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二枚目。チキンカレーピザ

 よく絶叫マシーンに乗って「キャー」と叫んでいる人が居るが、あれは怖くて叫んでいるのではなく楽しくて叫んでいるのだと思う。

 何故なら今、俺は恐怖故に声が全く出ないからだ!

 怖い! マジで怖い!!

 全力でハンドルを握り、バイクのシートは股に挟むようにして身体を固定しているが、ちょっとでも気を抜いたらバイクから転げ落ちる。あと、歯を食いしばっていないと舌を噛む。

 何時もの倍の高さの視点。走行中のように流れる景色。運転中とは明らかに異なる振動。

 一体、何が起きているんだ!?

 美少女外国人コスプレイヤーがバイクごと俺を担ぎ上げ走るとか、ありえないし、無理だから!

 これって、アレか? テレビのドッキリ企画?

 バイクにワイヤーが取り付けられ、美少女が運んでいるように見せかける的な?

 だとしたらカメラが何処かに仕掛けられているはずだ。

 何処だ? 何処にある?

 比較的隠しカメラが付けられそうなところをチェックするが、全く見つからない。

 もしかしてドローンを飛ばして撮っているのか?

 視線だけで辺りを見渡すと、身体が若干傾いた。

 ヤバイ。全集中でバイクと向き合わないと振り落とされる。

 ドッキリ企画でも何でもいいから早くカット出してくれ!

 そんな俺の願いを嘲笑うように恐怖の時間はしばらく続くのであった。







 永遠にも感じる恐怖の時間が終わり、辿り着いたのは廃村だった。

 人の気配はなく、長い間人の手が入っていないと分かるボロボロの家や小屋が点在している。

 数分ぶりにタイヤが地に接し、視線の高さが通常に戻ったが、何分間も身体に力を入れ踏ん張っていた所為で筋肉疲労を起こしているのかバイクから降りられない。

 バクバクと早鐘を打つ心臓を落ち着かせるように深呼吸を繰り返していると、外国人コスプレイヤーは俺の顔を覗き込んだ。


「少年。この廃村には結界を施してある。出てきても大丈夫だぞ」

「陰陽師設定のキャラ何ですか?」


 顔面の筋肉すら披露しているのか、引きつる笑顔で訊ねると、外国人コスプレイヤーは困惑気味に眉を顰めた。


「おんみょーじ? きゃら? すまない何を言っているのか、分からない」


 結界イコール陰陽師とは限らないか。

 そう言えば、忍者系のアニメでも結界を張ってたしな……。


「少年。何をぶつぶつ言っているのだ?」

「いえ、何でもないです。ただの独り言なんで気にしないで下さい」

「そうか?」


 外国人コスプレイヤーは疑いの目で見た後、大きな溜息を吐いた。


「正気ならなんでもいい。少年ここから南に三十キロほど進めば街道に出られる。これは餞別代りの護符だ。持って行くがいい」


 手渡されたのは黄色の紙にゲームやアニメで見る様な魔法陣が描かれたものだった。


「理由があるにしろ、一人での薬草採取は止めておけよ。命がいくつあっても足りないぞ」


 そんな男前なセリフを残し、外国人コスプレイヤーはボロボロの家へと歩いて行った。

 護符を胸ポケットにしまいつつ、ふと気付いた。

 助けてもらったのにちゃんとお礼を言っていない事に。


「ボックスに入ったままの商品。まだ温かいといいな」


 少しでも温度が下がらないようにと、商品を取り出さずバイクを押してボロボロの家へと向かった。

 遠目から見ても酷かったが、近くから見ると余計に酷い。

 ノックをしようものなら扉が壊れそうな為、大声で呼びかけた。


「すみませーん。先程助けて頂いたものです。出てきて貰っていいですか?」

「何の用だ?」


 玄関で待ち構えていたかのような速さで扉が開き、驚きから数歩後退った。


「あの、助けて頂いたお礼をちゃんと言っていなかったので」


 俺は勢いよく頭を下げ、お礼を言った。


「律儀な奴だな」

「それと、少ないですがお礼の品を受け取って下さい」


 ボックスからピザと唐揚げアンドポテトのセットの入った保温バック、そしてコーラを取り出して、差し出した。


「ここじゃ、なんだ。中へ入れ」


 外国人コスプレイヤーに続いて家の中に入ると、二枚目の玄関扉があった。

 寒冷地では冷気を入れないために二重玄関にしていると聞いた事があるが、それだろうか?

 二枚目の玄関扉を潜り中へ入ると、高級ホテルのような部屋が広がっていた。


「はぁ!?」

「何を素っ頓狂な声を上げているんだ」

「だって、外と中が全然違うじゃないですか」

「外がボロボロの分内装に力を入れただけだ」


 そういうレベルじゃない気がする。


「そんな事より、座れ」


 部屋の中央に置かれたベルベッド張りのソファに座る外国人コスプレイヤーの正面の席に座ると、保温バッグとコーラをテーブルに置いた。


「お礼の品をくれるとの事だが、匂いから察するに、食べ物みたいだな」

「Sサイズで小さいですけど、よかったら食べて下さい」


 保温バックから商品を取り出し、テーブルに並べると、外国人コスプレイヤーは怪訝な顔でそれらを見た。


「そっちのそれは何だ?」

「これはコーラです」

「こーら?」


 コーラが無い国から来たのかな?


「甘くてシュワシュワなジュースです。一度飲んだらやみつきになりますよ」

「ちょっと待っていろ」


 外国人コスプレイヤーは隣の部屋に消えると、皿とコップとフォークを二つずつ持って戻って来た。


「注げ」


 プルタブを引き起こし口を開けると、外国人コスプレイヤーは目を剥き出しにして覗き込んで来た。

 缶ジュース自体が初めてらしい。

 差し出されたコップに注ぐと「黒い」と一言零し、フリーズしてしまった。


「気が進まないようなら、飲まなくても大丈夫ですよ」


 コーラ入りのコップをテーブルの端に寄せ、ピザの箱を開けた。


「何だそれは!?」

「チキンカレーピザです」

「チキンは分かるが、かれーぴざとは何だ?」


 カレーとピザが無い国から来たのかな?


「カレーは香辛料を混ぜ合わせて作ったソースの事で、ピザって言うのは小麦粉で作ったパン生地に具を乗せて焼いたものの総称です」


 で、合っているだろうか?


「つまりこれはパンなんだな?」

「はい。薄くて丸いパンにソースを塗って、チキンとほうれん草とマッシュルームとチーズを乗せて焼いたものです」

「それは美味そうだな」


 そう言いつつも手を付けようとはしない。

 もしかして……。


「アレルギーとか宗教上の理由で食べられない物ってありますか?」

「質問の意味が分からないが、私に食べられない物はないぞ」


 なら何で食べないんだ?


「もしかして、毒を疑っています? もしそうなら毒見として一切れ食べますよ?」

「毒など気にしていない。ただ……」

「ただ?」

「私の生まれ育った土地では、頂き物は持ってきた本人が食べてからでないと、食べられないのだ」


 風習か!?


「そういう事なら、端っこ貰いますね」


 ちぎったピザを食べて見せると、外国人コスプレイヤーは自分の皿にピザを乗せ、齧り付いた。


「初めて食べる味だが、悪くないぞ」


 頬を緩ませながらそう言い、二枚目に齧り付いていた。


「ところでそっちの箱は何が入っているんだ、少年」

「こっちはチキンとポテトを揚げた物です。それと、俺、こう見えて二十歳なんで、少年は止めて下さいよ」

「二十歳? お前がか? 私より二つも上には見えないぞ」

「童顔なんでよく高校生と待ち換えられますが、正真正銘の二十歳です。何なら免許証を見せましょうか?」

「こーこーとかめんきょーしょーとか訳が分からないが、お前が二十歳なのは信じる。それで、お前の事を何て呼んだらいいんだ?」


 名前すら名乗っていなかった。


八月一日ほずみあゆむと言います」

「ほずーみーあゆーむーと呼べばいいのか?」

「八月一日で……」

「ホズーミー?」

「アユでお願いします」

「了解だ。私はエレンデュカ。エレンでいい」

「エレン……」


 仕事以外で人の名前を呼ぶの、何カ月……いや、何年ぶりだろうか?

 バイトに明け暮れ、プライベートな時間が殆どなかった事を思い出し、ちょっとしんみりしてしまう。


「アユ。アユは何で食べないんだ?」

「何でって、これはエレンに対する感謝の気持ちだから……」

「頂き物は皆で分け合うものだろう。アユも食べろ」

「それじゃあ、遠慮なく」


 ピザを食べつつコーラを飲んでいると、エレンは何とも言えない顔でこちらを見ていた。

 視線をテーブルの端に寄せられたコーラと俺の顔を何度も行ったり来たりさせると、覚悟を決めたのかコップを掴み、口を付けた。


「何だこれは! 変な味に妙に甘い。口の中で何かが弾け、痺れるぞ」

「そう言う飲み物なんです。口に合わないなら飲まなくていいですよ?」

「頂き物を残す訳にはいかない」


 そう言ってピザを頬張りつつ、コーラに口を付けているうちにエレンの眉間から皴が消えて行った。


「不思議だな。ピザの後に飲むとさっぱりする。味も最初程悪くない」


 悪くないどころか大変気に入ったらしく、コーラを飲むペースが上がり、二本目に手を伸ばす程だった。

 Sサイズのピザとサイドメニューなど二人で食べれば一瞬でなくなったが、まだ食べ足りないと、エレンは作り置きしていたスープを始め、パンや燻製肉を山のように運んできた。


「遠慮せず食べろ」


 ピザ一切れとポテト数本だけでは全然食べ足りていなかった俺は、エレンの言葉に甘えて頂く事にした。

 名前を呼ぶのもだが、他人と一緒に食事を取るのも久しぶり過ぎて、スゲー楽しい。

 聞かれてもいない事をベラベラと話し、気付けば日はとっぷりと暮れていた。


「何か、長居しちゃってすみません」

「私も久しぶりに人と話しができて楽しかった」


 玄関まで見送りに来てくれたエレンに礼を言い、バイクにまたがった。

 スマフォのナビを起動させるべく操作するが、上手くいかない。


「エレン。さっき南に三十キロ行ったら街道に出るって言ってましたけど、何号線です?」

「なんごーせん?」

「ええっと、そもそもここって何処ですかね?」


 一番最初にすべき質問を今頃する俺だった。

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