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赤い悪魔と呼ばれる竜殺し  作者: ビーグル犬のぽん太
赤い悪魔と竜の巫女
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明けの明星

 ブルガエーシュの城塞は、水門を守るように市街地対岸に築かれた要塞で、出城のようになっている。城壁の高さは五メートルで、城壁の上には弩砲バリスタがずらりと並び、ゴート共和国軍を狙っていた。


 俺は最前線の楼門の上に陣取り、アベルの説明を聞いている。


「ゴ軍はまだ攻撃をしてきていないが、後方から物資が運ばれるのを待っていると思われる……その前に攻撃を仕掛けてみたが、つきあう気はないらしく後退した。そしてこちらの撤収にあわせてまた寄せてくる。それなら待機していたほうが矢もやる気も減らないで済むから現在は睨み合い」


 そして、彼は防衛指揮官となって、まだ十日ほどでしかないと愚痴た。


「……指揮官は歴戦のガイエル卿だったのに」


 ガイエル卿とは、ドワーフ族の武人で王国最強の人物だ。知勇兼備の名将で知られているが、彼と彼の幕僚たちが王都に呼び戻されたことで、自然と上になったアベルがこの都市の指揮官になったということだった。


 それ、謀られてるだろ……。


 お前のお兄さんは最低の奴なんですわ、と言えたら楽だがここでは口にできない。


 兵士のなかに、摂政の息がかかった者がいるかもしれないのだ。


 兵士は種族が様々で、人間、エルフ、ドワーフ、オークが城塞防衛を担当していて、騎兵はケンタウルスたちが任されていた。上半身が人間に近い容姿で下半身が馬の胴から下という種族の彼らは、亜人種のなかで最も好戦的で厄介な者たちなのだが、この王国内に住んでいるケンタウルスは比較的温厚で、他の種族と交流をもつことを厭わない。これが亜人種支配地域にいくと、会っただけで喧嘩をうってくるような奴しかないので注意が必要なのである。


 楼門の上から、敵の配置を観察する。


 森の中を進んで来たあちらさんは、攻城兵器類を運んでくることができていないようだ。部品ごとに運んで現場で組み立てるといっても、森の中を重い荷物を運ぶのは大変だ。また今回、あちらはこちらの動きにあわせて接近したということで、移動速度重視にしたのだろう。一気に近づき、物資などは後から運ぶという計画を立てたのは、アベルでなくてもわかることだが、彼の経験の無さがここに出ている。


 こういう時は、あちらが対応できない攻勢をかけるべきなんだ。一度や二度の攻撃をいなされたからと待機すると、あちらの準備が整うだけだ。



 俺は陽が落ちてから、城塞を出る。もちろん、許可をもらってのことだ。


 部隊で攻撃するかと問われたが、拒否した。


 べつに、格好をつけたわけじゃない。


 暗闇のなかで、いちいち仲間かどうかの確認をしながら戦うのは難しいのだ。


 一気に攻撃して、敵に恐怖を植え付けて退く。


 武器は片手剣と短剣。防具は鎖帷子と革鎧の各部位、そして深紅のマントだ。


 俺は城壁の上から、ロープで下まで降りると姿勢を低くしてゴート共和国軍へ接近する。城塞からの矢が届かないよう、距離をとって森の中にいすわる奴らは俺の動きがまったく見えていないようだ。


 歩哨が幾人もいたが、遠くから城塞を眺めるだけで隙だらけだった。実際、ゴート共和国軍兵の意識としては、自分たちが攻撃を始めることで戦闘開始が為されると勘違いが起きているのだろう。


 これまで攻める一方だった奴らは、いきなり防戦となるともろい。


 あの時の……ギュレンシュタイン皇国軍にけちょんけちょんにされて逃亡した三年前の戦いも、まさにあれだった。油断しまくりでのろのろと物資を運んでいたところを攻撃されて、反撃に出た奴は皆無だったのである。


 茂みと樹木の隙間から、森の中に野営地を設置していると視認し、歩哨の動きを観察しながら、一人へと背後から近づく。深紅のマントは夜、逆に目立たないので便利だ。


 歩哨の一人を、背後から襲って首をかき斬った。


 叫び声は、あげさせない。


 俺は死んだ歩哨を、ゆっくりと地面に倒し、奥へと進んだ。毛布にくるまって眠っている兵士たちは、まだ若い者たちが大勢いた。


 俺とそう年齢が変わらない。


 敵指揮官は、おそらく幕舎の中だろう。今は秋で夜は十分に冷え込むので、奴らは下っ端を外で寝かせて、自分たちは温かい場所を確保しているはずだ。


 歩哨が夜営地の中をうろうろとしている。


 幕舎はもっと奥か……。


 俺は、歩哨の死角を移動し、来た方向へと振り返る。城塞は暗闇で見えないが、城壁上に並ぶ篝火で距離は測れた。


 このあたりで、強力な魔法を発動させてやろうと決める。


 さすがに、最高難易度の魔法を発動するには、呪文の詠唱と意識集中の時間が必要だ。普段の戦闘ではまず使うことはない魔法も、こういう時は威力を発揮してくれる。


「智神ガリアンヌの恩恵、魂の根源、闇の中の息吹、神々の嘆き、光さえ逃がさぬ世界、全ての創造の根源、やがて全てを飲み込む終末、そして解き放つ世界の粒子、竜と人と神の世界を裂く光、ときの中に潜む王……」


 俺は、野営地のど真ん中を抉り取るつもりで、魔法を発動させた。


明けの明星ルキフェル


 冷静に魔法の名前を発した直後、それはゴート共和国軍野営地に落ちた。


 一瞬、身体が沈むような感覚を覚え、揺れた大地に抗うように両脚へ力を込めて立つ。


 地中へと大地が沈むような衝撃。


 地面が、波うった直後、俺は跳躍して後方、ブルガエーシュの方向へと走り出した。


 暗闇の中で、寝ている歩哨たちを踏みつけ走る俺は、ゴート共和国軍野営地中央付近の騒ぎが大きくなるのを耳でとらえる。


 その混乱は、俺を追うように広がっていると、騒ぐ奴らの声で知った。


「なんだ!?」

「死体が! 第三中隊の奴らがいたあたりが大変だぞ!」

「なんだ!? なにが起きた!?」


 ここで俺は、左に短剣、右に長剣を握り、目を醒まし始めた奴らを片っ端から斬り殺していく。


「ぎゃ!」

「なん――ぎゃああああ!」

「腕が! 腕がぁあああ!」


 寝惚けた奴らを次々と屠る。いちいちトドメをさしたりせず、手当たり次第に斬りまくった。魔法はでかいのを使ったので、火炎弾フレイム数発を放っただけで立っていられないほどの疲労に襲われるとわかっている。ここは撤収しながら、敵兵たちを斬り殺すと決めて徹底した。


「敵襲! 敵だぁ!」

「夜襲!」


 馬っ鹿! もう終わったんだよ!


 俺は城塞へと走り、城壁にぶらさがったロープを掴んで後方を見る。


 ゴート共和国軍は大混乱で、追っ手などいなかった。


 翌朝。


 見張り塔へと登って森を眺めていた俺は、太陽の光が森に届き始めたことで、自分の魔法が敵に齎した被害を知った。


 森の一部に、直径百メートルほどの大穴が空いていたのである。


 明けの明星ルキフェルは、智神ガリアンヌに仕えるという神使アンジェルの名をもつ最高位魔法のひとつだ。今回は発動までに意識集中と呪文詠唱の余裕がたっぷりとあったため、おそろしい破壊力となったことを見てとれる。しかもそれは、音すら外に漏らさない静かな破壊であった。


 俺は、誇るでもなく、悔いるでもなく、ただ自分が為した結果を眺める。


 一瞬で数百人を消し去ったのに、その自覚すらない自分に呆れていたのだ。




-Elliott-




「ゴ軍の奴ら、かなり後退したな」


 アベルが喜んでいた。


 十月二十九日の昼である。


 俺は、奴らの動きをずっと観察していたが、彼らは統率がない状態で後退を始めたが、しばらくしてまた城塞へと接近してきた。ところが、少したつと再び森の中へと引っ込み、そうとうに距離をとったらしくこちらからはまったく様子がわからなくなっている。


 俺は、上の命令に、現場の兵士が嫌がって収集がつかなくなっているのではないかと予想した。


「斥候からはなんと?」


 俺の問いに、アベルが笑っていた。


「なんだか、混乱が続いているみたいだ」


 これは……攻撃だな。


「行ってくる」

「は?」

「ちょっと攻撃してくる」


 俺は、昨夜のロープをまた城壁上から地上へとたらして、するすると降りて森へと向かう。


 すると、背後の楼門が開き、アベルに率いられた一個連隊が出て来た。


「エリオット、一緒に行くぞ」


 彼の声に立ち止まると、兵たちは俺を追い越して次々と森へ入って行く。


 人間、ドワーフ、エルフ、オーク、誰もが武器を手にひるんでいるゴート共和国軍へと加速していった。


 俺が彼らを追うかっこうとなり、アベルと並ぶ。


 森に入り、木々や茂みの向こうですでに戦闘が始まっている。


 いや、それは一方的に攻めるイシュクロン王国軍に、敗走するゴート共和国軍という図だった。


 いくら人数がいても、戦う兵たちの心が折れていては戦えない。


 アベルが叫ぶ。


「俺たちの森から! ゴ軍を追い出せ!」


 指揮官の激励に、兵たちが吠えて応えた。

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