屍の山に座す女
サリウドが、イングリッドにその質問をした。彼は俺が頭痛に襲われた前世云々のことを総じて、まるっとまとめ、悩ましい問題という言い方をしている。
「あのイーサンが、悩ましい問題と関係があるとどうしてわかった?」
洞穴の奥へと進む俺たちは、しばらく敵の気配がないというサリウドの言う通り、敵との遭遇がない。あの魔神がいたから、周辺に化け物も寄りつかなかったという見方もできるのかもしれなかった。
イングリッドが少し間をおいて、答える。
「独特なのかもしれない……言語化が難しいけど、エリオットと長く一緒にいた時に感じた違和があった。なんというか……わたしたち、こちらの世界とは違う空気をまとっているというか……」
先頭を進む俺の背後で、二人が会話をする。イングリッドのおかげで、水の精霊が空間を照らしてくれている状況は続いていた。
「もやっとした感じなのか?」
「もやっとしているんだ。ただ、エリオットは随分とわたしたちに近いと思うけど、彼は遠い……なんといえばいいのかなぁ……雰囲気?」
「……よくわからないな。俺には戦闘馬鹿としかわからないが?」
「おい! お犬さん、ひどいぞ!」
「あ! お前、ふざけんな!」
「うるさいぞ、静かにしろ……ピクニック気分は駄目だ」
イングリッドの注意に、俺もサリウドも素直に従う。彼女は溜息ひとつを挟んで続けた。
「はぁ……とにかく、イーサンはエリオットと同じ立場にいる存在だ……弟子入りしたいというなら、近くにおいて観察するのもアリかもしれない」
「反対」
俺の言葉に、彼女が苦笑する。
「似た者同士は反発する例かな?」
イングリッド……それはもしかしたら、そうなのかもしれない。
サリウドが、歩みを速めて俺たちの前に出た。
「この先……右方向から臭いがする……いるぞ」
進んでいる洞穴は広い空間だ。壁面は地下水で濡れていて、足場はずっと濡れた地面が続いている。
俺は右手に片手剣、左手に短剣を握った。盾はサリウドが持っているので、必要であれば投げてもらう。
俺、イングリッド、かなり離れてサリウドという順で進み、洞穴が右へとくねるように曲がる箇所でそれを見つけた。
それは、俺たちに気付いていない。
微動だにせず、背中をこちらに向けていた。
「水妖魔……」
イングリッドが化け物の名を口にする。
鱗で覆われた身体は硬そうだ。大きさは成人男性ほどだが、両腕が異様に長く脚が短い。首がとても短く頭部には角が二本、縦に並んで生えている。正面から見ると、おでこと頭頂部に一本ずつに見えるはずだ。
「屍術を使う……黒皮狩人を従える化け物だ。黒皮狩人が隠れているはずだ」
彼女の言葉に、俺はうなずきを返した。
黒皮狩人は、蛙に似た頭部に筋肉質な身体をもつ化け物で、子供程度の知能を有し道具を使う。個体としては強いわけではないが、群れるので厄介な相手といえる。
「蛙は身体の色を変える……全体魔法で一気に決める」
俺の案に、イングリッドが頷く。
「わかった……あいつ、わたしたちに気付いていないフリをして、近づいて来るのを待ってる……ここでやろう」
彼女はそう言うと、一瞬で風姫歌踊を発動させていた。
さすがお師匠! いや……彼の兄弟子になると決めたわけじゃない……つい、だ。
風姫歌踊によって、水妖魔ともども隠れていた黒皮狩人たちが細切れにされていく。肉と血の残滓が撒き散らされ、洞穴の中は一瞬で赤くなり、地面は赤黒いヘドロに覆われたようになった。
魔法が終わったと同時に、イングリッドが何かを確認するかのように頷いている。
「どうした?」
「うん……イーサンの風姫歌踊と比較しようと思った。彼は呪文の詠唱をしていた分を差し引いても、殺傷範囲はわたしより広かった」
「精度、強度はどうだと思う?」
「近いと思う、鍛えたら強くなる……わたしがエリオットと初めて会った時、エリオットはすでに魔法の型ができあがっていた。いい師に会えて、基礎訓練をしっかりとされていた――」
彼女が言っているのは、前世の俺のことだろう。その時の俺は、父親から魔法を習っていたのである。
「――うえで、実戦を積んで魔法への理解を深め、経験を蓄えて、一流になっていた。エリオット、あのイーサンは一流になる素質がある……おそらく、悩ましい問題を抱えた存在は才能に恵まれているのだと思う……だけど、その恵まれた才能に満足し、酔って、他者をみくびりひけらかすような者になる可能性もまたある……彼を一人前にしたい。いいか?」
俺は苦笑し、答える。
「わかった。だけど、俺は兄弟子じゃないぞ?」
「わかっている。エリオットは彼の戦闘術をみてやってほしい。魔導士として一流になるには、戦士として一流にならなければ無理だ……」
同感だ。
俺たちは、拳を軽くぶつけあった。
-Elliott-
三人で洞窟をさらに進むと、その場所に出た。
とてつもなく広い空間は、水の精霊に照らされて青い世界となっている。その中心に、それがいた。
工員たちの死体と思われる肉塊の山に座る女は裸体で、赤い髪はおそろしく長い。彼女は俺たちに気づくと、一瞬で目の前に移動してきた!
咄嗟に斬撃を放った俺の隣で、イングリッドが風刃波を放って後方へと跳躍する。サリウドは濡れた地面を転がりながら距離をとろうとした。
俺の斬撃を、女は腕で受けるも皮膚が少し切れただけだ。
「ベナトナシュか!?」
俺の問いに、答える者はいない!?
サリウドはいつの間にか、地面に倒れて動かない。
イングリッドは壁に背をうちつけ、ぐったりとしている。
俺は目の前の女の顔を蹴り、その反動で離れると近いサリウドへと駆け寄る。そして彼の首に手をあて、生きていることを確認した。
女は、舌なめずりをすることで、紫色のぶ厚く長い舌をさらした。
縦長の瞳孔は赤く煌めき、俺を嘲笑するかのように顎を逸らして口を開く。耳まで裂けた口にはびっしりと鋭い牙がはえていた……耳が長い!
肉体の基となっているのは、エルフなのか?
白い肌は生気を感じない……作り物のようだ。
「サリウド!」
短く鋭い呼びかけをしても、彼は答えない。
いつのまにやられた? いや、地面を転んだのは自発的なものじゃなくて、なにか攻撃を受けたからか?
俺は右手の剣と左手の短剣を、身体の前で交差させて構える。そして、一瞬で火炎弾を発動し、同時に前進した。
斬撃をくらわそうとする直前、俺の本能が危険を察知する。
咄嗟に、左方向へと身体をなげだし、前転してから立ち上がる。
女は、ニタリとしていた。
俺は、奴の背……尻のあたりから伸びる太く長い尾が周囲の風景に溶け込むように消えていくのを視認する。
しっぽか……しかも風景に溶け込む……厄介だ。
直後、女の身体がぐらついた!
イングリッド!
彼女が氷槍が、女の身体を串刺しにしていたのだ。
それでも、女は自ら氷の槍を引き抜きながら、尾でイングリッドを狙う。さすがに彼女はそれを避け、壁を蹴って体勢を整えながら風刃波の二連発で女の尾を切断した。
「やった!」
イングリッドが叫び、同時に俺も走っている。
尾を切られ動きを止めた女の首に、斬撃をみまった。
しかし、岩を斬ろうとしたかと思うほどの強い反発を受け、刃は弾かれ体勢も乱れる。咄嗟に左手の剣を突きだすことで、女の蹴りを弾くことができていた。
後方へと転がりながら逃れ、火炎弾を放って距離をとると、炎を蹴散らすようにして女が俺へと突進してくる。
女の殴打を剣で弾き、蹴りを短剣で弾きながら氷槍で反撃をあてた。
胴を氷の槍で貫かれた女は、その一瞬だけ動きを止める。
瞬間、俺は片手剣を外から内へと払った。
女の首は二割ほど切れたが、剣がそこで悲鳴をあげた。
片手剣が折れた!
後方へと跳躍し、折れた剣を捨てて倒れるサリウドへと駆ける。彼の近くには荷物入れが転がっていて、俺はそれを掴みながら転がることで、女の蹴りによる追撃をかわした。
袋を掴み、盾を結びつけてある紐を切りつつ女を見ると、化け物は尾を再生させていた。
尾は、蛇のようにくねりながら風景に溶けていく。
ここで、イングリッドが魔法を発動させた。
俺が戦っている間を使って、呪文を詠唱し集中を高めて為された高度魔法!
「裂風渦!」
イングリッドが叫んだ直後、俺は彼女の魔封盾で守られているとわかった。それでも突風の衝撃で地面から剥がされるように浮かびあがる。
サリウドを掴み、守るように耐えようと目を閉じた。
しかし、裂風渦が途中で中断する。
どうした!?
目を開くと、地面に倒れたイングリッドが見える。
女はその肉体を激しく傷つけられ、血塗れとなっていたが立っていた。肩を上下に揺らしながら苦し気に呼吸しつつも、俺へと視線を転じてニタリとする。
こいつ、魔法を防ぎきれないと判断して、尾でイングリッドを殴って止めさせたのか……。
俺は、サリウドが持っていた荷物袋から盾を外した。
女が俺を見る。
強い。
強いけど、前世で経験したテンペスト相手の絶望は感じない。
魔法はきいている。
攻撃も、剣は折れたがきいていた。
あいつが死ぬまで、攻撃するだけだ、
俺は、雄叫びをあげて突進した!




