
彼女に並び、最後尾のレイミアへと急ぐように手招きする。俺は彼女と殿をする。
朝までには、つくだろう。




