13日目の①.スラムと自警団
一人寝も三日続くと慣れてくる。
というより、その前数日が僕の人生的には異常だったわけで。
しっかし、部屋が広場に面していることもあって、一晩中物音が聞こえてた。
夜の闇は怖いし手元足元もおぼつかなくなるし、起きてて扉あけてやらなきゃならないのってことで、新同居人たちには作業を打ち切らせたけれど、人が減る夜に勝機を見出すのは理解できる。
微妙に睡眠不足なのだが、気の乗らない時にはさらなるダウナー要素も追加でドンてなわけで、リビングでは、はなさんのお説教が行われていた。
「あなた方は元は男とは聞きました。ですが今は女なんです。下着でうろつくなど恥知らずな真似はやめなさい。それともあれですか、うちの人に粉かけるつもりですか」
「いえ、そのようなことは」
「だまらっしゃい!」
TSシスターズ、男感覚が抜けていないのか、同室4人同事情ということで緩んでいるのか、寝起きに下着でうろついて奥様につかまったようだ。
……あー、これも家主の仕事なのかなあ。
「はなさん、お叱りは伝わっているようですし、そのへんで」
「ですがねえ、年頃の女なのですから、嗜みってものをですねえ」
「ええまあ、見た目は年頃の女の子で、だから下着のままでいられると、僕も困るんですわ」
上はスポーツブラ的な、下は男も女も共通の両サイドをひもで縛るだけの一枚布と、色気はこれっぽっちもない下着だが、一般に肌面積の広さはエロスゲージを押し上げる効果があり。
まあ、エロとは肌面積ではないとは、絵師界隈における反省も篭った格言なんですけどね。
だいたいが、僕はモロよりチラリ派ですしおすし。
「あらやだ! んもう、駄目ですよ。ランドさんにはルピスさんにシオさんと、すでにお二人も相手がいるんでしょう」
「え!?」
「ルピスっちも!?」
延焼確定。
善意の第三者って怖いわぁ。
視界の端のルピスどんの渋い顔から眼をそらし、天を仰ぐもそこは天井。狭い世界で生きてます。
失言に気づいてそそっと撤退したはなさんから解放され、反動もあってかTSシスターズがルピスどんを壁際に追い詰めている。
僕とルピスは、いわば事故からのなし崩しだけど、彼らというか彼女たちが女として生きていくなら避けて通れない話題でもあるわけで。
下手に介入するのもどうなんだろうと迷ってしまう。
そんなルピス1対4の劣勢にシオが加勢するかと思えば、なんか空気が妙です。
「偽マジカル☆珍宝ですって……」
「ステ補正にそんな効能が……」
「あたし、気になります!」
「実際、イイのか?」
チラチラッとこちらを窺われても困る。
同居人と打ち解けるのはいいのだけれど、矛先を押し付け合っているだけのような気がしないでもない。
「あのさ、まずは服着てきてくれない? ムラムラしたら襲っちゃうかもよ?」
「「「キャー!!」」」
「お、おう。すまなかった」
頭にはまだ分別が残っているようだ。
が、他の三人はダメかもしれない。
思考が、心が、身体に引きずられる感覚があるとはルピスの談だが、あいつら確実に女性化してきてるんじゃないか?
ああでも、狐子のわざとらしく胸を両腕で隠しながらこちらを窺うさまは、いたずらを仕掛けている男子高校生っぽくもあり。
そんな、外見的にはラッキースケベ事案にもかかわらず、僕的にはちっとも嬉しくない現実を経て、外見を整えた9人がリビングに再集合した。
「倉庫からの持ち出し、終わっているのは夫婦組だけだっけ?」
「あたしは終わってるよ」
エルフ耳が特徴のハンター娘は、ハンターとアーチャーしかやっていなかったため荷物も少ない。
拡張バッグが小物入れしかないので運搬に手こずっていただけらしい。
「俺ももうちょっとで終わるな」
「わたくしはまだかかりますわ」
「ボクの場合は在庫量そのものよりも、持ち出せる、運べる量がネックなんだよ」
「それなー」
つくづく神様倉庫の本人しか入れないは、最高のセキュリティかつ解消できないボトルネック。
「じゃあ今日は、俺とメルリクで組もうぜ。サブ職迷ってたの、決まったか?」
「ん~、あたしはエルフっぽく森弓レンジャー的なイメージでいくのは決めたけど、弓重ねでアチャってのも安直じゃね……なのじゃってところ」
「スキル効果やシナジーが検証されてないからねえ」
「それなー」
決めちゃったものは変更できないから、いまさらどうしようもないけれど、転生後でも後付けできるって知っていたら、サブ職空けてきたもんなあ。
サブ職迷い中はシオも同様。
非接近戦で弓系か、僕らにならってプリーストか。
「決めきれなくても、バザーでスキルブック貰っておけばいいさ。無くなってからじゃどうしようもないからな」
「そうですわねえ。興味のある職は押さえておいた方がよろしいですわ」
「俺の用事とスキルブックの確保がすんだら、あちこち見て回ろうぜ。ようやく落ち着いて眺められそうだ」
「ラジャ……わかったのじゃー」
うらやましい。
その視点を未だ持てない我が身なり。
元老夫婦組は好きに動いてもらって構わない。
僕らは相も変わらず運び出し。
そう決まって動き出そうとしたのだが、ちょっとむくれ気味のルピスがぐずっている。
僕が、TSシスターズの襲撃をスルーしたことに思うところがあるらしい。
でも仕方ないじゃない。あの場で僕が行っても燃料追加投入で爆轟起こしかねなかったじゃないか。
「それは……そうなんですが……」
「ランドさんは、女心がわかってませんねえ」
「それも……困るんですが……」
なんのかんのと、ちょくちょくシオに刺されている気がしないでもない。
「ともあれ、先に、これお返ししておきますね」
「あ、私もです」
『プリンセスティアラ』に『プリンセスコロネット』。
ルピスはともかく、頭上に載せてはしゃいでいたシオには少々警戒もあったけど、帰ってきたから良し!
けどなぜか、シオとルピスどんとの間に気持ち距離があるような。
「……身の丈に合わないモノ見せびらかしてるとこうなりますよって、棒を喉元に当てられてて、それで肝が冷えました」
「ルピスどん?」
「『ヒーリングロッド』、LLOでの分類上は杖なんですけど、いわゆるワンド、指揮棒タイプなんですよね。ロッドって名前のくせに」
「いやそうじゃなくて」
「鴨葱。自衛は、避けられる危険を当然に避けることからです」
「「はい」」
緩みすぎてたか。
ルピスどん自身はなんとでもなる自信があったのだろうけど、シオまでは面倒見切れない。
一発、教育かましたってことか。
そういえば、昨晩は姫がすごく物欲しそうな目でみていたかもしれない。
クランルームのなかでさえ、危険が危ない!?
「まあそれに、日々の苦労への労いでしたら、高価なものでなくとも充分です。例えば服とか、服とか、服とか」
「そもそも貸しただけ……圧がすごい、圧が!」
それに、服と言われましてもご当地では布がお高いと。
買うなら払いますけど。
倉庫からの持ち出しではそれだけ迷惑をかけているとは思いますけど。
「あるでしょ、『夏のプリンセス』以外の女物。どうせ放置しても肥しですし、私たちにくださってもいいのよ?」
「2個セットでないから、ちょっと……」
「そこはほら、私たちで適切に分配しますので無問題です」
「です!」
こいつら、味をしめてやがる。
下着や布巾で理解させられている現地の布地の質より、職服や、スパイダーシルク製ワンピースのほうが肌触り良い。
元は1回限りの消費型イベントアイテムの服でも、リアル化した影響で消えてしまうなんてこともない。
『ストーンフィールド伯爵こだわりのメイド服』、『ストーンフィールド伯爵こだわりのメイド服(夏)』、『ストーンフィールド伯爵こだわりのパーラーメイド服』……
『夏のプリンセス』のように、全身の見た目を変えるイベント作成アイテム。
僕がLLOはじめて以降に行われたものに関しては、一通り作成し、記念で1着ずつ残していたけどさあ。
「メイド服かよ!」
「余りがあるならあたしも欲しいな……かもなのじゃ」
狐子はのけぞるが、エルフ娘は耳をぴくぴく動かす。
そういやLLO時代のキャラ数の影響で、職服2着しかないんだったな。
だが君にはやらん。やる理由がない。
「そんなー、なのじゃー」
エルフ娘さん、ようやく一人称が安定し始めましたが、語尾はまだ。
いわゆるスレンダーであってロリ体形じゃないから、のじゃロリ路線は無理があると思う。
早朝から少々騒がしかったが、ようやく朝ご飯を食べに出発。
粘りつこうとしたエルフ娘を頭にパスし、3人だけの……はなさん、今朝のことはもういいですから。まあ、とりあえず一緒にご飯でも食べましょう。
食後に別れるまで、完全に空気に徹していたとうごさん、さすがです。
公儀隠密設定は伊達じゃない空気っぷりでした。
もしやあれこそが、熟練の夫婦者で夫が身につける技能なのだろうか。
「ターゲットをとらない立ち回りって重要ですもんね」
「そうかな……そうかも……」
かがり火の後始末と新たな燃料補給であわただしい広場では、すでに倉庫扉前に待機列ができている。
僕らは朝礼を聞くけれど、無視しても別段とがめられることはない。
本日のご登壇は支部長アレクセイ・パーニン士爵殿。
やはり副支部長と交互にしたのかな。
一時預かりのちょっとだけ復活、寄宿舎の新規解放と続き、『勇者君』たてこもり事件解決への協力要請。というか、我慢してねが主旨だな。
朝の雑談メンバーでも特段の新情報はなく、今日も一日を乗り切ろうで解散。
夜通し動いていた人たちのおかげもあってか、倉庫前待機列、昨日よりは人出が減っているかも?
新同居人たちの多くは装備類を持ち出せたのか、あるいは諦める品との選別を済ませたのか。
順当にルーティンをこなし、鐘の音を合図にルピスたちと合流して昼飯を済ませる。
掲示板エリアでは、界隈の主【アークエンジェル】のジルゲームスさんと遭遇。
「【預かって】、【助けて】が目立ちます」
「取り込み詐欺がでそうですね」
「出るだろな。逆に、預けたのに返してくれないと言い張る詐欺もな」
うわぁ。
人の悪意は底なしですか。
「よほど信頼できる相手でもなけば預かれんよ。それならまだ、再販売を約束の上で買い取ってしまうほうがマシだ」
「質屋みたいなものかな」
「逆にレンタルという案も出たが、やるにしても、安物・数物でしかできんうえに身内限定と結論した」
例えば、LLO分類で短剣は多くの職で使いまわせたため、誰しも何本かは持っていた。
それらを集約し本数を減らして、使うときにレンタルできればどうよ的な。
「クラン持ちにして、個人は身軽に。できるならメリットはありそうだけど、使いたいときにモノがないでは意味がないんだよなあ」
日本の農家さんが、なぜ各戸別々に結構なお値段の耕運機だったり乾燥機だったりを揃えなければならないのか問題よねえ。
使用時期が被るというのが最大の問題なのだけど、そうでなくとも共用品というのは、自分の使いたいときに確実に使えるものではないのだ。
「個人間の貸し借りならともかく、クランの規模でやるには厳しいかあ」
「クラン持ちの装備は、レンタル云々ではなく所有権の関係でそうしているだけだからな」
オークションは、明日はさすがにやめようということになったが、今日はやらないといけない。
ジルっちと会場に向かいつつ、2つ目のプリンセス装備について、なぜか同情的な目を向けられた。
「まあなんだ。男って、大変だよな……」
「アラブの大富豪の教えは、役には立つけど真似しきれないアル……」
そういうことに、しておこう。
そういうことに、してくれた?
「自警団な、できることからはじめようと、うちを中心に2~5人組で不定期パトロールを開始した」
「不定期なのは、人員配置の問題?」
「人員問題でもあるが、定期巡回だとその瞬間を外せばやり放題なんてことになるだろ。いつどこでを不明にするという、苦肉の策だぞ」
「なるほどなあ」
まずは、見回っているぞ、人の目があるぞを誇示するのが優先か。
「巡回路を決めていないのも同様の理由だが、この特区の構造、地図を頭に入れるというのも目的になっている。
俺も自分の足で回ってみて初めてわかったんだが、ちょっと入ったとこの裏路地を占拠してそこに装備なんかを運び込んでる連中もいるぞ。
でかい建物の壁にとりつくように板立てかけたり槍を柱にテントはったり、戦後のバラックとかどこぞの公園のホームレスタウンとか、ああいう感じだ」
なお現地側としては、見守る構えで済ませているんだそうな。
用意した部屋が足りていない以上、いわばスラム化するのもある程度は目をつぶるしかないのだろう。
ただし、空地にテントなどは容赦なく追い出すとか。
予定の有る私有地(?)と公の路地では、対応が違うという感じだろうか。
「自分たちでなんとかしようとしている点は認める。当座の行き場所のないそういう連中を守るのも自警団の役目になりそうだ」
僕は、基本的に広場とその外周しか見ていない。
スラムだなんていかにもな裏社会、あいつが絡んでいないはずがない。
詳細な地図もつくってそうだし、買っておかないとなあ。
転生から13日目のこの日に関しては、ある一件以外はほぼルーティンで動いた。
すなわち倉庫整理の追い込みであり、生活雑貨の調達であり、同居することになった者同士での探り合や間合いの見極めといったことに、定例の情報交換。
まあつまり、事件はオークションで起きたんだ。




