魔王と呼ばれた男
洞窟はさらに奥まで続いていて、俺たちは竜の魂を見つけようと進む。
道中、俺はハビエルに尋ねる。後にしようかとも思ったが、戦いの前にスッキリしたかったというのもあった。
「ヴァイオレッタ……とお前が言った名前が、アイリーンの子供で、カルロ兄さんが利用しようとしているハーフエルフか?」
「は? ……ああ、ええ、そうです。利用……たしかにそう受け取ることもできますが、協力関係ですよ、我々は」
「協力関係?」
「ヴァイオレッタ様を無理矢理に従えさせる……なんてことはなかなか……たとえば、私たちがイングリッド様をそうしようとしたところで、大変なことであると申せば理解いただけるものかと」
たしかに。
「ヴァイオレンディシオラグロイグイオネッタ……が、正しい名前だ。わたしがつけた」
イングリッドの言葉で、俺は彼女に問う。
「お前はあまり語らたがらないが、名付けの親だからか?」
「すまない……それもあるし、最後までわたしの指を握ってくれていたあの子の瞳がわたしを責めるんだ……彼女が今の生き方をしている理由のひとつに、わたしもあるんだ」
「詳しい事情は知りませんが……」
レイミアが口を挟んだ。
「その人の生き方は、その人が選ぶものです。親のせい、環境のせい……結局、それを口にする者はそういう生き方を選んでいるものとガリアンヌに仕えるわたしは思いますけど?」
「それはガリアンヌに仕えるお前の意見だ」
イングリッドの言葉は、断定的で強いものだった。
……仲良くしてくれ。
いや、俺のせいか。
ハビエルが言う。
洞穴はまだまだ奥へと続いていた。
「ですが、イングリッド様がゴート共和国の……当時のゾルダーリ家当主だったレオナルド様にあの子を預けていなければ、あの子はイシュクロンで殺されていたでしょう? 貴女はあの子を救ったのだと私は思います」
「だが、その結果……現在の世界でたくさんの人々が死すことになるならわたしは大罪人だ……」
イングリッドは、先頭を進むハビエルに問う
「……ハビエル、お前たちは何を企んでいる? わたしも無関係ではない。教えてほしいんだ」
「企んでいる? ……たしかにそう疑われても仕方ありませんが、カルロ様がヴァイオレッタ様と協力関係でいるのは、竜王を復活させたいからということはすでにご存知でしょう? その目的を聞きたいということですね?」
「そう」
「……レイミア様がおられますので、話せばややこしいことになるかもしれませんが?」
俺は、どういうこと? と俺たちを順に見るレイミアに言う。
「神話にケチをつけたら怒るか?」
「ガリアンヌを汚すような異端の説を口にするのですか? その場合は怒ります」
……面倒くさい。
「長話になるのは避けよう。ハビエル、竜王復活を目指すカルロ兄さんは、何が望みなんだ?」
「端的に答えると、中央大陸における共和国支配の実現……です」
「竜王復活が、どうしてそうなる? 滅茶苦茶にされた中央大陸で一番だと喜んだところで、共和国も無事じゃないだろう? というより、現在はすでに滅茶苦茶だ。ギュレンシュタインが南下作戦をとればあっという間に滅ぶぞ」
「過去、ゴート共和国が隆盛を極めた時代がありました……魔王と各国に恐れられた執政官が共和国を導いていた時代です」
「アルフレッド・マーキュリーか」
アルフレッド・マーキュリーは、人間だ。マーキュリー辺境伯領の次男で、元老院議員を監視する立場である貴族院議員に若くしてなった彼は、共和国に混乱をもたらした元勇者カインを倒し、その功績と名声をひっさげて元老院選挙に出馬し、元老院議員に転身した。そして数々の改革を成し遂げ、二十代のうちに執政官となり、三十代前半で筆頭執政官につく。そして辣腕をふるい、ギュレンシュタイン皇国を幾度も破り国境線を大きく北側へと押し返し、イシュクロン侵攻戦も多くの新領地を得る偉業を成した。さらに東方大陸や西方大陸へ飛び地の領地を得て、そこを足がかりに各地で領土を増やしていき、世界の物流をも支配する勢いを見せたのである。
俺の前世で、戦っていた敵……だからよく覚えている。会ったことはないが、大嫌いだ。
魔王と呼ばれていたのは、人間ながら美神ハーヴェニーの加護を得ていると噂されるほどの魔力があり、また相手の頭の中を読むことができると恐れららるほどに謀略を得意としていたからだ。
当時の世界に存在した四大魔王……現在はアルフレッドが死んでいるので三魔王になっているが、二百年前は四人だった。
アルフレッド・マーキュリーのほかに、大魔導士アラギウスと淫魔の王ミューレゲイトの子であるガルガンティア。そして西方大陸の不死者の王のディランタル、さらに北方大陸の東方、宋国の地底に暮らす最古の魔族と言われるヴォーグ……。
彼らを四大魔王と呼んでいたが、アルフレッドという魔王を倒したのは、同じ魔王のガルガンティアだった。
理由は、世の中を乱しすぎるからというもので、四大魔王のなかでも最強と言われた彼だからこそ粛清できたのだと思っている。
アルフレッドが倒され、指導者を失ったゴート共和国は各大陸の飛び地や植民地を失った。そして現在、中央大陸では戦争を優位に進めているように見えるが、敵だらけで嫌われ者になっている……ゆるやかな衰退の中にいると考えられた。
「カルロ兄さんは、アルフレッドを復活させるために竜王を?」
「……と、窺っております」
誰かを復活させるために、あれを復活させて……の前にこっちを復活させて……熱心だね、まったく。
自分たちで盛り返せば早いのに……しかし、それで理解できた。
ヴァイオレッタは、父親を復活させたいのだ。
それが、動機なのだろう。
俺は、イングリッドに尋ねる。
「アルフレッドは、人間でありながら魔王になった傑物だ。それを倒したガルガンティアは魔族だけど、イングリッドは会ったことあるか? 東方大陸のローデシア共和国の国主だし、エルフとも親交があるだろう?」
「幾度かあるよ」
「アルフレッドを彼が倒したのは、前の俺がいなくなった後のはずだが、そのあたりの経緯は知ってる?」
前世の俺が、とかややこしいのでかなり遠まわしな言い方となる……。
「詳しくはわからない。彼は、あまりそういうことを誇らないし、力を使うことも恥ずかしいことだと考えるような方だから……ただ、ひとつだけはっきりしているのは、アルフレッドが竜の力を利用しようと企んだことが関係している」
竜の力……カルロ兄さんは共和国復活の手段にそれを使おうとしているけど、当時のアルフレッドは何を目的にそれを……アイリーン、あんたは利用されてたんじゃないか?
あんたは否定するかもしれないけど……。
「エリオット様、とにかく話は後で……嫌な空気です」
たしかに……腐臭が漂ってくる。
「レイミア、邪気はするか?」
俺の問いに、彼女は「邪気はないけれど」と言い、続けた。
「屍鬼のほうが楽だと思える相手が……いるのではないでしょうか? 肌がピリピリします」
……ベナトナシュの魂が、近いのかもしれない。
俺たちは、慎重に奥へと進む。
洞窟は、鍾乳洞となり、足場は水が奥から流れ出てくることから、少し登っているのだとわかった。
そして、前方にその扉が見える。
扉……何のために? と問う必要などないだろう。
行こう。




