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01_じょしかい!

最終話でネタ振ったので書いてみました。

 「これなんて良いんじゃないかしら」

 赤みがかった髪をした美女が、掲示板に張り出されている依頼書を一枚手に取り振り返る。

 

 王国が魔国に併呑された際に、魔王はかつて王国で運用されていた有用と思われる制度等も魔国へ取り入れていた。

 その一環として魔都に設立された冒険者ギルド、朝の依頼受諾ラッシュも過ぎ、やや閑散としたその建物の中に、三人組の姿があった。

 

「良いんじゃないでしょうか。場所もそんなに離れてないですし、夕方には戻って来れそうですね。オフィーリアさんはどうですか?」

 豊かな金髪を腰まで伸ばした、少しあどけなさの残る顔をした女性。特筆すべきは髪よりも豊かなその胸であろうが、何故か纏っているその黒色のメイド服の方が目を引く。

 

「ん、フローラの判断であれば問題ない。いざとなったら私が彼を迎えに行くから、彼の転送魔法で帰ってくれば良い。ついでに荷物も持たせられる」

 やや紫がかった黒髪を眉のところで切りそろえ、後ろ髪は先程の女性と同じく腰まであろうかと言う長さ。青と白を基調としたローブを纏う姿は、遠目に見れば凛々しく見えるが、傍によれば表情も含めて何処か眠そうにも見える。

 

「それならこれで決めてしまうわね」

 その赤みがかった髪を肩口で切り揃えた、切れ長で少しだけつり目がち、やや反りの有る剣を帯びた、白を基調とした動き易さを重視した軽装を身に付けた女性が、依頼書を片手にカウンターへと向かう。

 

「ミリー、今日はこの依頼にするわ」

「フローラさん、おはようございます!」

 ミリーと呼ばれた受付嬢が元気な声を上げ依頼書を受け取る。

 

「もうこっちにはなれたかしら?」

「そうですね、仕事自体は今までと変わらないですし、魔族の皆さんも親切ですから」

「なら良かったわ」


「今となってはこちらが名実共にギルド本部ですし、お給料も少し上がったんですよ」

「あら、なら今後もうちの店を御贔屓にね」

「はい是非!」


 会話を続けながらも手慣れた動きで受諾手続きが進められていく。

 ミリーは元々王都の冒険者ギルドで受付嬢をしていたが、その頃からフローラとは知己が有り、魔都に冒険者ギルドが設立される際に、その縁も有ってこちらのギルドへ移動して来たのだった。

 

「フローラさん達が高難易度の依頼を受けてくれるので助かります~」

 受領票を手渡しながらミリーが破顔する。既にこの依頼が達成される事を疑ってもいない。

「こちらも趣味と実益を兼ねているようなものだもの」

 軽く手を振りながらフローラは仲間のところへ歩いて行く。

 

 その後ろ姿を眺めながらミリーは呟く。

「王都に居た頃よりも素敵になったみたい……」

 かつてのフローラは、美人ではあったがどこか人を寄せ付けない雰囲気を纏っていた。

 久しぶりに会った彼女は、凛とした美しさはそのままに、近寄りがたい雰囲気が消え、代わりに女性らしい柔らかさを兼ね備えた人物へと変貌していた。

 フローラを見るミリーの顔は、最近魔都で評判の演劇で、男性役を務める女優を追いかける少女たちの表情に似ていた。

 

「あら、『女子会』の人達が来てたのね」

「あ、ベルタさん」

 ミリーが振り返ると、ギルドの制服をやや大胆に気崩した女性が立っていた。

「今日は例のワイバーン討伐を受領されていきましたよ」

 先程フローラから受け取った依頼票をベルタに見せる。内容は、数日前から魔都の北の森付近で目撃されているワイバーンの討伐。

 

 目撃情報によると徐々に数が増えているらしく、近隣の住人が襲われる前に討伐して欲しかった案件だ。

「あれってC20の依頼よね? 普通ならBランク込みのパーティーがいくつか合同で討伐するような依頼だけれど、あの人達にかかると、むしろワイバーンの方が気の毒に思えてしまうわね」

「ですね」

 ベルタの言葉にミリーは苦笑する。

 

 

 

 三人が三人共、ドレスを纏えば王侯貴族の夜会に出席しても羨望を集めるような美女でありながら、このギルドに所属する全ての冒険者が束になっても傷を負わせることも出来ないであろう実力者。

 それが彼女達、『路地裏の女子会』と名乗るパーティーなのだ。

 ちなみに全員がSランク冒険者で、パーティーランクはS3となっている。

 

 その容姿と実力から、彼女達が活動を開始した当初はパーティーに入れて欲しい、自分のパーティーへ加入して欲しいと請う者も多かったが、誰一人としてその願いを叶えられた者は居なかった。

 また、下心を抱えてお近付きになろうとする不埒者も後を絶たなかったが、その全てが、肉体的にも精神的にも襤褸切れにされる事件が相次ぎ、いつしか彼女達は『神聖不可侵(リジェクション)』と呼ばれ、恐れられる存在となっていた。

 

 

 

「それにしても」

 丁度ギルドから出て行こうとしている三人を眺めなが呟く。

「なんでメイド服なのかしら……」

「なんでメイド服なんでしょうね……」

 閉ざされた扉に向かい、二人は答えの返らぬ問いを漏らすのだった。

 

 §

 

「『オークキングの角煮』は美味しかったですねぇ。特にあの『角煮まん』はいくつでも食べられそうでした」

 北の森へ向かう途中、温かな日差しの降り注ぐ草原で三人は昼食をとっていた。

 

「生肉の時は脂が多いように見えたけれど、茹でると随分と脂が抜けるのね。濃い目の味付けも良かったわ」

「私は『生姜焼き』かな。あの香りはくせになるね」

「ご飯が進み過ぎちゃいますね~」


 話題になるのは、今までの『女子会』で口にしてきた料理の数々だ。

 

「これ、この前の『ローストミノタウロス』ですか?」

「ええ、彼の収納空間にとっておいたものを薄切りにしてパンに挟んだの『サンドウィッチ』って言うらしいわ」

「こうやって薄切りにして重ねると、食べやすくて良いね。この前厚切りで食べたのも良かったけれど、正直顎が疲れたよ」

 差し出されたサンドウィッチに噛り付いたオフィーリアが感想を漏らす。

 

「ですねぇ。でも、噛めば噛むほど美味しさが口の中に広がるので、一生懸命噛んじゃうんですよね」

「そうなんだよね。困ったものさ」

 顔を見合わせて二人で苦笑する。

 

「私は『焼肉』が気に入ったわ。色々なお肉を自分の好みに焼けるのが良いわね」

「ご飯に良し、野菜で包んでも良し、味付けも色々変えられて、あれはいくら食べても飽きないね。私は中に少し生の部分が残っているくらいが好きかな」

「私は良く焼いた方が好きですね」

 

 食事をしながら会話は続く。

 勇者パーティーの頃にも魔獣の肉を口にした事は有ったが、今とは違い状況が状況だけにゆっくりと味わっている心の余裕が無かった。

 今になってもっと味わっておけば良かったと思う魔獣もいたりするのだが、そのうちまた口にする機会も有るだろうと、しかも、今ならあの時よりも美味しく頂く事が出来るだろうと思っている三人娘であった。

  

「そういえば、大魔王イカはどうだったかしら?」

「刺身だっけ? 生はちょっと苦手かなぁ。焼いた奴は美味しかったね」

「私は、すっぱいご飯にのっけたのなら美味しかったですね。あとは天ぷらが良かったです」

「あの真っ黒い麺には驚いたわね……美味しかったけれど」

「色々大変だったね……美味しかったけど」

 

 話の種は尽きない。彼女達の描く未来は、()福に包まれている。

 

「今日の依頼はワイバーンでしたっけ、どんなお料理になるんでしょうねぇ」

「明日のお昼が楽しみね」

「その為にも今日は頑張らないとね」

 

 今日の討伐を失敗する事など考えてもいない。彼女達の意識は、既にまだ見ぬ明日の食卓へと向けられていた。

 

 §

 

 昼食休憩を終え、気持ちも新たに目的地を目指して歩いていた彼女達の視界の先に、鬱蒼とした森の姿が姿を現す。

 

「あれが依頼にあった北の森だね」

 杖に横掛けして浮遊しているオフィーリアがそう言うと高度を上げる。

 

「どうですか~? 何か見えますか~?」

 森に向かって歩きながら、上空のオフィーリアに届くような大きな声でクレアが問いかける。

 その間にフローラは索敵魔法を広域に展開し、周辺の気配を探り始める。

 

「ここから見える限りだと10匹に少し足らない位かな。少し奥に入った上空を飛んでるのが見えるね」

 音も無く降りて来たオフィーリアが見て来たものを報告している。

「ギルドの報告よりも数が多いわね。また増えたのかしら」

 フローラが指を顎に当てながら、少し考えるように呟く。

 

「それと、私がそう感じただけで確定では無いのだけれど、何かを探しているような感じだったかな」

 そう付け加えたオフィーリアの言葉に、クレアが首を傾げる。

「探している……ですか?」

 

「オフィーリアの勘は多分正解ね」

 索敵魔法で森の中を探っていたフローラが声を上げる。

「ワイバーンが飛んでいる辺りからもう少し奥に入った所に反応が二つ。動かない所を見ると、怪我をしているのか、隠れているのかもしれないわ」

 

「それって……」

 クレアの顔に緊張が浮かぶ。

「ワイバーンに追われた何者かがこの森へ逃げ込んで、追ってきたワイバーンに分け前に与ろうとした他のワイバーンが合流したってところかな」

「そんなところかしらね」

 オフィーリアの推論にフローラも頷く。

 

「急ぎましょう! 索敵魔法に反応するならまだ生きているという事ですが、、ワイバーンが目撃され始めたのが数日前。それからずっと森に隠れているのなら、もう限界の筈です!」

 そう言うと、クレアも索敵魔法を展開し、スカートを翻して森へ駈け込んでいく。

 

「ああいう所は相変わらずだね」

 浮かせた杖に横掛けしてクレアの後姿を追いながら、オフィーリアが呟く。

「それがあの子の良い所だもの」

 並走するフローラが微笑む。

「その通りではあるんだけどね……。取り敢えずは連中の意識を逸らしたいね。あとは対象の確保かな」

「連中は私が引き受けるわ。対象が怪我をしていたらクレアの力が必要でしょう。その間は貴方がクレアを守ってあげてくれるかしら」

「了解だよ」

 淀みなくこれからの動き方が決まっていく。お互いに何が出来るか、何が必要なのかを理解しているが故の連携だ。

 

「それじゃ、また後で」

 そう言うと、オフィーリアはクレアに追いつくべく杖の速度を上げる。

 それを見送りながら、フローラは樹の幹を、枝を蹴りながら前進と上昇を続ける。

 やがて、とある樹の頂に辿り着き、腰に下げた収納袋から大振りな弓と、矢を一本取り出す。

 

「別に、全部倒してしまっても構わないわよね」

 そう呟くと、矢を番え、引き絞り、そして放つ。

 さして気負った風も無く行われた一連の動作から生み出された一矢は、狙い過たず、森の上空を飛び回るワイバーンの一匹の眉間を貫いた。

 

「まず一匹」

 息絶えたワイバーンが墜落していくのを確認し、弓を収納袋へとしまい込むと再び梢を蹴りながらワイバーンの群れへと接近する。

「弓の方が楽だけれど、矢が勿体ないものね」

 腰の剣に手を掛けながら漏らされる呟きには、緊張や不安と言ったものは一片も含まれていなかった。

 

 

 

 断末魔の叫びをあげる事も無く墜落していく仲間の姿を見たワイバーン達は、突然の出来事に一瞬動きを止める。

 何事かと慌てて巡らせた視線の先に、樹々の梢を渡る人間の姿を見た。

 

 魔物の中でも比較的上位であるワイバーンにとって、()()()人間など餌という認識でしかない。空を飛べるようになったとはいえ、所詮は本能で生きるトカゲの一種。ワイバーン達の目には、新たな餌が近付いてきたようにしか見えなかった。

 また、本能に従って目の前にある筈の()()()を探して、ここ数日禄に餌を食べていなかったワイバーン達は、やはり本能のままに目の前に現れた餌に向かって襲い掛かる。柔らかな肉と温かな血の、自分たちの知っている餌の味を思い浮かべながら。

 だから気付かなかった。知能で考える事が出来れば、或いは気付けたかもしれない。

 

 立っている事すら難しい細い樹の梢を、蹴れば撓り、禄に踏みしめる事など出来ないその梢の上を、平地とさして変わらぬ様子で駆け寄ってくる者が、ただの人間などでは無いという事に。

 

 

 

 我先にと突っ込んでくるワイバーンに向かって軽く跳躍すると、柄に添えた右手から魔力を通しながら剣を抜き放つ。

 擦れ違いざまのの一閃。それだけで最初に突っ込んできたワイバーンの首が落ちる。それだけに止まらず、刀身に帯びた魔力により斜め上に振り上げた斬撃の軌跡が、そのまま刃と化し後続のワイバーンに襲い掛かる。

 結果、フローラは抜剣からの一振りだけで三匹ものワイバーンを絶命させる事となるが、当の本人は再び梢の上に降り立ち、事も無げに軽く剣を振り、刃に付いた血を払う。

「粗方こちらへ意識を向けられたかしら。三匹ほど向こうへ行ったみたいだけれど、オフィーリアもいるし心配ないわね」

 そう呟き、頭上を旋回するワイバーンの群れを見上げ目を細める。

 

「それじゃあ、続けましょうか」

 

 時ここに至り、ワイバーン達も漸く()()する。

 目の前の存在が、自分達に捧げられた餌などでは無く、自分達を殺しうる『天敵』なのだと。

 

 §

 

 クレアが『それ』の前に辿り着いたのと、フローラに()()()()()()()ワイバーンが『それ』を発見したのは、ほぼ同時だったろう。

 

「これは……!」

 そう呟くクレアの目の前には、傷付いたグリフォンが一頭、一本の木を背に蹲っていた。

 

「酷い怪我ですね……」

 グリフォンが突然現れたクレアを警戒するように低い唸り声をあげるが、怪我だけでなく既に体力の限界のなのか、その声は酷く弱々しかった。

 

「クレアッ! 上!」

 グリフォンに手を伸ばそうとしていたクレアが、オフィーリアにしては珍しい大声に頭上を見上げれば、一匹のワイバーンがこちらに向けて大口を開けているところだった。

 

「メアリー!」

 腰にぶら下げていたメイスを手に取りながら()()の名を呼ぶ。

 

<――問題ありません――>

 

 無機質な声が響く。

 

 両手にメイスを構え、半身を引く。大口を開けたワイバーンが首を引くのに合わせて、前方に出されていた足が上がる。

 ワイバーンが力を溜める様に引いていた首を前方に突き出すと、その口内より火の玉が吐き出される。

 

 それを目視して一呼吸、上げていた足で大地を踏みしめ、前方へ移動した体重に腰の回転を加え、

 

 「えええええええええええええええええええええいっ!!!」

 

 裂帛の気合と共に、メイスを横薙ぎに振りぬく。

 

 ――カンッ――

 

 振りぬかれるメイスが乾いた音をたてて火球を捕らえると、それは辿って来た軌道をそのままに、だが勢いを増して遡行し、生み出した者へと逆に襲い掛かる。

 ワイバーンは、自らが生み出しながら自らを襲う火球に顔面を包まれ、何が起きたのかを理解する間も、叫び声をあげる暇も無く、絶命した。

 

「大丈夫だった?」

 地に落ちたワイバーンを避けながらクレアの傍へ近付いたオフィーリアは問う。

「私もメアリーも問題ありません。私はあの子を回復させますから、残りのワイバーンをお願いします」

 そう答えたクレアは、オフィーリアの返事も聞かずに振り返ると、未だ警戒を解かないグリフォンへと歩み寄る。

 

「了解。そっちは任せたよ」

 そう答えるオフィーリアの背後では、残ったワイバーンから放たれた火球が、壁にぶつかったかのように爆音をあげながら四散していた。

 

(興奮しているまま回復したら暴れ出しそうですね。まずは落ち着かせないと)

 警戒の目で睨み付けてくるグリフォンへ、軽く手を広げてゆっくりと歩み寄る。

 

 一歩一歩近づくクレアが、傷付いたグリフォンの間合いを踏み越えた瞬間、残った力を振り絞るかのように首を伸ばし、その鋭い嘴でクレアに襲い掛かる。

 その一撃をするりと躱したクレアが、その首筋を抱きとめる。

「怖くないですよ。私達は貴方を傷付けません」

 そう声をかけながら、グリフォンの首筋を優しく撫で、静かに叩く。

 

 ()()に抱き着かれたグリフォンが、不快さと防衛本能から、動く事もままならぬ体で暴れようとする。

 弱っているとはいえ、本来はワイバーンを上回る力を持つグリフォン。その尾が、爪が、嘴が、クレアを排除せんとその身に襲い掛かる。

 

「クレア!」

 残るワイバーン二匹を氷漬けにしたオフィーリアが振り返り、クレアへと駆け寄ろうとする。

「大丈夫ですから! 大丈夫、ですからね……」

 その声はオフィーリアに答えたものか、或いは腕の中のグリフォンに呼び掛けたものか。

 

 着ている服のお陰で体に傷は無いが、剥き出しの顔はそうもいかず、その白い頬には一筋の傷が、薄く刻まれていた。

 にも拘らず、クレアはグリフォンの首を抱きしめ、優しく撫でながら、少しずつ、ほんの少しずつ、その魔法で傷を癒していく。

 周囲に満ちるクレアの温かな魔力の中、やがて落ち着きを取り戻したグリフォンは、その腕の中で弱々しく一声をあげると、静かにその目を閉じるのだった。

 

「クレア……」

 力無く横たわるグリフォンを、静かに微笑みながら見つめるクレアに、オフィーリアが声をかける。

「大丈夫ですよ。気を失っているだけです。安心して気が緩んだんでしょうね」

 そう言いながら、右手をグリフォンへと翳す。

 

 【―― 癒しを ――】

 

 ただの一小節で高位回復魔法を発動させると、気を失ったグリフォンを光が包み込む。

 その光が消えた時、そこには傷一つない体となったグリフォンが横たわっていた。

「落ち着きも取り戻したようですし、傷を癒しても無暗に暴れる事は無いでしょう」

 少しほっとしたような表情を浮かべ、クレアは微笑む。

 

「大丈夫だったようね」

 かけられた声に振りむけば、ゆっくりとした足取りでこちらへ向かってくるフローラの姿があった。

 

「もう少し早く来てくれると思っていたんだけど、思ったより時間がかかったね」

「倒したワイバーンの回収をしていたのよ。あとで探すのも面倒でしょう? こちらは貴女達に任せておけば問題ないもの」

 オフィーリアの言葉に、悪びれた様子も無くフローラは答える。

「ところで」

 視線をオフィーリアからクレアの膝で眠るグリフォンに向ける。

 

「グリフォンは鳥肉と獣肉、どちらになるのかしらね」

「この子は食べ物じゃありません!」

 フローラの言葉に慌てたクレアがグリフォンを庇う様に抱きしめる。

「冗談よ」

 クレアの慌て様を見て、フローラがクスクス笑う。

「全くもう……ところで、その卵はどうするんだい? 」

 二人のやり取りを見ながら肩を竦めていたオフィーリアの視線の先には、グリフォンの向こう、木の根元に佇む一つの卵が在った。

 

「多勢に無勢とは言え、グリフォンがこうまでワイバーンに傷つけられて、しかも逃げ出す事も出来ないなんてと思ったけれど、これで得心がいったね」

「そうね」

 オフィーリアの言葉に、フローラは頷く。

「どういう事です?」

 それに対して、クレアだけは首を傾げる。

 

「元々、グリフォンはワイバーンより高位の魔獣だ。例えワイバーンのリーダーが相手だったとしても、引けをとる事はまずありえない」

 そう言いながら、杖を横に浮かべると、それに横掛けに腰を下ろす。

「そんなグリフォンだけど、実は大幅に力を落とす時期がある」

 指を一本立てて、講釈を垂れるかのように言葉を続ける。

「それが、卵を産む時だ」

 立てていた指を卵に向ける。

「グリフォンの親は、卵を産むときに、多くの魔力を卵に移す。そして、産まれた卵が孵るまで自身の魔力を注ぎ込むんだ」

 次いでグリフォンを指さす。

「だから、この子は今、最も力の弱っている状態だったと言う訳だね」

「成程……ん? 最も、ですか?」

 オフィーリアの言葉に頷いていたクレアが、何かに気付いたかのように顔をあげる。

「ということは……」

「さっきのクレアの回復魔法が決め手だったんだろうね。もう孵るんじゃないかな」

 クレアの言葉に頷いたオフィーリアの言葉を裏付けるかのように、卵が静かに震えだす。

 

 三人の視線の先で、その震えは次第に大きなものとなり、ついに卵が倒れるほどの揺れとなった。

 そして、倒れた卵にヒビが入り、ややあって、ついにその中から子犬程度の大きさをしたグリフォンの子供が姿を現す。

 

 卵から這い出たグリフォンの子供は、体に纏わり着く卵の殻を払う様に、その体を一度大きく震わす。

 何かを探る様に周囲に視線を巡らせ、その視界に気絶したままの親グリフォンを捕らえると、やや覚束無い足取りでこちらへ近付いてくるのだった。

 

「可愛いです……」

「可愛いね……」

「可愛いわね……」

 

 異口同音に三人が感想を漏らす。

 

 親グリフォンの元へたどり着いた子グリフォンは、その体に甘えるかのように自らの体を擦り付け、

 

 ―― ピィ ――

 

 小さな鳴き声を上げる。或いは、それはこの子の産声であったかもしれない。

 その声に、親グリフォンの目が静かに開かれる。クレアの膝から顔を上げ、ゆっくりと立ち上がると、子を慈しむかのように、その頬を触れ合わせるのだった。

 

「大丈夫そうだね」

 オフィーリアの声に、クレアが振り返る。

「ええ」

 立ち上がって軽く膝を払うと、もう一度グリフォンの親子に視線を向ける。

「体の傷の方はもう癒えていますから、心配は無いと思います」

 グリフォン親子を助けられた事に満足気なクレアの肩をオフィーリアが軽く叩く。

「それじゃ、そろそろ帰ろうか。そこのワイバーンもフローラの鞄の中に入れ貰って良いかな」

「ええ、問題無いわ。ところで何故氷漬けなのかしら? 普通に首を落としてしまえば良かったのではなくて?」

 氷漬けのワイバーンを収納袋に仕舞いながらフローラが訊ねる。

「いや、彼が以前に凍らせた食材は鮮度が長持ちするって言っていたのを思い出してね、ちょっと試してみようと思っただけさ」

「そういう事ね。でも解体屋は苦労しそうね。まずは氷を割る事から始めないと」

 肩を竦めながら答えるオフィーリアに、フローラは苦笑する。そして

「クレア、そろそろ行くわよ」

 戯れているグリンフォン親子を眺めているクレアにそう声をかけると、森の外へと向かって歩を進める。

「はーい」

 クレアとオフィーリアもそれに並ぶ。

 

「それにしても、今日は色々あったような気分になりますね~。グリフォンを助けただけですけど」

 森の外へと続く道を歩きながら、軽く伸びをしたクレアが今日の感想を漏らす。

「そうだね。まぁ、たまには良いんじゃないかな。毎回魔獣を討伐して『はいおしまい』だと飽きが来るだろうしね」

「そうね、それに多少の事は有った方が、明日の料理が美味しくなるんじゃないかしら」

「ピィ」


 クレアの言葉に頷く二人とは別の声に、三人の足が止まる。

「クレア……それ」

 フローラの指さす自分の足元を見ると、そこには先程の子グリフォンがクレアを見上げていた。

 

「フローラ、後ろ」

 オフィーリアに言われて振り返れば、子グリフォンを見守る様に、親グリフォンが三人と一匹の後ろに佇んでいた。

「付いてきちゃったんですか? 貴女はまだ小さいのですから、ちゃんとお母さんと一緒に居ないと駄目ですよ」

 腰を屈めて、見上げる瞳と視線を合わせると、諭すように言い聞かせながら子グリフォンの背を親グリフォンに向かって軽く押してやる。

 クレアの言う事を理解したのか、親グリフォンの元へと戻った子グリフォンは、何事か話し合っているかのように親グリフォンと見詰め合った。

 

 見詰め合う二匹に背を向けると、三人は再び歩き出す。

「随分と懐かれたものだね」

「慕ってくれるのは嬉しいですけれど、連れて帰ったりしたら大騒ぎになっちゃいますからね」

「そうね」

 オフィーリアは可笑しそうに笑い、クレアは苦笑し、フローラは微笑む。

 三者三様の笑顔で、家路を急ぐ。今なら、夕暮れの前に家へ着く事が出来るだろう

 

「いっそ従魔にしてしまえば、魔都に連れて帰れるんじゃないかな」

 ややあって、オフィーリアが突拍子も無い事を口にする。

「確かに従魔登録すれば魔都に連れて行く事も出来ますが、私、従魔士じゃないから契約儀式も出来ませんし、触媒も持ってませんよ」

「そうなんだけどね……いや、あれはもしかしたら……」

 クレアの言葉に、何かを考え込むように何やら呟き始めるオフィーリア。

「そもそも、連れて帰る前提で話をしないで欲しいわね」

「そうですよね」

「ピィ」

 

「……はい?」

 足元から聞こえて来た聞き覚えのある声にクレアの足が止まる。

 フローラとオフィーリアが振り返ると、そこには先程と同じく、我が子を見守る親グリフォンの姿が在った。

 足元からクレアを見上げる子グリフォンと言えば、何かを訴えかけるかのように、後ろ足で立ち上がり、クレアの足に縋りついていた。


「抱っこして欲しいんじゃないかな」

 オフィーリアの言葉に、クレアはおずおずと子グリフォンを抱き上げ、その胸に抱える。

 抱え上げられた子グリフォンは首を伸ばし、その頬をクレアの頬へと擦り付けながら、同時に舌を伸ばして頬を舐めるという動作を繰り返す。

「くすぐったいですよー」

 その感触に目を細めるクレアだったが、オフィーリアが何事か気付く。

「クレア、頬に傷がついてるね」

「あっ忘れてました」

 クレアは軽く目を閉じると、言葉を発する事無く回復魔法を発動させ、自らの頬にあった、一筋の薄い傷を消し去った。

 傷の無くなったクレアの顔を見て嬉しそうな声を上げる子グリフォンの頭を撫でながらクレアは微笑む。

「心配してくれたんですね……。もう大丈夫ですよ、今度こそお母さんの所に帰りましょうね」

 抱えていた子グリフォンを地面に下し、親グリフォンの元へ送り出す。

 親グリフォンにじゃれ付く子グリフォンの姿を見届け、三人は三度歩き出す。

 

「私達もその傷に気付くべきだったわ、ごめんなさいね」

「いえそんな」

 フローラの謝罪にクレアは慌てる。

()()()から、クレアが居てくれると大怪我だって一瞬で癒して貰えるからね、細かい傷には逆に無頓着になってしまっみたいだ。これは改めて戒めると共に、今後へ生かすべき教訓だね」

「そうね、それを気付かせてくれたあの子には、感謝すべきかもしれないわね」

「そうですね……」

 いかに強大な力を持っていようと、些細な傷から全てが崩れ去る事がある。それが国であろうが人であろうが関係無く。

 その事を知っていた筈なのに、魔都の冒険者たちが二の足を踏むような討伐依頼を、苦も無く達成し続け、繰り返し賛辞を受けている間に、自分達にも慢心が生まれていたのではないか。

 その事実に、少しだけ気落ちしてしまう三人であった。

 実際の所、そこまで深刻な話でも無いのだが、必要以上に完璧であろうとするのは彼女達の悪癖であるかもしれない。

 

「さて、反省すべきは反省するとして、いつまでも沈んでいても仕方がない。気分を切り替えようじゃないか」

 手を一つ鳴らし、オフィーリアが明るい声で呼びかける。

「そうね、暗い顔をしていても、彼を無駄に心配させてしまうものね」

「私達の未来には、幸せな食卓が待ってますしね!」

 フローラとクレアも笑顔を取り戻し、三人で笑い合う。そして、

 

「ピィ!」


 笑顔が固まる。

 

 恐る恐るクレアの足元を見てみれば、やはりそこには子グリフォンの姿があった。

 当然、背後には親グリフォンの姿がある。

 

「なんで付いてきちゃうんですかぁ?」

 頭を撫でられて御満悦の子グリフォンに、クレアが困り切った顔で話しかける。

「あ~、クレア。恐らくだけど、その子はクレアを親と同等のものとして認識してるね」

「はいぃ?」

 オフィーリアの言葉に、間の抜けた声を上げてしまう。

 

「その子が卵から孵る直前だけれど、クレアが親グリフォンに回復魔法を使っていたよね」

「はい、使いましたが……」

「グリフォンの子供はね、卵の時に注がれた魔力で親を認識すると言われてるんだ。そしてその子は、クレアの使った回復魔法の余波と言うのかな、クレアの放出した魔力も吸収してると思われる」

「それって……」

「その子にとってクレアは、第二の母親とも言うべき存在だね」


「ええ~~~~~?」


 思わずその場にへたり込んでしまうクレア。子グリフォンは、その膝によじ登り、気持ちよさそうに丸くなる。

「多分、いくら追い払ってもその子は付いてくると思うよ」

 クレアの困惑を他所に、彼女の膝の上で欠伸をする子グリフォン。半ば条件反射的に、クレアの手はその背を撫でていた。

 

「どうしましょう……?」

 助けを求める様にフローラを見上げるが、フローラにしても有効な手立てが思い付いている訳では無い。

「取り敢えず、連れて帰るしかないんじゃないかしら」

 そう答えるに止まる。

「ですよね……」

 大きな溜息を一つ吐くと、子グリフォンを膝から下ろして立ち上がる。

 

「良いですか? これから貴女達を街まで連れて帰りますが、勝手に動き回ったり、暴れたりしないと約束できますか?」

 二匹の前に立ち、言い聞かせるように問うと、二匹は短い鳴き声で答える。

「はい、良いお返事です。それじゃあ行きましょうか」

 そう言って二人の方へ向き直る。

 

「クレア、連れて帰ると決めたのなら、名前を決めた方が良いんじゃないかな」

 クレアとグリフォンのやり取りを見ていたオフィーリアが、そう提案する。

「いつまでも親グリフォン、子グリフォンだと色々と面倒だし、ね」

 尤もらしい事を言いながら、その瞳に悪戯っぽい光が浮かんでいるのを、フローラは見逃さなかった。

「そうですねぇ……」

 二匹に向き直りクレアは考え込む。

「名前、名前ですか……」

 

「ちょっとオーフィーリア?」

 考え込むクレアの後ろで、何事か気付いたフローラが、オフィーリアを問い質そうとする。が、オフィーリアは黙って人指し指を唇に当てると、フローラに片目を瞑ってみせるのだった。

「まったくもう……」

 そんなオフィーリアに、フローラと言えば、呆れた様な、それでもどこか楽しそうな、軽い苦笑いを浮かべるのだった。

 

「決めました!」

 暫く腕組みをして悩んでいたクレアが、目を見開き胸の前で手を打ちならす。

「貴女は『グリ』!」

 親グリフォンを指差し、次いで子グリフォンを指差す。

「貴女は『フォン』!」

 腰に手を当て、胸を逸らして二匹に宣言する。

「『グリ』ちゃんと『フォン』ちゃん。それが貴女達の名前です。良いですか?」

 クレアの言葉に、二匹が今までで一番嬉しそうな声で答える。

 

「気に入ってくれたみたいで良かったです」

 満面の笑みで振り返るクレア。だが二人の反応は、

「安直だね」

「安直ね」

「意外に低評価です!?」

 

 若干呆れた様な表情をしていた。

 

 §

 

「やっと帰ってきましたね~」

 

 日が西に傾きかける頃、三人と二匹の前に魔都の城壁が見えて来る。

 

「まぁ、今日は色々とあったからね」

「色々、ね」

 そう言いながら、フローラは後ろを歩くグリを振り返り、オフィーリアはクレアの足元を歩くフォンに視線を向ける。

 

「取り敢えず、私が責任を持つという事で、門を通るのは大丈夫だと思うんですが……」

 目下の懸念事項であるグリとフォンの扱いについて思いを馳せる。

 一時的であれば、冒険者の権限で魔獣を魔都へ入れる事は出来る。

 これは、生け捕りが条件の依頼を受けた場合の為の措置である。尤も、そう言った場合は檻であったり拘束具であったり安全措置が取られている事が条件であり、グリとフォンの様に放し飼いの状態の場合は含まれないのだが。

「いざとなったらフローラが一睨みすれば良いんじゃないかな」

 気楽な様子でオフィーリアはフローラを指名する。

「きっと大丈夫よ。何か言われるようだったら、実力で黙らせれば良いわ」

 往々にして三人の中では常識人枠のフローラではあったが、稀に見せる()()()()()の思考が顔を覗かせていた。

 

 §

 

「ただいま帰りました~」

 

 店の扉が開くと同時にかけられる声に、カウンターで読書していた()は振り返る。

「おう、おかえり。思ったより遅かった……な?」

 男の視線の先には、フローラとクレア、そしてクレアに抱き抱えられるフォンの姿があった。

 

「……」

「……」

「……」

 暫し気まずい沈黙が流れる中、最初に口を開いたのは、男の方だった。

 

「……なぁフローラ」

「……なにかしら?」


「グリフォンてのは、鶏肉と獣肉どっちなんだ?」


「フォンちゃんは食べ物じゃありません!」

「ピィ!」

 男の視線からフォンを守るように背を向け、一人と一匹は抗議の声を上げる。

 

「冗談だって。……ん? フォンちゃん?」

「この子の名前ですよ。グリフォンだからフォンちゃんです」

 ドヤ顔でそう宣言するクレアであったが、

 

「安直だな」

「安直よね」

「ここでも低評価です!?」

 

 時代はまだ、彼女のネーミングセンスに追い付いていないようだった。

 

「帰るのが遅いからどうしたのかと思えば……。それに、グリフォンだからフォンって……。ん?」

 何かに気付いた男がクレアに詰め寄る。

 

「クレア……」

「は、はい……」

「グリフォンだから『フォン』て言ったな? なら、……」


 ―― 『グリ』は何処に行った? ――


「あ、あはは……」

 露骨に目を泳がせるクレア。フローラに視線を向ければ、

「……」

 軽く目を閉じたすまし顔で、その視線を受け流していた。

 

「まったく……」

 溜息を一つ吐き店の扉へ向い、その扉を開く。

「やっぱりか」

 そこには、店の前に蹲り欠伸をしているグリと、その背中で気持ちよさそうにだらけているオフィーリアの姿があった。

 

「オフィーリア、何やってんだ……」

 かけられた声に、オフィーリアが片手を上げて答える。

「この子の毛皮は最高だね。まさに『人を駄目にする毛皮』と呼ぶにふさわしい」

 

 脱力して項垂れる彼の後ろから、おずおずといった感じでクレアが顔を出す。

「あの~……」

 脱力した姿勢のまま振り返ると、クレアの両肩に手を乗せ顔を上げる。

「クレア」

 いつもより近い距離と、向けられた視線の何時にない真摯さに、クレアの鼓動も大きくならざるを得ない。

「は、はい……」

 

 そして、彼の口より福音が齎される。

 

「今すぐ元の場所に返してきなさい」

 

「捨て猫じゃないですよ!」

「猫より性質(たち)悪いわ!」

 

 思わず上げた大声に、肩で息をする二人。

 声に驚いたフォンはクレアの腕から抜け出し、グリの元へと駆けて行く。

 

「なぁクレア。こいつらに名前つけたのってクレアなのか?」

 戯れる二匹のグリフォンを眺めながらクレアに問いかける。

「え? あ、はい。そうです、けど……」

「初めて名前呼んだ時、こいつら返事したか?」

「はい! とても良い返事でした」

「成程な……」

 そう言って彼は何事か考え込む。

 

「それで、ですね。私が責任持ってお世話しますから、この子達をここで飼いたいなぁと……」

 胸の前で指を着き合わせながら、上目遣いで恐る恐るクレアが訊ねる。かなりあざとい仕草である。

 

「まったく……」

 男の手がクレアの頭へと伸びる。

「従魔契約しちまった以上飼わない訳にはいかねーだろうが」


 やや乱暴にクレアの頭を撫でながら男が答える。

「それでですね、ギルドに届け出を出す為に、従魔士の方を紹介して頂きた……従魔契約『しちまった』?」

 擽ったそうに目を細めていたクレアだったが、言葉の意味を理解して目を丸くする。

 

「えっと、従魔契約されてるんですか?」

「ああ、グリもフォンもクレアの従魔になってるな」

「あれ? えっと……いつのまに?」

 当の本人には契約を交わした覚えなど無いのだから、混乱するのも無理は無いが、当人以外は全員訳知り顔である。

 

「まぁ、条件が重なったってのは有ると思うが、決め手はクレアが名前を呼んだ事だろうな。それにグリとフォンが答えた事で契約が成立したんだろ」

 混乱するクレアに、極めて正鵠を得た推測が披露される。

「名前って……オフィーリアさん!?」

 それを聞いたクレアが、何事か思い付きオフィーリアへ視線を投げる。

「いや、まさかこんなところで原初の契約儀式を実際に見られるとは思わなくてね。知的好奇心というやつさ」

 グリの背中から降りながら、悪びれた風も無くオフィーリアは言う。

「私は止めようとしたのだけれど、オフィーリアがね」

 いつの間にか表に出て来たフローラが苦笑する


「結局はオフィーリアに乗っかったって事だろ?」

「否定はしないわ」

「なんで教えてくれなかったんですか~~~~~!?」


 クレアの叫び声を聞きながら、

「だってその方が面白そうじゃないか」

 オフィーリアはくつくつと笑いを漏らすのだった。

 

 

 

「みなさん嫌いです……」

 店の前で膝を抱えて蹲るクレアを、二匹のグリフォンが見守る。

 その傍らでは、

 

「今日の得物は何だったんだ」

「ワイバーンだよ」

「ワイバーンか……。そうだな、とりあえず尻尾を一匹と、舌を5匹分貰って来てくれ。あ、出来れば全部皮を剥いでもらって来てくれ」

「舌って、この舌かい?」

 オフィーリアが自分の舌を突き出して見せる。

「ああ、その舌だ」

「舌なんて美味しいのかしら?」

「それは食べてみてのお楽しみだな」


 そんな日常会話が繰り広げられていた。

 

「あ、あとグリとフォンの餌用に取り敢えず腿一本。後日で良いから丸々一匹分は確保したいな。あとは売却なり好きにしてくれ」

「わかったわ」

「解体を待ってる間に、グリとフォンの従魔登録もすませちまえば都合良いな」

「そうだね」

 

「ほらクレア。そんな所に座り込んでないでギルドに行くわよ」

 会話を終えたフローラがクレアに声をかける。

「誰のせいだと思ってるんですかぁ」

 恨みがましい目でオフィーリアを見るが、

「いやいや、私としては面白いものを見せてもらって良かったと思ってるよ」

 当の本人はどこ吹く風である。

「も~~~~~~~っ!」

 

 クレアは立ち上がり、先を行く二人を追いかける。

 そのクレアを追いかける二匹のグリフォン。

 

 魔都の路地裏は、今日も平和であった。

 

 §

 

「今回も色々作ってくれたのね」

 太陽が中天に差し掛かる頃、庭先に設置されたテーブルセットには、様々な料理が並べられていた。

 

「これは……シチューが二つ?」

「タンシチューとテールシチューだな。部位の違いで味がどう変わるか試してみてくれ」

「シチューとシチューがダブってしまったね」

「だからなんでそう言うネタを知ってるんだよ……」

「テールはわかるけど、タンって何かな?」

「ああ、舌の事だよ」

「へぇ」


「これは?」

「テールスープだ。今回味の濃いのが多いからな、箸休めにもなるだろ」

「成程ね、こっちのは随分手間がかかっているみたいだけれど」

「それはテール焼きだな。茹でて煮てからオーブンで焼く。手間の分の味は保証するよ」

「それは楽しみね」


「これは? 厚さが違いますね」

「焼肉と一緒で、焼き台で自分の好きに焼いてくれ。厚切りの方は、少し焼き過ぎる位がお勧めだな」

「こっちはもう焼いてあるみたいですが」

「タンのステーキとハンバーグ。一枚肉と挽いた肉で食べ比べるのも面白いかと思ってさ」

「どっちも美味しそうです!」


 テーブルの上に料理の数々が並べられていく。

 そして、


 「いただきます!」


 早朝から準備していた料理の数々が、次々と消費されていく。歓喜の声と共に。

 

(これだけ喜んでもらえるなら、料理人冥利につきるってもんだな)

 

 そんな事を考えながら、彼はグリとフォンの頭を撫でる。

 クレア達の食べている物を欲しがっていた二匹だが、人間と同じ物を食べさせて良いのかという事と、食に変な癖がついても困るという彼の判断で、今はワイバーンの生肉を与えられたところだ。

 

「お前たちの小屋も作らねーとだなぁ」

 肉の塊に噛り付くグリとフォンを見ながら呟く。

 

「スープのおかわりください~い」

「薄切りのタンがもう無いわね」

「なんだかご飯が欲しくなったね」


 三者三様の声が聞こえる。

 

「へいへい、今持ってくるから少々お待ちくださいな~」

 彼は苦笑しながら厨房へと入る。

 

 彼女達の『女子会』は、まだ始まったばかりだ。

いくつか同時に書いていたのですが、一番先に書きあがったので。

今後彼等のお話を書く時は、こんな感じでシリーズ物として書いていく予定です。

この後に1話分、『例のヤツ』があります


このお話を読んだ方へお願いがあります。↓↓↓↓↓↓


ハチミツ大根おろしヨーグルトがお腹に良いって聞いたんですが、

大根おろしの汁は捨てても良いのでしょうか?

私、気になります!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 普段からメイド服でギルド訪問してるのか3人(笑)。 [気になる点] 何か随分とシュールな食材の料理群。 元々、召喚前は料理人かとか言いたくなるよ勇者(まあ彼、普通の高校生だったよな)。 ク…
[良い点]  久しぶりにこの4人に会えてうれしいです!  かわいい3人が肉食系だったのはちょっと驚きでした。  グリとフォン(ついグラと書きかけてしまった^^;)という仲間も増えて楽しそう。また、続き…
[良い点] おぉ……これは評価とブクマ待ったナシな作品が! [気になる点] そのうち魔王さまも出てくるのでしょうか。 [一言] ところどころワイバーンがワーバーンになってますね。 別物……じゃないで…
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