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赤い悪魔と呼ばれる竜殺し  作者: ビーグル犬のぽん太
赤い悪魔と竜の巫女
18/55

フォーディ族の集落

 十一月七日の昼に、フォーディ族の集落に到着した。


 森と呼ぶが、森ではないのだ……。


 いや、まぁ周辺は森だから嘘ではないんだけど。


 切り立った岩壁は高さ四十メートルで、その断崖の天辺と、底部分の二ヶ所に出入り口がある。どうしてエルフの彼らがここに集落をと考えたのかは秘密らしいので、俺は知らない。


 俺たちは東方向から接近したので、天辺部分から集落に入ることになる。つまり、森の中を東から西へと進んでいると、前方の大地が消えるようになくなり、見下ろすと広大な森が眼下に広がっているのだ。逆に、西からだと絶壁を見上げるようになるだろう。


 オメガの案内で、地下へと潜るような螺旋階段を降りる。すると、広い空洞に到着した。


 集落の入り口で、広場だ。


 フォーディ族、といってもフォーディ族は十名ほどで、彼らに仕える戦士たちの家系もふくめてここで暮らしていて、それをまとめてフォーディ族と外部は呼ぶ。このフォーディ族の特殊なところは、七氏族のひとつでありながら、王権に参加していないことだ。


 理由は、『王国の守護者が政治に関わるとロクなことにならん』だ。


 イングリッドの父親が、こう言っていた。


 高さ十メートル、奥行きは百メートルを超える広場には、幾人ものエルフがいて、人間と人狼が現れたことで注目を浴びたが、オメガがいることで警戒はされていなかった。


 彼女に連れられ、さらに下へと降りる階段へと進む。


 思い出してきた……。


 エルフの中でも、戦闘に特化した才能をもつフォーディ族だったから、俺のことをイングリッドの相手として受けいれてくれたんだった……。


 イングリッド自身も、魔導士として超一流だったし、剣士としての技量も高かった。その彼女を鍛えた父親は、中央大陸に名を馳せる魔法剣士で、この集落がゴート共和国の侵攻軍に攻撃されていないのは、彼と戦いたくないというゴート側の事情がある。


 ただ、この集落の付近まで軍勢を展開させることで、フォーディ族の主要な面々をこの集落に釘づけにしている意味はあるだろう。


 通路を進んでいると、左側面に一定間隔で窓が開けられていて、この通路は崖の面に並行に造られていることがわかった。


 広大な森は、陽光を浴びて輝いている。緑、黄、朱の中に、流れる川が青い線を描く。だけど、この絶景を汚すように、南西方向では水道の建設工事がおこなわれていた……。


 ゴート共和国は人口増加にともなう水不足と、水質の悪さから水資源の確保は大事なのだ。休戦条件にある、現在の勢力圏での国境引き直しはつまり、この森の南半分を奪うことであり、森が溜め込んだ豊かな地下水を組みあげ、運び出したいのだ。


 水道の建設と、地下水の組みあげの二つによって、森は破壊されるだろう。


 イシュクロン王国が、劣勢でも戦いをやめないのは、森を救いたいからだ。


 思考を止めたのは、オメガの声だった。


「オメガエレクアレイトローンです」


 ひとつの扉の前で、そう名乗った彼女。


「おや? 入りなさい」

「失礼します。客人を連れて参りました」


 扉を押し開けた彼女に続き、俺、サリウドの順に入った。


 金髪を短く切りそろえた長身の男性エルフは、切れ長の目を知的に輝かせて俺たちを迎えた。


 フォーディ族の長で、イングリッドの父親だ。


 頭痛に襲われながら、名前を思い出していた……。


 俺は、深々と頭を下げて名乗る。


「いきなり押しかけて申し訳ありません。プロキオン様……エリオットです」

「エリオット? ああ、最近、赤い悪魔の再来と呼ばれる傭兵がイシュクロンに現れたが、君がそうか?」


 プロキニオスタブレファンフォーディ……プロキオンはそう言って微笑む。


 オメガの複雑な表情を受けて、俺はまず頷きを返してサリウドに名乗らせた。


 この時の俺の表情に、プロキオンは怪訝な顔をしている。


 サリウドが名乗り、オメガが俺たちを客として連れて来た理由を口にした。


「エリオットは……」


 彼女の声が震える。


「エリオットは……このエリオットは、前世の記憶をもっています。姫様の恋人であったエリオットの記憶を」


 プロキオンが眉をぴくりと動かした。


 沈黙。


 ここで、ようやく俺は室内の様子を見る余裕ができた。


 プロキオンの執務机に椅子、そして壁際に卓と長椅子がある。その長椅子に座っていた前世の記憶が蘇ってきて、俺は頭痛で顔をしかめた。


 プロキオンが言う。


「テンペストの復活、エリオットの復活……竜王が、遣わしたのか……エリオット」

「はい」

「私の名前を知っていたようだが、それはオメガが教えることもできる。私とお前だけしか知らないことを話してみろ」

「記憶の一部を失っていまして、全てを思い出すことができていません」

「その言い方だと、娘とのことも覚えていないことがあるのだな?」

「仰るとおりです」


 彼は頷くと、自分の背後にある扉へと声をかけた。


「来てくれ」


 少し待ち、扉から現れた女性が俺たちを見る。


 イングリッドに似たそのエルフは、母親でミアプラントエスフォーディだと、記憶を取り戻した。


 プロキオンがミアプラに俺たちの来訪の目的を告げた時、ミアプラは動揺を顔と声に出す。


「まさか……エリオット……あのエリオット?」

「そうです」


 彼女は目に涙をため、何度も頷きながらプロキオンを見た。


「プロキオン、わたしは彼を信じます。こうして、オメガが連れてきたということは、そういうことだと思えます」

「……そうか。わかった。俺も信じよう。エリオット」


 俺は奥歯を噛み、表情を引き締めた。


「娘が自らを封印したことを知っているな?」

「はい」

「その場所、私たちも知らないが、鍵がいるということは聞いたことがある」

「その鍵ならここに」


 サリウドが、ポケットから鍵を取り出してプロキオンに見せた。


 彼は鍵をじっくりと眺めていたが、首を左右にはらう。


「何も仕掛けがないし、刻印もないただの鍵だが……あんがい、身近なところを開くための鍵のような気がする」


 サリウドは、手の平の鍵をじっと眺めていた。


 オメガが二人に尋ねる。


「ここには、これにあいそうな鍵はありませんか?」

「我々の居住空間にはない。そもそも、鍵を必要としない……だが、地下まで含めるとわからん」


 プロキオンの答えに、俺は蘇る記憶に痛がりながら頷きを返した。


 この集落の地下は、試練の洞窟と呼ばれていて、とても深い天然の洞窟だ。彼らも全てを把握できていないと言っていた。


 手掛かりはいまだ無い。


 ここで、プロキオンが話題をかえる。


「テンペストの封印、娘が自らを封印したため、解けるのは時間の問題だった……そこは詫びる」


 彼はそう言い、俺たちが口を開こうとしたのを所作で制して続けた。


「聞いてくれ。娘がどうして自らを封印したかは、ふたつの理由がある。彼女が健在であっても、いずれ封印は解けるのだ。しかし、それがいつになるか、千年先のことか……わからない。怖いのは、千年先にテンペストが復活した時、彼女を止める手立てがなくなることだ……その時の情勢など、こうコロコロ変わる地上では何も保証はないだろう?」


 たしかに。


「先の竜同士の大戦は……二度と経験したくないものだ。あれを再現させてはならないと、テンペストが復活するまで、娘は自分の時間を伸ばそうと自ら眠りにつくことを選んだ……ただ、ここまで早いのは予想外だろうな……きっと、封印は弱かったのだ」


 耳が痛い。


 封印がちゃんとできていないのは、前世の俺と彼女のせいなのだ……。


 彼の言は続く。


「もうひとつは、エリオット、お前に会いたいからだ」

「……」


 俺は、声が出ない。


 ここで、ミアプラが話を継いだ。


「あの子は、エリオット……貴方をとても深く愛していた。でも、貴方の魂が地上に現れるのがいつになるのかわからない……長いながい悲しみの時間を過ごし、貴方と再び会えるまで生き続けるしかないとわかっていても、その時間が自分に残されているか不安だった……命の半分を、テンペストに差し出したから」


 それは……俺のせいだったんだ。


 俺の竜化を止めるために、彼女がテンペストに……。


 ミアプラが言う。


「あの子は、貴方を待つために、眠りについたの。見つけてあげて……起こしてあげてほしい……お願い」

「わかりました」


 俺は、深く頭をさげる。


 娘に、長いながい悲しみの時間を過ごすことを強いた男を前に、責めることもしない二人には、感謝しかなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ゴートの開発は最悪ひたすら砂漠を作り続ける結果になるやつだなぁ
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