俺たちの屋敷跡地
フォーディ族の集落で、食事をとることにした。
はっきり言って、美味しい食事は期待できない。この集落には、塩、がないのである……。味付けに大事な調味料類もない。
素材そのものを味わうといえば、健康的かもしれないが、美味しくない。
キノコや薬草ばかりをもしゃもしゃと食べる俺とオメガの横で、狼顔が困っていた。
「野菜、苦手なのか?」
「いや、好きだがこのキノコがな……」
「キノコ、駄目なのか?」
「チビだったころ、山でキノコを食べて死にかけたことがある……」
キノコの毒は恐いんだ……。
この時、プロキオンが俺たちを探して食堂に現れた。
「いたいた。話し忘れたことがある」
彼が俺たちの卓につき、俺に尋ねる。
「竜……テンペストを倒すのか?」
「……正直、俺は彼女……テンペストは女性だから彼女というが、彼女に悪い印象はない。だから、まず会ってみて、本当に悪竜になってしまっているのかを確認したい」
「ふむ……であれば、お前はテンペストと会った瞬間に殺されかねない」
え? そうなの?
サリウドが、気の毒そうな目で俺を眺めながら口を開く。
「エリオットが、テンペストとどういう交流があったかを聞いている身として、現在のあの暴れっぷりを知ってもいるからつらいが、プロキオン殿に同意だ」
……嵐という名前の通りになってしまったのか……嵐の竜、竜言語でテンペストと読むから……。
ていうか……ね。戦いが決定的なことなら、あれと戦うのか……テンペストの手下っぽい竜にも圧倒された記憶があるんだが……。
竜……彼らを総じてこう呼ぶが、地上の山間部や地下迷宮、洞窟などに生息している竜と、神と同一である偉大な竜の二種類に別れていて、後者は古竜と区別され特別視されている。この古竜でも、特に強大で危険な竜は魔竜と呼ばれて……テンペストの格は魔竜なんですよね……で、その魔竜でも上の上の上のほうの……。
俺の思考を止めたのは、プロキオンだった。
「テンペストを最初に封じた私の父……レゴルペンテペキアフォーディから聞いた封印の方法を教える」
ありがたい!
「お願いします」
覚える必要があるかと思い、荷物から羊皮紙を取り出し、鉛筆を持つ。
プロキオンが笑った。
「書いて覚える癖、やはりお前はエリオットだな……テンペストを封印させる為には、まずテンペストの力を弱める必要がある……彼女には四体の配下がいて、四大竜と呼ばれている。まず、そちらから眠らせればいいが、清竜と星竜は活動しているが、炎竜と氷竜は父たちが封印した。だから活動中の二体からまずは封印させるのがいいだろう」
「……その二体を弱める方法はあるんでしょうか?」
「がんばって勝て」
俺は、頑張って勝つ、と書いた……。
やることが決まった。
イングリッドを起こして、清竜と星竜を封印する。
プロキオンが言を続けた。
「いいか? テンペストはバルボーザの姉だが、両者はまったく異なる存在だ……母親が違うのだ」
「……どういう? 竜じゃないので?」
「竜王バルボーザは、竜王と呼ばれているが、竜じゃないのだよ……ただ、私もその姿を見たことはない。父も話してくれなかった。ただ、彼の復活は金竜復活を誘う。金竜は駄目だ……彼はもうこの地上のあらゆる種族を信じていないからね」
それはどうしてだろう? という俺の問いは、声となる前に答えを得る。
プロキオンが口を開いた。
「我々、あらゆる種族が協力して彼を倒し、封印した……だから、崇めているんだよ……我々が貶めた存在が、災いを我々に齎さないように、崇めて、祈って、どうかお眠りくださいとお願いしているわけだ……アロセル教は、そのために創設されている。エルフの七氏族、ドワーフの三氏族、そして神の子と自称した男の弟子であったセバス、デルガド、クーレイカーが共謀し、神話を創ったのさ」
プロキオンがそう言うと、席を立った。
「詳しくは話せないが、大事なことだから教えた。テンペストを倒すのであれば、どうせ知られることだからな」
彼が席から離れ、俺たちは沈黙する。
サリウドが、やや興奮した顔で俺を見ていた。
わかる……歴史が創られていたことを、知ったんだ!
そうか……アロセル教団は、アロセル……つまりエルミラを崇めているのは、そういうことだ。同時に、エルミラが復活しないことを願っているから、神の使いである神使召喚などを禁じているのか……。
いや、こういう難しいことは後にして、イングリッドの居場所だ。
「まず、イングリッドの居場所を探そう。難しいことはそれからだ」
俺の言葉で、サリウドは頷くと鍵を卓上に置く。
「人差し指ほどの長さ……鉄……この鍵があう場所、どこだ?」
「身近な場所ではないかと、長は仰っていた」
オメガの言葉で、俺はイングリッドにとって身近な場所とはどこだろうと考えてみる。
やっぱり、屋敷だ。
屋敷跡地……もっとしっかりと調べたほうがいいんじゃないか?
時間の無駄だとしても、他にないもんなぁ……。
-Elliott-
十一月の十日の夕刻、再び俺は自分が住んでいた屋敷跡地にやって来ていた。
サリウドとオメガ、そして俺で手分けして周辺を探す。
建物があったはずの場所を探すも何もなかった。
だが、オメガがその声をあげる。
「あれ? 井戸が封じてないわね」
?
「どういう意味?」
俺の問いに、彼女は井戸へと近づきながら教えてくれる。
「わたしたちは、使わない井戸は封じるの……水の精霊にお礼を伝える儀式をして、井戸を閉じるのよ。誰かが間違って落ちては危ないし、毒蛇や水を好む魔族が棲み処にしてもよくないから」
「……二百年も放置されて、魔族がここに住みついた形跡もない」
サリウドが言った時、オメガは周囲を見渡す。
「東があっちで……今は夕刻だから北はこっち……姫様は夕陽を眺めるのがお好きだったから……」
井戸に向きなんてあるのか?
彼女が、井戸へと歩み寄りながら声を漏らす。
「ああ……そうだったのですね? ああ……わかった……エリオット、わかった」
オメガは、井戸の詰み石へとすがりつき、中を覗いて叫んだ。
「ここ! きっと底に入り口があるはず」
-Elliott-
サリウドが、用意していたロープの先端に石を結び付け、それを井戸へと落とすと、着水の音が聞こえた。そして深くないことも音からわかる。
彼が、降りると言った。
「俺が頼まれたんだ。あんたは上で待ってろ。安全てわけじゃない」
「わかった」
井戸の上から、下を覗き込む。
下まで降りたサリウドは、そこで松明に火を灯す。
焦げた臭いが昇ってきて、俺とオメガが顔をそむけた。
咳をして、再び井戸を覗き込む。
サリウドが、底を手で探っているようだ。
「どうだ?」
「小石や砂、苔なんかがあるが、底は一枚ものの石材だ……蓋みたいな感じ……穴がある!」
鍵穴か!?
鍵穴だろ!?
鍵穴であってくれ!
「エリオット! ちょっと俺の荷物の中に道具箱がある。そこに鉤爪が入っているはずなんだ! 投げてくれ!」
「わかった!」
鍵穴じゃない?
鉤爪……几帳面だな。着替えは全て畳んでいれられていて……道具箱……あった! ……すごい。いろんな道具が用途や大きさで整理されて収納されてる!
俺には無理な片付けだ……。
鉤爪、あった。
「落とすぞ!」
「おお!」
俺が下へと鉤爪を落とすと、サリウドが水に落ちた鉤爪を拾った。そして、水に手を突っ込んで何かやっている。
どうだ?
「石蓋を開ける!」
ガコン! という音の直後。
「うわああああああ!」
サリウド!
「サリウド!」
オメガが叫んだ。
石蓋を開けた途端、ぽっかりと開いた穴へと彼が落ちたんだ!
まずい!
「オメガ、俺が下に降りる」
「わかった。気をつけて」
俺はロープを掴み、するすると底があった箇所まで降りた。そこはサリウドが言っていた石蓋があったらしいところで、周囲の石材の隙間から溢れる水が今はさらに下へと流れ落ちている。
「サリウド!」
下に声をかけた。
「無事だ! 下は池だ! 松明が濡れてだめだ! 新しいのを!」
「わかった。オメガ!」
「なに!?」
「松明を!」
「わかった」
すぐに、彼女が新しい松明を持ち、俺に見せる。
「落とすわよ!」
「頼む」
彼女が落とした松明を、俺は片手で掴んだ。そして、下にいるサリウドに声をかける。
「松明を持っている。真下に落とすぞ」
「よし! いいぞ!」
俺は松明を手から離した。
少しして、下で火が灯される。
三メートルほど下で、こちらを見上げているサリウドがいた。
「下からは、上の様子は見えるけど、上からは下は暗いからな。奥に進める。降りてこい」
「わかった! オメガ! 君はそこにいてくれ! ロープが何かで切れたら戻れなくなるから!」
「いいわ! 気をつけて!」
俺はロープから手を離し、池に着水した。腰までの深さ底は平坦だ。つまり、人工的なものだとわかる。
「イングリッドが、ここを造ったとは思えない。造ってあったものを利用したんだ」
俺の意見に、サリウドも頷く。
「だな……お前の屋敷、何かの跡地だったのと違うか?」
「言われてみると、そうかもしれない……イタタタ」
頭が痛い……。
サリウドの言葉で、記憶が戻ろうとして……その映像が流れた。
『ここは昔、ハーヴェニーの神殿跡地なんだ』
こう言ったイングリッドは、どうしてその神殿がなくなったのかを教えてくれた。
『黒竜を拝む人がこの国からいなくなって放置されてしまったから……建物が老朽化して危ないということで移設されたんだ。だから森の中に広い土地が残ってる! お前の好きなお風呂! 大きなお風呂をここなら造れるのだぁ』
そうだ。
俺のために、ここを選んでくれたのはイングリッドだ。
神殿の施設が、地下に残っていたとはね……。
地下水路のような通路は、真ん中一メートルほどが水路で、その左右に人が歩ける足場が幅五十センチほどある。水路は深くなく、さきほどの池は腰までだったがここは踝までの深さだ。
松明をもつサリウドを先頭に、俺たちは奥へと向かう。