12日目の①.逃れられない過去
朝、リビングには身体が痛いと呻く屍が転がっていた。
意外だったのは、昨日とは逆に元老夫婦組の始動が遅かったこと。
僕ら7人の前で自室から出ると、すぐにシャワールームに向かってしまった。
「俺は今、モウレツに後悔している。槍騎士なんてやるんじゃなかった」
「頭と姫はまだいいよ。ボクとメルっちはStr補正無いようなものなんだからね」
「せっかく頭からバックパック借りたのに、持ち上がらないとか……」
Str補正ナシは、つまり見た目通りの力しかない。
補正ありありだと、僕やルピスみたいにフルアーマード・シェルパ化しても動けるという、我ながら信じられない可搬力を発揮できる。
それもこれもみんな、神様の加護ってヤツのおかげなんだ。
赤毛のVit槍騎士娘、通称・頭にしろ、金髪縦ロールのAgi両手剣騎士娘、通称・姫にしろ、型は違えどStrは振る。
対する狐子とエルフ娘はメイン職にハンターを選び、ステ補正もAgiとDexを優先しているはず。
本人に確認していないけど、ハムのオーソドックスな型はそうなるから。
「すまんすまん。溜まっとった分はりきってしもうた。それにしても若い身体っちゅうのはええもんじゃな!」
シャワーから出てきたとうごさんの第一声に、濡れ髪奥さん赤面。
リビングに、ああ~という空気が流れ弛緩する。
「いやまあ、この身体になって、落ち着いて、安心して休めたのがなあ?」
「ええ、まあ」
「で、横に嫁がいるっちゅうたらこう、元気になってしもうたのじゃ」
9人中、純粋な女性はシオとはなさんだけ。男の事情ってヤツには理解が早い。
懐かしむかのごとき生温い視線がとうごさんに集まった。
「ちゅうか、ランド殿も溜まっとるんじゃないのか?」
「まあ、それなりに」
今度は僕に視線が移る。
現在、リビングにいる9人のうち、身体的な意味での男は、僕ととうごさんだけだからね。
なんと5人が元男の女体転生者だよ。
「もしかしなくても、俺たちお邪魔虫ってことだよな?」
「わたくしたちが、気にせずどうぞなどと申し上げるのは、違いますよねえ」
「なになに、ランドっちとシオっちってそういう関係?」
「ええ、まあ……」
口ごもりつつ応えるシオと無言を貫くルピスどん。
椅子の上に胡坐座りで身を起こしたエルフ娘が食いついていく。
「そっかー、男と女だもんなあ…ですものねえ! メルリクも興味はあるよ!」
「ランドっちめ、うらやまけしからん……かな。でもボクも今は女だし、彼氏なんてできたら応えちゃう?」
狐子は頭を掻きながら困惑気味。
そしてエルフ娘よ、自分の名前を一人称にするのはお勧めしないぞ。
創作物ならありがちなキャラ付けでも、リアルでそれをやると痛い子一直線だからな。実例は前世の姪。
それはそうと、いわば気の抜けない客を泊めている脇でハッスルできるかっていうと、無理です。
行為中から直後は一番無防備な姿で、暗殺・拘束のねらい目だそうだからね。
昨日今日の知り合いをそこまで信用できない、気を許せない。
逆に、ハッスルされるのも予想外ではありました。
ねえ、とうごさん?
「長く生きておると、都合の悪いことは聞こえない耳ができるもんじゃ」
「生活の知恵ですか」
「この場合は性活の知恵だな。性だけに」
頭は本当、中身おっさんだなってよくわかる。
緩んでいた空気が寒くなったのを幸い、真面目な話に切り替える。
「はなさんたちも頭たちも、今日も一日倉庫持ち出し?」
「わたしたちは、あと半日もあれば終わりますかねえ、あなた」
「そうじゃな。わしのほうはそんなもんじゃろ」
「俺はあやしい。下手すると明日に食い込む」
「わたくしもですわ……」
「ボクもだ」
「メルリクは後数回ですむかなって。元々ハンタとアチャだけだったからね」
結構ばらつきがあるが騎士娘2人はまあわかる。鎧は嵩張るもんね。
狐子はTS4人の中で一番高レベルだし、シンボルである狐耳って九尾の狐というBOSSのレアドロップだったはず。
自力入手にしろ購入にしろ、廃人ないしやりこみ勢に属していたのは間違いないし、自ずと倉庫の中もそれなりだろうと推定。
「そもそもの一回に運べる量がちっがーう。ボクのショルダーバッグ2個に満載にしても、頭たちのバックパック1個分なんだよ! 不公平だぁ」
「でも、満載にしちゃうと持てないんだろ?」
「そうなんだけどさー! あー、もう、もっとStr補正に振っときゃよかったあ」
したばたする狐子を頭なでなでで押さえ込んでいるのはエルフ娘で、わりといいペアなのかもしれない。
「カギの問題は、1階ラウンジか部屋前で帰り待ちすればいいのじゃろ?」
「では、手が空いた人は自由行動にしますか」
「わしらは夫婦でデートじゃな」
「まあ、おほほほほ」
文字通り若返った元老夫婦に水を差す気はないのでそういうことにして、一応、注意を一つ。
「変な人はいるから、最低でもペアで行動したほうがいいと思う。ついでに、何か面白いもの、美味しいものあったら教えて」
「おう」
「りょうかーい。メルっち、手が空いたらボクを手伝ってよ」
僕の方は、残すものの運搬と随時のカギ当番を今日もルピスとシオにお任せ。
倉庫待ちの人が予想外に多くならなければ、間に合うはずだったんだけどなあ。
朝食に向かう段階で、僕ら3人に、元老夫婦組、騎士娘ペアとハムペアに分裂、別行動に。
「これくらいの距離感が保てればいいんだけど」
「今夜から、また一緒に寝ます?」
「まだ無理でしょう……」
リビングで関係を公言したことでいわば公認となったシオがすり寄ってくるが、気を抜ける状況ではないし、コンドームさんも残りわずかだってば。
雑貨調達が必要なのは新同居人たちに限った話ではないので、ついでに探しますと元気はいい。
今日の朝礼は副支部長のホセ・ガルシア士爵殿が登壇。
支部長と交互にやることになったのかな。
一時預かり業務が早くもパンクしたことには、広場に落胆のため息が満ちた。
正確にはハコ切れでの受付停止。
預かり元の個々人を分けるためのハコがないと、ブツむき出しで取っ散らかって収拾がつかなくなるためやむを得ないだろう。
ハコの入荷次第再開というが、入荷、停止を繰り返すんだろうな。
次いで、建物は未完成ながら寄宿舎を順次解放するとのアナウンス。
雨が降ったら諦めてくれと、淡々と言い残してホセ士爵殿は去って行った。
「神様倉庫の存在期限、今日も含めてあと3日。ここのみんなの具合は?」
「自分の分は終わってるが、割り当て同居人の付き合いがな」
「追い込みの混雑が予想外。参った」
雑談メンバ内で、たてこもりを続ける『勇者君』に怨嗟の声がもれる。
ただでさえ大勢が倉庫に繰り出していたところに、兵士たちの包囲網が地味に邪魔になっている。
入庫はまだいい。出庫時に『勇者君』かどうか、じろじろと見られたり職務上の質問されたり。
「兵士さんはお仕事だから仕方ないんですが、それにつけても本当にバカには足を引っ張られますね!」
「本物は、予想の斜め上を行くって、こういうことじゃないだろ」
『予想は裏切れ、期待に応えろ』は創作界隈の格言らしいが、日常生活では予想通りに事が運ぶ方がいい。
心構えのあるなしは対応のゆとりを生む。どうしようもないことも、はなからわかっていれば諦めもつく。
「武具の一時預かりのパンクは、まあ、予想の範疇ではありましたねえ」
「ハコだって一朝一夕で作れる数は知れてるものねえ」
「寄宿舎も、20室だの30室だのでは、奪い合いだろ」
「焼け石に水でも、ないよりはマシだお」
僕らはクランルームを確保できたから、こうして雑談をしている余裕があるが、追い詰められると何をしでかすかわからないのが人間なのだと、『勇者君』が嫌な実例を示してくれた。
くれぐれも自衛注意と確認しあって別れる。
バザー会場こと職服交換会場改め不用品引き取り所改め委託品販売所のように移り変わりの激しい界隈にあって、掲示板も統廃合がされていた。
新しい分類は【メンバー募集・イベント告知】に、【アイテム売買】、【暫定相場表】と【情報共有】ときて、【その他総合ダム板】だけはソノママ。
このご時世ゆえ、掲示板に【メンバー募集】の貼り紙はほとんど残っていない。
残っているのもはがし忘れか募集者に問題アリか。
気になるのは【預かって】が散見されること。
「これはまた」
「まともに考えれば無理ですよねえ」
目新しい情報も、長居する余裕もないので僕は倉庫待ちの列に並ぶ。
ルピスとシオは途中まで一緒だけど、どうせ入れないから兵士包囲網前で分離。
入庫待ちの人のいる前で、何度も出入りはローカルな空気という名のマナーに違反するので、フルアーマード状態にプラスして無理やり抱えたバックパックという2+2で倉庫を出、半分をルピスとシオに預ける。
「様子見者の追い込みラッシュと、同居斡旋やギルド預かり、寄宿舎で動き出せたのと、人の動きがモロに被っていますよねえ」
「いっそ、夜も運びます?」
「いや、そこまではしなくていいよ」
なんだかんだといっても、夜は暗いのだ。暗闇の怖さは日本の比ではない。
というか日本が平和すぎ。
夜に女性が一人で出歩けるって、なんだよその治安の良さは!
入庫待ちで時間がとられるため、死んだ目のスワティ嬢とその仲間の2人もよく見かける。
多分、あっちから見ても僕らは同様に見えていたのではないだろうか。
「やあ、ランド君も貯めこんでいたようだね?」
「製薬は自家用程度ですけど、素材放り込んだままだったせいでこのざまです」
僕もLLOでは錬金術師キャラで製薬もやっていたけれど、ランカー様なんかとは比較にならない小者なわけで。
「こっちで製薬は?」
「サブに薬剤師つけてないんで、無理だと思います」
「ならさ、そのうちでいいから素材をひきとらせてくれないか。
部屋を確保できたことは幸いだったが、倉庫垢の分も併せて収まらん。悔しいが結構な量を処分せざるを得ない」
すげぇな、さすがランカー。貯め込みの桁が違いそう。
「横流し了解。ただ、装備と同じで、再入手の難度次第なんですよね」
「そこがねえ。どの素材はどうだ、とは教えてくれんのだ」
「言って抱え込まれるより、買い剥ぎたいところでしょうかね」
「理解はできるが、情報がないせいでいいように操られているようで、気に食わんのさ」
伝手を作ると同時に、先々で卸すにしろ、当座は処分するにしろ判断材料を確保しないと話にならない。
情報交換よろしくとお願いすれば、友好的互恵関係を築きたいのは同様らしく、了承の意を示した後、スワティ嬢は天を仰いだ。
「こんなことならもう少しStrやVitに補正を振っておくんだったと後悔しきりさ。
ランド君たちは見るからにプロの荷運び人だが、結構振ったんだろ?」
今は控えめだけど、最盛期の僕とルピスは、背にバックパック、身体の両側にはX字にたすき掛けしたショルダーバッグだもんねえ。
単純見積もりでバックパックの見た目容量の10倍、荷馬車に匹敵する運搬量だと自負しております。
意外なのは、スワティ嬢、8キャラ全員をLv99にさせていたわけじゃないっぽいこと。
であったなら、全部のステ補正を極にできたはずだから。
製薬ランカーという廃人よりの立ち位置にいたとはいえ、やり込みの方向性が違うだけのヘビー・プレイヤーの範疇の人であったのだろうか。
現在のステ補正は、製薬としてDexは当然極だろうけど、Lukがなくなった分は……サブ職次第かな。つまり、わからん。他人のことだし。
「なんにせよ、僕らの倉庫の中身は、逃れられない過去ってことですね」
「違いない。過去を否定する気もないがね」
ようやく順番のきた倉庫扉前で、じゃあ、と手を振りあって別れる。
ルピス・シオ組に預けてクランルームに残す分と、僕が関西弁風商人に押し付ける分、詰め込めるだけ詰め込んで倉庫を出る。
もはや惰性と意地でくり返している作業だけど、手間を嫌って抱え落ちを選択した人がいてもおかしくない。
ていうか、絶対にいるだろうなあ。




