ロマーナに潜入
国ごとに暦はあるが、移動のたびに年数が変わるのは面倒なので、俺はいつも竜暦を使っている。これは、竜の世界が終わった年を元年とするもので、現在は二五六六年だ。
ロンディーヌで旅の支度を急いで終えて、剣の相談に関しても打ち合わせを素早くおこない出発した俺たちは、竜暦二五六六年の十二月二十日の昼に、ロマーナに到着した。
俺は四年ぶりだ……。
ゴート共和国の首都であり、中央大陸最大の都市だ。都市圏全体では百万人以上の人口を抱え、経済圏としてもギュレンシュタイン皇国の皇都を凌ぐ。
街路は全て石材で舗装され、街灯はどれも立派なものだ。午後八時をまわっても外を歩く人の数は減らない。
表通りの立派な宿には泊まれないので、貧民街に近い市街地北東部のグイラ通り街区で宿をとった。
連れがエルフと人狼であると、この国、とくにロマーナでは石を投げつけられるに値するのである……。
恥ずべき行為と価値観だけど、小さい頃からそう教えこまれてきた人々に、そうとわからせるのは不可能だろうし、俺もそれをするつもりはない。
とはいえ、いちいち攻撃されるのは面倒なので、イングリッドはフードを深くかぶり、サリウドはフードに仮面をつけて、また身体をすっぽりと覆うローブをまとってもらうことで過ごしてもらっている。
こうまでして、ロマーナに来たのは理由があった。
ふたつ、ある。
ひとつは、俺とイングリッドが魔竜テンペストから授かった竜の命の欠片は、それぞれひとつずつなのだが、そのうちのひとつを奪ったのが俺の兄だろうと思うからで、彼から竜の命の欠片を取り戻したいのだ。
今、手元にはイングリッドの竜の命の欠片があるが、彼女曰く、ふたつ揃っていたほうがいいらしい。
竜の眷属と遭遇した時、テンペストの竜騎士だと示すことができる。一緒に行動している時はいいが、別行動をとっていた場合、俺か彼女……その時に竜の命の欠片を身につけていない者が困ることになる。そして、竜の命の欠片を兄が使ってしまった場合、化け物になってしまうことはわかっているので、それを防ぐ目的もある。
ふたつめは、魔王と呼ばれたアルフレッド・マーキュリーとアイリーンの間に生まれたハーフエルフが、ゴート人たちに協力をしているなら、これを止めないと竜王は復活してしまうということだ。
竜王が地上に復活すると、彼が支配する冥界は支配者不在となる。すると、竜王によって冥界の深部に封印されている金竜が解き放たれてしまうだろう。
幸い、兄さんとこのハーフエルフは行動を共にしているようなので、実家を探ってみようと思っていた。
「どうやって潜り込むのだ?」
宿の部屋に、外で買いこんだ食事をもちこみ晩飯中である。
鶏のもも肉を焼いたもの、肉まんじゅう、青菜炒め、皮つきの豚の角煮、ワインだ。
四人分を買いこんで、三人で食べる。
一人で二人前を食べる食いしん坊がいるのだ……。
俺は、肉まんじゅうを頬張り、イングリッドの問いに答える。
「広い家だから、忍びこむのは簡単だ。俺は住んでいたから、どこから忍びこめばいいかもわかっている。二人は待っていてくれ」
「忍びこんで、兄貴に尋ねるのか?」
サリウドの問いに、俺は笑った。
「そんな馬鹿なことはしないよ、神話の主人公じゃあるまいし……屋根裏に隠れて盗み聞いたり、親父や兄さんたちの書いた手紙などを探そうと思っている」
「わかった。では、俺は地下街のほうに顔を出していろいろ探ってみる」
サリウドが言う地下街とは、ロマーナの地下墓地のことで、この都市で迫害を受けながらも、他所へ逃げることができない者たちがそこで暮らしているのだ。軍による掃討作戦は定期的に行われているが、地下街の住民たちの結束と、彼らを支援する団体が表と裏にあり、成功しているとはいい難い。
「イングリッドはどうする?」
俺の問いに、彼女は笑う。
「わたしはそうだな……エリオットについていくのは難しいから、サリウドについていこう。地下に逃げ込んでいるエルフがいれば、わたしが話を聞くほうがいいかもしれない」
「そうだな、それはたしかにそうだ」
サリウドが賛成し、俺たちは明日から動くことにした。
-Elliott-
ゾルダーリ家の屋敷は、ロマーナ市街地の西側に広がる住宅街の中にある。森との調和を図った区画整理区域で、隣国の森を破壊しているくせにと思いながら、外壁に囲まれた懐かしの実家を離れた場所から眺めた。
変わっていない。
邸内には、居館の他に客人たちを止まらせる来賓館があり、使用人たちが寝泊まりする離れもある。厩舎に兵舎があるのは、私兵を雇っているからで、彼らは警備や護衛の任につく。この私兵だが、共和国の軍兵よりも強いだろう。
ゾルダーリ家の屋敷を守る部隊と、荘園を守る部隊が地方にはいて、総勢二百人強だ。そして彼らを束ねるのが、俺の剣の師匠であり、魔法を教えてくれた剣聖ハビエル・マヌカロフ。
一人で彼らを突破して竜の命の欠片を取り戻して、ハーフエルフを見つけるなんてことは、演劇のなかだけのことだろう。
俺は住宅街の中を堂々と歩きながら、いざという時の逃走経路を決める。俺が軍に入るまえと今で何かが変わっているということはない。
そして、住民たちの憩いの場である公園の森へと入り、散策をする家族を眺めながら、人工の池と小川を前に苦笑する。
人にとって都合のよい自然のみが、ゴート共和国においての自然なのだ。ここには、毒草や毒虫、毒蛇はでない。花々は美しいものばかりで、異臭を発するものは排除されている。蔦などは景観を損なうからと刈られていた。
夜まで、ここにいようと決めたが、馬鹿らしいつくりものの中で過ごすのはけっこうな苦痛を感じてしまう。
俺は住宅街へと出て、屋敷に近づかないように歩く。
そうしながら、どうしてアイリーンは竜王復活を察知できたのだろうかと、そもそもの原点を考えた。
彼女は、竜の巫女だ。これは周囲も認めているから事実だ。その彼女が、竜王の復活が近いということを勘付いたと聞かされているが、竜王復活には、神使の助けとテンペストの存在、そして肉体が必要となる。
テンペストは復活している。
欠いているものは、神使の助けと、肉体だ。
前者は前世の戦いで、聖女が復活を助ける神使であるヴェリガナールを、神聖魔法によって冥界に送って倒して……倒してはないのか……地上から排除しただけだ。ということは、ヴェリガナールは冥界に……竜王がいるのも冥界……あれ?
二百年前、俺たち、やっちゃっているんではないか?
……。
あの時、竜王の復活を企んでいたのは、聖なる騎士団という組織だったのだけど、その戦いの中で、人間に憑依したヴェリガナールという神使と戦闘になった。人間を憑代にしていたことで、実力を発揮できていなかった神使を俺たちは倒したと思っていたけど、俺たちは利用されていたのか?
いやいや、考えすぎだ……想像の域をでないことを不安がっても仕方ない。だけど、奴は冥界に送られ、竜王もまた冥界にいたのは事実だ。この両者が、冥界で接点をもつ可能性を無しとはできないだろう。
アイリーンは、竜王の巫女だから、竜王が地上へと復活しかけていることを察知した……その方法は? わからないがあとでイングリッドに聞いてみよう。ここまでが事実だとすれば、憑代が必要になるが、アイリーンの行動が、切羽詰まったものからだとすると、彼女は我が子が憑代に使われると予想し、守ろうとしたのではないか?
だとすれば、アイリーンはアロセル教皇領で、ゴート共和国側にどんな提案をした?
教皇に、どんな話をして協力を取り付けた?
考えながら歩いていると、茶屋が目に入った。
住宅街から離れて、第五市場のほうまで来ていたみたいだ。
俺は茶屋に入り、時間を潰すことにした。




