ベナトナシュと遭遇
巨大な石扉は俺の身長よりもずっと高く、横幅も大きい。大きなものをここに運び入れたと思われるが、ここが仮にベナトナシュの魂を封印する空間だとした場合、大きくする必要があるのかという疑問が生じる。それでも、中に何があるのかなんて悩む必要は今はなかった。
ただ進むだけだ。
扉は……というよりも蓋と思われるその前に、俺たちが立つ。
イングリッドが口を開いた。
「エリオット、ここは開けることがないということで、こういう作りになっている。だから破壊して中に入ろう」
「壊すといっても、魔法で壊れるか?」
「試してみよう」
彼女は、俺たちにさがっていろと言い、火炎弾を扉へと放つ。
俺と比べても遜色ない熟練度の火炎弾が、扉へとぶつかり爆発した。土煙が視界を遮るも、奥からこちらへと流れる空気が、白煙を揺らすことで扉は開いたのだと理解できた。
剣をかまえ、奥を睨む。
最後尾のレイミアが、緊張した声を発した。
「すごい圧を感じます」
「おなじく」
ハビエルの同意に、俺は頷きつつ一歩、前に出る。隣にはイングリッドがいて、彼女は魔封盾で俺たちを守っている。
扉の奥には、広い空間が広がっていて、それは明らかに人工物だとわかった。四方の壁は発光していて、白い部屋の中央に、緑色の宝玉がふわふわと浮かんでいる。
「あれが、ベナトナシュの魂か」
つまり、肉体だけが復活していた説は正しかった?
「……エリオット、待て。奴の魂は封じられていない」
イングリッドの制止で、俺たちは部屋に入る直前で止まる。
「どういうことですか?」
レイミアの問いに、イングリッドは厳しい表情で剣をかまえると、周囲を警戒するように視線を散らしながら答える。
「奴は目覚めている、ということだ」
彼女の言が終わるやいなや、その声が宝玉から発せられた。
『ああ……そこに誰かいるのですね? 止めてください。わたしの身体がいうことをきかないの……暴走している』
頭の中に、その声は届いている。
どういうことだ?
『誰かは存じませんが、応えて……わたしの声は聞こえている?』
テンペストやステウラは俺たちの思考を読んでいたが、やはりこいつはそれをできないようだ。
「俺たちは人間だ。お前はベナトナシュか?」
『そうです』
「お前の身体が、地上で滅茶苦茶してるぞ」
俺の言葉に、ベナトナシュが答える。
『ああ……どうして……地底深くにもぐったのに』
「わたしはエルフで、フォーディ族の者だ。ベナトナシュ、説明してくれ。お前の意思とは関係なく身体が暴れるというのはどういうことだ?」
イングリッドの問いに、ベナトナシュ……緑玉の光が点滅する。
『わたしは……わたしはまだ命じられていないのです。しかし身体だけが外に出てしまって……わたしは止められない』
「命じられる? 誰に何を?」
俺の問いに、ベナトナシュが答える。
『エルミラ様に、人の数を調整せよとは命じられてからがわたしの役目です……しかしまだその声は届きません』
金竜……に、人の数を調整?
それが、人を喰らうことか? エルミラが人を作ったとイングリッドが言っていたから、その言い分は彼の立場からすれば当然のものかもしれないが、俺にしてみれば、噛みつくぞこの野郎となる……。
「それを聞いて安心した。後悔なく倒せる」
俺が剣の握りを確かめながら前進すると、ベナトナシュが鋭い声を放つ。
『倒す? 貴方は勘違いをしている! わたしは敵ではない』
「いや、敵だ。地上で人を喰らっている化け物の魂だろ? だったら敵だ」
『わたしを壊せば、身体を止める術はなくなるぞ』
「倒せばいい。お前がいる限り、あいつは次々と出てきて、そのたびにデカくなってるみたいだからな」
俺の言葉に、後ろのレイミアが言う。
「素敵……ひたすら戦うことだけを求める姿勢……さすがクリムゾンディブロ」
「それを脳筋と言うんだ」
イングリッドがレイミアを窘め、俺の肩に手をおく。
「まぁ、待て、エリオット。ベナトナシュ……お前を地上まで運べば、身体を止めることができるか?」
『もちろん可能です。それを貴方がたに頼もうと思って声をかけたのです……それが、余計な話に逸れたからおかしなことになった』
「エリオット、運んでやろう。駄目ならその時に壊せ」
先か後かの違いか……いいだろう。
俺が緑玉を掴むと、ベナトナシュが言う。
『貴方は……テンペストから命の欠片を授かったの?』
「そうだ」
『ならば話は早い。わたしは貴方の味方だ』
「それは後で判断させてもらうよ」
俺たちは、地上を目指す。
-Elliott-
地上へと来た道を戻るだけの簡単なお仕事です……というわけにはいかないのが、こういう展開あるあるだろう。
嫌になる。
俺たちは、姿を隠していた化け物たちを成敗した空間へと戻ったところで、そいつらと遭遇した。
「牛頭魔人の群れ……」
レイミアの嘆きに、俺も同感だったが竜に比べれば楽だろう。それでも、次々と数を増やす奴らに鼓動は早まる……おいおい、どうなってる?
「ベナトナシュの魂に寄せられているんだ」
イングリッドの言葉に、うんざりとしたが今さら放り出すことはできないし、地上まで運ばないといけない。
「私が持ちましょう」
ハビエルに甘えて、やっかいな石を渡し、俺は先頭に立つ。
「……六、七か」
「奥に黒司祭もいるようです」
レイミアの言葉で、俺は牛頭魔人たちの後方に、山羊頭に女の身体をもつ化け物を視認した。
やつらは魔人に分類される種で、古くは竜に仕えて地上で暮らしていた魔族のなかでも特に危険な者たちをさしてそう呼ぶ。悪魔とも呼ばれるし、邪鬼と呼ばれることもある。
牛頭魔人たちが、錆びた鉈や斧を手に俺たちとの距離をつめようとする。それらの武器はおそらく、この洞穴内に落ちていたもので、工夫たちが置いて逃げたものだったのだろう。
先頭の牛頭魔人が、鼻息荒く近づいてくるが、間合いを計るような慎重さだ。その後方で、レイミアとイングリッドを見て欲情した化け物が、勃起した性器を晒して興奮で鳴いた。
「グモァ……ガフッガフ!」
レイミアが、心底いやだという声を出す。
「キモぉ……」
彼女は俺の後ろで、左右に視線を散らしながら口を開く。
「援護します」
「俺とイングリッドで前に出る。ハビエルは石を守ってくれ」
「了解しました」
最後尾のハビエルに、敵が届かないようにする必要がある。
レイミアが、神聖魔法の神言を唱え始めた。
「我、求むのは敵を倒す力と勇気。神の敵たる邪の者を滅す……智神の恩恵」
身体に力がみなぎり、昂るままに俺は叫んだ。
「行くぞ! イングリッド!」
「半分うけもつ!」
俺は地面を蹴って前へと加速し、先頭の牛頭魔人の懐へと一瞬で潜り込むと、片手剣を一閃する。
一体目の頭部が、空中に斬り離されて鮮血が切断面から噴きあがる。
始まりの合図となった。
二体目、三体目が突っ込んでくるのを視認すると同時に、火炎弾を連発して奴らを牽制すると、一気に駆けて後方の黒司祭を狙う。山羊頭は驚愕で何事かを叫び、氷槍を放ってきたが俺も火炎弾をぶつけて相殺し、突き出された棍棒をくぐり躱して前進する。
両手の剣を交互にうちこむも、黒司祭は巧みに後退する。それを追撃する俺へと、牛頭魔人二体が左右から襲いかかってきた。
俺は左右の剣を操り、殴打を斬撃で防ぎ、蹴りを一閃で払い落す。
火炎弾を逃げる黒司祭へと放つ。
奴は防御魔法で防ぐも、移動速度は低下した。
右の化け物が腕から血を流しながらも突進してくる。
俺は跳躍して躱すと同時に、空中で回転して斬撃を化け物の首に叩き込んだ。
パっと散った化け物の出血は、直後に赤い噴水となって宙を汚す。
俺は着地と同時に地面を蹴り、魔法攻撃をしようとした黒司祭へと左の剣を投げ、迫るもう一体の牛頭の斧を剣で弾き返した。
鋼と鋼がぶつかることで、火花と金属音が放たれる。
黒司祭は胸に剣を受けて、山羊の口から黒い血を吐き出しながら前のめりに倒れた。
「雷帝!」
イングリッドが、強力な魔法を発動させた。
彼女はこれまで、剣と体術だけで四体の化け物と互角に戦っていたが、俺が黒司祭を倒したことで、敵が魔法援護を受けることができないと察するや否や、魔法で勝負を決めにかかったのだ。
牛頭魔人たちが、強力な雷撃の渦で吹き飛ばされ、黒焦げになって地面を転がる。
俺は、残り一体となって脅え始めた魔人を前に、微笑んでやった。
「お前らでも、怖いと感じるんだな」
逃げ出そうと背を見せた魔人の背に、俺は斬撃をみまった。
倒れた化け物は、肩から胸までに至る傷から血液をあふれ出させている。
「すごい」
レイミアが言葉をもらし、倒れた化け物たちを眺めて続ける。
「……牛頭魔人に黒司祭……を圧倒するなんて」
「これくらいしないと、竜とは戦えないからな……急ぐぞ」
先へと進もうとした俺は、魔封盾で守られたと気付く。
イングリッド?
彼女が、鋭い声を発する。
「凍王降臨!」
見ると、進もうとした空間に突如、氷漬けされた化け物が現れる……。
姿を隠す化け物……危なかった!
イングリッド、さすが!
「エリオット」
俺へと駆け寄る彼女は笑顔だ。
俺は、お礼を伝えようと口を開きかけたが、彼女は俺の腕に自分の頭をグリグリと押し付けてきた……。
「ナデナデしろ」
「あ? ああ」
「さ……先を急ぎますよ!」
レイミアが言いながら歩き出し、後ろのハビエルが笑っていた。




