救いたい
アイリーン殿下の居住館は、王城の南西に位置する塔だ。三階建ての塔で、一階に入ると、専任護衛のレイが俺たちを迎えてくれた。
「イングリッド様、おひさしぶりです」
「やぁ、ひさしぶり。アイリーンは上か?」
「ええ……ですが、ここでお待ちを。すぐに参りますから」
俺たちは、レイの向こうに見える階段を見つめた。
レイが邪魔しているので、そちらへと向かうことはできない。問答無用に突っ込むには証拠がない。ただの推測でしかない……。
こういう時、殿下が現れるまで、レイは俺たちにお茶を出したりするべきだろうが、彼は動かない。
怪しいと感じていると、サリウドも俺を見ていた。
ここで、上からアイリーン殿下が降りてくる。
見慣れた姿に違和感を覚える。
動きやすい衣服は、なにか作業をしているのではないか?
サリウドが俺に目配せを送ってきた。
頷きを返す。
イングリッドとアイリーン殿下が、再会を喜ぶ後ろで、サリウドが声をあげた。
「あ、ちょっと忘れ物」
彼は外に出た。
わかっている。
サリウドは、塔の外から二階、三階へと昇ってみて、室内の様子を確認しようというのだ。
俺は、愛想笑いを浮かべながら、イングリッドがアイリーンにあれこれを質問をすることで、会話を長引かせている光景を見守っている。すると、レイが口を挟んだ。
「殿下、そろそろお休みの時間ですよ」
「あ……そうですね」
アイリーン殿下が、別れの言葉を口にする寸前、イングリッドが声をあげる。
「おお! 早寝早起きになったのか? いつも夜遅くまでいっしょにすごろくで遊んでいたのに! 今日も、ひさしぶりにすごろくをしようと思って来たのだ」
うまい。
ここで、サリウドが戻ってきた。彼は俺に耳打ちする。
「旅支度。二階」
意味はわかった。
俺は、イングリッドとアイリーンの会話に割り込む。
「殿下、また旅に出られるのですか?」
アイリーン殿下が、あきらかに動揺して数歩、後退する。
レイが、俺たちの前に立ちはだかった。
俺は、嘘をつくエルフ二人を睨む。
「レイ……俺たちの強さはわかるだろ? やめておけ」
彼は、魔法の剣を抜き放つ。
サリウドが後退し、塔の外に出た。
俺も剣を抜き、イングリッドも同じく構える。
彼女が言う。
「エリオット、アイリーンは強いからな。気をつけろ」
意外だ……まったく戦闘慣れしていなさそうなのに……いや、全て演技か?
「殿下、どうなのです? 本当に共和国に亡命するおつもりで?」
アイリーン殿下は、そこで微笑む。それは、本性はそうだったのかと思うほどに禍々しく、ゾっとするほど美しい。
「どいつもこいつも……わたしを人質として共和国に差し出しておきながら、わたしは長いながい悲しみの中で、ようやく愛する人を見つけたの! 奇跡がおきて我が子をこの手に抱くことができたわ! それなのに……それなのにあいつらときたら! イングリッド……あなたならわかるでしょ!? 行かせて!」
「駄目だ、アイリーン……ただ行きたいというなら見逃していたけど、わたしを裏切って竜の命の欠片の秘密を漏らしたことは許せない」
アイリーン……殿下はもういらないな。
彼女はイングリッドを睨むと、馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「ふん! 自分は恋人の子供を身籠れなかったくせに! おまえとわたしでは事情も! 愛の深さも! ぜんぜん違うのよ!」
イングリッドが魔法を発動した。
俺は、自分の身体を彼女の魔封盾で守られたと感じて、イングリッドが何をしようとしているか瞬時に理解する。
駄目だ!
それは防がれるぞ!
「凍王降臨!」
イングリッドの声!
直後、塔内部を一瞬で冷気が支配する。あらゆるものを瞬時に凍らせる恐ろしい魔法は、しかしアイリーンに見破られていた。
王女は防御魔法でイングリッドの凍王降臨を防ぐと、反撃の魔法を発動していた。
氷槍だ!
大技へ小技で反撃を当ててくるあたり、魔法戦はおそろしく腕がたつとわかる!
イングリッドが魔封盾で身を守るも、レイの斬撃が彼女に迫っていた。
俺がレイの斬撃を受け、押し返し、二人へと炎姫演舞を放つ。効果範囲内を爆炎で包む魔法だが、アイリーンが次元遮断という難易度の高い結界魔法を使うことで俺の魔法は無効化された。
直後、跳躍してきたレイの斬撃を弾く。
鋼と鋼がぶつかった直後、イングリッドの魔法とアイリーンの魔法がぶつかりあって相殺する。狭い塔はたちまち悲鳴をあげて、俺たちは崩壊する前に外へと飛び出した。
崩落する塔の瓦礫が、ぴたりと空中で止まると、それらを魔法で操ったアイリーンが土煙の中から姿を見せる。
瓦礫を俺たちに飛ばしてきた!
嘘だろ!
躱すも、レイの接近を招いた。
くそ! あいつ! イングリッドを狙いやがって!
彼女はレイの斬撃を剣で弾くと、蹴りを見舞って距離をとるやいなや火炎弾をぶつける。エルフの剣士は王女の防御魔法に守られたものの、衝撃までは消すことができず後方へと地面を転がった。
俺はレイへと接近し、倒れた相手に剣を突き立てる。
しかし奴は転がって逃げると、立ち上がりながら一閃を繰りだした。
俺と彼の剣がぶつかりあい、派手な火花が闇に咲き、散る。
お互いに距離を計り、二対二で睨み合う。
城内では、何事かと慌てる者たちが外へと出てきて、俺たちの姿をみて驚きの声をあげたのだが、それがアイリーンの癪に障った。
「うるさい! うるさいうるさいうるさい! キャーキャーと! 見ればわかるでしょ! 邪魔をするな!」
彼女はここで黙ると、レイの前進にあわせて素早く呪文を詠唱したように見えた。
あれほどの使い手が、呪文を?
イングリッドが、今度は彼女の魔法攻撃を読んでいた。
アイリーンが叫ぶ。
「天雷嵐!」
アイリーンを中心に、衝撃の波が輪となって外へと放出される。塔の瓦礫が、城壁が、城の外壁、主塔の一部、通路の敷石、ありとあらゆるものが吹き飛ばされて空中に舞い上がった。
しかし、俺とイングリッドは、その衝撃波を無視してレイへと突進していた。
俺のお姫様の防御魔法をなめるな!
瞬間的に二対一になったことで、俺の斬撃をレイは防いだが、その隙をイングリッドの一閃に襲われる。彼は胴を薙ぎ払われ、体勢を崩したところで俺の追撃を浴びた。
「レイー!」
アイリーンの叫び。
俺の剣が、奴の頭部を胴体から斬り飛ばしていた。
そのままアイリーンへと突っ込んだ時、彼女は倒立回転跳びをしながら後退して距離をとろうとするも、イングリッドの魔法が許さない。
彼女は王女を、風守護で止めた。
これまで、派手な攻撃魔法ばかりを放っていたイングリッドが、突然に地味な支援系の魔法を使ったことで、アイリーンは意思外だったらしく魔法で防ぐことすらできなかった。
後方へ回転した直後、彼女は大気の乱れで体勢を崩し、背中から地面に落下する。
「カハッ!」
呼吸ができずもがいた彼女へ、俺が剣をつきたてた時、その声が一帯に轟いた。
「やめろ! この私闘! 俺が預かる!」
ガイエルだ。
彼はイングリッドが剣を地面に置いたのを見て、俺へと歩みよった。
「クリムゾンディブロ、この方は王女殿下だ」
「知っている。俺を騙し、王国を騙した姫君だ」
「証拠は?」
「証拠? この光景が証拠だよ」
俺は、観念したように動かないアイリーンを睨んだ。
ガイエルが、周囲を眺めて、腰に手をあてた。
「やれやれ……城壁がふっとび、城の主塔の外壁がはがれおちている……片付けが大変ですよ、殿下」
アイリーンは、嘲るように笑うと瞼を閉じて声を漏らす。
「やりすぎたわ……食事をちょうだい。お腹が減って動けないわ」
-Elliott-
「母の気持ちは強いってことか?」
サリウドの感想に、俺は黙々とご飯を食べるイングリッドに、地ビールを注いでやりながら答える。
「そこまでして、会いたいもんだろうさ……だが、間違ったやり方だ」
「そうだな」
「とにかく、ゴート共和国に行って、石ころをひとつ、取り戻さないといけない。サリウド、お願いだからついて来てくれ」
「……危ないのだろ?」
「危ないけど、荷物持ちを頼みたい!」
「報酬次第だなぁ――」
笑う彼は、それで自分の発言を冗談だと示して続ける。
「――命の恩人には、借りを返さないといけないからな。付き合うよ。でも、旅費はどうする? 俺は蓄えがない。エリオットの金で、三人がずっとうろうろと旅をするのは無理だろ?」
「傭兵をしながら、金を稼いで移動する」
「……どこまでいっても、戦いか」
「そうだ」
「ま、あんたららしいよ」
サリウドが笑い、地ビールを飲み干す。
王城の厨房に、俺たちはいる。
俺とサリウドは、地ビールとつまみのチーズだけだが、一キログラムのステーキと、つけあわせのジャガイモを平らげようとするイングリッドに、料理人たちが呆れていた。
サリウドが、地ビールを自分の杯へと注ぎながら尋ねる。
「殿下はどうなる?」
「……魔法を封じる呪いをかけられて、幽閉だ……長いながい悲しみの後に、長いながい苦しみだ……国のために人質に出て、そこで愛した人を見つけたのに……気の毒だと思うのは俺が甘いからか?」
俺の自虐に、サリウドではなくイングリッドが答えた。
「ふぉせできょそふぇりふぉっふぉふぁ」
「食べてから言え」
彼女は地ビールで口の中のじゃがいもを流し込むと、満足そうな笑みで言う。
「それでこそエリオットだ。愛してるぞ」
彼女の美しい笑みと、嬉しい言葉で照れてしまった。
「はは……旅をしてる最中、ノロけたら食料を捨ててやるからな」
サリウドが言い、三人で笑う。
そこで俺たちは、地ビールの杯をぶつけあって乾杯した。
サリウドが言う。
「冒険を物語にして大儲けする!」
「竜の巫女として、テンペストを封じる!」
イングリッドが続いた。
俺は、すこし考えてから言う。
「テンペストの竜騎士として、テンペストを救う」
俺は、悪竜となってしまった彼女を救いたい。
素直に、そう思った。
俺は、そう思えたんだ。
第一章 赤い悪魔と竜の巫女 おわり
目覚めると、ベッドで一人だった。
まだ夜だと、窓の外を眺めてわかる。
イングリッドは一緒に寝ていたはずだけど、一人でどこかに行ってしまったみたいだ。
俺はベッドから出て、彼女を捜しに部屋を出る。ここは城の一室で、宿泊させてもらっていたのである。
居住館の二階、テラスに彼女の姿があった。
寝着のままだったから、寒いだろうと思って近づきながら声をかける。
「イングリッド」
俺の声に、彼女は振り向く。
月光の下で、金色の髪がゆるやかに波うちきらめいている。美しい彼女に吸い寄せられるかのように歩みよると、彼女は泣いていたのだとわかった。
抱きしめると、肩に顎をのせてくれた。
こうして、甘えてもらえるのも二百年ぶりだ。
「どうした? また心配ごと?」
俺の問いに、彼女はかぶりをふる。柔らかな髪が俺の顔をくすぐって心地いい。
「ちがう……わたしは、おまえのこどもを身籠れなかったから……それで少し」
「……こうして再会できたんだ。気にするなよ」
「……エリオット」
彼女は真面目な顔で、俺を見つめた。
「なんだ?」
「今度は、もっと回数を増やそう。わたしも、ちゃんと計算するからな」
「……」
「ただでさえ確率が低いんだ。とても低いと言われているから、少しでも確率をあげるために準備をして……いいな? 頑張ろうな?」
「……旅先で、頑張っていたらサリウドに殺されるぞ、俺たち」
彼女がきょとんとして、次に微笑む。
俺の可愛い森の姫君が、還ってきてくれたと嬉しくて強くつよく抱きしめた。




