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赤い悪魔と呼ばれる竜殺し  作者: ビーグル犬のぽん太
赤い悪魔と滅びの竜
36/55

予想外

 一月十日の朝。


 ゾルダーリ邸に入った翌朝のことだ。


 俺はいつものように眠りが浅く、その音で椅子から起き上がる。


 抱えていた借りものの剣を握り、窓から外を眺めた。部屋は二階にあり、ベッドにはイングリッド、ソファにはサリウドが寝ていたが、二人とも少し遅れて目覚めていた。


 イングリッドは寝癖だらけの髪を手でくしゃくしゃとしながら、俺の隣に立って外を見る。彼女はパジャマの袖で目をこすりながら口を開く。


「咆哮……聞こえたか?」

「たぶん」


 俺たちの後ろに、サリウドが立つ。


「おい、市街地のほう、えらいことになってるぞ」

「聞こえるのか?」

「ああ……エリオット、お前は倒したよな?」

「それは……間違いない」


 俺は頷く。


 サリウドが、俺に倒したよな? と尋ねたのは、竜を倒したよな? という意味で間違いない。俺は、魔法で奴を間違いなく仕留めた。


「だけど、エリオット……ロマーナで大暴れしているの、竜だと思うぞ」


 サリウドの耳には、竜の咆哮と人々の叫び、建物が破壊される轟音が届いていると言う。この住宅地とは離れた場所で殺戮が繰り広げられている……。


「俺が倒したのは、ベナトナシュじゃなかったのか?」


 俺の問いは自問だが、イングリッドが答えた。


「わからない。わたしも竜の姿を見ていないからな……」


 たしかに、そうだ。


 あいつが竜の姿になったのは、鉱山の外に出てからだ……。


「別の竜がいた?」


 俺の問いに、イングリッドは首を傾げた。


「ゴート共和国の地下にいるのはベナトナシュだけだと記憶している……」

「ともかく、どうする? 戦うか? 逃げるか?」


 サリウドの問い。


 俺は荷物へと歩み寄りながら答えた。


「戦う」




 -Elliott-




「馬鹿者、軍に任せておけばいい」


 親父どのの制止を無視した俺たちは、いつもの装備で外に出た。屋敷の庭では、避難の準備が着々と進められていて、ハビエルの指揮で百人ほどの部隊が食料や財産などを運び出そうとしている。おそらく避暑地にある別邸に逃げ込むつもりだろう。


 危機の時、真っ先に逃げるのがこういう政治家なのだと俺はつくづく嫌になる。ゴート共和国の共和制も、形骸化した仕組みと理念なき政治屋たちに食い物にされて汚れたと感じた。


 借りものの剣というのが不安だが、やるしかない。


 カルロ兄さんが、少女を伴って姿を見せる。


 イングリッドが固まり、俺も思わず二人を見た。


 あれがアイリーン殿下の!?


 二人は早々に馬車へと乗り込み、ひと足早く移動を始める。


 追おうとしたが、イングリッドに手を握られた。


「今は竜退治だ……お前の家族と一緒にいることがわかっただけでも良しとしよう」

「……わかった」


 この判断が後に後悔の原因になるかもしれないと思うも、全てが全て、思い通りにいくわけがないと諦める。今はまず竜だ。


 出発準備をするハビエルが、庭から外へと出る俺たちを呼び止めた。


「エリオット様、お待ちを」

「どうした?」


 彼は武装していて、男女を伴って俺へと駆け寄ると口を開く。


「お館様のご命令で、お供します。こちらの避難は部下たちに任せておけば問題ありません」

「竜と戦うつもりだぞ? 俺たちは」

「だと思いますので、お供します。私と、部下二人」

「……家族に遺書を書いておけよ」

「私も彼らも、すでにお館様に預けてありますので」


 ハビエルが手伝ってくれるのはとても助かる。ただ、彼には娘さんがいるはずだ……俺よりも二歳、三歳ほど年下の……南東部の村で母親と暮らしていると言っていたが、その母親はハビエルの奥さんではないという少し複雑な家族だったと記憶している。


 そういうことを口にして、彼に迷いがあるなら止めるというのは善人ぽい行いかもしれないが、俺はしないことにした。


 単純に、ハビエルが味方してくれるのは助かるからと、せっかく気持ちがかたまっているのに、いらんことを言って迷わせてしまう可能性もあるからだ。


 ハビエルの部下たち――アベルという二十代後半の男は長身で均整のとれた体躯で剣士だろうと腰の剣を見ればわかる。そしてエリーンは身体をすっぽりと外套で隠しているが、手にもつ巨大な長弓を見ると戦い方は理解できた。東方の亜人種の血が入っているらしく、黄色人種のなかでも顔立ちは幼い。


 ロマーナの中心地の方向から、二騎の斥候が駆け戻ってくる。


「隊長! ばかデカイ竜がボルツ宮を破壊しました!」


 ボルツ宮……ゴート共和国の前身である王国時代から残る宮殿で、共和制となった現在は共和国元老院のほか、執政府や最高裁判所が入る国家の中枢ともいえる。


 イングリッドが俺を見た。


「エリオット、ベナトナシュは生きていた……お前が倒したのは、別の竜だったのかもしれない」


 あの鉱山の奥、竜の巣はもっと奥まで続いていて、本命はさらに奥にいたということか……。


 竜退治……簡単に考え過ぎていたな。




 -Elliott-




 ロマーナは二十の特区から成る。その中のひとつボルツ宮から名前をとったボルツ特区へと急行した俺たちだったが、巨大な竜はすでに隣の特区へと移動した後だった。


 ボルツ特区はボルツ宮を始めとする巨大な建造物が多いが、無残に破壊された瓦礫の山のみとなっている。美しかった街路樹の並びも焼けただれ、地面は石材が散らばり、ガラスの破片や木材、石材が足の踏み場もないほどだ。そして充満する異臭は、数えきれない死が瓦礫の下にあることを突きつけてくる。


 惨状を前に、エリーンがえづいた。


 彼女は吐き終えると水を飲み、口をゆすいで水を吐き出す。


 サリウドが、東の方向を示す。


「あっちだ」


 瓦礫の山と化したボルツ通りを進み、半壊された建物の二階から東を眺めると大量の矢と魔法が地上から空へと吐き出された光景を見た。


 首都警備連隊が戦っているのだろう。


 だが、それを嘲笑うかのように鳴いた竜は、地上から空中へと飛びあがると口から炎を吐き出す。


「やばいな」


 ハビエルの感想に、誰も反応しない。


 俺が倒した竜の倍はあろうかという巨竜は、褐色の鱗を不気味に光らせながら口から炎を吐き出し続ける。地上から放たれていた矢や魔法は見えなくなると、巨竜は地上へと急降下し、再び上昇した。


 俺は、上昇した竜が口に咥えているものを見た。


 人だ。


 一人、二人じゃない数だ。


 巨竜はそれを咀嚼し、食べきれない部位がその口から地上へと次々に落ちていく。


 先ほどから絶えない爆発音は、巨竜が放った火炎によって軍が使う火薬が爆発をおこしているものと思われた。


 巨竜は空中で優雅に回転すると、俺たちをまっすぐに見た。


「見つかったな」


 サリウドが言う。


「わざわざ、俺たちを狙う理由はなんだ? ここには人がたくさんいるぞ?」


 ハビエルの問いに、サリウドが俺を指さした。


「ガカ鉱山で、こいつがあの竜に近い存在を殺した……それがあいつにバレているんじゃないですかね?」

「……子供だったりしてな?」


 俺の問いに、誰も答えない。


 エリーンが、自身の身長ほどもある弓にこれまた長い鉄の矢をつがえ、弦を引き絞る。外套の下に隠れていた彼女の肉体がその動きで露わとなり、男よりも筋肉質な身体はこの矢を放つためだけにあるのだと思えた。


 彼女が放った矢は、まっすぐに竜に向かう。


 巨竜は、躱すでも防ぐでもなく、それを受けた。


 竜の肩、大きな翼の生え際へと吸い込まれた矢が命中したか否か、俺たちには確かめようがない。しかし、巨竜がした所作――それはまるで、俺たち人が、肌に羽虫がついたのでそれを追い払うような――と形容できるもので、当たったのだと理解できる。


「目、鼻の穴……を狙わないと駄目ね」


 エリーンの言葉の直後、巨竜がグンと大きくなったように見えた。


「やばい! 突っ込んでくるぞ!」


 サリウドの声!


 大きくなったのではない!


 急接近してきた!


 俺たちは半壊した建物から次々と飛び降りる。


 直後、半壊した建物を巨大な竜が前足の爪で薙いでいた。鋭く大きな刃物で切られたような跡が建物へと幾本も走り、土煙は奴が再び上昇したことで舞い上がった粉塵だ。


 咳込みながら、空中から再び地上へと急降下してきた巨竜に挑む。


「突っ込んできたら、魔法をぶつけてやる!」


 サリウドが後方へと撤退するのを肩越しに眺め、隣のイングリッドが俺の左腕にちょいと触れたのを合図に、俺は剣をかまえた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 人間食べるなら人間爆弾という手がなくもない 爆発のタイミングのコントロールが難しいけど
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