巨竜との戦い
巨大な竜は廃墟と化した街の上空を、優雅に跳ぶと俺たちへ向けて火炎を吐き出す。
数発の火炎弾の後、火炎放射をぶつけてくる徹底ぶりで、絶対に殺すという強い意志を感じた……。
絶対に逃がさないという強い気持ちを受け取った……。
仲間を殺された怒りで、俺への憎しみをつのらせているなら、お前のチビ助だって、人間を食べたんだぞと言ってやりたい。
ベナトナシュの火炎攻撃は、イングリッドが水幕を発動させたことで防いでいる。巨竜は地上の俺たちを眺めると、空中で羽ばたきながら一点で静止する。受け口のように見えるのは下顎が強靭ででかいからだ。
ベナトナシュは翼竜種だとわかる。巨大な翼の先には鉤爪を生やした手があり、その爪がカチカチと鳴っていた。目は瞳が金色に輝き、俺たちで言う白目のところが真っ赤である。
ハビエルの隣で、エリーンが矢を番えた直後、空中で静止していたベナトナシュが羽ばたいた。
突風に襲われた俺たちは、地面から剥がされるように飛ばされ、それぞれが方々へと転がる。元は何だったのかもうわからない瓦礫で背を強打した俺は、咳込みながら立ち上がり空中の竜を睨……どこ行った!? あの馬鹿!
いた!
アベルへと急降下したベナトナシュは、彼の一閃をくらって右手の爪を二本失うも、ばくりとアベルを喰らう。
「ぎゃあああああ!」
彼の絶叫とともに、上昇するベナトナシュの口から大量の血液がこぼれ落ちた。
イングリッドが風姫歌踊を放ったのがわかる。
巨竜は周囲をかまいたちに囲まれ、斬り刻まれながら地上へと落下してきたが、着地と同時に衝撃波を周囲に放った。
再び吹き飛ばされ、転がって何かにぶつかる。
「いってぇ!」
サリウドだった……。
「大丈夫か?」
俺の問いに、奴は首をふって否定を示すと竜を指さす。
「あいつ、さっきから何かをぶつぶつ言ってるぞ」
嫌な予感で、俺は五人分の魔封盾を発動し、自分と仲間を守る。
一瞬遅れて、ベナトナシュが意味不明な言葉を発する。
「ΑεΨΣΔ!」
空中に発生した巨大な炎の塊が、俺たち目掛けて落下してきた。
「炎王かよ!」
魔封盾で俺たち自身は守れたが、周囲の瓦礫が爆発で吹き飛ばされた。ハビエルがエリーンを抱えて跳躍し、俺はイングリッドと同じ方向へと跳んで、着地と同時に地面に伏せる。頭上を大量の破片が恐ろしい速度ですっ飛んでいったのがわかる。あんなものくらったら、骨が折れたじゃすまない。
巨竜は空中から地上へと、するすると降りて来て、廃墟と化した建物を踏み潰す。空を飛ぶ姿は軽やかだが、重量は相当なものだとわかった。
黒雲の中で雷が鳴るような音は、奴が喉を鳴らしている音なんだろう。
それにしても、この広い場所で戦うのは不利すぎるな……今さらか。
都合よく、近くに奴を閉じ込めるようなものはないし、あいつだってそこまでノコノコとついて来やしない。そもそも、俺たちの移動速度よりもあいつのほうが早いので、単純な追いかけっこは不利だ。
アベルは気の毒だったが、奴のように接近するしかない……いや、あいつは接近されて……接近させるしかないか。こっちが向かって行ったら、あいつは空中に逃げちまう。
俺は剣を投げ捨て、巨竜を見上げてゆっくりと歩く。
「おい、話し合おう。俺の言葉、わかるか?」
テンペストやステルアはこちらの思考を読むことができるが、こいつはそうじゃないらしい。だからこういう小細工もきくだろう。
巨竜は巨大な口を開けると、不気味な舌をのぞかせて笑う。その舌は、ガカで倒した奴と同じで蛭に似た触手がびっしりと生えていた。
気持ち悪い……。
「エリオット」
後ろにイングリッドが立つ。
「おい、おびき寄せているんだ。逃げとけ」
「手伝う。相棒だろ?」
彼女が俺の背に手で触れた。
俺は、自分が馬鹿だったと反省し、肩越しに笑みを見せた。
イングリッドが頷く。
こいつは、やめろと言ってもきかない。逆の立場になれば、俺だってそうする。
お前だけ逃げろなんて、くだらん神話の主人公が吐く台詞だ。俺たちは、一緒に戦う。
ここで、静止している巨竜の左目に、大きな矢が刺さった!。
「ΕΕΕ!」
悲鳴をあげて翼で顔を隠したベナトナシュ!
バッカ! お前、余裕こきすぎだ! 止まってればそうなる!
エリーンは二射目をつがえてすぐに放ったが、それは硬い鱗に弾かれただけだった。
奴はそこで、空中へと飛びあがると、地上へと火炎放射をみまった。
アホ。そんな単純な攻撃、くらうかよ。
水幕で防いだ俺は、ハビエルの声を聞く。
「エリオット様、逃げましたぞ!」
は?
火炎と水がぶつかりあうことで、大量の水が一瞬で水蒸気となり、霧となって俺の視界を遮っていた。
俺は火炎を防ぎ切ってから、イングリッドと並んで空を見上げる。
巨大だった竜が、小さくなっている。
あれは……東の方向に飛んでいってないか?
「イングリッド、イシュクロンの方向か?」
「東だが、そこまでは飛ばないだろう。あいつらが飛ぶのは鳥とは違って、わたしたちが走り続けるようなものだから」
「どこかで着地する?」
「お腹が減って、食料を調達しようとするだろうな」
「……ロマーナから東には、マーキュリーまで大きな都市はない」
俺は脳内に地図を描き、点在する宿場町を順に襲われたらと思うとゾッとする。
ここで、ハビエルとエリーンが俺たちのところへと歩み寄り、サリウドも合流した。
「まさか逃げるとは……」
ハビエルの感覚からすると、あり得ないことなんだろう。俺もガカでチビ助と戦っていなかったら彼のように信じられないでいるに違いない。ただ、あいつらも生物だと思えば理解できる。
目の球をやられて、それでも戦いを継続するのは物語の中だけだ……逃げられるなら、逃げる。そして、回復を図るだろう。あいつはこれが最後の戦いだなんて思ってもいない。普通にやれば勝てる相手たちから、予想外の痛手を受けた。一度、撤退しようと考えても不思議ではない。
だけど、はっきりとわかったことがある。
あいつは俺を認識している。そして、敵だとわかっていた。
チビ助を倒したから? そう考えるのが妥当だが、俺が倒したとどうやって知った?
水を飲み、ハビエルに問う。
「すぐに馬を手配できるか?」
「できます。エリーン、お前は帰れ」
「……」
彼女は気に入らないという目で上司を見た。
たしかに、あいつに一撃を与えたのはエリーンだったが、次はないだろう。武器の相性が悪く、彼女は魔法が使えない。
無言で睨み合っていたが、エリーンが頷く。
俺は水筒の水で顔を洗い、瓦礫の上でしゃがんだ。
二つ……いや、三つの特区が瓦礫の山だ。そして死体があちこちに、大量にあるだろう。
首都の防衛を担う部隊群も壊滅したと思われる。
これは……大陸で一強を誇っていたゴート共和国の凋落始まりだ。
-Elliott-
ベナトナシュ逃亡を許してから一刻後、俺たちは馬上となって東へと向かった。
ハビエルが斥候を東方面に放ってくれたので、あいつの逃げた先はすぐに判明する。
ロマーナから東南へ向かう街道上に存在する宿場町を襲ったと知った。
だけど、ロマーナを出るのに時間がかかった。もともと広い都市だ。それが竜に攻撃されて、中心地が破壊され、多くの人が犠牲になった。そして混乱をおさめるはずの軍は機能しておらず、元老院議員や執政官は我先にと逃げ出している。
略奪、暴行が繰り広げられる市街地は、夜となればさらに地獄となるだろう。
しかし、俺にできることはなにもない。
俺がすることは、あの竜にぶちくらわしてやることだ。
ロマーナ市の東部に広がる貧民街は、ベナトナシュの被害を免れていて無事だった。彼らはこれまでの鬱憤を晴らすかのように、武器を手に、市街地中心地へと群れとなって向かっている。
俺たちが馬で駆けていると、馬鹿な奴らがちょっかいを出してきた。
「止まれ! 馬をよこせ!」
俺は止まらず、斬撃を喰らわせる。
俺たちから馬を奪おうとした男の首が、胴体から斬り離されて宙に跳んだ。それを見て、他のチンピラたちが近寄ってこなくなった。
馬蹄を轟かせて貧民街を抜け、ロマーナを出た。
東の方向で、黒煙があがっている。
俺の隣に、ハビエルが並んだ。
「あれを倒す方法ですが、貴方に執着がある様子……あの時、貴方はそれをわかって囮になろうとしていましたね?」
「そうだ」
「では、次は貴方の後ろに私が隠れて、貴方に襲いかかる直前の化け物に飛びかかります。それで作った隙で、魔法をあいつに喰らわしてください」
「お前、死ぬぞ?」
ハビエルは笑う。
「戦いに出る度に、死ぬ覚悟はしています。楽な戦いなどこれまでなかった……今回はとびきり危ないですがね」
「……わかった」
ハビエルは、攻撃陣三人のなかで、自分が最も魔力がないと理解し、その役を担おうと決めたのだろう。
俺は、絶対に彼を死なせないで勝って終わると決めた。
絶対だ。




