新たな大陸へ
ロゼッタ・カミュ大神官の計らいで、レイミアが俺たちに同行してくれることになった。
ありがたい! 彼女の神聖魔法、超助かるんだよ!
大神官は、神殿の外まで俺たちの見送りに出てくれた。
「エリオット……いや、ユウ。絶対に生きて還ってきてね。同郷の人、貴方だけなのよ」
「他に、もう一人いるかもしれない。連れてくる」
「知ってるの?」
「会ってる。先に、五か国半島に行ってる」
レイミアが、大きな疑問符を脳内に浮かばせているに違いない表情で俺を見る隣で、イングリッドは何やら察した顔だった。そもそもイーサンのことは彼女が先に勘付いている。
ガリアンヌ神殿を出た俺たちは、イシュクロン王国に戻ることにした。北方大陸へと向かうために、船に乗る必要があるが、ゴート共和国は大混乱で出発準備どころではない。さらにギュレンシュタイン皇国が軍勢を南下させるという情報もあり、まきこまれるのを避けたい。
イシュクロン王国までの道のりは、共和国軍が撤退したおかげで平和そのものだった。
二月五日の朝、ロンディーヌに戻った俺は、大荷物を部屋に降ろして……本当に大変だった。サリウドがどれだけ俺たちを助けてくれていたかを、改めて知ることになったのだ。
荷物が重い原因……ベナトナシュ討伐で得ていた現金を、ロンディーヌの銀行に持ち込み口座へと入金したり、ギルドに顔を出したりする必要があるので、イングリッドとレイミアとは別行動にした。彼女たちには現金を渡していて、それで旅の準備をしろと伝えている。
ギルドに入ると、カウンターに立っていたデリスカが大きな声を出す。
「竜殺しの英雄じゃないか!」
「……もう耳に入ったのか?」
カウンターへと歩く俺は、ギルドに来ていた傭兵たちに肩を叩かれ、騒がれ、照れくさかった……。
デリスカと握手をして、これまでの経緯を簡単に説明したところで、彼から俺がいなかった期間のイシュクロンの情勢を教えてもらった。
「一進一退の戦いだったんだけど、竜のおかげで共和国軍が引き上げていったからな。今は失っていた土地を取り戻そうと各地に部隊を派遣している段階だ。隠れていた住民たちを保護したり、いろいろと忙しい」
「悪い。俺は五か国半島に行かないといけない」
「テンペスト討伐か?」
「討伐……対象になったのか?」
「ヴァスラ帝国が、発注した。帝国の帝都カーニングブリーデンのギルドから、世界各地のギルドに募集がきている……けど、俺は話す相手を選んでいる」
「帝国が……帝国が被害にあったのか?」
「五か国半島付近の帝国領が荒らされたようだよ」
「……俺がここでそれを受けると、成功したらデリスカも助かるよな?」
「是非、そうしてもらいたいね」
「受ける。三人で応募する」
俺は必要事項を用紙に書く。文字が書けないやつはデリスカが代筆するが、イシュクロンでは珍しい。
俺はそれから、剣を頼んでいたゴディンを訪ねた。
訪ねるといつも、ビールを飲んでいる!
「混ぜもんなしだ。飲むか?」
「頂きます」
「いいのが仕上がった。見てくれ」
家にあがり、テーブルについてビールを飲んでいると、奥からゴディンが現れて、布に巻かれた剣を俺に差し出す。
受け取り、布をゆっくりと外すと、白銀の刀身が露わとなる。その輝きは眩しく、だけど嫌ではない。柔らかな印象で、ずっと眺めていたくなる。そして……刀身に刻まれた文字……何語だ?
「すごい剣だ。文字はなんて?」
「持つ者を護る、と刻んだ。一種の呪いだ」
「その言葉、嫌いになってたんだがおかげで好きになれそうだ」
ゴディンは笑い、テーブルにドカっと座った。
「ひさしぶりにいい仕事をさせてもらった。礼を言う」
「ありがとう。口座にお金を振り込んでから、剣を受け取りに来る。夕方になってもいいか?」
「持っていけ。信用してるよ、クリムゾンディブロ」
「……ありがとう」
「こちらこそ礼を言うよ。イシュクロンはあんたのおかげで助かったんだ……剣に名前をつけてやってくれ」
剣の銘か……。
「俺を護ってくれる存在……あいつしかいないな」
「もう決めたのか?」
「ああ……この剣は、護る者だ」
俺は、剣を抱きしめる。
サリウド……会いたい。また、お前の冗談を聞きたいよ。
ゴディンの前なのに、涙が溢れて止まらないことを隠さなかった。
-Elliott-
二月七日の昼にロンディーヌを出て、港町バルナに到着したのは十一日の昼だった。
ギルドに入ると、スコットが笑みを見せてくれる。
「おお! 竜殺しの英雄ようこそ!」
照れくさい……注目を浴びてしまっている。
「船に乗りたいんだ。五か国半島の港ならどこでもいい。手配と身元保証をギルドで頼みたい」
「承知です。手数料で一割頂きます」
「頼む」
「三人……うーん……五か国半島となると、ミノスかグーリットですね」
!
俺とイングリッドは、同時に口を開く。
「グーリット」
「グーリット!」
「グーリットですね? えっと南方大陸と西方大陸を経由して……おおよそ一月の船旅になります。二月二十日の昼から搭乗受付開始」
「それが一番、早いのですか?」
レイミアの落胆はわかる。
だけど、本当に……五か国半島行きは数が少なくなってるそうだ。
船が出るまで、戦いの前に英気を養おう。
三人で宿に部屋をとり、出発日前日まで自由行動にした。
というのも、女性陣のお買い物に付き合うのは苦手なのだ。イングリッドは、俺の性格をわかってくれていて助かる。
「わたしは衣装一式を新調しようかな。レイミアはどうする?」
「エリオットと別行動するのですか?」
「こいつはな、わたしの買い物は時間かかるから嫌うんだ。いろいろと見てまわるのが面倒だそうだ」
「えええ!? 信じられない。いろいろと見て、楽しみながらお買い物をすることが健康によいとガリアンヌも仰ってますよ」
嘘つけ!
「俺はちょっと寄るところがあるから」
俺がこう言うと、イングリッドがじっとりとした目で見つめてきた。
「なんだよ?」
「エリオット、変な店にいって性病をうつされたら殺すからな」
イングリッド……俺は悲しいよ!
これまで、一度たりともそんなことはしてないじゃないか!
俺が寄りたいところ……。
もちろん、そういうお店じゃない!
俺は、ギルドへと戻り、スコットにその場所を教えてもらった。
バルナ郊外の墓地だ。
花屋で買った花束と、酒屋で買ったシングルモルト……イブリン・ザ・セリーン十二年を抱えて、そこに入った。
戦死者たちも埋葬されている墓地だから、墓標の数は多い。それでも、教えられた通りに進むと、見つけることができた。
「ひさしぶりだな、アビダル」
墓の前に膝をつき、花束をおく。そして、酒の瓶を開け懐から出したスキットルにシングルモルトを注ぐ。そして瓶のほうをアブダルの墓へと備えた。
「お前みたいに、俺たちのために荷物を命がけで運んでくれた奴はなかなかいなかったけど、この前、会えたんだ。だけど、俺が弱かったから、そいつを死なせた……アブダル、もしそっちにまだいるなら、犬顔のおもしろい奴だから仲良くしてやってほしんだ」
墓標はなにも言わない。
だけど、俺は酒を飲みながら、親友と再会した気分で話し続けた。
こいつの魂も、どこかで新しい人格で生きているのかもしれないなと思っていると、もうすでに会っているかもしれないような気がして笑えた。
「エリオット」
は?
後ろからかけられた声で、肩越しに背後を見ると誰もいない。
「下」
視線をさげると、白い猫がちょこんと座っている……。
「まさかな……」
でもその白猫は、俺をまっすぐに見ていた。
右の目が青くて、左の目が緑色……。
「もしかして、お前? 俺を呼んだか?」
半笑いでそう問うと、猫は俺を見上げて口を開く。
「うん。ズボニールに頼まれて、彼と君の連絡係としてきたよ。聞いてないかい?」
そういえば……彼は言っていた。俺を訪ねてくると……まさか、猫とは思わないだろ!
「……猫? じゃないよな? 猫のフリをしているのか?」
「君は目がおかしいのか? ボクはどこからどう見ても猫だろ?」
「……」
喋る猫がいるわけないだろ……。
それにしても、教皇聖下を呼び捨てとはね……さすが猫だ。誰かの説で、猫は俺たちが猫に仕えていると思っているというものがあるが、案外、そうなのかもしれない。
「教皇聖下が俺と連絡を取りたがっているのか?」
「まず、お礼を……ベナトナシュのことはありがとう。ズボニールはとても感謝しているよ。だから、君たちの支援をするための部隊を編制したよ。五か国半島のミラーノに、彼の地の本部があるからそこを訪ねるように。大司教のリチャード・グランキアルを訪ねてもらえばわかるようになっているから」
懐かしい名前だ。
グランキアル……いい名前だ。俺にとって、吉兆。
「あと、イングリッドに弟子入りしたイーサンたち、無事に五か国半島に到着したようだよ。伝言があれば、仲間が彼らに伝えておくよ」
「グーリットで合流と伝えてもらえるか?」
「それはオススメできないね。君たちは、五か国半島に行く前に、また竜と戦うと思うよ」
「……」
嫌な予言だ。
「どこで?」
俺の問いに、白猫は後ろ足で顔をかきながら答える。
「西方大陸に寄港する未来が見えるよ。そこで、足止めされる」
「じゃ、船を変える」
「それだと、西方大陸で人が大勢、死ぬよ」
「……」
「ズボニールから、ぜひとも頑張ってほしいって」
「……」
「頑張るの? 頑張らないの?」
「頑張るよ」
「うん、期待してるよ。それじゃ」
白猫は、小さく「ニャ」と鳴くと離れていった。
西方大陸……そこは世界最大の地下迷宮があるけど、竜はこれまで地下にいた……今度の竜も、そうなのか?
……どちらにせよ、行くしかないんだ。
俺は、スキットルのシングルモルトを飲み、アビダルの墓を撫でる。
「頑張ってくるよ」
墓標に背を向けて、歩きだした。
生きている俺は、進むことができる。彼らの分まで、前に進む。
そう、決めたんだ。
第二章 赤い悪魔と滅びの竜 おわり
-Elliott-
そのおとぎ話が載っている神話集を広げた。
長い船旅になると思い、お高いけど本を数冊、購入したのだ。その中の一冊を手に船室のベッドに横たわり、スキットルを枕元に置いて読書を始める。
……。
遠いとおい昔。
世界はひとつの大陸だった。
クォーガ大陸と呼ばれるその世界に、金竜はすでに存在している。
エルミラは金色に輝く美しい竜で、人々を統治する美しい女性の姿をもっていた。
彼女はある夜、宇宙から地上へと星が落ちたと見て、その場所に急いで駆け付けたが、星は落ちていなかった。
落ちていたのは、赤ん坊だったそうだ。
エルミラはその子をひろい、自分が信頼する人間に預けた。
ユウと名付けられた男の子は、ライグ・ビゼンに育てられた。やがて彼は青年になり、エルミラの娘であるエルミラ二世に忠誠を誓い、彼女の竜騎士となるも、エルミラ二世と彼女の竜騎士は、お互いの立場を超えて愛し合うようになってしまう。
二人の間に、双子が生まれた。
一人は金色の竜で、男性の姿をもつ竜だった。
もう一人は、たしかに存在しているのに誰の目にも見ることができないという不思議な存在だった。
この時、女王が統べる時代が終わり、王が統べる時代が始まることになる……。
……。
俺は、目頭をもむ。
ユウ……と、名付けられた男の子。
偶然なんだろうか。
ドンドン! と扉が叩かれる。
「エリオット! エリオット!」
イングリッドだ。
「どうした!?」
「魔鳥の群れだ! 戦える者は助けてくれと船長が言っている!」
「まかせろ!」
俺は寝台から飛び起き、立てかけてあった護る者を掴む。
「行くぞ、サリウド」
『後ろをついて行くよ』
そんな声が聞こえた気がして、笑みのまま廊下へと出たせいで、イングリッドに呆れられてしまった。




