大きな犠牲
宿場町へと近づくにつれ、こちらへと逃げてくる人たちの数が増えた。彼らは着の身着のまま走っていて、後ろを振り返りながら叫んでいる。
「竜だ!」
「竜だぁ!」
宿場町は人口こそ少ないが、商隊や旅人が立ち寄る拠点だ。そこに竜が現れたので混乱状態となっていた。
宿泊施設の屋根を踏み潰すように着陸した竜の口から、赤い液体と肉片がばらばらと地上へと落ちていく。相当数の人が喰われたのだとわかる。
馬を降りて、逃がしてから宿場町へと走った。
途中、人の腕、脚が地面に転がっていて、潰れた身体から内臓が飛び出したように散らばる悲惨な死体がいくつもあった。踏まれたか、空から落とされたかわからない。
まだ生きている者たちがいて、呻きながら地面を這いずる男は下半身がなく、内臓をひきずりながらも懸命だった。女は子供を竜に喰われたようで、自分の右肩から先がなくなっていても痛みを感じないとばかりに空へと子供のものと思われる名前を叫び続けている。
彼らを嘲笑うかのように、頭上の竜が鳴いた。
飯食って満足かよ! クソが!
「ベナトナシュ! こっちだ!」
大声を出して突っ込むと、宿泊施設の屋根を蹴った竜が、俺めがけて火炎を吐き出す。家屋もろとも炎にまきこまれたが、イングリッドが魔法で防いでくれている。
熱さも痛みもないが、放射される炎の中は突風のような音ばかりで、他の一切が聞こえない。
跳躍したが、屋根の上の竜に届かない! 下降線をたどる直前、俺の背後にいたハビエルが、俺の足の裏を腕で押し上げるように勢いをつけてくれた。
跳んだ俺は、竜の足に剣を突きたて、それを足場にさらに跳ぶと、至近距離から氷槍を連発する。
奇怪な叫びをあげた竜。
きいてる!
奴の翼が振るわれる。
躱して、奴の足に刺さる剣を引き抜き、脚へと突き刺す。痛みはあまり感じてないようだが、俺にちょこまかと接近されて苛立っているようだ。だが、自分の身体に火炎は吐けないらしい。
俺は剣の柄を軸に回転し、柄を足場にしてさらに跳躍しながら、短剣を抜いた。
ベナトナシュが離れようとするも、俺は飛膜に短剣を突きたて、至近距離から火炎弾を連発する。
連続で火炎の弾丸をくらった巨竜は、背と首の表面の鱗が破られた痛みでけたたましい鳴き声をあげた。
俺は追撃の魔法を放とうとしたが、ここでベナトナシュが首をひねって翼にぶらさがる俺を睨む。
あ……火?
俺は短剣から手を放し、奴が口から吐きだした火の球を避けたが、それで空中に放り出された。
俺は空中で身をよじり、一回転して体勢を整える。そして地面に着地するも、衝撃が強く片膝をついた。もう少し高い場所から落ちていたら、足を痛めていたかもしれない。
ハビエルが俺の後ろに立った時、俺は奴を睨み、奴は俺を見下ろしていた。
俺は自暴自棄になったとみせかけようと、巨竜へと拾った石を投げつけ、突進する。
巨竜はだが、俺たちを相手にせず、羽ばたくと高度をあげた。
なんだ!?
ベナトナシュは、空中で回転すると、後方で俺たちを支援してくれていたイングリッドへと滑空する。
「おい! ふざけんな!」
勢いよく空を駆けた巨竜の尾が、しなって家屋にぶちあたり、瓦礫と破片が吹き飛ぶ。
イングリッドが魔法で応戦した。
彼女が地面を隆起させると、それは巨大な人形へと一瞬で変身した。
「土精召喚!」
巨竜とぶつかった巨体は、馬鹿力でベナトナシュの翼を折り曲げると、巨竜は怒りと痛みで咆哮をあげた。耳に不快な奴の声に顔をしかめつつ、イングリッドへ加勢すべく走る。
ハビエルが空中に幾本もの光る矢を魔法で生み出し、それを巨竜に放つ。
全弾が巨竜に命中し、奴は身体をもがいて激痛に抗っていた。
やれるか!?
しかし、巨竜の口から吐き出された紅蓮の炎が、土精を吹き飛ばす。イングリッドは華麗に跳躍して逃れたが、その逃げる先へと竜の尾が振られていた。
しなった尾の曲線が、イングリッドに迫る!
「イングリッド!」
叫んだ俺は、走りながらその光景を見た。
凄まじい速度で駆け付けたサリウドが、イングリッドを抱えて竜の尾から逃れると、尾の攻撃範囲外へと逃げた。
サリウド!
俺は二人から俺たちへと巨竜の意識を向けようと、火炎弾を連発した。こういう時、攻撃が魔法一辺倒になるのは仕方ない。普通の剣だと奴の身体にかすり傷を負わせるのがやっとだ。
ベナトナシュは耳を塞ぎたくなるような鳴き声をあげると、俺とハビエルに火炎を放射する。水幕で防いだ俺の後ろに、ハビエルがつく。
「エリオット様、あいつ、なかなかこちらに来ませんな!」
「俺を狙って目をやられたからな! 警戒しているかもしれない!」
火炎の渦を魔法で防ぎながら脱出した時、ベナトナシュが、イングリッドとサリウドに襲いかかっていた!
「あいつ!」
俺は前へと突っ込み、氷槍を数本、奴の身体に突き立てる! それでもベナトナシュはイングリッドとサリウドを狙った。
あ!
俺は見た。
イングリッドを狙って大口を開けたベナトナシュの前に、サリウドが囮となるべく前に出た。
俺とハビエルでやろうとしたことを!
彼女らも、俺たちがやろうとしていたことを当然ながら知っている。
だからといって!
俺は間に合えと祈るような気持ちで、雷帝矢を放つ!
ドン! という衝撃音とともに、巨竜の背に巨大な雷が落ちたが、竜の動きは止まらなかった。
「サリウド! 凍王降臨!」
イングリッドの声は悲痛で枯れた。
彼女はそれでも、至近距離から魔法を発動させている。
俺とハビエルは、身体を守る彼女の魔封盾で絶対零度の空間でも無事でいられた。
巨竜が、動きを止めている。折れた翼を広げようと伸ばしかけの状態で、腕はイングリッドへと振り降ろそうとされる直前で、ベナトナシュは止まった。
俺たちは、巨竜の背から化け物へと近づき、前に回り込むとイングリッドに並んだ。
彼女が、大粒の涙をこぼしている。
俺は、イングリッドの肩を抱いた。
ベナトナシュは凍り付いたまま、口にサリウドを咥えている。そしてその牙が、彼の胸と腹を突き破っていることを、俺はじっと見つめることしかできない。
「エリオット様……とどめを」
俺は頷き、しっかりと集中して呪文を詠唱する。だけど、脳裏にはサリウドとの時間が映像になって……。
サリウドの冗談と機転で、何度助けられたか……。
俺の隣で、イングリッドは顔をあげない。
そうだよな……俺よりもサリウドとの付き合い、長かったもんな?
ごめん。
サリウド、ごめん……お前は無事なもんだと、勝手に思ってしまっててごめん。
こんなことに、まきこんで本当にごめん。
許してくれとは言わない。だけど、また来世で運よく巡り合えたら……俺はまたお前を仲間にして、こんなことにまきこむよ。
サリウド……また会おう。
「刻の中に潜む王……明けの明星」
俺は、穏やかな声で魔法を完成させた。




