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1日目の④.生まれたばかりの掲示板

 イチゴを売って倉庫に戻り、ランスを売り、またイチゴを売る。

 間に『誠意』を挟みながら。


 それぞれの取引に体感で小一時間はかかっている気がする。

 値付け査定は重要だとしても、お金を数えるのもパッパッといかないのがご当地クオリティ。

 枚数だけじゃなく、最後に天秤ばかりで重さの確認までしていたもの。


 倉庫への人の流れには波があるようで、入場列がわちゃっと伸びていた。


 待ち時間が手持無沙汰になるし、鍛冶師(BS)の【武具鑑定】や『ワイロじゃないよ心付けという名の誠意だよ』の文化的考察と例証について、情報の共有と拡散、ついでに新情報はないかと広場での雑談グループに混ざる。

 お返しに各硬貨の両替レートを教えてもらう。


「粒銅、コレですね。コレが最低単位で、順繰りに小銅貨ないしただの銅貨呼び、大銅貨、銀貨、そして金貨と価値が上がっていきます」

「一般に出回るのはせいぜい銀貨までらしいお」

「屋台で銀貨出したら扱えないって断られただろ。常識的に両替商で崩して来てくれだとさ」


 業物わざものと評価されたパイクやランスのお代には金貨まじってたなあ。


 高級武具のスタンスを現代日本の高級車あたりと思えば、金貨は三桁万円くらいの価値になるのかも?

 とはいえ現在の段階で集まっている価値の目安についてはマチマチ。

 これは物価を単純比較できないからしょうがない面もある。


 お金の話題から、例の武具買い取りでもめてた一件のその後も。


「説教部屋で厳重注意、まではわかるんだが」

「ワイロの拒否自体はセーフらしいんです」

「貴族をバカにした言動がアウト。買取に出してた武器没収で、それでもまだ『寛大な処置』だとか? 怒り狂ってたお」

「売り言葉に買い言葉とはいえ、両成敗ですらないとはなあ」

「いや、お貴族様的にはメンツを傷つけられてるのに引き下がらざるを得ないというのが痛み分けクサイ」


 事の顛末は速やかに拡散しており、以降、現地の人と僕らとの間に一部ピリついた空気があるっぽい。

 あんなのは例外と思いたいが、貴族かあ。

 誠意という名の文化的例証を試みた僕の関わった人たちは、みんな笑顔でむしろ馴れ馴れしいくらいまであったんだけどなあ。


「『心付け』・『誠意』は社会の潤滑油だと、君は言うんだね」

「そういう習慣の社会に、現代日本の『お客様感覚』『サービスは当たり前』を求めても、衝突コンフリクトするだけですしおすし」


 お客様は神様です。

 じゃけん、神殺しの英雄に俺はなる……は悪質クレーマー対策だけど、『買ってやる』『売ってやる』など互いの意識の違いはもめごとの種。

 現代日本での当たり前意識は、早いうちに捨ててしまうのが吉だと思うのです。


 這いつくばってへりくだれ、搾取されろって意味ではなく。

 文化の違いなんて、それこそ欧米だろうが東南アジアだろうが、異邦の地を訪れるときの注意事項として受け入れるものではないですか。


「ふむん……」

「チップに妥当な額って、また課題が増えました」

「こういうのは凡例積み重ねるしかないだろ。手持ちに余裕のある人、検証ヨロ」

「おっさんばっかりなんだよなあ。綺麗なおねぇさんにならチップ弾むのもやぶさかではないのに」


 いっそ清々しいよ、性癖を隠さないアニキ。

 そっと距離を取っても、いつの間にか雑談グループに混じっているんだよなあ。


 そしてまた、新たな騒ぎの気配が漂ってきた。


「掲示板ってなあ、えーと、ああいう、仕切り板みたいなの。その辺でいいから何枚か並べてくれと、それだけのはなしだ」

「はぁ、そんなもの何に使うんですか」

「何ってそりゃ、まずは伝言だな」

「伝言となると紙使いますよね。予算足りるかな」


 金髪逆毛の騎士服(サーコート)(男)さんが、黄色い腕章の現地スタッフと交渉というか、渋られている。

 これは介入しておくか。

 しがらみ無関係に、どこにでも顔を出し口を挟めるのなんて今のうちだけだろうし。


「紙と墨壺なら、素材として残してあったと思う。確認してからだけど、出そうか?」

「おう、助かる」

「はあ、紙はそちらが? では立て板はともかく、代書屋と読み上げ係を集めますので、はやくても明日以降になりますね」


 全身で面倒オーラをだされると、話を進めていいのか困る。

 本当に厄介事なのか、単にこのスタッフ個人が怠業なのか、判断しかねるのも困る。


 だがしかし、逆毛という自己主張激しいヘアメイクを選択した金髪騎士(ゴールドナイト)様は腕を組んで鼻を鳴らした。


「代書屋? 読み上げ? いらん。読み書きくらい誰だってできる」

「え!?」

「「え?」」


 スタッフさんの目が見開かれ、信じられないという言葉をかろうじて飲み込んだっぽい唇がタコ口になっている。

 僕らは何を驚くのという驚き。


「ああえっと、ともかく掲示板と机、あと糊を用意していただけますか?」

「は、はぁ……」


 足元をふらつかせながら冒険者ギルドの建物に向かうスタッフさん。

 どれだけショックを受けているのか。


 にしても、代書屋に読み上げ係かあ。

 武具の買取窓口の髭のおっさんも言っていた『読み書きのできるエリート』と併せて考えれば、ご当地では文字を読めない書けないのが普通にあり得るんだろう。


 なので、伝言を書くための代書屋に、それを常駐して読み上げてくれる人が必要になる。という判断だったのか。

 うん、ものを書くための筆記用具の手配からなにから、ひっくるめて凄く面倒くさいですね。


 後に知ったことだけど、告示や通達みたいなものの読み上げ係というのは比較的メジャーな職だそうだ。

 頼まれて読んで、手数料を取る。代書屋と兼業するケースも多い。


 冒険者ギルドの場合は、身体欠損などで引退した元冒険者を採用するなどしているとか。

 ただし、文字が読めて、相談に応じられる、それなりの人格者であることが絶対条件。


「助かったぞ、礼を言う。俺は元【アークエンジェル】のジルゲームス、見ての通り騎士だ」

「僕はランド。こちらこそ、相方とどうやって合流するか悩みどころでしたから」

「カーソル合わせりゃ名前が浮かぶってんならともかくなあ」


 掲示板や物書き台なんかの準備にどれくらいかかるかわからないけど、倉庫列もだいぶはけていたので、とりあえず次の処分セットの帰りに紙と墨壺を持ってくると言って別れる。


 また来たよという顔をされながらイチゴを渡して査定待ちをしていたら鐘の音が響いてきた。

 太陽も高いし、昼の合図?

 意識しちゃったら、お腹がすいているような。


「昼に、お勧めってあります?」

「んー、俺は『心付け』もらった時に串焼きかじる程度だなあ。昼をがっつり食えるほどいい御身分じゃねーのよ」

「そっかー。じゃあ、これで皆さんの分ってことで足ります?」

「催促したみたいで悪いなあ」


 カウンターの上に置いた小銅貨数枚、何気ないしぐさで手品のように消える。

 ちっとも悪いと思っていない笑顔が素敵ですね。


 広場を囲む各種買取窓口と屋台集団。建物店舗でも食事出してるようだけど、とりあえずぐるりと一回りする覚悟で話に出た串焼きを探してみる。

 かぐわしきお肉の匂いをたどって発見です。


 1本粒銅1。

 けっこう食いでがありそうなので2本だけ。容れ物や包みはないので手に持ちながら歩き食い。

 お行儀の悪さをワイルドとごまかす。


 味と肉質は……豚っぽいけど、焼きたてだから野外だから納得するという程度。

 臭みと筋がねえ。日本人な贅沢舌も矯正しないと、この先苦労しそうだわ。

 串はポイ捨てする人もいたけど、抵抗感があるのでサイドポーチから紙を取り出し包んでしまう。


 噛み応えたっぷりで顎を酷使したせいか、2本で満腹感を覚えてしまった。

 神様のくださったスリムボディにあわせて胃袋も縮小しているのかもしれない。この感覚を大切にしないと。


 この世界だと、たくさん食べられる、太れるのが社会的地位(ステータス)の可能性もある。

 だけどまあ、経験者として言えば、デブでいいことなんて一つもない。


 そんなこんなで遠目にも人が集まってトンカントンカン大工仕事をしている一角に到着。


「本格的に作ってるんだ」

「俺も驚いたが、出来物なんてないから作るんだそうでな」


 金髪逆毛のジルゲームスさんが腕組みをして見守る姿はまるで現場監督のようである。

 いくつか並べられている机に紙束と墨壺を置いて、腕組み監督の了承を得て、物資提供者の特権として最初の伝言を書く。


 ペンがなかったが串ならある。捨てずによかった代用品。

 書き心地? 気にしてられるか。


 糊をもらって、生まれたばかりの掲示板の左上隅にペタリと貼り付け。


【ランドからルピスへ。昼・夕このあたりに出没予定】


 続いてジルゲームスさんも書き書きぺたぺた。

 2枚使ってど真ん中占領とは、自己主張激しいな、おい。

 用途を察したのか、転生者たちがポツポツ集まり、思い思いの文言をペタペタと貼っていく。


「……大震災の時を思い出す」

「ああ、お前もか」


 金髪逆毛の腕組み仁王立ち。だがその目はどこか優しかった。


「植物紙とはいえこんな大量に……!? これは、あなたがたの文字ですか!!」

「ん、そういや日本語も使えるのか。現地語も読めるから違和感なかった」


 言われてみれば、掲示板のメモ、日本語と現地語で半々くらいになっている。

 掲示板事業担当になってしまったらしい現地スタッフさんが引きつった顔でタコ口をしているが、なんかもう、それが地顔に見えてくる。


「紙も墨もまだあるんで、適当に補充します」

「頼む」


 相方が転生を選択したのならば、伝言という手は打った。

 残りの生鮮食品の量を思い浮かべてげんなりしつつ、倉庫と買取窓口の往復ロードに復帰……のまえに、食べれば出る。リアルな現実である。






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