竜と神と廃墟
十月十七日の昼に、アイリーン殿下たちが到着した。俺は毎日、市街地の東側城門で到着を待っていたのだが、彼らの姿を見つけた時は安堵で思わず笑っていた。
サリウドはまだまだ元気だったが、レイは顔に疲労をにじませていて、殿下にいたっては疲労困憊で俺の姿を見るなりへたりこんでしまったのである。
その日は、宿に泊まり疲れを癒してもらうことにした。
そして、十月十八日に、アイリーン殿下がレイを連れて教皇庁に行くのを見送り、帰り支度をサリウドと分担しておこなう。
食料の買い出しは彼に任せ、俺は着替えの洗濯を宿に依頼する他、消費した蝋燭や油などの物資を手配した。
昼過ぎに、買い出しを終えたサリウドと部屋で合流し、二人が戻るまで待機とあって食事をとることにした。といっても外出はできないので、宿に食事を頼み、部屋まで運んでもらう。
鹿肉と豚肉のロースト、秋野菜を湯通ししたものを盛りつけたサラダ、パンは大麦と小麦の二種、スープはオススメと言われた牛肉でダシをとったものにした。
飲み物は、酒は仕事中なので避けて、水にしている。
俺が、教皇との会話で思い出した記憶の件をサリウドに話すと、彼は竜と神の関係、竜騎士と勇者の関係についてを聞きたがった。
「教えてくれ。実はその辺のことをイングリッドはあまり話したがらなかった」
「当時の俺なら、同じ対応だったと思うよ……ちなみに、お前の信仰の対象は? 主神か?」
もしそうなら、いろいろと微妙な空気になるので、先に確かめた。
サリウドは、豚肉のローストをナイフとフォークで切り分けながら答える。
「ちがう。俺が信じているのはファウスだ。ファウスとは……」
ファウスとは、北方大陸の一部で信仰されている神らしく詳細は知らないが、彼の説明によると、自然信仰の一種だと理解できた。
俺はサリウドの説明が終わってから、改めて話題を元に戻そうと口を開く。
「わかった。では、話す。その前に確認だけど、主神が金竜エルミラを倒したことで、竜の支配する時代が終わったこと、そこから神々が登場し神話へと繋がり、主神の声を聞いた最初の男が啓示を受け……主神の子供だと自称する男が現れた……それから俺たちは、多くの神々を敬って暮らす」
「ああ……それがどうした?」
「いいから聞いてくれ。ここで話を戻すと、神々が力を分け与えた者を勇者と呼び、竜が力を分け当たえた者を竜騎士と呼んだ。竜と神の陣営に別れて戦い、人間、エルフ、ドワーフ……今、地上に存在する種族は神側について戦ったので地上で暮らしていて、竜についた種族……悪魔や邪鬼、魔族と蔑まれている種族は多くは地下、地上であっても本当に狭い地域にしかいない」
「そうだな……豚のロースト、食べるか?」
「もらう。鹿のローストどうだ? うまいぞ」
「いただく……ソースがうまいな……それで、エリオットは竜騎士だったんだろ? 悪役の手下だった? どういうことだ?」
「竜と神が敵対していたというのは、嘘だ」
「仲良くしていたのか?」
俺は、ローストの備え付けのジャガイモを食べ、その美味さに感激しながら話を続ける。
「じゃがいも食べてみろ! 最高だぞ……仲良くしていたわけじゃなくて――」
サリウドがじゃがいもを食べ、親指を食べて同意を示した。
「――竜と神と分けているのは、後世の……俺たちというか先人たちがしたことで、実際に竜と神は同一だったんだ」
「同一? つまり、竜は神でもあった?」
「そうだ。俺の記憶にある例でいうと、主神は金竜だ。同一の存在だ」
「は? じゃ、その竜というか神は自殺したのか?」
「神話を思い出してくれ……主神は竜王バルボーザに勝てないという制約がある。竜王バルボーザは主神を倒すために存在する悪竜の頂点……おそらく、竜王によって主神、つまり金竜は倒されたが、それをそのまま広めたくない者たちが、竜を倒した側として神々を創作した……つまり、竜と竜の対立構造だったんだよ、本当はね」
俺はそこで水を飲み、サラダを口にいれて塩がきいていないなと苦笑する。その俺を見たサリウドが、フォークでサラダを示しながら口を開いた。
「そのサラダは失敗だった……他のにすればよかった。それで、竜と神が同一ということは、竜騎士も勇者も同一ってことか?」
「そうだ。神が聖石を与えた者が勇者になり、竜が竜の命の欠片を与えた者が竜騎士になると語られているが、結局、竜と神は同一、聖石と竜の命の欠片も同一、勇者と竜騎士も同じ……ただ、歴史を作った者によって歪められただけに過ぎない」
サリウドはそこで、サラダの野菜をスープにひたして食べて目を輝かせる。
真似をすると、味がしない野菜がとてつもなく美味になった!
「ニンジンがうまい……エリオットの話はわかった。ということは、悪竜が復活して暴れているってことは、神様が地上の俺たちを滅ぼしにかかってるってことか?」
俺はうなり、パンをスープにひたして食べながら答える。
「実際、それがどういう意味なのかよくわかっていない。ただ、俺はまだ思い出せないことがあるから、そこを取り戻せたら、わかるかもしれない」
「……王女殿下をブロブディアフにお連れしたら、その後、どこを調べる?」
「まず、ロンディーヌに還って準備をして、ブルガエーシュでイングリッドと一緒に戦ったことがある女性エルフを尋ねる。その後、バルナに行ってイングリッドの寝所を知っているというアブダル卿の子孫を捜す……あと、並行して前世で俺が暮らしていたという屋敷を探す」
「お前の屋敷? ……あそこのことかな?」
「知ってるのか!?」
「あっていれば」
!?
!!!!
天才か!?
「どこだ!? どこにあるんだ? 俺は思い出せないんだ」
「ブログブニシェ郊外にある……王女殿下を送った帰りに案内しよう……ただ、残っていればいいけどな」
……たしかに。
住んでいたの、二百年前だもの。
-Elliott-
アイリーン殿下とズボニール五世の間で、どのような話し合いがおこなわれたのかをいちいち訊くことはしない。
ただ、交渉はうまくいき、世界中に存在する教団の支部が、竜王復活を止める活動を始めることを約束されたと聞かされた。
教団騎士団が動くのだろう。
十月十九日の朝にアロセールを出た俺たちは、山脈を越えて、宿場町で一泊し、イシュクロン王国領内へと帰ってきた。
隣国よりも、自国領内が危険というのは複雑な心境だ……。
ここで、カペラ湖の南側を東へと向かうと、また敵との遭遇率が高まるだろうということで、宿場町の外で帰路をどうすべきか話し合った。
ここで、敵と遭遇しても勝つ自信があるから、戦って突き抜けるという脳筋野郎は簡単に死ねる。こういう旅は極力、戦いを避けるべきだ。怪我をしただけでも詰むことになる。そもそも、殿下の身に何かがあった瞬間に、俺たち三人は罪人扱い確定で、王国にいられないのだ。
俺はそれは困るし、レイはもっと困るだろう。彼にとって身の潔白を晴らすには彼女を無事に連れ帰る必要がある。そしてサリウドは、金がもらえないのは御免こうむりたいに違いない。
戦いを回避するための意見を、レイが述べる。
「湖の北から、ぐるりと回り込むのはどうか……日数はかかるが、安全だと思うが?」
他に名案はなく、彼の案を選択した。
カペラ湖の南側は、王国の主要都市が集まるので森もいくらか整備されているが、北側はほとんど手付かずだった。
道? あるわけがない。
地面……ぬかるみ、くぼみ、洞穴の入り口が直進を許さない。
木々……枝葉は伸び放題で、木と木は競いあうように光を求めあい、複雑に入り組んだ地形は高低差を激しくしている。
こんなところを、歩きたい奴は変態だろう。
俺も、こういう状況でなければ避けているに違いなかった。
ただ、俺たちは誰も近づきたくないような湖の北側を進んだことで、その場所を見つけてしまう。
少し高所に出たところで、先頭を歩いていた俺は、森の中に人工物が見えたと思い、その方向を凝視した。集落かなにかであれば、休憩できるかと思ったのだ。
しかし、やけに静かだ……距離は二ラインは離れている?
二千メートルなら、そう時間がかからず到着できそうに見えるが、それは平地であればの話で、現在は倍以上の時間がかかるものと考えた。
確かめに行くのを迷う。
隣に、レイが並び、アイリーン殿下も続く。
殿下が口を開いた。
「竜王の……城」
「竜王?」
俺の問いに、彼女は頷く。
「今はただの廃墟です……地図からも消しているのですが……」
ここで、最後尾のサリウドが追いつき、口を開いた。
「雨になるかもしれない。空が重い」
俺たちは頭上を仰ぐ。
まだ空は晴れているが、遠くでは黒雲が広がり始めていた。
「竜王の城……地上部分は城と変わりません。雨宿りに使えますよ」
殿下の言葉で、俺たちはその場所を目指すことにしたのである。