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extra episode.ルピスさんの憂鬱

◆1日目


「やっちゃったー!!!」


 それが私(僕)の第一の感想だった。


 【招待状】を受け取り、懐かしのLLOについて盛り上がったりキャラ作成。


 1stアカウントは男(アカ)だったものの、友人と臨時に行くときは女垢だったわけで。

 つい女垢での当時のメインキャラをリメイク……いや違うな、新生させてしまったのは、私(僕)が悪いわけではない、と思う。


 ……その結果が因果応報というか因果は巡る輪廻の輪、というか。


 下を見る。

 見慣れた視界にあったはずの、脚は見えない。

 代わりに何か二つの豊かなものが見える。


 振り返る。

 頭の周りで切りそろえられた小麦色の髪が重力に合わせてサラサラとなびく。

 ロングヘアでもよかったかなーと心の片隅で思う。

 本当は栗毛色にしたかったが、カラーパレットがいまいちで妥協。黒とブラウンと栗色の違いが微妙すぎて……使い古したディスプレイのせいだったのかも。


 手で撫でる。

 かつての自分にはありえなかったまろやかで丸い臀部。

 見覚えのないけどあるライン。


 ─── 間違いない、自分で気合を入れてキャラメイクした身体だ。


 頭を抱える。

 柔らかくしなやかな関節から導かれる立ち居振る舞いが、自分(おっさん)のそれではない。


 間違いない。


 この歳で女装は「ヤッチャッタ♪」なんてレベルじゃない!!!


 周囲で歓声が、叫び声が上がっている。


プリースト(プリ)アーチャー(アチャ)ウィザード(Wiz)に……コスプレ会場はここですかぁ!」

「ノオォォォォ!! 女になってるじゃねーかああああああ」


 私(僕)以外にも性転換の罠にひっかかった人がいるらしい。少し胸をなでおろす。

 なんの解決にもならないとはわかっていても、「一人じゃない!」という思い込みは大事。多分。


 悲鳴・歓声入り混じる騒乱のあと、騎士っぽい誰かがお立ち台の上で話し始めたのを、私(僕)がほとんど聞き逃したのは仕方がないと思う。

 ただ一つだけ聞き逃せない事実があった。


「諸君らの出現と同時に、我が冒険者ギルドの建物の壁に幾つもの扉が出現した。

 神託に拠れば、諸君ら個々人の持ち込み品を収めた倉庫につながるという」


 私(僕)は即座に冒険者ギルドの壁に向かい、倉庫に駆け込んだ。


 ……うん。


 やってしまった!! と同時に、私(僕)よくやった! と思ってしまう私(僕)がいる。


 でもこれ自分自身だからなぁ。

 好みのキャラに作ったのだけれど。気合いれて調整したのだけれど。


 「私自身が好みのキャラになることだ」は、なんか違うんだよー……。


 ただ一つ救いがあるとすれば。

 ……肌の色つや・張り的に中の人の年齢ではなくキャライメージの年齢になっている。


 どこで見られているか、そもそも倉庫的な空間でやったことが外から見えない、という保証もないわけで。

 装備品を着替えるふりをしてみた自分の(からだ)は。


 逃避も許されないほど。


 整った女の躰だった。


 間違いない。

 女装ではなくTSトランス・セクシュアルだこれ。


 私(僕)は絶望とともに意識を手放した。




◆2日目


 おなかが減る。これが現実ということで。


 もそもそと倉庫にあったサンドイッチをほおばる。

 食べ終わった後で、これ何年物のサンドイッチだろうと気がつく。

 LLOサービス終了から10年は経っているという事実に口の端が歪むのを自覚する。


 食べ終わった後で、そういえばこれを作って「支援のお礼」と渡してくれたランドさんはどうしてるだろう。

 いるのだろうか、たぶん私がいるのだからランドさんもこちらにきているかないれば いいないないとこまるないてくれないかないればいいのにいなかったらどうしようじぶんひとりでこコでカンきョウをコウチくシテニンゲンカンけイヲツクッテジエイシテイカナケレバナラナ イとおもう自分がいて。


 私(僕)はやはり精神的に参っているのだろうな、と思う。


 たぶん一人では耐えきれない、そう思う。


 私(僕)は弱い人間だ。

 レールに乗って、周りに合わせて、波風立てないように生きていく。

 でもそれは私(僕)というニンゲンが出来上がる前からそう生きてきたわけで。


 もう出来上がってしまった私(僕)は固く焼き上げられた陶器のよう。

 いまさら周りに合わせてカタチを変えるなんてことはとても難しくいや不可能だと。


 それでもこの状況だと現実……元の世界に、日本に戻るのは難しいだろうな、と思えるだけのオタク的素養はあるわけで。

 というかちゃんと戻れる道は用意されていたのを軽い気持ちでスルーしてしまったわけで。

 サめた目で自分を見る第三者的な視点を感じながらノロノロと倉庫整理をはじめてランドさんに渡そうと思って溜めこんでいた素材の量に軽く自分自身のオモサに驚いた。


 ノロノロと背負い袋(バックパック)小物入れ(サイドポーチ)肩掛け鞄(ショルダーバッグ)×2に詰め込めるだけのモノを詰め込む。


 あまりここには来たくない。

 一人でいるとどうしても悪い方向に考えてしまうから。

 できるだけここに来る回数を減らそうとする。


 ……もしランドさんに会えなかったら、と思うとダメになってしまいそう。でもランドさんの作った料理を詰め込むのは躊躇った。

 たぶん、痛んでダメにナッテモ、ランドさんをオモイだス為ニ倉庫ニハノコシテオクダろウ、タブン。


 体にずっしりとくる重さで我に返る。

 とにかく不要不急品は処分しないと。

 どう動くにしろある程度のお金と身軽さは確保しておきたい。


 一度座り込み、倉庫に放り込むだけ放り込んであった品の中から鏡と化粧品を取り出す。


 ひどい顔だ。

 身だしなみを整える。

 せめてランドさんに会った時に笑われないよう化粧をする。

 遠くなってしまった現実の頃はほとんど縁がなかった化粧ができる自分が少しおかしかった。

 だって中身男だよ。学園祭以来の、化粧というか化生(バケモノ)になっちゃってないかと何度も何度も鏡と見つめ合う。だけど、そこに映るのは美少女なのです。それはぼくなのです。


 倉庫から出る。

 見覚えのあるような気がする顔とすれ違う。

 声をかけようとして躊躇う。


 どう声をカケヨウ。

 シンジてモラエルカ

 ホントウにランドサンなノカ

 タニんノソラにダッタラドうシヨウ

 イママデのヨウニツキアっテモラえルダロウカ

 アキれラれテハナれテイッテシマワれタラドウシヨウ


 悪い方向に転がる思考を頭を振って無理に追い出す。

 どこか見覚えのある顔を目で追いかける。

 あんなの有ったかな。おそらく掲示板ぽいモノのほうへ向かっている。

 視線を追う。

 一枚の張り紙を見ている。

 スタッフさんと話した後で離れていく。


 一枚の張り紙を見る。


【ランドからルピスへ。昼・夕このあたりに出没予定】


 涙が出そうになる。

 やはりランドさんだった。

 一人ではなかった、その安堵感に足が震えそうになる。

 震える手でペンを持つ。


【了解】


 (ぼk)だとわかるように書き加える。


【もう冠鳥(バード)いないので製薬支援できません】


 ランドさんならこれでわかるだろう。


 さぁ昼まで時間をつぶそう、倉庫を整理して情報を集めて!


 ランドさんとこの世界で動くのに恥ずかしくないよう準備を整えよう。

 大丈夫、一人ではないのだ。

 LLO時代と違ってネットによる情報収集はできない。先達の足跡も存在しない。

 何が最適解か、周囲の雰囲気も、自分で動かなければ解らない。


 でも一人ではない。

 ランドさんがいる。

 頼り切るわけにはいかない。

 それではランドさんに迷惑がかかる。

 ランドさんも不安だろう。

 お互い支えあえるよう()を強く持たなくては。


 気合を入れる。

 笑顔で、会えるよう肝を、据える。


 久しぶりに会えた元相方は


「とりあえず、お昼まだでしたら『灼熱のカレー』をどうぞ」


 と言って。

 柔らかく笑いかけてくれた。


 (b)は胸に湧き上がる何かをこらえながら


「会えて、ほっとしたある」

「私もですよー」


 と返すことができた。






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