赤い悪魔を継ぐ
「エリオット! 右を頼む!」
その声で俺は右からの敵に斬撃を放ち、その顔面を斬り裂いた。頭蓋を割られた男は、悲鳴をあげることなく膝から崩れる。
森の中での遭遇戦。
こちらは五人、ゴート共和国軍の偵察隊は二十人。
同胞相手であろうとも、容赦しない。
俺はさらに一人を斬り殺し、攻撃を終えた直後の、わずかな隙を狙ってきた敵兵へと魔法をぶつける。
火炎弾!
呪文の詠唱も、魔法の名前も口にしない俺の技量と魔力で敵が火炎に包まれて、敵兵たちが狼狽え始めた。
「呪文の詠唱もなしで!」
「まずいぞ! やばい魔導士がいる!」
「深紅のマント! クリムゾンディブロ!」
俺は、彼らを逃がなさいと決める。
後退する奴らへと、広範囲を攻撃する魔法を発動した。
南西へと逃げるゴート共和国軍兵士たちは、一瞬で稲妻に襲われた。雷爆の魔法で弾け飛んだ彼らは、煙をあげながら地面を転がり動かなくなる。
俺は、身体の腕や脚が千切れ飛んだ死体を前に、剣を収めた。
-Elliott-
ゴート共和国の輜重隊が通る順路の偵察を終えて、遊撃隊の本隊まで帰還する間、分隊を組んだ他の四人からいろいろと質問を受けた。
「どうして一人で傭兵を? 俺たちの傭兵団に入らないか?」
「ゴート人らしいな? それなのに、どうしてゴート人相手に戦争をしている?」
他の奴らにもよくされる質問だ。
こういう時、俺は答えを決めている。
一人のほうが気楽だし、傭兵稼業の合間に調べものがある。あんたらと一緒にあちこちを移動できない。そして、ゴート人であってもイシュクロン王国に雇われているなら、ゴート共和国軍は敵だ。
これでだいたいの奴は納得する。納得しない奴は、俺に睨まれて口を閉じることになるだけだ。
もちろん、この用意している答えは、本当の理由じゃない。
俺がゴート人なのにイシュクロン王国の傭兵として、ゴート共和国軍相手に戦っているのは、面倒で長い話があり、説明するには少し時間が必要だ。
俺は、ゴート共和国の元老院議員を父に持つ。
ゾルダーリ家は、共和国内ではどこにいっても知られているほどだ。それは五代続けて元老院議員を出していて、父親であるアレサンドロ・ゾルダーリといえば元老院議員であり、政権の重鎮で国務長官だ。そして兄たち、長男のガルディアンは、内外に知られる軍略家である。さらに次男のカルロは騎士であり魔導士として有名だ。
俺は、このゾルダーリ家に三男として生まれ、名前はエリオットと名付けられている。
彼らを家族にもつ俺だが、子供の頃から彼らとは複雑な関係だった。いや、これは俺が一方的に彼らと距離をとっていたからといえる。
無理もない。
前世の記憶をもって生まれてきたことを、物心ついた頃に気付いたからだ。
俺の前世は、歴史上の英雄であるエリオット・フォーディだった。今の名前と同じ、エリオットだ。
前世のエリオット――二百年ほど前に活躍したエリオットは、赤い悪魔と異名をもつ傭兵で、イシュクロン王国のためにゴート共和国の侵攻軍と戦った最強の魔法剣士……と現在まで語り継がれているのは照れくさいが、ともかく、俺は敵であった者たちの家族として生まれてしまい、おおいに悩んだ。
この他にも、問題があった。
前世の記憶があるといっても、所々が抜け落ちていた。世の中の常識とか、前世で得た魔法の知識などはあるのだが、とても大事なことを忘れてしまっていた。
厄介なのは、大事なことを忘れていることをわかっていることだった。わかっていなければ、気になることもなかっただろう。
思い出そうとしても思い出せない気持ち悪さと、記憶を取り戻せと訴える本能で、前世の俺が暮らしていたイシュクロン王国へとすぐにでも行きたかったが、幼子ではとうてい無理である……とにかく、子供である時に一人で何かを始めるのは難しいので、焦らずしっかりと独立の準備をすることに集中したのだ。
こうして俺は、ゾルダーリ家の子供として養われ、成長し、剣や魔法や学問を学び過ごした。魔法と剣の才能は兄弟で随一だと師に認められるほどだった。
転機は、十八歳となって兵役についた時だ。
共和国は十八歳から二十歳までの二年間、男子は必ず兵役がある。
これは、親や家族がどんな要職についていようが関係がない……はずだが、それは表向きだ。父の影響で、俺は後方の部隊へと配置された。
俺は対ギュレンシュタイン皇国の軍団である第三軍団の後方支援連隊に配属されたので、この二年は問題を起こさずに過ごし、兵役終了とともに家を出て、イシュクロン王国へと行こうと決めた。そして、失われている記憶の断片を取り戻し、繋ぎ合わせようと思っていた。
しかし、幸か不幸か、徴兵されてから一年後、俺が配属されていた部隊が前線へと物資を届ける際に、ギュレンシュタイン軍の大規模な奇襲に遭い大混乱に陥ったのである。
多くの仲間が混乱の中で討ち取られていったが、俺は自分ひとりの身を守ることだけに集中し、死地をくぐり抜け、戦場からの離脱に成功したのだ。
ここで、俺は軍には戻らず、ゴート共和国軍の軍装のまま、東……イシュクロン王国を目指した。
途中、ギュレンシュタイン皇国軍の兵士に見つかり戦闘になった。軍装のままであったのがまずかったが、言い訳はきかない。問答無用で襲いかかられるも、撃退し、ここで俺は皇国軍の装備を手に入れることができた。
そして、わずかなお金も。
これを元手に、傭兵をしながら金を得て、衣服や装備を整えながらイシュクロン王国へと到着したのは三年前だ。
イシュクロン王国では、母方の家名を名乗るようにしていた。
エリオット・ヴィラール。
これが、今の俺の名前だ。
それから三年間、イシュクロン王国の傭兵として、ゴート共和国軍相手に戦っている。同胞相手によくやるなとからかわれることがあるが、俺にとってゴート人は敵という認識が強いので仕方なかった。そして戦歴は、前世の経験にくわえて、現在の魔力と剣技と体力を活かすことで抜群にいい。
返り血を浴びても気にならない赤いマントを今も愛用していることから、赤い悪魔の再来だとイシュクロン王国では喜ばれている。
異名まで継ぐことになるとは思わなかった。
こうして、俺は傭兵として戦いながら、記憶を取り戻そうといろいろと調べものをしている。その甲斐もあり、取り戻した記憶も増えてきた。
前世で俺は、封印されて眠りについていた魔竜テンペストから竜の命の欠片を授かり、彼女の竜騎士となっていたこと。
そして俺は、魔竜テンペストと大事な約束を交わしているが、どういう内容であったのかが思い出せないこと……とても大事な約束ということだけがわかっている。
ここで、イングリッドという女性エルフをまずは捜すことにした。
前世で俺と彼女は恋人だったと、多くの物語でも語られているので、彼女に会えばきっと欠落している大事な記憶を取り戻せるに違いないと思っている。
しかし、彼女がどこにいるのかがまったくわからない。
彼女は、前世の俺が死んだ後、姿を消したように表舞台に立たなくなってしまっていた。
どこかで、長い眠りについたという情報を得ているが、それがどこであるのかがわからないし、この話が本当なのかもあやしい。それでも、小さな可能性を信じて、俺はその場所を特定すべく、戦いながら調査をしている。
今も、継続中だ。