雨に打たれて
もっと来い!
追って来い!
俺は山の中腹からふもとへと駆け下りつつ、迫る竜の速度が予想よりも遅いと感じた。しかし、肩越しに見えた奴の姿にその理由を見つける。
あいつ、イングリッドの魔法で傷ついた身体を回復しながら俺を追ってる……それだけ、彼女の魔法は効いていた。物理攻撃より、魔法攻撃に弱いんだな?
それにしても、回復する為に人を喰らいやがって!
町の中は奴に喰われた死体があちこちに転がっている。俺の視界の端で、屋根から死体がずり落ちた。クソ女が空中で内臓だけを喰らい、肉と骨だけになった死体を吐きだしたので屋根にかかっていたのだろう。そしてあちこちに散らばる死体は全て、グシャグシャに身体が折られている。
無残とは、こういうことを言うのだと怒りがこみ上げる。
イシュクロンとゴートの戦争は、人と人がやるもので凄惨であり不幸だ。しかし、それとは全く質の違う光景の中を走ることで、俺はテンペストやステルラも我を忘れるとこういう蛮行をするのかと不安を覚えた。
止めなければならない。
テンペスト……あんたは俺を助けてくれた。
今度は俺が、あんたを助ける。
「ΖΔζΑε!」
後方からの怒声に、俺は右方向へと飛び、炎上する家屋で射線をきる。直後の火炎が、地面を焦がし、大気を揺らがせた。
人語でいえば、喰らえ! とでも言ってるんか!?
後ろから攻撃する時、声を出すなよ、馬鹿!
声を出すなら、それを囮に使え、智恵なしめ!
俺は呼吸を整えながら立ち、家屋と家屋の間を走る細い路地を進む。炎上する建物のせいで、肌がチリチリと痛むが化け物から姿を隠しながら魔法発動の準備を整えるには適していた。
見上げれば、町の上を旋回して俺を探すクソ女がいる。
いや、女の姿ではなく竜になっているから、クソ竜だな……。
最果ての島を縄張りとしていたステルラは、指が六本だがこいつは四本だ。つまり、ステルラとは違ってただの竜……ただのというとおかしいが、神格がない生物の竜という理解でいいだろう。
俺はゆっくりと、脳内で呪文を詠唱する。
深呼吸をしながら、あいつが旋回しながら俺の頭上を通過した時、いきなりくらわしてやろうと考えていた。
ところが、そう都合よくいかないのが戦いというもので、あいつは何を思ったのか、山の方向……鉱山の方向へと向きを変えてゆるやかに飛び始める。
待て!
待てまて!
なんて諦めの早い奴だ!
くそ!
「間抜け! 逃げるな! 蜥蜴野郎! 死ね!」
わざと大声で怒鳴ると、竜が回転しながら俺へと方向を転じる。
直後、開いた口から火炎が吐かれた!
火炎弾に匹敵する火球の三連発を、俺は建物の影に隠れて逃れると、奴がこちらへと空を滑空してくるのを見る。
来た!
「明けの明星!」
魔法が、クソ女を捉える。
直後、俺へと突っ込んできていた竜の身体がぐにゃりと曲がった。だが、それは実際に曲がったわけではなく、光が屈折したことで見えているもの全てが歪んだというべきか。
竜は頭部が平たく曲がりながら伸びて、身体は逆に縮こまるように歪曲し、翼は急角度でそりかえり、尾はやけに細く長くなる。そして叫んでいるらしく口が開かれているのが、光の屈折によって実際よりも倍以上の大きさまで引き伸ばされていた。
しかし音は聞こえない。
音すらも、この魔法は外に漏らさない。
明けの明星が完了した時、空中に球状の揺らぎが残る。そしてそれは、周囲へと波動を放ち消えた。
突風に逆らい立つ俺は、疲労の極みで踏ん張れず地面を転がる。
身体に力が入らなかった。
この魔法、威力を高めようと集中しすぎると逆に力を全てもっていかれてしまう……扱いが難しいな。
黒煙が汚す空を見上げながら、両手を動かす。
力がまったく入らなかった。
しかたないと思い、諦める。
炎上する家屋と、転がる死体をただ眺めながら、二人が来てくれるのをただ待つことにした。
-Elliott-
雨が降り出した頃、視界にサリウドの顔が現れた。
「生きてるか?」
「動けない。起こしてくれ」
時間は、半刻ほどはたっただろうか?
サリウドに助け起こされた時、イングリッドに飛びつかれた。
「大丈夫か? 竜は?」
「大丈夫だ。腹いっぱい食べたい……あいつは明けの明星で倒した」
「さすがわたしのエリオットだ。つおくなったなぁ、本当に!」
抱きしめられて、支えられて立った時、雨で火災が収まりはじめた町へと戻ってきたイーサンたちと目があう。
イーサンとレイハルト、リリーが駆け付けてくる。
「兄さん、大丈夫ですか!?」
すっかり弟弟子のつもりらしい……でも、こいつは町の人たちを逃がした。そこは立派だと思う。
「イーサン、レイハルトも……ボルツァーノまで行って救援を要請してくれ……生き残っている人がいるかもしれない」
俺の言葉に、レイハルトが頷くとイーサンを見る。
「行こう。リリー! 行くぞ!」
「うん! あの……エリオット?」
俺は目の前に立ったリリーを見る。
「どうした?」
「貴方のことを悪く言ってごめんなさい。貴方はゴートでは複雑な人だけど、わたしは貴方の味方をする」
彼女はそう言うと、俺に肩を貸すサリウドの頬に手を伸ばした。
驚くサリウドに、リリーが笑う。
「もふもふぅ! 行ってくるね!」
情けない顔をしたサリウドに声をかける。
「落ち込むなよ、お犬さん」
サリウドが俺から離れ、ガクリと倒れてイングリッドが慌てる。
「サリウド! ちゃんと持って!」
「イングリッドの頼みでも無理だ。俺、こいつ嫌いだ」
「悪かったよ……ごめんて」
お犬さんに再び支えられて、雨をしのげる場所へと移動する。それは坑道の入り口で、そこには避難していた人達が待っていた。
「外の様子は?」
「町はどうですか?」
「主人がまだ町にいるはずなんです! 助けに行ってください!」
「お母さん、お父さんは?」
「あんたら、傭兵だろ? ……エルフ?」
「狼……? 人狼かよ! なんでお前らが人間様の町にいるんだ!?」
ちょっと待て……なんか責められてるか?
いや、間違いなく責められている。
「たしかにわたしはエルフだが、お前たちをここに避難させた傭兵の仲間だ」
「うるさい! お前らが竜を操ってゴートをおかしくしようってんだろ!?」
残っていたルーシーが、彼らを落ち着かせようと叫ぶも、町を破壊されて家族と離ればなれになった彼らの不安と不満が一気に俺たちへと向けられて、止めようがなかった。
罵詈雑言を浴びせられ、サリウドに石を投げた子供を睨んだ俺は、わめく奴らの前に出た。
「おい、そこのガキ、前に出ろ」
歳の頃はまだ十にもいっていない。
サリウドに怪我はないが、石を投げられたという事実に驚き、辛さを感じて表情を消している。
俺は彼の前に立ち、ガキを手招くも大人たちがガキを背に隠した。
「なんだ!? 化け物をかばうのか?」
「うるさい。俺の友人に石を投げたガキの右手をちょん切る。ガキ、前に出ろ」
「やめろ、エリオット」
イングリッドに止められても、俺はガキを睨みつづける。そうして、脅えたその子と、彼を守ろうとする大人たちに言った。
「俺はゴート人だが、お前らみたいな差別主義者と同胞だなんて思われたくもない。お前らみたいなしょうもない奴らを助けるために命をかけたと思うと情けないわ! クソどもが!」
俺はサリウドの肩を抱き、馬鹿どもに背を向ける。
「イングリッド、行こう。こいつらは助ける価値がない奴らだったけど、もう今さらだ」
イングリッドが、無言で俺に続く。
坑道から出て、雨に打たれながら歩く俺の後ろで、彼女が言った。
「エリオット、それでもわたしは、助けたいんだ」
俺は、応えることができない。
助けたいと思える人たちだけを助けるなんて、クズの思考だろう。
選別なんて、それこそ奴らと同じ差別主義者に落ちてしまう。
それでも、サリウドに石を投げたガキは許せないし、イングリッドとサリウドを差別した奴らへの腹立たしさはある。
いや……これは悔しさだ。
仲間を差別されたことが、悔しい。
「エリオット、悪いな? 俺のせいで雨に濡れちまう」
サリウドの言葉に、俺はたまらなくなって瞼を閉じる。
こいつは、こんなことは一度や二度じゃないはずだ……それで、諦めたように受け止めている。
突如、脳内にその声が聞こえた。
『人間、わたしが暴れたくなるのも、わかるだろ? ん?』
これは……テンペストの声か。
俺は、脳内で彼女に問う。
『だからあんたは、悪竜になったのか?』
答えはない。
サリウドが、耳を動かして前を睨んだ。
「複数の馬……騎兵? こっちに来る」
「ギルドにあいつらが駆け込んだにしては早いな」
俺の感想に、後ろに続いていたイングリッドが俺たちの前に出て前を覗くような仕草をする。
「見えんな……あれじゃないか? お前の家族? 居場所、わざとばれるようにしてたんだろ?」
なるほど。
そうかもしれない。
俺たちは、雨に打たれながら待つことにした。




