もうひとつの可能性
王都ブロブディアフに俺たちが入ったのは、十一月二十五日の昼前だった。
イングリッドを先頭に、市街地の中央にそびえる城へと向かう。
城門で止められるも、イングリッドが名乗れば問題なかった。
「フォーディ族のイングリーンウッディザハフォーディである。通せ」
門兵たちは、眠りについていた彼女が復活したとあって慌て驚きうろたえた。
彼女が城内に進むと、エルフたち、ドワーフたち、そして人間たちの歓迎を受けるも、彼女は彼らに宣言する。
「竜の命の欠片が盗まれた! ヴァレンタイン家の者! 現在の摂政は出て参れ!」
おお……かっこいい!
食いしん坊で天然の彼女であるが、真面目な時は絵になる!
城の広間が騒然となり、皆が視線を散らした。そして、誰か呼んで来いと囁きあうなかで、イングリッドの復活を聞きつけた王、王妃が姿を見せる。
フェイレン王が、イングリッドを歓迎する。
「本当に戻ったのだな!? 心強い! 竜王復活を阻止するために力を貸してくれ」
イングリッドは王を前に深く一礼した。
俺とサリウドも、彼女にならう。
王は、俺と人狼を見て、アイリーン殿下の護衛をしていた二人がどうして? という顔になった。
「イングリッド、彼らは先日、アイ――」
「彼はエリオットの生まれ変わり、そして人狼はわたしの親友です、陛下。それよりヴァレンタイン家の現当主はいずこに?」
「摂政は……執務室か? 呼んで参――」
王の言葉を待たず歩きだしたイングリッドに続き、俺とサリウドも歩く。
動揺する周囲を無視した俺たちは、その扉を押し開き、中で逃げる準備をしていた男を見つけた。
イングリッドが、抜剣とともに叫ぶ。
「共和国に! 竜の命の欠片を売ったな!? 竜王の城跡地に行ったのだ!」
「俺はなにもしておらぬ! 濡れ衣だ! 衛兵! この狂った女を捕まえろ!」
問答無用でイングリッドが室内に入り、俺は彼女を追い越して摂政へと一気に接近した。
逃げようとしたシン・ヴァレンタインは、自分の椅子にぶつかって転倒する。
俺は遠慮なくシンの首根っこをつかみ、腕をひねりあげた。
「イタタタタ!」
「正直に言えば、許してやる」
イングリッドの睨みに、彼は喉をならした。
ここで、駆け付けてきた王と衛兵にまじって、ドワーフの英雄であるガイエルの姿もあった。彼は兵たちをかきわけて室内に入ってくると、イングリッドに睨まれているシンを見て、俺とサリウドを眺め、彼女に問う。
「ひさしぶり。証拠はあるのか?」
ガイエルの身長は一メートル五十センチほどだが、ぶ厚い胸板と広い肩幅はいかにも武人という体格で、腕も俺なんかより太い。それでいて知的で、話し方も穏やかだ。いきがる雑魚に見習ってほしい人格者である。
「証拠? 竜の命の欠片を資格ないものが使い、化け物になっていたのをわたしたちで倒したのだ。場所を知っているのは、七氏族とおまえたちの三氏族、そして摂政家のみ……七氏族と三氏族が漏らすわけがないが、摂政家はどうかな? ゴート人から、協力すれば王にしてやるとでも言われていたのと違うか?」
イングリッドの声は、だんだんと怒りを増してきて大きくなる。
ガイエルは頷くと、摂政を見た。
「貴公、反論してみよ」
「反論のしようがないだろ! やってないことを証明することなんてできやしないぞ!」
ガイエルがイングリッドに言う。
「彼に、どうやって無罪を証明させる?」
彼女が俺を見た。
俺はシンを離してやり、ガイエルへと近づくと、声をひそめた。
「風呂場、ありがとな」
「はぁ!?」
驚いた彼に、片目だけを瞑ったあと、シンに告げる。
「アロセル教皇領にアイリーン殿下が向かった際、あんたは殿下を殺そうと傭兵を雇ったな?」
「はははは……」
笑った彼は、呆れたように俺を見ていた。
「そんなことはしていない。ガイエル卿! こいつらを捕まえろよ」
「そうしたいところだが、竜の命の欠片が盗まれたとすれば、それを盗人に教えたのは貴公の他におらんだろう」
「どうしただ? 七氏族の誰かが、俺をはめようとしているのかもしれないぞ」
「仮にそうだとしても竜の命の欠片を使うようなことをエルフも我々もしないよ……恐ろしいことだからだ」
「……」
シンは無言となる。
俺は摂政に言った。
「アロセル教皇領へアイリーン殿下が向かった時、追っ手はどうして失敗したと思う? 俺が倒したからだよ。そこで、あんたに雇われたと言われたのさ」
彼は黙秘すると決めたようで、無言となった。
ガイエルが、シンの腕を掴む。
「あんたの屋敷を、調べさせてもらおう。それが終われば、潔白は証明されるだろう」
「やめろ。なにも出ないぞ」
「なにも出なければ、イングリッドを罰する」
-Elliott-
摂政の屋敷から、証拠は出た。
ゾルダーリ家からの手紙が、出てきたのである。それは、イシュクロン王国の王位をヴァレンタイン家の当主が継ぐものとするという約束が書かれたもので、彼は、これだけは保険として持っておきたくて捨てられなかったのだろう。
しかし、シンは竜の命の欠片のことは話していないと訴えた。
「俺は竜の命の欠片に関しては言っておらん! たしかに王位を狙ったが、それとこれとは別だ! さすがの俺でも! あれを政争に使うことなどせんわ!」
どこまでもしらばっくれるかと、王や周囲は憤ったが、俺はまた別の可能性を見つけた。
摂政が本当に竜の命の欠片に関してを漏らしていなかった場合、ある疑惑が生まれる。
ゴート共和国に、この石の存在を漏らすことで利益を得ることができる人物が、実は他にいることに気付いてしまった。
アイリーン殿下だ。
十一月二十六日の夕刻、俺たちは王城の厨房に入って、隅っこに勝手に席をつくるとそこで食事をしていた。
カペラ蟹を茹でてもらい、特製ソースをつけて食べている。これが滅茶苦茶に美味しい。三人でお行儀悪く、ペチャクチャチューチューと蟹を貪り、白ワインを飲んでいる時に、俺は二人に自分の思いついた可能性を聞かせた。
「アイリーン殿下が、我が子との再会を望んで、ゴート共和国に竜の命の欠片の場所を漏らしたとは考えられないか? これはゴート共和国が竜の命の欠片を探していることを彼女が知っている必要があるが、人質として暮らしていたんだ。殿下は共和国が竜の命の欠片を欲しがっていることを知っていたから、その場所を教えることを条件に、彼の国への亡命を手助けしろと伝え、共和国は受けた……イングリッド、君が彼女の子供をゴートに逃がしたことは、当然ながら殿下は知っていたんだよな?」
イングリッドは蟹の身を、匙でこそぎながら頷く。
「だとしたら、この線は生きる」
俺の言葉に、二人は蟹を食べる手を止めるも、すぐに食事を再開した。
「おい、ちゃんと考えてくれよ」
注意すると、サリウドが手についたソースを舐めながら言う。
「どうやって? 王城の中で味方はいないのに、どうやって外部と連絡をとる?」
「……考えたくないことだけど」
俺は、アロセル教皇領でゴート共和国軍と落ち合ったのではないかと話した。
「サリウドも俺も、殿下とレイと離れていた時がある」
「教皇庁か!」
サリウドが手を叩いた。
イングリッドは、ひたすら蟹を食べている……目がキラキラして、口を高速に動かして……幸せそうな彼女をみると俺も嬉しい……いかん、真面目な話をしているんだ。
「ゴート共和国の奴らと摂政がつるんでいたことを、俺たちに話したのは殿下だ。殿下はゴート人が、都に出入りしているのを知っていた……そこにレイを使って接触し、アロセル教皇領の教皇庁で会おうという約束をする……それから、まるで計ったように竜王の城跡地で兄さんたちの部隊と遭遇した……あの時も、サリウドは俺といたな?」
「……先に逃がしたから安全だと思ってな……」
俺は、自分は人を疑う悪い奴だなとうんざりしながら、口を開く。
「湖を北周りにと言ったのはレイだ。竜王の城跡地で雨宿りをしようといったのは殿下だ……彼女は、俺たちそのものを案内人にして、奴らを招待した……」
「待て。待てまて、だけどそれだと、あの時にゴート人たちは殿下の子供をすでに連れていたということになる」
「いや、あの時はいなかった。あれからどれだけの日数がたった? 二十日ほどだ……アロセル教皇領で王女殿下と会った直後に共和国本国へ、ハーフエルフを前線に連れてこいと指示を出せば十分に間に合う。俺たちが、イングリッドを捜していた時、奴らはハーフエルフを竜王の城跡地へと連れていき、中に入ったんだ……そもそも、あの時、俺たちが竜王の城跡地の地下に降りた時、死体の血はまだ乾いていなかっただろ? 最近のことだったんだよ」
「……そういえば、お前は最初、殿下が共和国軍に追われていたところを助けたと言っていたじゃないか? あれはどう説明する?」
「共和国軍だって、上から下まで完璧に意思統一ができているはずがない。そもそも、大軍だ。アイリーン殿下を見逃せって言ったところで、会ったこともない者を見逃せるはずもない。あれは本当に、遭遇戦だったんだ……偶然さ……その偶然に、俺は出くわしたんだよ」
「……考えられなくもない」
「他に疑問は?」
「……となると、殿下はどこで御子と会う?」
「今度は、本当に抜け出すのさ……共和国に……ゴート共和国は、理由は不明だがアイリーン殿下の身柄を確保したい。殿下は我が子と暮らしたい。利益が一致している」
サリウドは顎を撫でながら思案し、俺に問う。
「わからないのは、長い年月、行動を起こしていなかった彼女が、今さら? もっと前に動くこともできたのではないか?」
「アレンバネッサが敵の手に渡ったことで、共和国による王国内への工作が活発化したから、そこに希望を見出したのではないか?」
「なるほど……共和国は王女を求めていたが、王女もそれを望んでいたのか……わかった。会いに行こう」
サリウドが納得し、サリウドがイングリッドを見た。
「イングリッド、あんたはアイリーン殿下と仲がいいのだろ?」
「おう……モグモグモグモグ」
「これから、あんたが訪ねてくれないか? 俺たちもついていくが、あんたが会うと言えば、断ることができないだろう」
俺も賛成だ。
「そうだな。イングリッド、話は聞いていたろ? 可能性はあるだろ?」
彼女は最後の蟹のミソをチューチューと吸い、白ワインをゴクゴクと飲むと殻を皿へと放りながら言う。
「外れてくれていることを願うしかないが……わたしも彼女も、嘘をつけるエルフだからな……」
俺たちは、料理人たちにお礼を言って厨房を出た。
急ぐ俺たちの背に、料理人たちの会話が届く。
「三人で全部……」
「本当に食べちゃった」




