桁違い
魔神とは、悪魔種とも呼ばれている。大昔に地上を支配していた竜たちの僕で、現在は地下深くにもぐっているとされている。現在も地上に存在する魔族に似ているが、決定的な違いがある。
話し合いは不可能ということだ。
前世で戦った炎魔人なんかもそうだ。
強さはイングリッドが知る通りであれば、ひとつ倒すのにも苦労しそうだが、彼らは四人でやるという。
その自信は実力があってのものだろうと思うも、竜に近い存在と戦った経験からの自信と、雑魚を倒しまくって得た自信では天地の開きがあると思えた。それでも、俺も頭痛で苦しむ無様なところを見せてしまったし、意見をしたところで通じないなら黙って見ていることにする。
「エリオット、もう少し離れていないか?」
「サリウドは、その顔で臆病だな?」
「うるさい。耳がいいから、奴らの唸り声がよく聞こえる……不気味なんだよ」
奴らとは、魔神のことだろう。俺には何も聞こえないが、サリウドには聞こえているようだ。
「竜言語で何かを言っているな」
イングリッドの言葉で、俺たちは後退をしつつ四人を見守る。何かがあれば飛び出せるように、武器は携えたままだ。
レイハルトとリリーが果敢に前進し、イーサンが中衛、ルーシーが後衛の位置についた。
直後、イーサンが呪文の詠唱を始める。
俺は、がっかりした。
「おい、詠唱してるぞ……」
俺の嘆きに、イングリッドも肩を落とす。
「高度な魔法かと思ったけど、風姫歌踊だな」
イーサンは、風姫歌踊の呪文を高らかに詠唱する。その様子に、俺は彼がそうしている理由がわかった。
かっこつけたいんだ……誰に? ルーシーだ!
イーサン! 男の子なんだな? ま、若いもんなぁ……可愛い女子の前でいいところ見せたいんだな! なるほど、それで風姫歌踊か! その魔法の呪文、かっこいいんだよな! 俺も今度、詠唱してみようかな……いや、イングリッドに叱られて終わりだ……。
イーサンの唱えた風姫歌踊が、前衛二人の攻撃を掩護するかのように魔人を包み込む。無数のかまいたちで切り刻まれた魔人だが、無言で動き二対二の形をとる。
俺は長剣の握りを確かめた。
調子は普通だ……いや、すこし悪いかもしれない。さきほどの頭痛の影響だろうか……?
俺の左腕に、イングリッドがちょんと触れる。
行こう、という合図だ。
彼女も、魔人二体にあの四人では役不足だと感じたのだ。
魔人は、イーサンが呪文を唱えたものだから、防御魔法でそれを防ぎつつ、風姫歌踊を唱えたイーサンへと反撃魔法をあわせた。それは呪文の詠唱も名前も口にすることのない完璧な無音、無動作でおこなわれたので、イングリッドが魔封盾でイーサンを守っていなければ、彼はルーシーにかっこつけた直後に死んでしまったかもしれない。
レイハルトとリリーが、魔神とぶつかる。武器と武器が衝突し、甲高い金属音に気合いの声が連なった。だがその一合だけで、魔神の技量と筋力が彼らを圧倒しているのがわかる。
二人、いや四人は強いのだろう。しかし、魔神相手にはまだまだ経験も実力も足りていないことがわかった。
俺?
俺は魔神相手に戦ったことはないが、馬鹿強い奴らと戦ってきた経験がある!
俺はリリーに襲いかかる獅子頭へと接近し、彼女が反応できていない斬撃を剣で弾きながら火炎弾の魔法で、山羊頭を狙った。山羊頭はレイハルトを蹴り飛ばした直後で、倒れたレイハルトへと襲いかかろうとしていたところに魔法をくらって壁へと吹っ飛ぶ。
「ちょっと! 邪魔!」
リリーの抗議を無視する。
お前、俺が助けなかったら腹を斬られて内臓が出てたぞ……ったく!
斬撃を獅子頭にくわらし、奴の防御に魔法をあわせた。氷槍を敵は左腕で受け止め、出血しつつも雄叫びをあげて右手の長剣を俺に叩きつけてくる!
剣で受け、押し込まれつつも地面を転がり躱したところで、立ち上がりながら山羊頭へと氷槍を二発、お見舞いする。そしてレイハルトの後退を助けたところで、山羊頭へと加速した。
山羊頭が、真っ赤に染まった目を見せる。
直後、イングリッドの魔封盾が山羊頭の火炎弾から守ってくれたとわかった。紅蓮の炎に包まれながらも突進した俺は、驚愕する山羊頭の頭部を胴から斬り飛ばす。
地面を転がる山羊の頭部を獅子頭へと蹴飛ばすと、奴は怒って俺へと突っ込んできたが、その背後にイングリッドが迫っていた。
地中から突如現れた黒く巨大な手が、獅子頭を掴むと握り潰す。
獅子頭が理解不能な言葉を叫びながら、懸命に逃れようと巨大な手に抗うも、グシャっという不気味な音とともに手は拳を握った。その指の隙間から、赤い液体が滴りはじめる。
初めて見る魔法だ。
あとで教えてもらいたい。
茫然とするレイハルトとリリーが、そこでへたりこんだ。
俺がレイハルトを助け起こそうとすると、尿の匂いがしたので彼を見たら漏らしていた……いや、しかたない。これまでの敵とは桁違いの強い奴に会って、一合で力の差を感じて絶望したんだろう? 力の差を感じ取れたことが、彼の命を助けたのかもしれない。リリーのようにわからず突っ込んだらやられていた。だから、俺はリリーを最初に助けたわけだけど……彼女はそれに怒っている。
「ちょっと! わたし達を餌に使って敵を倒すなんて卑怯よ!」
俺はサリウドを呼び、食事を受け取りイングリッドと食べる。イーサンがレイハルトとごちょごちょと話し合いをしていて、リリーは俺たちへの罵倒をやめないが無視だ。
ルーシーへと水筒を差し出すと、彼女は安堵した表情で受け取る。
「ちょっと! こっちを見なさいよ!」
リリーは無視だ。
「ルーシー、俺たちは奥へと進むけど、君たちは引き返したほうがいい」
俺の意見にイングリッドも同意する。
「そうだな……もぐもぐもぐもぐ……今ならまだ死なずに済む」
ここで、イーサンがリリーを止めて俺たちの輪にくわわる。
「師匠! 一緒に行きます!」
師匠?
「俺らはお前の師匠じゃないぞ?」
「イングリッド師匠! お願いします! 弟子にしてください!」
イングリッドかよ! いや、彼女の魔法はとてつもないけど……なんだ? この不満に思う気持ちは……イングリッドに若い奴がつきまとうのが嫌な自分がいる。
「わたしは弟子をとらない」
「イングリッド師匠! お願いします! 連れていってください」
「エリオット、こいつはこう言っているけどどうする?」
「お断りします」
イーサンは明らかにガックリとして、俺に頼み込むポーズを見せる。
「兄さん! 弟子でいえば兄さんですよね!? 兄さんからも説得してください」
弟子? 俺はイングリッドの弟子にされているのか!?
俺が苦笑すると、イングリッドが得意げに俺を見ていた。それでも彼女は、イーサンとレイハルトに言う。
「あのうるさい女を連れて上に行け。言う事をちゃんと聞けば、考えなくもない」
「わかりました! レイハルト、早くズボンをかえろ!」
「うるせーよ!」
男二人がガヤガヤと帰る支度を始めたことで、リリーが居心地悪そうに俺たちを見ていた。
サリウドが、食料を彼女にわけてやりながら声をかける。
「お前は強い。こいつらが異常なんだ。誰もお前が弱いなんて思ってないから」
狼顔の気の利いた台詞で、リリーは途端に涙をこぼす。そしてサリウドの胸に顔をうずめ、大泣きを始めた。
「本当は恐かったよぉ……」
「よしよし、頑張ったな? 上にあがってな?」
「うん……お犬さん、ありがとう」
サリウドが情けない顔をする。
お犬さん……こんど、奴をからかう時につかってやろう。




