竜退治
「うぉおおお!」
突進し、武器による攻撃とみせかけて魔法を放つ。
風刃波で狙ったのは、女の尻から伸びているだろう尾だ。
女はイングリッドの魔法で確実に弱まっていて、俺の魔法を避けることができない。突進する俺に向かって殴打を放ってくる動きは、余裕のなさから視野が狭くなっている証だと感じた。
奴の殴打を盾で弾いた直後、女が驚愕の表情で俺を見る。
奴の背後で、切断された尾が地面に転がっていた。
短剣を奴の顔面に突き刺すも、硬くて貫くことができない。
女の裏拳を、咄嗟に盾で受けた。
盾が割れ、拳が俺の頭部にあたるも威力は落ちている。それでも意識が飛びそうになり、たたらを踏んで後退することを強いられるも、短剣を一閃させて敵の追撃を許さなかった。
視界の端に、サリウドがのそりと動くのが見えた。彼は胸のあたりを押さえながら、自分の短剣を抜くと俺の方へ放り投げる。
「すまん。あばらがいかれた」
サリウドの言葉に、俺は転がる短剣へと飛びつくことで応じる。割れた盾を投げ捨て、短剣二本をかまえたところで、イングリッドがゆっくりと立ち上がるのを見た。彼女は治癒の力を持っているから、俺が時間を稼いでいる間に、自分の怪我を治したのだろう。それでも、疲労が濃いのは明らかで、今にも倒れそうなほど顔色はよくない。
サリウドが、ハムの塊をイングリッドに投げる。
それに反応した女が、氷槍を発動してイングリッドを狙うも、彼女は防御魔法で防ぎながら跳躍し、空中でハムを掴むと転がりながら齧った。
女がイングリッドへと意識を転じた直後、俺は間合いに女を捉えている。
右の剣を振り降ろしながら、左の剣を外から内へと一閃した。
女は左手で俺の斬撃を掴み防ぐと、右腕で一閃を受け止める。
俺は掴まれた右の剣から手を離していて、ムカつく顔面に火炎弾を放った。至近距離から最大火力でぶっぱなした火炎弾に、女は顔面を鈍器で殴られたように後ろへと吹っ飛び、火だるまになりながら地面を転がる。浅瀬の水がたちまち蒸気となり、黒焦げとなった不気味な顔面の女が絶叫した。
「ΖμΕΔΖΦΨΕΕΦΑ!!」
意味不明な叫びは、俺への怒りか罵りか!?
ともかく効いたのは間違いない!
ところが、女はここで背から蝙蝠に似た羽根を生やす。
おい! 飛ぶのはなし! 飛ぶのは卑怯!
「ΔΨΓΕΨ! ΦΧεΖ!」
「逃がすか! 馬鹿!」
イングリッドの声。
彼女は、食べかけのハムを吐き出しながら叫ぶと、右手を女へ突き出す。
「光弾!」
イングリッドの右手から、拳大の光球が次々と飛び出し、それは次の瞬間には女へと命中していく。甲高い金属音が連なり、女の絶叫が重なった。
「ΧΕΦ!」
女は復活させた尾で光球を弾き始め、突如として飛びあがると、天井部分にぶつかり、悲鳴をあげながらも角度と方向を転じた。
「おい!」
俺が叫んだのは、女が俺たちが来た方向……出入り口の方向へとすっ飛んで行ったからだ!
「おい! あいつ! 逃げたのか!?」
俺の叫び声に、イングリッドが答える。
「そうだ! 追うぞ! サリウド! 走ることができるか?」
イングリッドの問いに、サリウドは荷物袋を抱えながらよろめく。
無理だな。
俺が彼を支えようとした時、イングリッドが俺を見た。
「わたしがサリウドを回復させる。エリオットは先に行って、奴を止めろ」
「わかった!」
「あ! ちょっと待て!」
イングリッドの制止で、俺は何事かと立ち止まると、急接近してきた彼女にキスをされた。
!?
「エリオット、頑張って」
「ああ」
俺が駆け出した後ろで、サリウドが嘆いていた。
「ヤバい時にいちゃつくんじゃねぇ……」
-Elliott-
くそ!
あいつ、どこまで逃げたんだよ!?
ったく! ふざけんな!
竜のくせに、苦戦したからって逃げるなよ! なさけねぇ! こっちは生身の人間なんだよ! お前らみたいに飛べないなんだよ! 卑怯なんだよ! ふざけんな!
まだ追いつかない!
どこまで逃げた!?
坑道に入っちまったぞ……血。
血があちこちについて……飛べなくて歩いて? いや、この血の間隔は走って?
そんなに俺らは恐かったか!?
ざまぁみろ!
……?
ちょっと待て。
ベナトナシュて、たしか人間を喰らうんだよな? 工員たちの死体の山……ぐちゃぐちゃになっていたけど、あきらかに食べ残しだ、あの散らかりようは……子供が嫌いなものを食べないで残すみたいに……あいつ、内臓ばっか食べてるってことか……?
疲れた……もう走れないぞ。
くそ……外に出て、食事するつもりだな?
出口がどの方向にあるか知っていた?
はぁはぁ……戦う前に倒れる……いや、あれだけ戦った後にこんなに走ったらマズい……水……くそ! 武器しか持ってねぇ!
くそ!
-Elliott-
坑道から外へと出た時、俺は凄まじい光景に足を止める。
ガカの町は、鉱山で働く者たちが生活をする場所で、家族もいた。彼らが暮らす家、彼ら相手に商売をする店など、小さくも活気がある町だった。
燃えている。
全てが燃えていた。
炎は勢いよく空へと噴きあがり、黒煙は竜巻のように渦巻いて大気を汚している。
悲鳴も怒声も聞こえない。
見上げると、巨大な竜が空を滑空していた。
蝙蝠に似た羽根を広げ、蜥蜴というには凶悪な顔つきを俺に向ける。その口から、幾人もの人間が地上へと吐き出されたが、それは内臓だけを食べられた後の食べ残しなのだろう……。
「ΧΕΧΕΓ!」
竜が口を開いて吠えた。
奴の口の中には、鋭い牙と、無数の蛭のような触手をもつ舌がある。あれで人の臓器だけを……。
このクソ女! 降りてこい! ぶっ殺してやる!
「ΧΕΕΕΕ!!」
ベナトナシュが咆哮した。それは突風を生み、俺は坑道の中へと吹き飛ばされる。
地面を転がり、咳込みながら立ち上がった時、その声がした。
「兄さん! 兄さん! 無事だったんですね!?」
振り返ると、坑道の横穴のひとつからイーサンが顔を見せていた。
「イーサン!」
「よかった! 師匠は?」
すっかり弟子になったつもりらしい。
「イングリッドはサリウドの回復を手伝っている。お前は町に帰らなかったのか?」
俺の問いに、横穴からレイハルトとリリー、そしてルーシーが出てくると、さらに奥から複数の声が聞こえた。
レイハルトが言う。
「町に出て、あんたらを待とうと思っていたら、いきなり竜が現れて……炎を吐くわ、人を襲うわでとにかく近くにいた人たちを連れてここに隠れたんだよ」
「さすがだ。判断がいいな」
褒めると、レイハルトは照れた……。
こいつ、いい奴かもしれない。
リリーが俺の姿をみて、心配してくれていた。
「いろいろ怪我してるみたいですけど、大丈夫?」
「これくらい、問題ない」
こいつ、本当は可愛い子なんだな? お犬さんのおかげでつっかかってこないな。
とにかく、外に出て……そうだ。
「おい、剣を貸してくれ」
俺の言葉に、イーサンとレイハルトがそれぞれに自分の剣を抜くも、レイハルトの剣は大きかったから、イーサンのを借りることにした。少し軽いが、俺の剣に近い……こうしてみると、鍛冶屋のリムライは俺にあう剣を貸してくれたいたのだとよくわかる。
「兄さんの剣は?」
「折れた。あいつ、馬鹿硬くてな」
イーサンとレイハルトが、目を見張っていた。
なんだ?
とにかく、俺は外に出ると決めて彼らに言う。
「三人はここにいろ……ルーシー、頼みがある」
名前を呼ばれた聖女が、「わたしですか?」と目を丸くしつつも進み出た。
「坑道の出口ギリギリのところでいいから、神聖魔法で俺を掩護してくれ……疲労でやばい」
「あ……そういうことなら是非! わかりました!」
「いいな……俺も戦いたい」
イーサンの嘆きを、俺は注意する。
「本当の戦士は、戦う時と退く時を間違わない」
「……はい。わかりました」
……なんだ? このザワザワザワぁとする感覚は?
弟弟子……いいかもしれない。
「エリオットさん、でも竜は飛んでいますよ?」
ルーシーの指摘に、俺は苦笑を返す。
「あいつは俺に腹を立ててるから、俺を狙う。反撃で仕留める」
坑道から出た時、背後でルーシーが神言を唱えるのが聞こえた。
空を待っていた竜が、俺を見つけて向かってくる。
俺は坑道を攻撃されないように、斜面をくだって町の方向へと走った。
背後で、ルーシーが叫ぶ。
「主神の力を借りよ!」
身体が軽くなり、動きにキレが戻った感覚がする!
これこれ! 神聖魔法さまさまだ!
俺は走りながら、滑空し迫ってくるクソ女へと魔法を放つ準備をする。それは、呪文の詠唱と集中を必要とする高等魔法だ。
前世の俺は、この魔法をうまく使えなかったけど、今は違う!
「智神ガリアンヌの恩恵、魂の根源、闇の中の息吹……」
走りながら、呪文を詠唱する。
肩越しに、迫る巨大な竜を見た。
もっと来い!
特大のをくらわしてやる!




