決着
人は、こうであったらいいなとか、こうであってほしいと期待していたことを裏切られると、悲しんだり腹を立てたくなる。後者の場合、期待を裏切った相手へ攻撃的な言動をすることもある。
ベナトナシュ……君への俺たちの気持ちは、今これだ。
やめてくんね!?
自分に呪いをかけるな! それも、ふたつも重ねてかけるなよ。
ったく……面倒な。
愚痴っていても仕方ない。
レイミアが、残された二回……強い神聖魔法をあと二回しか使えないという余力のうちの一回をここで使う。
「神の敵たる邪の者を滅す……智神の恩恵」
彼女の疲労を犠牲に、俺とイングリッド、ハビエルの体力は回復し、でかい竜へ挑もうという勇気が漲ってきた。
きたきた!
『身体が、わたしたちに気付きました』
ベナトナシュの声が脳内に届いた。
……魂と肉体、まるで別々の存在が同時に存在していて、完全なる竜というのはそれが融合している状態なんだろうか?
長剣を両手で握り、左腕に通した盾が腰の片手剣にぶつからないように構えて素早く進む。
イングリッドが、これまでの戦いから作戦をたててくれていて、歩きながら説明した。
「わたしが魔法で奴が空に出るのを防ぐ。ハビエルはエリオットの魔法防御に専念……攻撃はエリオット、頑張ってくれ」
「任せろ。めたくそにしてやる」
『殺しては駄目です』
「わかってるよ!」
お前は黙ってろ! 自分の身体も管理できねぇやつのくせに!
『炎を吐こうとしています』
ごめん! 黙らないでいろいろ教えて!
ハビエルが、水幕の魔法を発動して俺たち全体を守る。
イングリッドが、風姫誘舞を発動し、翼を羽ばたかせた竜の周囲で大気を乱した。彼女はこれを維持するので、攻撃も防御もできなくなる。
「ハビエル頼んだ!」
叫んで前へと全力で駆ける。
『飛べないので、混乱しています』
一気に接近!
竜なんてな! 飛べなかったらただのでかい火を吐くだけの蜥蜴なんだよ!
俺は奴の脚めがけて突進する。
『腕を払います』
前転でくぐるように躱し、立ち上がると勢いを加速に利用し走った。そして抜き身の長剣をそのまま竜の脚へと突き刺し、それを足場に跳躍する。
片手剣は抜いていた。
奴の脇腹へと片手剣を突き刺し、ぶらさがったまま剣を軸に回転して柄へと左足を乗せる。そして暴れる奴の顔面へと火炎弾を連発した。
『炎への耐性が強い外殻です。雷が苦手』
ベナトナシュ! お前はいい奴だ! いや、魂のほうだけ!
雷撃を二発、奴の顔面と首に直撃させ、暴れる竜の腕を跳躍で躱すと、その腕を足場にして背中へと飛び乗る。
後ろから滅茶苦茶に魔法をぶっ放してやる! ……え!?
一瞬、足場が消えたという感覚に襲われ……落ちてる!
身体を捻り、回転して着地したが足への衝撃は予想よりも強く、骨が折れるほどではなかったが痛めた自覚で舌打ちをする。
竜の姿が消えて、化け物が立っている。
俺よりも頭ひとつ大きなその女は、額から腕よりも長い角を二本生やしていた。目は赤く染まり、口は耳のあたりまで裂けたようにでかい。爪が長く鋭く、裂けた口から現れた蛇のような舌で爪を舐める。
『来ます。横に跳んで』
ベナトナシュ!
右に跳んだ直後、俺がいた空間に右手を突きだした格好で化け物が止まっていた。
!
速い!
『追撃きます!』
雷撃を放ち、痛む足を無視して跳躍する。次の瞬間には、また俺がいた場所へと女が突っ込んできていた。ベナトナシュの魂が敵の攻撃を教えてくれなければ、串刺しにされている!
「エリオット様!」
ハビエルが化け物へと突っ込みながら、自分の剣を俺に投げた。
俺は片手剣を受け取る。
ハビエルは、地面に転がっていた俺の剣を拾う所作を止めず、そのまま切り上げて斬撃を女にくらわせた。
さすがの一閃は鋭く強い。
女の左脇腹から右胸へと入った攻撃で、血液を撒き散らした女がたたらをふむが、直後には血液は傷口へと吸い寄せられはじめ、女の腕が振るわれている。
ハビエルが剣でそれを弾き、後退しながら氷槍を放った。
しかし化け物はそれを受けても動きを止めず、身体を氷の槍に貫かれながら右手でハビエルを攻撃する。彼はそれを剣で受けるも吹き飛ばされ瓦礫で背を強打した。
「ガハ! ゴホっゴホ!」
彼へと迫る化け物の前に、俺は転がるように前進して立ち上がりながら一閃を繰り出す。この動きでイングリッドに足を痛めていることがばれた。
「エリオット!」
彼女の叫び声が聞こえた直後、俺の一閃は化け物の首を切断した。しかし奴は止まらず、首を失っても蹴りをみまってくる。腕を畳んで防いだが衝撃でよろめき、立ち上がったハビエルに支えられて後退する。
「智神の恩恵!」
レイミアの声!
足の痛みが消え、疲労も感じない。
目の前には化け物。
イングリッドが、化け物へとその魔法をぶつけた。
「風王華渦!」
大量に発生したかまいたちが化け物を襲い、その肉体を切り刻む!
同時に、俺の斬撃が奴の肩から胸へと入った。
きいたろ!
「ベナトナシュ!? まだか!?」
俺の問いと、彼女の声はほぼ同時だった。
『思念が届いた! ありがとう!』
俺は懐から緑玉を取り出し、倒れる直前の肉体へと投げた。
直後、頭部を失い、大きな傷を負った化け物がよろめくと、片膝をつく。
俺はハビエルと剣をかまえながら後退した。
「エリオット様……あのベナトナシュが実は……ここから悪者になって襲いかかってくるという可能性はありますか?」
「それは……なくはない」
イングリッドの声が聞こえた。
「エリオット」
振り返ると、彼女とレイミアの後ろに大勢の兵士が現れていた。
皆、完全武装で隊列を組み、俺たちを見ている。
「ハビエル……軍隊が俺を捕まえようとしたら逃がしてくれ」
「なんとかしましょう」
苦笑を連ねた時、ベナトナシュの肉体が黒い霧となると、再びそれが揺らぎながら集まりはじめ、姿を作り始める。
黒髪の幼子が、俺たちの前に立っていた……。
俺はマントを脱ぎ、彼女にかけてやる。
「ありがとう……人間。エルフ……ありがとう」
「ベナトナシュ、だがお前はたくさんの人間を殺した。何もなしにはできない」
ベナトナシュは頷くと、俺をまっすぐ見上げて口を開く。
「今、わたしはひとつの存在となれている。今、殺せ」
「……なに?」
「今であれば、肉体が暴走することもない。ここを狙ってくれ」
彼女は、自分の胸のあたりを小さな手で叩いた。
卑怯だ……そんな姿で、そんなことを言うのは。
「エリオット、駄目です」
レイミアは、ベナトナシュが悔い改めたと思って俺に殺すなと言う。
だけど、彼女らの感覚に、悔い改めるというものはない。
俺は、ベナトナシュがどうして殺してもらいたがっているか、心当たりがある。
「ベナトナシュ……悪竜になってしまったんだな? いや、人間がお前の眠りを邪魔して、悪竜にしてしまったのか?」
「……悪竜になった竜……恥辱だ。肉体を暴走させたわたしの不始末だ……倒してほしい」
「エリオット、駄目です。神は過ちを認めた――」
「レイミア、黙るのだ」
イングリッドの鋭い声で、彼女は言葉を止める。
俺は、片手剣の握りをたしかめる。
「ベナトナシュ……望みをかなえる」
俺は、彼女の小さな胸へと剣を突き立てる。
可愛らしい顔が、笑みで止まった。
目は見開き、そしてゆっくりと閉じようとしたが、少し開いたまま動かなくなる。
ベナトナシュの身体から力が抜け、その身体がぐったりとした。
肉体が……消えない。
彼女の背から突き出た俺の剣先は、緑玉を貫いているのがわかる。
俺は、ベナトナシュの亡骸から剣を抜く。
どさりと幼子の身体が地面に落ちた。
「終わった……」
イングリッドの声。
この時、俺たちから距離をとって眺めていた軍の兵士たち……おそろしい数の兵士たちから、それは聞こえ始めた。
「竜を倒した……」
「あの人たちが……」
「竜を……」
誰かが、叫ぶ。
「竜殺しの英雄!」
「竜殺しの英雄だぁ!」
ハビエルが、苦笑して俺の肩を叩いた。
「逃げ出す必要はなさそうですよ」
「……ああ」
俺は答えたが、視線は地面に倒れたベナトナシュに注いでいる。
膝を折り、小さな身体を抱き起そうとしたが、イングリッドに止められた。
「エリオット……感傷的になるな。その肉体は、子供ではなく竜だ」
「わかってる……こんなに……苦しく感じるのは、自分を殺した俺たちへの彼女なりの仕返しかな? ……人間が、鉱山を掘り進めなければ、たくさんの人も、彼女も、こうなることはなかったと思ってしまうのは、俺が甘いか?」
俺の問いに、イングリッドが微笑んだ。
「甘いよ……だけど」
彼女は腰を折ると、俺の頬に口づけをする。
「そんなお前が好きだ、エリオット」
俺は、大きく息を吸った。
-Elliott-
ゾルダーリ邸に入ったのは、竜を倒した日の夜だ。
大浴場へと入り、身体を隅々まで洗う……。
「エリオット」
髪を洗っていると、背後から声をかけられたうえに湯もかけられた。
「ぶは!」
「はーはっはっは! 一緒に入ろう」
イングリッドが隣に並び、石鹸を手にとる。俺はおかえしに、桶で湯をすくって横から彼女へとぶっ放した。
「ふふぁぁああああ!」
「やられたらやり返す」
こうして俺たちは、じゃれあい、身体を洗いあい、一緒に湯につかる。
ムラムラしてきたのは男だからしょうがないじゃないか!
お風呂で、いろんな意味でスッキリしてから食事にありつく。あんな戦いの後だというのに、部下たちを前に仕事するハビエルはすごいなと感心しながらぶ厚いステーキを食べ、酒を飲み、寝た。
ベッドに横たわると、秒で寝ていた。それでも、朝になる前には目が覚める。
これからの予定……北に行かないといけない。
その前に、剣を受け取りに一度、イシュクロンに帰ろう。五か国半島に送ってもらおうと思ったが、まだ中央大陸にいるので受け取ったほうが早いし、俺の剣を持ちたい。
やっぱり、落ち着かないんだ。
そうだな。
一度、帰ろう。




