跡地での再会
竜王の城跡地は、廃墟となった城が森に飲み込まれようとしていて、人工物を覆う草木の勢いに、自然の力強さを感じさせられた。人によって破壊されることが多い自然だが、決して弱いわけではないといわれているような気がする。
城は主塔や居住館らしき建築群は朽ち果てていて、いつ崩れてもおかしくないので、城門の内側に設置されていた武器庫らしき空間に入った。内部は石材の隙間から草が伸び、壁も苔だらけだったが雨に打たれるよりはマシだ。
王女を守るように、レイが彼女を自分の身体とマントで包み、白い息を吐きだす。
なるほど……二人の現在の関係は、そういうことなのかもしれない。
出入り口に扉などなく、俺はそこから外を見張っていた。
ここに来るまでの道中、アイリーン殿下に教えられたこの場所の情報が理由である。
竜王の城跡地は、地上部分よりも地下が心臓部で、迷宮になっている。そして地下深くには、竜王の肉体を封印する空間があるが、魂は別の場所に移されていた。
だから地下には竜王の肉体が、当時のままの姿である。そして、その眷属が今も地下には巣くっている。
炎魔人や悪魔人は、それらのなかでも特に危険だ。万が一にでも、そういう奴らが地上に出てきた場合、すぐに動かないといけない。戦うにしても、逃げるにしても、こちらが先に相手を発見することが大事なのだ。
身体を少しずつ動かすのは、動きを止めたままの体勢を維持すると、身体がかたまってしまうからで、腕や脚を動かしたり、首を回したりしながら外の様子を窺う。
屋根から流れ落ちる滴はやがて、滝のようになってきた。
すると、遠くに人影が見え始める……集団だ。
俺が後ろの三人に、手信号を送った。
サリウドが素早く荷物を背負い、俺の後ろにつく。
「どうした?」
「あそこ、人じゃないか?」
「……雨で匂いも音も微妙だ……見えてるものはお前とそう変わらん」
「残念」
俺は答えつつも、動くのは人で間違いないと感じた。
こんなところに、何をしに来た?
俺たちのように、雨を避けようとしたのか?
迷う。
この倉庫らしい建物は、あちらからも見えているだろう。そして出入り口がぽっかりと開いているから、中を確かめようと考えるのではないか?
こちらには、逃げ場はない。だとすれば、先に敵か味方か中立かを、距離がある今のうちにはっきりさせたほうがいい。
「俺が出るので、いつでも逃げられるように」
俺の指示に、レイが頷いて殿下を立たせた。
俺は、まだこちらに気付いていない奴らに向かって、身をさらすように倉庫から出ると、雨の中を歩きながら声をかける。
「おい! あんたらも雨宿りか?」
驚いたようにこちらを見た男、後ろを振り返って仲間に何かを言った男、その二人の後方には、さらに二十人以上の男たち……皆、フードで顔を隠しているが、佇まいは雰囲気がある。ただの旅人には見えないし、戦士とすればそれぞれにかなりの腕前だろうと予測した。
厄介な……面倒な奴がその数じゃ、俺でも一人はキツい。
会話をして、穏便にお別れをしたい。
「雨がやむまで、ここなら安全だぞ? 俺たちはもう去るから」
俺の呼びかけに、奥から一人の男が進み出た。
フード付きマントをしたその男は長身で、白銀の甲冑が身体を覆うマントの隙間からのぞいている。軽鉄製の甲冑らしい。
その男が指揮官だと思ったところで、相手がフードをとる。
!
!!!!
ちょっと待て!
どうして貴方がここにいる!?
彼は、俺に声をかけた。
「どうしてこんなところで再会するか? 神は気まぐれだ」
「カルロ兄さん……」
「エリオット、敵国で英雄になってしまったお前は当家の恥だ。第二次ディラ会戦でお前が活躍したことで名が広まり、生存がこちらにも伝わった直後、お前は勘当されているゆえ、兄とは呼ぶな」
改めて、正式に他人になれたということか……奴らはゴート人……ゴート共和国軍か。
俺は背後にまわした左手で、手信号を出した。フードで顔を隠した殿下とレイが建物から出て、俺の背後へと移動を始める。そこにサリウドが続き、彼らを追おうと動いたゴート共和国軍兵へと、俺は身動ぎすることで牽制した。
雨の音だけが聞こえてくる。
カルロ兄さんは、長剣を抜き放つと周囲の兵たちに命じた。
「あれの相手は俺がするゆえ、お前たちは役目をはたせ」
カルロ兄さんの言葉で、兄さんの部下たちが城の主塔へと向かい始めた。
?
王女を狙っているわけではない?
どういうことだと思った瞬間、二十メートルほどあった距離をカルロ兄さんが一気に詰めてきた。
早い!
風守護を使ったか!?
兄さんは、加速と同時に抜剣していて、すでに斬撃をみまってきていた。
俺は退くのはなく、前に出るように前傾姿勢をとり、左手で短剣を抜きながら兄さんの斬撃を弾く。と同時に右手で長剣を抜きながらの一閃を放ったが、兄さんは素早く移動し俺の間合いから出ていた。
左手が痺れている……。
お互いに、お喋りをする余裕はない。こういう時、べらべらと喋りあうのは物語や神話のなかだけだ。
双方の間合いの際で、お互いに牽制しあう。
斬り込むと、反撃をあわせられてやられる映像が脳内で再生された。
あちらも、最初こそ仕掛けてきたが、今は動きがない。
先に動いたほうが負けるという感覚のなかで、雨は勢いを増した。
顔を打つ滴。
視界は悪い。
兄さんも同じだろう……。
ここで、俺たちが睨みあう中間に、小石が投げられる。
お互いに、斬撃をくりだすも弾き合って後方へと跳んだ。
サリウドが姿を見せている。
彼が、小石を投げたようだ。
人狼が、雨音に負けない声を発した。
「エリオット、行こう。あちらさんは俺たちに用があるわけじゃないようだ」
「……わかった。兄さん、ここには何の用だ? イシュクロン王国領だぞ?」
「ふん……見逃してやる。それで満足しろ」
カルロ兄さんは、長剣を鞘に収めるフリをして、袖口に隠していたナイフを投げてきた。
俺を狙った奇襲だったが、サリウドが投げた短剣で弾かれる。
三人でしばらく睨みあい、今度こそ、カルロ兄さんが剣を収めた。
俺も剣を収め、弾かれたナイフと、守ってくれた短剣を拾う。そして、ナイフを兄さんの足元へと放り投げた。
「返すよ」
「……もう会うこともないだろうから、これを伝えておこう。お前が母上の家の名を使ったことで、ヴィラール家は国賊とされて糾弾された……父上の力がなければ、母上の親類たちは命も取られていただろう……愚かしい民のルサンチマンを刺激したのはお前だ、エリオット――」
兄さんはそこで滴を唾とともに地面に吐き捨て、さらに続ける。
「――お前は英雄だなんだと化け物どもの国で褒められて、いい気になっているかもしれんが、母上と叔父上……叔母さまたちを苦しめていることを知れ」
カルロ兄さんが、背を見せて離れていく。
俺は、兄さんの姿が見えなくなるまで、雨に打たれた。