そのエルフに会いたい
長いながい戦い。
ゴート共和国とイシュクロン王国の戦いは、千年戦争とも呼ばれている。実際に千年も戦っているわけではないが、それくらい続くのではないかと思われるほどに長い。
ただ、ゴート共和国が一方的にイシュクロン王国を攻撃している戦争なので、彼らが侵攻をやめれば戦争は終わるのだが、そういうつもりがないことをゴート人の俺は知っている。
イシュクロン王国は、ゴート共和国からすれば宝の山なのだ。
まず人。
これは、イシュクロン王国は亜人種の国であり、エルフ、ドワーフ、ホビット、ケンタウロス、オーク、人狼などと人間が共存している国だ。この亜人種たちをゴート共和国は狩り、奴隷として国内外に売りさばくことで儲けている。
次に資源。
イシュクロン王国の国土はほぼ森と山だが、山々の地下には金、銀、鉄、聖鉄などが豊富に眠っている。鉄や聖鉄はドワーフたちが掘るが、埋蔵量は圧倒的らしく、これらをゴート共和国はどうしても欲しい。また、森の木々はそのまま木材になるし、水が豊かなので、これもまたゴート共和国は欲しい。
ゴート共和国の水は質が高くなく、彼らはイシュクロン王国から水を水路で国内へと運びたいのである。現在、占領地では捕虜としたイシュクロン王国の民を使って上水道を建設していて、これが森を破壊する行為でもあり、イシュクロン王国民を怒らせている。
そして領地。
ゴート共和国は、最終的にギュレンシュタイン皇国に勝ちたい。ゴート共和国の北に位置するこの国は強く、共和国は単純な北伐では迎撃されるばかりと諦めていた。ここで、イシュクロン王国の占領地から、ギュレンシュタイン皇国へと攻め込む軍団と、これまでと同じ南から北へと攻める軍団の両面作戦をとりたいという思惑がある。国力が高い共和国にはこれができるという説は二百年以上前のものだが、それはまだ生きている。
こういう理由で、ゴート共和国の軍は、森の中を北東へと侵攻し、俺たちイシュクロン王国は迎撃するという現在が進行中だ。
そして今、俺の眼下を進む輜重隊の隊列も、北東へと森の中を進んでいる。
段丘の上、約十メートルの高さから下を見降ろす俺は、斜面を駆け下りて突撃すべく呼吸を計っていた。
俺と同じく、イシュクロン王国に雇われている傭兵五十人が、遊撃隊として敵後方へと迂回し、補給線を攻撃する任務についていた。
遊撃隊の隊長は、正規兵で士官のドワーフで、サラーという名前だ。筋肉の塊ともいえる肉体を誇り、巨大な戦斧を右手に、弩を左手に戦場を突き抜ける姿から、戦車と呼ばれている。その彼が、矢を装填済みの弩を左手に持ち、戦斧を振り降ろした。
合図だ!
俺は素早く前へと駆ける。
斜面は油断すれば下まで落ちるが、軽快な足捌きで駆け下りた。途中、右と左で同僚たちがしくじって落ちていくが、それが余計に敵を混乱させたようだ。
俺は火炎弾の魔法を放つ。
呪文の詠唱も、魔法の名前も口にすることなく発動させた魔法は、輜重隊の中間へと炸裂し、敵兵たちの悲鳴を誘った。
「クリムゾンディブロに続けぇ!」
サラーの怒鳴り声に、仲間たちの雄叫びが続く。
俺は腰の片手剣を抜き放つと同時に、目の前に迫った敵兵の顔面へと左手の盾をぶつける。
ガツンという衝撃で、敵は後方へと吹っ飛んだ。
俺は直後、剣を右に払い、接近してきた敵を斬る。手応えだけで良しとして、血煙は視界の端にとどめて左方向の敵から伸びた槍を盾で防ぎながら、前に駆ける。
敵の隊列の中へと突っ込み、右と左に斬撃をあびせた。
ひとり、ふたりと斬り殺し、さらに火炎弾で周囲の敵を蹴散らす。
敵兵たちが、俺の戦いぶりを見て慌て始めた。
「強ぇ!」
「やばいぞ!」
「こいつ、赤いマント!」
「クリムゾンディブロだ!」
「逃げろ!」
兵たちが我先にと逃げ出すが、彼らの後ろで元気な奴がいる。
「逃げるな! 物資を守れ! 数はこちらのほうが多いのだぞ!」
あいつが隊長だ!
俺は剣を咥え、盾の裏側に隠してあるナイフを右手で持つと敵の指揮官へと投げた。直後、剣を右手にすぐに加速している。
隊長はナイフを避けるも、俺の接近には対応できなかった。
斬撃をくらわし、わざとそれを剣で防がせてから、盾で隊長の顔面を殴る。
隊長の顔から飛び出した白いものは、歯と目玉であるとわかった。
倒れた敵指揮官へと、剣を突き立てる。
逃げる敵兵たちは、振り向きもしない。
仲間たちが、追撃をする。
「エリオット! さすがだ!」
サラーに褒められ、片手をあげて応えた。
これで、十万シリグは稼ぐことができたと微笑み、敵指揮官の首を落とした。
-Elliott-
イシュクロン王国の対共和国最大拠点といえるロンディーヌに、俺は部屋を借りている。料理はしないので、寝る場所と仕事道具を置く二部屋に手洗いがあるだけだ。
十月七日。
公衆浴場で身体を洗ってから、昼前に帰宅して革鎧の各部位……胸当て、腹当て、腰当て、腿当てなどなどを外し、傷の具合を確かめた。目立つものはないので、そのまま部屋へ置き、剣だけを持って家を出る。
目的地は二箇所。
傭兵ギルドと鍛冶屋だ。
イシュクロン王国には過去、傭兵組合は存在しなかったが、前世のエリオットたちが制度を整え、他国の組合と連絡を取り、組合を整えたのだ。俺は前世の自分に感謝しながら、町の中心にある広場に面した組合建物へと入った。
イシュクロン王国は王国軍に雇った傭兵にも、組合を通して金を支払うので、それを受け取るために、カウンターの奥に立つ支配人のデリスタヤカーレンファリアノスカード、通称デリスカという男性エルフに声をかける。
「デリスカ、こんちわ。報酬を受け取りに来た」
「やぁ、クリムゾンディブロ」
彼の挨拶で、ギルドにいて掲示板に貼り出された仕事をみていた傭兵たちや、打ち合わせ用の円卓が並ぶ場所で談笑していた傭兵たちが、一斉に俺を見た。
クリムゾンディブロの名を継ぐ者として、王国で俺は知られた存在になっている。これがいい作用を働くこともあれば、逆もあるので自分でクリムゾンディブロだとひけらかすことはないけど、相手に言われるのを止めるのは難しい。
「デリスカ、あまりそれで呼ばないでもらえる?」
「いいじゃないか。おい! 彼がクリムゾンディブロだぞ!」
デリスカがわざと大声で俺を紹介し、傭兵たちがざわざわとした。
「強そうに見えないな」
「おぼっちゃん育ちじゃねぇか」
「お嬢ちゃんじゃないか? お前、抱いてやれよ」
「ははははは」
これが、逆の作用……二十二歳で若いし、顔も母親にそっくりで線が細いから、戦場で一緒に戦ったことがない奴らからはまず馬鹿にされて、トラブルの元になったりする。
ギルドの中では、さすがに喧嘩を売ってくる奴はいないので、俺は彼らの視線を無視してデリスカに言う。
「あいつらの誰かが、あとで喧嘩を売ってきたら、お前のせいだからな」
「ははは……はい、報酬の小切手。いつもの銀行?」
「うん」
「ロイに行かせるよ。委任状よろしく」
イシュクロン中央銀行ロンディーヌ支店の支店長宛に、俺の口座への入金を傭兵組合のホビットで手伝いのロイに委任するという内容の書類を書き、署名をした。
デリスカが彼を呼ぶ。
「ロイ! ちょっと頼まれてもらえる?」
奥からホビットのロイが顔を見せ、愛嬌のある笑みで俺の用事を頼まれてくれた。
「すぐ行ってきますね」
「ああ」
実際、最初は任せて大丈夫かと思ったが、信用第一なので持ち逃げする馬鹿をデリスカは雇わないし、持ち逃げしたところでエリオット宛の支払いをかすめとることはできない。俺の場合、何度も同じ銀行の同じ支店で、同じ手続きをしているから、代理の受付を可としてくれているだけなのだ。本来は、本人確認が厳しい。これは、クリムゾンディブロを継ぐ者として有名になったことでのいい効果といえる。
「次の仕事はどうする? 王国からは、優先的に国軍に参加してほしいと言われてるよ」
デリスカが、カウンターにいくつもの書類を並べた。
作戦ごとに、仕事がある。
ただ、ここ最近は戦いばかりだったので、調べものをしたいという希望があった。
「ちょっと他の用事があるんだ。剣も研ぎに出したいし」
「ああ、英雄の調査か……跡継ぎとしては気になるもんな?」
「そういうんじゃないよ……個人的に、歴史や神話を調べるのが好きなんだ」
「そうそう、君が捜している眠れる森の姫君の件、仲間にいろいろと聞いてみたんだ」
眠れる森の姫君とは、イングリッド姫の隠語である。どこか秘密の場所で長い眠りについた彼女を、俺と彼はこう呼んでいた。
デリスカはエルフだから、同種だし情報を得られるだろうと思って依頼していたのである。
「僕は直接、会ったことがないけど、彼女と一緒に戦ったことがあるエルフがいたよ。南のブルガエーシュの連隊に所属している魔法剣士でエルフなんだ」
「おお! 会いたい。ブルガエーシュに行けば会えるか?」
「それはわからない。戦いに出ている可能性もあるからね……名前はオメガエレクアレイトローンだよ。女性の戦士だ」
オメガエレクアレイトローン? なんだろう……どこかで聞いたことがあるぞ? 会いたい。
会って、確かめたい!
「研ぎや準備を終えたら、ブルカエーシュに行ってみる。ありがとう」
「早く帰って来いよ。国が君を求めてるんだ」
「光栄だよ」
ギルドを出て、鍛冶屋に向かった。