実家にて
暗くなり、茶屋を出て住宅街へと戻る。
見回りの兵たちがいるが、堂々と歩いていると声をかけられることはない。こそこそとしたり、彼らから目を逸らしたりすると、おい待て、となるのである。たとえば目があったなら会釈を返すことも大事だ。
ゾルダーリ家の屋敷に近づくと、私兵が周辺を警備していた。だが、俺は内部の配置を知っているので、彼らの見回りの隙をついて、壁に飛びつき、ひらりと敷地内へ着地する。そこには庭師が道具を入れる小屋があり、鍵などはつけない。扉を開き、隙間に身をよせて扉を閉じた。
ここで完全に、寝静まるのを待つ。
俺は立ったまま、浅い眠りをとった。
しばらくして、身体が痛みだす前に腕を動かし、反応が鈍くなっていることを確認しながら、各部位を少しずつほぐしていく。
ゆっくりと身体の状態を元に戻し、小屋の扉を開いて庭へと出た。
庭は、遊歩道を照らす屋外灯で暗くはない。
昔は、ここで剣の稽古をしていたと思い出し、忍びこむことになった現在に笑いたくなる。
今日は屋根裏に忍びこむことが目的なので、居館の裏手へとまわる。井戸や納屋がある近くに居館裏口があり、壁をよじ登れた一階の屋根に上れるからだ。そこから二階の屋根へとよじ登れば、屋根裏の窓が近い。
見回りの奴らをやりすごし、助走をつけて一階の屋根の端、軒に手をかける。そして腕の力で身体を持ちあげ、壁を蹴る勢いを利用して屋根の上へと上半身をのせた。それから脚を軒にかけ、身体を上へと一気にあげる。
呼吸は乱れなかった。
一階の屋根の上を猫のように進み、見回りが地上を歩けば二階の壁に身を寄せてやりすごす。そして、彼らの隙をついて、跳躍して二階の軒へと手をかけ、さきほどと同じようにして上に昇った。
おそらく、父はこの屋敷にいる。そして、カルロ兄さんもいるはずだ。ガルディアン兄さんは対イシュクロン王国の軍団にいるので、ここにはいないだろう。
親父の寝室と書斎は北西の角……俺はまず屋根裏の窓へ手をかけ、炎の魔法を使ってガラスを溶かした。じわじわと火炎弾を発動するのは、通常に比べて集中力が求められ疲労を感じる……意外な発見だ。
穴から内側へと手を突っ込み、錠を外して窓を開けた。
屋根裏は物置で、とくに書類関係が入れられている。
灯りをつけるわけにはいかないので、暗闇の中を北西へと進む。足音をたてないよう、ゆっくりと歩いた。
高さは一メートルほどなので、身を屈めていると腰の負担が大きいと思い、それならばと四つん這いになる。埃っぽい空気にうんざりとしつつ、父の書斎の上あたりに到着したことを、下からかすかに聞こえる声で判断する。
夜に客か?
いや、カルロ兄さんだ。
ちょうどいい。
二人の会話を聞かせてもらう。
「……だということで……否決された。元老院はよく理解できていないようだ」
親父の声だ。
「しかし、私のほうで計画が進めば、彼らは嫌でも承知するほかありませんでしょう」
カルロ兄さんの声だ。
「しかし、大丈夫なのか? そんな昔話を信用して?」
「父上、昔話にしているのは我々、人間だけですよ。耳長ども……樽どもも、今の現実として理解しています」
耳長……エルフの蔑称だ。そして樽とはドワーフの蔑称である。
カルロ兄さんは、他種族を下にみるような人ではなかったが、会っていなかった期間で変わってしまったのだろうか。
「アイリーンは、亡命に失敗したようだな?」
「あの女がおらずとも、当初の計画どおり事を進めれば問題ありません。よって、ギュレンシュタインとの休戦と同時に、艦隊を率いて五か国半島に向かいます」
「半分、人間でも問題ないのか?」
……アイリーンの子供に関して話し合っている?
「それはやってみなければわかりませんが、そこらの耳長を捕まえて宿らせるよりは成功率は高いでしょう……いえ、念の為に耳長を数匹、連れていきますのでご安心を」
「成功させるのだ。そのために、ギュダール家の借金を肩代わりしてやったのだからな」
ギュダール家……北方騎士団領国の総長家だ。前世の俺は、このギュダール家に関わりがあり、敵でもあった。あの時、三男が総長となり、存続したのだが、ヴァスラ帝国との戦争へと突き進んだ騎士団と周辺諸国は、膨大な軍事費に苦しむことになった。
前世の俺は、イシュクロンで戦い、五か国半島に戻って戦い、と大忙しだった……。
ある意味、テンペストの復活が戦争を止めたのであれば、半島にとっては幸運の竜ともいえるな。
「そういえば、エリオットの行方は掴めておらんのか?」
え? 俺?
「あいつは、ロンディーヌで暮らしていたようですが、その後はあちこちを移動し続けていて、途中、密偵も見失ってしまいました。以降の足取りは終えていません」
あぶねー!
なんだよ!
つけられてたんかよ!
あちこちに移動?
イングリッドの寝所を探していた時か!?
たしかに、あっちこっちに休みなく移動していたから……たぶん、フォーディ族の集落あたりで見失ったな?
「あいつは……本当に赤い悪魔と呼ばれる忌々しい傭兵と同一人物か?」
「他人が騙っていたわけではありませんでした……たしかに、あいつなら話に聞く赤い悪魔の活躍も事実なのでしょう……再会した時、問答無用で攻撃しましたが強かったですよ」
「……懸賞金をかけるという話を潰しておいてよかった……しかし、お前よりも強いのか?」
「さぁ? お互いに本気ではなかったのでなんとも……ただ、あいつはアイリーンの護衛をしていました……アイリーンが、どういう意図であいつを護衛にしたのか不明なれど、竜云々に関わってくるなら邪魔です」
「とにかく……見つけ出して連れ戻せ」
「勘当のことを伝えておりますので、おとなしく戻るとは思いませんが?」
「それでもなんとかするのだ」
「……諦めてはいかがです?」
「馬鹿者……お前たちとは母親が違うのだ! ガルディアンもお前も、いずれはエリオットに仕える身だったのに……どうしてこんなことに」
……それ、本気で言ってるのか?
母親が違う? だと? どういうこと?
「しかし父上、国内に広まった赤い悪魔の話と、ゾルダーリ家への批判、どう鎮めるのです? あいつが戻れば、裏切り者がまた裏切りを働いて戻ってきたと非難ごうごうでしょう?」
「愚民など、金をばらまいておれば問題ない。時間がたてばすぐに忘れる。新たな事件を起こせば興味はそちらにいくものだ。さっさと見つけて連れ戻せ……本人が嫌だというなら、どうしたいのかを聞きたい。その為にも、俺の前に連れてくるのだ」
「承知しました」
やだやだ……親父の嫌なところを盗み聞いてしまったよ。
しかし、俺の母親だけが違う? 初耳だ!
なるほど……俺が、兵役で後方支援についた時、どうしてギュレンシュタイン皇国の軍勢が俺のいた連隊を急襲したのかわかった!
ガルディアン兄さんが、流したな?
親父から、今の話を聞かされていたんだろう……当時、すでに軍部で実力者だったガルディアン兄さんならば可能だった。
俺の連隊に、あの命令を下す。そして、その情報を敵に流す。
俺はめでたく、敵の手で戦死となる……はずだったのに、死んだと思ったらイシュクロン王国でゴート人が傭兵として戦って活躍し始め、それが話題となって広まった……その傭兵の名前はエリオット・ヴィラール……母さんの家名だった……いや、母さんだと思っている人の実家か……。
皮肉だな。
家の格、血筋……共和制でありながら、そんなことを気にしている人間が、この国を動かしている……。
俺は、それから屋根裏に入れられている書類の箱を注意深く探っていった。下からはもう話し声は聞こえてこない。
重要なものは見当たらない。
まあ、いらないものをしまっているのだからと思いつつ、さらに書類箱を次々と開けてみたが、やはりここにはなにもない。親父の書斎か、兄さんの部屋かとも思うも、それはさすがに危険すぎ……まてよ?
親父は、俺に戻ってきてほしがっている。
これを利用すればいいのではないか?
密偵……に見つけてもらったほうが信憑性が高くなるな……。
イシュクロンからロマーナまで、見つからないように街道や公道を避けていたが、わざと一度、郊外に出て宿場町をうろうろとしたほうがいいかもしれない。
俺はこの日、明け方に屋敷を抜け出し、宿に戻った。




