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赤い悪魔と呼ばれる竜殺し  作者: ビーグル犬のぽん太
赤い悪魔と竜の巫女
11/55

教皇

 俺は、教皇庁の三階に通された。


 この階は一般公開されていない階で、許可がないと入ることができない。


 ヴィサ卿は、俺を案内しながら尋ねる。


大蛇おろちの首、九本同時に落としたのはどうやった?」

「魔法ですよ。剣じゃ無理です」

「魔法と簡単に言うが、攻撃範囲、射程、命中精度……おそらく普通の魔導士では無理だっただろうな」

「運が良かったんです」

「運は、努力する者、懸命な者に味方するものだ」


 なるほど……いいこと言う。


 彼に案内されて進むと、教皇の近侍……じゃなくて女性だから侍女か。


 ヴィサ卿はその美しい女性に、俺を紹介する。


「ジャンヌ、彼はエリオット・ヴィラール殿だ。聖下への取次ぎを頼めるか?」

「あら?」


 彼女は俺を眺め、首を傾げる。


 なんだ?


 ……?


 頭痛が……。


 侍女は微笑み、口を開いた……舌先をのぞかせる喋り方は、誘われているようでドキリとする。


「ジャンヌと申します、クリムゾンディブロ」

「エリオットです」

「ふふ……こちらへ」


 この美女、怪しい雰囲気だ……し、おそろしく腕が立つことがわかる。おそらく魔導士だろう。侍女兼護衛というところか……。


 アロセル教団には、邪悪な存在との戦いを任務とする女性の戦士たちがいて、彼女たちは聖女という役職だ。神聖魔法を操る人たちで、前世では幾度も共闘したことがあり、その強さは知っていた。


 このジャンヌという女性も、きっと聖女なのだろう。


 彼女に案内されるがまま、広い室をふたつ通過した後に、その扉の前に立つ。


 ジャンヌが扉の前で振り返ると、笑みを浮かべて俺に言った。


「クリムゾンディブロ……ズボニール五世聖下の室です」

「……エリオットって呼んでもらえないか?」

「ふふ……そうね」


 妖艶な彼女が開いた扉の向こうに、その男性はいた。


 質素な執務室で、彼は微笑みを浮かべて俺を迎える。


 在位五年となる教皇ズボニール五世だ。このズボニールという名前の教皇は彼で五人目なのだが、ズボニール、アレクシ、ズボニール、アレクシ、ズボニール……というように、ふたつの名前がここ二百年ほどは交代で教皇となっている。なにかの意味があるのかと不思議に思うが、それを教皇に尋ねるようなことはしない。


 青年教皇を前に、俺は片膝をついた。


「エリオット・ヴィラールです、聖下」

「ようこそ、クリムゾンディブロ……懐かしい名だ。この名が復活したことを祝おう」


 教皇は長身で、美青年だ。歌手や俳優になれば、ギュレンシュタインやゴート共和国で女性たちを虜にしたに違いないほどだが、きっと今は女性信徒たちを魅了してやまないだろう。


 彼は執務机の引き出しを開け、シングルモルトの瓶を取り出す。そこに隠しているのかと呆れた俺を、ズボニール五世は手招いた。


 執務机の対面に置かれた椅子を勧められ、腰かけると目の前にグラスを置かれる。そこに、琥珀色の液体を注がれた。


 甘い果実の切断面を嗅いだ時のような香りの酒に、俺は目を細める。


「イブリン・ザ・セリーンというシングルモルトだよ、エリオット」

「いただきます」


 俺は、聖下が酒に口をつけるのを見守ってから、一口、飲んだ。


 酒のうんちくを語るやつがいれば、爽やかな風がなんとかかんとかと言い出しそうだが、俺はそういうのはしない。ただ、滅茶苦茶に美味い酒、とだけ評する。


「イシュクロンのアイリーン殿下から手紙を預かったと聞く。読ませて頂こうか?」

「こちらです」


 立ち上がり、手紙を差し出すと彼は自ら受け取る。


 見れば、侍女は室の出入り口に立っていて、俺の背後にいた。


 軟禁? といえなくもない……ただ、それだと俺が教皇に跳びかかった時、守れないぞと思う。


 ズボニール五世は、封筒の端を千切り、手紙を取り出すと紙面を見る。そうしながら、俺に問いかけた。


「前世のエリオットとは、いろいろと助け合った関係だが、君ともそうできるかな? エリオット?」


 ズキン! という頭痛で、俺は顔をしかめた。


 直後、失われていた記憶の一部が、一気に襲いかかってくるかのように湧き出てくる。だがそれは恐怖を感じるものではなく、たとえは悪いが溜まったものを射精したときのような快感に近く、脊髄を刺激する痺れで俺は動けなかった。


 いつの間にか、背後にジャンヌが立っていて、俺の耳へと唇を寄せている。


「エリオット……ひさしぶり」


 俺は、この二人を思い出した。




-Elliott-




 前世のエリオットは、ズボニール・ザヴィッチという青年大司教と合成獣キメラ事件を通して知り合った。そして、ズボニールは教皇となってからも、前世の俺ともちつもたれつの関係を維持した。


 このズボニールは、人間ではない。もちろん、侍女のジャンヌもそうである。彼らが教皇と侍女としてここにいることと、ふたつの名前が交互に教皇を繰り返している歴史から、ズボニールが名前と姿を変えて、ずっと教皇のままで居続けているのだと気付くに至った。


 俺は、これをそのまま彼にぶつけた。


「おかげで……記憶の一部を取り戻せた……教えてくれ。アレクシという教皇も、実はあんただろ?」

「ああ、エリオット、懐かしい。私をそう呼んでくれるのは君だけだよ、クリムゾンディブロ」


 彼は嬉しそうに笑うと、手を払ってジャンヌを部屋から追い出す。


神使アンジェルの化身たるあんたが、ずっと教皇を続けているなんてね」


 俺の言葉に、彼は苦笑する。


「待ってたんだよ……君を……悪竜テンペストが復活したから、そろそろエリオットの魂をもつ人間が現れるのではないかと思っていたら、やはりそうだ。エリオット、まず手紙に対する返事だが、いつでも殿下のために時間を取ろう。そして、協力をする」

「ありがとうございます」


 態度を改めて俺に、彼は頷くと答える。


「大人な対応だね、べつによかったんだが……」

「教皇聖下へふさわしい態度をとるだけですよ」


 頭痛がずっとしているが、蘇る記憶に苦笑を消せない。


 教皇聖下に会ったことは、遠回りになるような手伝いの結果だったが、近道だった!


「……実は、記憶の一部が欠落しています」


 俺は、これまでの現世でのことを彼に説明する。


 美しい笑みを浮かべる教皇は、グラスを手で弄びながら俺の話を聞くと、香りを楽しむかのように少しずつ、酒を口に運んだ。そして、酒を飲み干すと俺を見て言う。


「そうか……私が知っていることは答えるが、前世の君の全てを知っているわけではないのでね……イングリッドと会えば早いだろう。彼女ほど、君と一緒にいた者はいなかった」


 やはり、イングリッドだ。


「彼女が眠っている場所、探しているんです」

「眠っている場所? 君たちが暮らしていた屋敷じゃないのか?」


 屋敷!? イタタ……頭が痛い。


 屋敷……駄目だ。屋敷の映像が頭の中に流れるが、場所がわからない。


「聖下、場所をご存知ではありませんか?」

「わるい……そこまで地理に詳しくない。イシュクロン王国の森の中だったくらいしかわからないんだよ……そうだ。前世の君が没した後、イングリッドに相談をされた件を君に教えておこう」


 ズボニール五世……あくまでも、現在の彼は五世なのでこう呼ぶが、彼はイングリッドから、二人が持つ竜の命の欠片ティアドロップをどうすべきか相談をうけたそうだ。


「私は、君がずっと持っておいて、エリオットがしかるべき時に現れたら返すようにと答えたよ」


 俺は、魔竜テンペストから竜の命の欠片ティアドロップを受け取っていたことは記憶にあった。だが、ズボニール五世と会い、彼のかげでその効果――伝説や神話で語られるものとはちがう本当の効果と、それにまつわる竜騎士ドレイグ勇者ブレイブ、そして竜と神の関係……を思い出している。


「聖下、であるなら、彼女は今も竜の命の欠片ティアドロップとともに眠っていると思います……アイリーン殿下を無事にブロブディアフまで帰した後、集めた手掛かりをもとにイングリッドを捜します」

「そうか……わかった。なにか手伝えることは?」

「殿下の頼みを聞いてくださる以上の望みは、今はありません」


 ズボニール五世は頷くと、俺に言う。


「同じ魂を持つ者でも、育ちでいくらかの差はあるか……いいだろう。エリオット、現世でも私は君の味方だ……前世の君には、大きな借りがあるからね」


 俺は一礼する。


 教皇が手を叩くと、扉が開き、ジャンヌが俺に退室を促した。


「ありがとうございました」

「いや……そうだ、君に遣いをやろう。いずれ私の遣いが訪ねてきくから、その時はその者を介して私と連絡を取るといい……気をつけて、クリムゾンディブロ」

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― 新着の感想 ―
[一言] パトレアの子孫か、なんにせよ聖女が加わるかな? 結局、イングリッド以外とは結ばれなかったと思うし、さすがにパトレアとの間に子供作ってないよね?
[一言] 人ならざる身だと魂の素性まで見れるのかな エリオットの魂が特別製なのかも知れないけど
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