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赤い悪魔と呼ばれる竜殺し  作者: ビーグル犬のぽん太
赤い悪魔と竜の巫女
14/55

あとを追う

 竜王の城跡地で、カルロ兄さんと会ったとこをアイリーン殿下に伝えた。


 ゴート人の部隊が、イシュクロン王国の奥深くまで侵入している事実は、手引きした者の存在があることを確定させているし、それはきっとシン・ヴァレンタインの配下に違いないだろう。


 ともかく、急ぎブロブディアフに還るとして、俺たちは最小限の休憩で湖を北周りに進み、都に到着した。


 十月二十四日の昼である。


 王国最大の都市は、城壁に囲まれた市街地は広く、家屋の屋根は全て朱色で統一されていて美しい。湖へとつきだした埠頭には、幾艘もの船が停泊している。王城の主塔は白く輝き、千年前から存在する最古の王国としての威厳に相応しいものだ。


 アイリーン殿下とレイは城へと戻る前、サリウドと俺に支払いをしてくれた。


 十万シリグずつ渡され、俺はともかく彼は大喜びする。


 アイリーン殿下が無事に帰還したことで、レイの潔白は証明されたと同時に、教皇からの書簡を届けたことで、彼女の言が真実であることが示された。


 こうして、イシュクロン王国は竜王復活に備え、アロセル教団と協力関係となることが内外に発表されたのは、二十六日の午後のことだった。


 俺とサリウドは、殿下とレイの安全が認められるまで二人の護衛として近くにいたが、これでお役御免とばかりに彼女らの前を辞すことにした。


「エリオット、ありがとうございました。イングリッドが見つかりますように」


 別れ際、彼女の言葉に俺は感謝で深く一礼をする。


 そして、サリウドと二人で都を出た。


 俺が住んでいた屋敷を、訪ねるためである。




-Elliott-




 ブロブディアフから南へ三十分ほど歩いた森の中に、その跡地はあった。周囲の木々は過去、手入れをされていたに違いないが、現在は枝葉が伸び放題で、井戸はもう随分と使われていないことが見てとれる。


 屋敷があると聞いていたが、現地に到着すると何も残っていなかった。


 いや、正確には、木々があるだけである。


「随分と飲み込まれているな」


 サリウドの感想に、俺は頷きを返した。


 井戸へと近づいた時、あの頭痛が俺を襲う。そして、この時はこれまでと違い、脳内に映像が再生された。


 金髪の美しいエルフが、俺に笑みをみせている。彼女は長い睫をパチパチとさせて、木の枝を指で示していた。俺の視界は、彼女が示す先を追い、小鳥たちが枝にとまってさえずっている……音も、聞こえてきた。


『エリオット、この木は残してあげよう』

『そうだな……巣、作ってくれたら賑やかになるな』

『うん』


 そんなやり取りがあったのだと、俺は思い出した。


 そして、彼女の優しさに触れる。


 脳裏に描く、イングリッドの笑み。


 頭痛……瞼を閉じて、その場で片膝をついた。


「おい、大丈夫か?」

「サリウド、少し待ってくれ」


 俺は姿勢を維持し、頭痛に襲われながらもイングリッドの笑みを忘れまいとする。


 カペラ湖よりも美しい碧い輝きの瞳は、俺を映して揺れていた。口を大きくあけて、心から楽しそうに笑っていた……。


 ……?


 突如、映像がきりかわる。


『エリオット、お水飲むか?』


 俺は答えない。


 いや、答えられない。


 彼女は寝ている俺を覗き込み、髪を撫でてくれている。


『エリオット』


 名前を呼ばれて、俺は懸命に彼女を見ていた。


 これは……これは俺の今際の記憶か!


『エリオット……また、いつかお前の魂がこの世界に現れた時は、わたしを選んでほしい……エリオットが好きなんだ』


 イングリッド……。


『エリオット……わたしを愛してくれて、ありがとう』

『……俺のほうこそ、光栄だっ……俺の……姫……ま』


 最後の力をふりしぼって言葉を紡いだ俺は、そこで瞼を閉じる。


 ここで、視界は闇となり、現世の俺のものとなる。


 瞼を開くと、井戸を正面に片膝をついていた。


「大丈夫か?」


 サリウドの問いに、俺は頷きを返した。


「ああ……記憶が少し、戻った」

「そうか……この辺り、周囲とは少し草の生え方や木の育ち方が違う。だからやはり屋敷はここにあったと思う」

「うん。俺の記憶が戻ったってことは、ここに屋敷があったに違いないと思う」


 俺は、彼に助け起こされた。そして、意識して歩き、井戸を覗き込む。


 再び、頭の中に映像が流れた。


 イングリッドが井戸の水を汲んで、泥だらけの犬を洗っている光景だった……いや、犬じゃない。


 子狼がブルブルと震えて、彼女がそれで濡れて笑っていた。


 俺は、重要なことを忘れている自覚があったが、この屋敷跡地で思い出したことは、彼女と過ごした日常の記憶だ……。


 自然と、微笑んでいた。


 サリウドが、気味悪がる。


「なんだ? なんだ? 頭がおかしくなったか?」

「いや……ちょっとな」


 俺は、イングリッドとの生活も忘れてしまっていたことを、とても大事なことだから思い出せと訴えていた俺自身を誇るような気持ちになった。


 ここで、イングリッドが切らないでおこうと言った木……映像よりもおそろしく太く高く育った木へと近づき、その幹に触れる。


 頭痛とともに、映像が脳裏に流れた。


 ズボニール五世……いや、当時は五世じゃないか。


 教皇は、これを俺に見せたかった? 


 彼が、俺と彼女に言う。


『君はきっと、生まれかわるよ……選ばれた魂だからね』


 映像が、消えた。


 彼は、俺が生まれかわることを知っていた……教皇庁で会った時も、悪竜テンペストが復活したから、そろそろエリオットの魂をもつ人間が現れるのではないかと思っていたと言っていた。


 ……彼は、俺に何をさせたいんだ?


 全ての記憶を取り戻したい。


「サリウド、行こう。金がある。このままブルガエーシュまで行こう。俺とお前なら、急げば二日ほどだろ。手持ちの食料と水でなんとかなる」

「それはかまわないが、休憩を取らないのか?」

「……小便は歩きながらしろ」


 俺の冗談に、彼は笑いながらついてきた。




-Elliott-




 ブルガエーシュはブロブディアフからほぼ真南にある。森の中の街道を進めば三日から四日という距離だが、俺とサリウドの二人だけならば無理がきくので、二日ほどで到着できた。


 ここも対ゴート共和国の最前線といえる。


 カペラ湖から流れるツァーリ河の分岐部分にある都市だ。ここには海から河をのぼって湖へと侵入できないように水門があり、これを防御する城塞の後方拠点として発展した歴史があるので、市街地は狭く人口も五千人を超えない都市だが、重要度でいえばロンディーヌとそう変わらない。


 ゴート共和国軍の連隊群が南と南西から王国領を侵攻している現在、この都市とロンディーヌのどちらかが陥落すれば、それはもう王国滅亡を意味するといえた。


 休戦云々ではなく、降伏である。


 俺たちがブルガエーシュに入った十月二十八日は、そのブルガエーシュへとゴート共和国軍の軍勢が一気に接近してきた日だった。




 -Elliott-




 ブルガエーシュの西側に水門があり、対岸には水門を守る城塞がある。城塞と市街地は水門の上を通る橋で往来ができる設計で、ここから南側の下流へと弩砲バリスタや投石機、火砲カノンが向けられていることから、水門を確保してから船で接近しないと大損害は間違いないという備えだった。


 俺とサリウドは、この市街地から水門の上を渡って、城塞にいるという女性エルフを探す。


「通称でオメガと呼ばれている女性を捜しているんだ。この都市に配属されていると聞いた。会わせてもらえないか? もし判断つかないなら責任者と話をしたいんだが」


 兵士に取り次いでもらって現れた責任者――やけに若い責任者……俺とそう年齢が変わらないが、指揮官としては抜群に若い青年に、改めてオメガのことを尋ねると、彼は「残念ですね」と苦笑して東の方向を指差した。


「彼女なら、二日前に雇用期間を終えて、バルナに向かったんですよ。家に帰るんだそうで……」

「家? バルナに彼女の家があるので?」

「いや、彼女はイシュクロンには住んでいなくて。一年のうち、半年間だけこちらに出てきて戦うが、普段は北のほう……五か国半島ファイブペニンシュラの都市国家連邦に」


 まずい……早く行かないと帰ってしまう。


 俺とサリウドはお互いを見て、同じことを考えていたとわかるも、城塞の向こう、森の木々の隙間からのぞくゴート共和国軍の数の多さに気づく。


「敵の数は?」


 俺の問いに、青年指揮官はうんざりとした表情で答える。


「五千ほど……一気に接近してきて、まるでこちらの動きが筒抜けたみたいに、森の中の連隊群を後退させた動きにあわせて距離を詰めてきたんです」


 ……摂政の仕業だな。


「王都とロンディーヌからの救援は?」

「ロンディーヌはロンディーヌで大変だそうで、都からの救援を待っているが、編制が進まないとか……」


 王女帰還で、竜王復活にも備えないといけないしな……。


「城塞の戦力は?」

「二個連隊。八百……市街地のほうに一個連隊四百、あとは後方支援大隊一個と、騎兵中隊一個……市民に武器を配って、民兵として戦ってもらうことも視野にいれて準備中だよ……あんた、見たところ深紅のマントをしてるならクリムゾンディブロ? もしそうなら、戦いに加わってもらえないか?」


 俺は残ると決めて、サリウドを見た。


「サリウド、先にオメガを追ってくれないか? バルナで落ち合おう」

「わかった。バルナの傭兵ギルドの掲示板に、宿泊先をのせてもらっておく」

「頼む」


 俺はここで、青年指揮官に告げる。


「組合もなにも通していないが、加わりたい。エリオット・ヴィラールだ」

「一人でも多く欲しいところだから助かる。俺はアベル・ヴァレンタインだ」


 ヴァレンタイン!?


 驚く俺に、彼は苦笑した。


「兄さんから嫌われて、ここで死ねと言われているのさ……」


 彼はそこで苦笑を消して、俺に右手を差し出す。


「ようこそ! 歓迎する! クリムゾンディブロ」


 俺は握手に応じながら、複雑な胸中をひきつった笑みで隠して尋ねた。

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