人を喰らう竜
朝飯を買って宿に戻ると、イングリッドとサリウドは寝ていた。ベッドに大の字になったイングリッドと、長椅子にのびぃとなって寝ているサリウド……犬みたいだ……。
持ち帰りで買った珈琲三杯と、パンにチーズとハムを挟んだもの、根野菜のスープが入った器などを円卓に置く。
イングリッドが、飛び起きた。
「ご飯!?」
「おはよう」
「おお。朝ご飯だ。歯を磨いてくる」
彼女を起こすには、美味しい食事の匂いを嗅がせればいいと長い付き合いなのでわかっている。そして、やはりサリウドも起きた。
嗅覚が優れているので、俺と飯の匂いで起きたのだろう。
「地下街は収穫があった。そちらは?」
サリウドの問いに、俺は笑みを返す。
「ばっちりだ」
「よし、食べながら話そう」
洗面所へと入り、歯磨きするイングリッドの横で顔を洗う。そして口の中を濯いで食卓に戻った。サリウドは欠伸をしながら珈琲に手を伸ばしている。
「俺から話そう」
俺は、サリウドの隣に腰かけて昨夜のことを説明する。
「屋根裏にしのびこんで、親父と兄さんの会話を盗み聞くことができた。竜に関係する計画があるということが聞けた。アイリーンのこともそれに関係している」
「ゾルダーリ家の私兵が、地下街の掃討作戦に参加していて、エルフを幾人か捕まえていったそうだ。それは結局、奴隷市場で売ろうというのではないだろう? わざわざゾルダーリ家が金儲け? ないね。エルフを捕まえる理由は、憑代だろう」
サリウドはそう言うと、珈琲をすすり、歯磨きを終えて現れたイングリッドを見た。彼女はパンを掴み、かぶりつきながら俺たちを交互に見る。
話を続けろという意味らしい。
「例の件、あんたから話すか?」
サリウドの問いに、イングリッドがコクコクと頷きながらハムチーズパンを頬張る。
例の件? なんだろう?
サリウドが話を続けた。
「イングリッドも俺の考えに同意だった。近々、ゾルダーリ家は軍とは別の動きを取るのではないか?」
「それ、竜に関する計画だろう。ギュレンシュタインと休戦交渉中で、締結したら五か国半島に行くと兄さんが言っていた」
「五か国半島に何がある? たしかにテンペストは五か国半島だろうけど……」
「ふぁうふぁんふぁうふぁふぁ」
イングリッド、食べてからでいいから……。
ゴクンと飲み込んだイングリッドが言う。
「神殿がある。最果ての島……死者の都市にある」
「そこ……前世で俺は行った記憶があるぞ」
俺の言葉で、イングリッドは珈琲を飲もうとしていた所作を止めた。
「そういえば、言っていたな? 前世で、その……家族と再会できたとか」
「そうだ。あそこか……ステウラという赤い竜が守っているところに、テンペストもいて、どうやって接近するんだ?」
「……竜の命の欠片を、彼らが持っているなら……身につけている者が乗る船は攻撃されない」
彼女の言葉で、俺は当時の記憶を脳裏に描いた。前世で俺は……あの島に誰かと二人で行ったはずで……イタタタタ……思い出した。リュミドラという相棒と行った時、ステウラは俺がテンペストからもらった竜の命の欠片を持っていたから攻撃してこなかった。
「では、その前に止めないといけないということだな?」
俺の問いに、イングリッドとサリウドが複雑な表情をする。
彼女が、珈琲を飲んでから俺を見た。
「実は、地下街で聞いたのだが、鉱山が今、休業中らしい。地下で竜の巣にあたってしまったと……共和国はこれを隠している……問題なのは、いずれ竜は外に出るということだ」
「……その竜は? どういう竜なんだ?」
「特徴がわからないので、なんともいえないが、過去にゴート共和国の西側の山脈……地底で眠りについた竜と同一なら、それはベネトナシュだろう。エリオット、こいつを封印したい」
「……イングリッド、賛成はできない。それで遅れをとったり……俺たちに万が一のことがあったらテンペストは? バルボーザは? どうするんだ?」
「ベナトナシュは、人の味を好む……エルフやドワーフ、オークではなく人を喰らう竜だ……満腹になるまで人を襲い、またそこで眠りにつく……ゴートの人たちが大変なことになる」
「イシュクロンにとっては良いことに思うけどな」
俺は、賛成しかねるという感情でそう言っていたが、イングリッドの表情を見て反省した。
「ごめん。ひどいことを言った」
「……エリオット、わたしはエルフで人間じゃない。イシュクロン王国にとってゴート共和国は敵国だ……お前に出会うまえのわたしなら、放置していたと思う……だけど、エリオットと出会ったわたしは、この国の人たちが苦しむのを見過ごしたくないんだ」
俺は両手で頬を挟むように叩き、サリウドを見た。
「お前の意見は?」
「俺はイングリッドに賛成だ。俺たちは正義の味方だろ?」
「なんだそれ?」
サリウドはおどけながら言う。
「竜王の復活をとめたい? こんな神話の主人公みたいなことを実際にやってるんだ。俺たちは正義の味方のはずだ。だから善行には賛成だよ」
前向きなやつ……だけど、わかった。
たしかに、イングリッドは他種族のためにも命をかけて戦っていた。俺はこれを前世の時から知っていたはずだ。
俺がひよっているだけだ。
俺は、半分ほど残っているパンを、お詫びとばかりに彼女に差し出す。
にんまりとして受け取ったイングリッドに、質問をした。
「それで、ベナトナシュはどれくらい強い?」
「格はテンペストには遠く及ばないし、ステウラからもさらに落ちる竜だ。言葉も話せないし……魔神くらいの強さだと思えばいい」
魔神とは、まだ戦ったことがない。
サリウドを見ると、彼は首を絞める仕草をした……。
やばいってことね……ま、楽な戦いなんて世の中には存在しない。
雑魚だと思って油断したら、あっという間に命を落とすことがある。
神話の主人公のようにはいかないんだ……。
-Elliott-
俺たちに追い風が吹いたと知ったのは、十二月二十三日の朝だった。
宿の外が騒がしく、窓を開けると「号外!」と叫ぶ弁士がいた。彼らは時事を市民たちに広める役割をもっていて、各報道社が雇っているのである。
「号外! ギュレンシュタイン皇国が、一切の交渉には応じないという通達を我が共和国に対しておこなった! これは民主主義に対する冒涜であり、挑戦といえる! 共和国は圧政者たちから民を解放する戦いを継続するものとして! さらなる派兵を決定する見込みだ!」
カルロ兄さんは、出発できなくなった。
理由は、忍び込んで聞いた話だが、実際のところ、ギュレンシュタイン皇国と戦争状態のままで、ゴート共和国から五か国半島に船を出すのは無謀だ。共和国から船で北上するとなると、中央大陸の西側の西海を北へと進むことになるが、途中はギュレンシュタイン皇国が制海権を握っている。では、これを避けて大陸を東周りでとなると、イシュクロン王国が制海権を握っている海域を通過する必要にぶつかるだろう。
となると、西方大陸の西側をぐるりとまわる航路になるが、現実的ではないし、仮にこれを強行した場合、膨大な金と時間を失うことになる。
では陸路という考えはない。船で行くより困難だ。
こうして俺たちは、時間との戦いを避けることができたのである。
ギュレンシュタイン皇国! 大好きだ!
これで、俺たちはベナトナシュ討伐をおこなうべく、共和国西部の鉱山都市ボルツァーノへと向かうのだが、俺はわざと街道を通って向かおうと二人に言った。
「どうしてだ? 見つかるぞ?」
「実は……」
俺は、実家で盗み聞いた父と兄さんたちの微妙な関係を話した。
「密偵に見つけてもらえば、あちらから招待してもらえる。堂々と話を聞いて情報を頂ける」
「……お前は悪い奴だ!」
サリウドのそれは、褒め言葉だと信じよう。
イングリッドが言う。
「では、ボルツァーノでは傭兵ギルドに堂々と顔を出して、討伐の仕事を受けよう。傭兵なんだから、これまでの敵が今日は味方ってことは不思議じゃないはずだ。お金、もらえる。おいしいご飯、食べよう!」
そうだな。
時間的余裕を得たし、ボルツァーノに俺が現れたということが知られたら、ゾルダーリ家からの接触も早くにあるだろう。
「わかった。そうしよう」
俺たちは、昼前に宿を出た。




