1日目の③.文化的コンフリクト
剣と羽の紋章を掲げる、冒険者ギルドを称する建物の壁に並ぶ扉がある。
先達の姿を見ていた限り、扉が開かれたあとは黒いのっぺりとした平面にしか見えないが、彼ら彼女らはその中に消えていく。なかなかにシュールな光景だ。
個人専用ワープゲート的な仕組みなんだろう。多分、きっと。
そして、僕の番。
大きく息を吸って身構えたのは、未知への恐怖か挑戦の気概か。
気合を入れて踏み込んだマイ倉庫内は、謎の光で照らされていた。
ここ自体が謎空間だし、魔法やら神様やら、もう、そういうことですべてを納得するしかない。
さて、この世界の人間の神様、転生のお誘いに、スリムなお腹、コスプレ服をくださったことには感謝しています。
でも、裸足はさすがにどうかと思うの。人間だもの。文明人だもの。みつを。
というわけでまずは靴だ。
倉庫内、種類別・装備別に整理されているおかげで物自体はすぐに見つかった。
インベントリのリストとして眺めるのと、棚にずらっと並ぶ靴靴靴な光景を目の当たりにするのとでは、印象がまるで別物です。
「目立つのもなんだし、レアものは避けて……」
サンダルを取り出す。
これだって、『+10消音のサンダル』のタグのとおり、限界まで強化し【消音】を付与したサンダル……なんだけど、タグ外したら、もう見分けつかなくない?
サブカルあるある、【鑑定】スキル持ちが圧倒的情報アドバンテージで無双するって、そりゃそうだわ。
自分だけがさまざまな情報を読み取れる、物の価値がわかるって、無双できない方がおかしいよ。
とりあえず『+10消音のサンダル』タグはもちろん、他の装備についているタグもなくさないように、混ざらないようにしないと。
靴の次に確認したのは拡張バッグ。
Lv80以上のキャラがクエストで作成可能だった、譲渡不能・キャラ固有アイテムで、効果は所持量の増加。
職別でタイプが違うバッグになり、プリだと小物入れ。
名前はサイドポーチだけどウエストポーチにしても問題ない。腰にまいてベルトを調整する。
「うほっ、なんか気持ち悪いなこれ」
お金袋入れてみたところ、バッグ内に突っ込んだ手ごと縮小……したように見えてビビる。
袋の口より大きなものも、うにょんという感じで収まってしまう。
「謎空間ですねぇ」
どうせ原理はわからない。便利ならそれでいいのだ。
LLO時代はタイプによる性能差はないフレーバーだったが、現在はどうなのだろうとあれこれ突っ込む実験タイム。
およそ見た目の5倍くらいの容量。重さも軽減(1/5?)されるっぽい。
「となると、手周りをサイドポーチに。運び出したいものは背負い袋と肩掛け鞄で分担か」
腰にはサイドポーチ、背にはバックパック、さらにショルダーバッグをたすき掛け。
もう1個ショルダーバッグがあればフル装備シェルパを名乗れたのに。
便利品なので当然8キャラ全員クエストを行い、手元に8つあるけれど、職別の悲しみで一番容量の少ないサイドポーチが4個なんだなあ。
LLOでは譲渡不能だったけれど複数装着できちゃってるし、他人でも使えそうな予感。
もし買い取れるなら増やしたいもの候補にメモ。
といったところで準備整いまして、いよいよ倉庫整理のはじまりです。
生鮮食品類の処分は確定として、なるべく見ないように目をそらしてきた物体に向き直る。
「どうみても物干し竿です、本当にありがとうございました」
名称は歩兵槍、長さ5mクラスの棒きれ4本。
さらに、名称は騎兵槍くんは、パイクさんより長いですねえ。
槍騎士装備の名残として火・水・風・土の4色パイクと、光・闇ランスで6属性揃えてきたけれど、こりゃあ冒険者が使う武器ではない。
ファランクス組むような歩兵のためのパイクと、お馬さんなりの騎乗獣あってこそのランスだよ。
一番足が速そうなイチゴを、収められた木箱ごとバッグに詰め込めるだけ詰め込み、おっかなびっくりパイクを抱えて倉庫を出ると、引きつった顔で石突を避けるご同輩たち&現地の係員さんらしき人と目が合った。
「あ、すいません。コイツの買取ってどこになりますか?」
「ご、ご案内いたしますぅ」
ありゃあねえとか、マジかよとか、やべぇ俺も持ってるとか。
そんな呟きを背負いながら剣の意匠を掲げたカウンターに案内されたのでした。
「……業物じゃな。そのうえ火属性付与か。他のも何か付与してあるな?」
「基本4色でセットですね」
パイクの一本を手に取ってためつすがめつしていた髭のおじさんが、大きく息を吸い、そして吐いた。
「このクラスになると王室管理だろうが、集まり次第では払下げもあるかもなあ」
「買えるかよ!」
「いや、親戚回って……持ってるだけで自慢できるシロモノなんだろ?」
見物(?)なのか、興味津々に覗き込んできていた兵士さんたちが難しい顔をして相談しあっている。
「こんなブツを何本も持っているとか、さすがは神託の冒険者なのか……」
「そのあたりは人によるとしか。僕は(複数職プレイでコレクター気質もあって割と物持ちだけど)、さすがに使えないと判断して売りにきたわけで」
「本命の商売道具を売る馬鹿はいねぇわなあ。もうちょっとだけ待ってくれ、4本全部みちまう」
たっぷり時間をかけてねぶるように確認し、ようやく満足したのか丁稚っぽい小僧さんにペンとインク壺を持ってこさせた。
「俺は鑑定書書くから、金の用意しとけ。袋ごと持ってこい袋ごと」
「鑑定書?」
「これだけの業物になるとな。鑑定書付けとかないと、価値がわからん奴が困るだろ」
まさに、申し訳程度のタグをなくしたら、どれがなんの効果を付与したモノなのか、わからなくなりそう問題を抱えています。
「鍛冶師には、武具の品質・性能を見分ける鑑定眼、いわゆる【武具鑑定】ってスキルがあるが、それでも目利きってヤツは年季がいるからな。
お前らもよくみとけよ。目と手を肥やさないことにはスキルだって頼りにならんぞ」
スキルも万能ではない、か。
とはいえ鍛冶師ならば【武具鑑定】が効くかもしれない。有用情報ゲットですね。
「はぁ!? ワイロ渡さないと手続きしない?」
「貴様ごときには過ぎたるモノ、騎士団が召し上げてやろうというのだ。『謝礼』は当然であろう」
「ざけんなよ、んなら売るかよ」
「すでに手続きは進んでいるのだぞ。これまでの手間を無為にするつもりならこちらにも考えがある」
「こちとら商売道具を善意で譲ってやろうかってナシだ、召し上げだぁ? ざっけんな!」
お隣の買取カウンターでの騒ぎに、周囲の注目が集まっている。
黄色い腕章の現地係員はおろおろするが、元プレイヤーたちは遠巻きに成り行きを見守る構え。
そう、鋭い目つきでね。僕ら、情報に飢えているからね。
鑑定書を作成中の髭のおじさんに小声で尋ねてみる。
「……ワイロ、渡した方いいの?」
「言い方。『心付け』なぁ、くれるならもらうが」
「あっち、もめてるけど」
説得なのか、係員から耳打ちを受けていたお隣のご同輩が素っ頓狂な声を上げた。
「チップ文化ぁ?」
ん?
チップって、接客業で従業員のサービス意欲高めるためと称して基本給抑える施策だよな。
「あーつまり、俺からワイロ取らないと生活できないくらいの薄給貧乏だってんなら、多少恵んでやってもいいが」
「おのれ言うに事欠いて、無礼打ちにしてくれる!」
どったんばったん大騒ぎになっているんですが。
事の焦点となる二人を引きはがそうと係員と兵士が入り混じって人の塊ができ、それを遠巻きに見守る元プレイヤーたち。
元プレイヤーサイドとしては、今のところはまだ事態の推移を慎重に見守る段階ということで、パイク4本分の代金を数えてくれている小僧さんに意識を戻す。
「そのへん、どうなんです?」
「受付業務っちゃあ、身元のしっかりした信用できる人物かつ読み書きもできるエリートだぞ。すくなくとも冒険者ギルドでは。世間的には高給取りの部類だ」
売り言葉に買い言葉とはいえ、おかげでわかることもあり申す。
見知らぬ同胞には感謝を。感謝だけなら身体も懐も痛まないのが素敵ですね。
「じゃあ、やっぱりアレって」
「……騎士団の、『リベート』要求は有名ではある」
「役人様の腐敗は世を問わず、か」
「はっ、神託の冒険者様の世界でもかい。所詮は人間つうことか」
お盆に盛られた硬貨から、多分銀貨だろう、黒ずんではいるが鈍い輝きを放つそれを1枚つまみ上げ、カウンターの上に置いた。
「じゃあ、このくらい?」
「多すぎる。俺の組の飲み代で充分だ」
髭面を微妙に歪ませて、カウンター上の銀貨をお盆に戻すついでに、大きめの銅貨を2枚つまみ取る。
「武具の買取なら俺んとこにこい。余所いくんじゃねえぞ」
「次はランス2本だよ」
『誠意』の効果は覿面ぽい。心のメモ帳に記載。
大きめの銅貨2枚の価値は、5~6人の飲み代に相当?
お盆のお金を種類別に腰のポーチ内の小袋にしまう。飲み代かけるところの……たくさん。
大小の銅貨同士や銀貨や金貨の両替レート知らんもん、計算できへんわ。
買い叩かれたわけではないようだし、正直ですね、LLOから現地通貨にコンバートされたのがですね、金貨みっちり袋幾つあるんだろう状態なので、細かく数える気になれないと言いますか。
かかった時間のほうが痛い。
バックパックとショルダーバッグに詰め込んできたイチゴを売って、また倉庫に行って詰め直し、ランスを持って……今日中にどこまで処分できるのだろう。
ええそうですね。
すべては貯め込み癖と持ち込めるものは持ち込むなどという決意のせいですね。
「雑談してたご同輩、『ざまぁ』はここにあるよ」
セルフざまぁを心で嘆きつつ、係員さんに次なる買取窓口に案内してもらい、小さな銅貨をスッ。
笑顔が眩しいですね。