10日目の③.劇物取扱注意
「現実逃避してないで助けてください」
「ほへ?」
ルピスに肘でつつかれて顔を上げると、部屋にはいつの間にか4人の女性が並んでいた。
事前説明では確か、ルピスの知り合いってことだったけど……
「あー、この4人の中では俺が代表なんで、挨拶させてもらう。
俺はアルベルト。アルベルト・フォン・エスターライヒ。嫡男不在の家で男装し男名を名乗って戦場に出ていた女騎士、という『設定』だったんだ……」
「『設定』かぁ……」
才女さんたちは目を白黒させているが、うん、まあ。
代表は赤毛の女騎士服、隣に金髪縦ロールで碧眼のこれまた女騎士服。逆サイドにピンとたった狐耳が特徴のハンター服に、エルフ耳のハンター服。
騎士娘・騎士娘・ハム・ハム。
なんかもう、見ただけで『設定』てんこ盛りっぽい雰囲気がひしひしと伝わってくるラインアップですね、ルピスさん!
どうしたんですか、ルピスさん、死んだような目をしてますよ!
わしらの公儀隠密設定の方がエッジ効いてるよな、なんて聞こえない。
「えっと、すいません。内々の話をしたいので、少しの間、部屋の外で待ってもらえます?」
「あ、はい。これは気がきかず失礼いたしました。アルカン、行きますわよ」
「へい、お嬢」
なんと、腕まくり傷を見せつけおじさんの名前が発覚したが今はそんな事はどうでもいい。重要な事じゃない。
4人娘を対面の席に座らせて、仕切り直しだ。
「ルピスと知り合いってことだけど?」
「ああ、まずそこから話した方が早いな。俺たちは元男、いわゆるTS、女体化組ってヤツだ」
「……はい、相談会で見かけました」
「ルピス君の名前を出したのは、あれだ、一応は知り合いで嘘はないし、同じTS者として頼ったということでもある」
現時点でわかっている範囲では、元が女垢しかないと女、男垢しかないと男、両方あれば性別を選べた。
なので、望まぬTSをしてしまった転生者はそれなりにいる、らしい。
具体的にどれくらいの数になるかは不明。
例の相談会にも顔を出さず、誰にも言わずに抱え込んでいる人もいるはずとのこと。
あり得そうな話だ。
そしてTS者は、元男・元女の違いだけではなく、さらに細かく分派しているそうだ。
元男の中でいえば、現実を認められず、前世こそを現実だと言い張り帰還を目指す強硬派、もう一度生やすんだと再TSを目指す超ポジティブ派、しょうがないじゃない認めようこの姿で生きていくの現実派、さらには現在の身体的には自然だが元同性のパートナーをつかまえようぜなエンジョイ派などなど。
人間二人集まると諍い三つに派閥が四つとはいうし、そのへんはいい。
音楽性の違いによって分派したTS者のなかでも、目の前の彼ら……彼女たちは、個々の理由はさまざまだが、女として生きることを決めた一派に属するという。
「俺個人だと、身体が女なんだからしょうがないだろってな。まあ、そう簡単に納得できることじゃないだろうが」
そういう点でも、ルピスどんとは同派閥(?)ないし近い立ち位置にいるっぽい?
「クランルームを借りるために俺たちでクランをつくるつもりが、出遅れで部屋が埋まっててな。どうしようかというところに今回の話だ。どこかに空きが出るまでの間の間借りを希望する。もちろん、その間の家賃は折半する」
「やっぱり、装備の置き場所問題?」
「それが一番デカいな。落ち着いて過ごせる場所がほしかったのもあるんだが」
それでも場所を確保できないため、今日までの間に、装備を減らす努力はしたらしい。
しかし、泣く泣く手放した後、再調達できるアテがない以上、どうしても及び腰、と。わかる。
「それでルピスさん、こちらのTSさんたち、うちに間借り認めるの?」
「……受け入れないと、もっと凄いのを紹介されそうで怖いです。しかし、条件はあります」
元老夫婦とTSズで6人。この時点で僕らの倍だよ。
定員24人を半分にした12人の3/4。これ以上は無理って突っぱねても角が立たなそうな微妙なラインかな。
「はなさんたちもそうですが、家賃をいただくと、『払ったんだから居る権利がある』となってしまいます。だから要りません。
そのかわり、期限をきちんと切って守ってもらいます。具体的には転生から28日目まで。あと18日ですね」
28日、4週間というのは、この世界での1か月に相当する。
関西弁風商人のおいちゃんとの熱い語らいとか気になります譲調べとかによって、冒険者ギルドの設定している猶予期間が、だいたいそれくらいを目安にしていると把握している。
あと、そのあたりまでを目途に簡易宿舎の供給を開始するなど、冒険者ギルドの対策もカタチになりだすはず。
「あれだね、僕たちはあくまでも緊急避難として、冒険者ギルドの要請もあったから受け入れる、そういうスタンスだね」
今朝の話し合いでの落としどころがそこ。
無制限に受け入れ、無制限に居座り続けるられるわけにはいかない。
お金の授受はそのまま権利化するので、あえて受け取らないという姿勢。
「なるほど」
「そうであっても、ありがたい。神様倉庫の消滅前に装備品を持ち出せるだけでも当座の問題は解決する」
赤の他人でも、2週間強のホームステイを受け入れたと思えばまだ納得もできる。
受け入れが決まったので、元老夫婦も交えて諸注意など。
カギ、貴重品問題があるので、僕ら3人がいない間はクランルームに入れない・残らない。
シャワーやトイレは中に人がいないか確認してから。
ダイニングに置いてあるハーブティは飲んでいい。キッチンは半ば倉庫にしているので注意、立ち入りはなるべく控えること。原則として割り当て外の個室に入らないこと。
「盗みを疑われるような行動はするなということと、共同生活の注意じゃな」
「荷物の持ち込みはどうすればいい?」
まあ、それが一番関心のあるところだよね。
「カギを持っている僕、ないしルピスと一緒に行動するか、クラン会館のラウンジか部屋の前で待つか?」
「今日この後でしたら、場所と個室の説明もありますので一回倉庫に寄って、全員でクランルームまで行きましょう」
その後はルピス組と行動を共にするかタイミングを合わせれば部屋に入れる。
といったところで才女さんたちを呼んで手続きと、これ以上は無理と念押し。
「一応の知り合いとはいえ、事実上の赤の他人を、僕ら3人に対し6人というダブルスコア。わかっているよね?」
「はい。ただ……」
「わかっていますね?」
「……はい」
「わかったんだ?」
「……はい」
勝った。第三部完!
冒険者ギルド的にはあと3人は押し込みたいところだろうけど、それは断固拒否。
すでにダブルスコアだし、これ以上は拒否してもペナルティ事由にはならないよねという確認を兼ねた圧迫に才女さんは屈した。
もともと才女さん、自分の権限で7人になんて言ってたわけだし、1人差くらいはなんとかして。
例のごとく新しい切り口を見つけてくるならそれはそれ。
筋が通りメリットがあるなら、交渉は拒みません。ええ、交渉だけなら。
対話の窓口は開けてありますよ、と。
しかし所詮は撤退戦での局所的勝利。
望みうる最善からすれば大負けしてるのは僕らの側なんだよなあ。
才女さんたちが、冒険者ギルドがすなわち敵というわけではないけれど、こういう不愉快な指揮命令権を行使してくる組織であり連中だと認識できたことを教訓にするしかないだろう。
事情は分かるが、それはそれ、これはこれなのだ。
クラン員として登録するわけではないが、管理上の記録として残すため、暫定的に同一PTに登録することになり、全員の冒険者証を提示。
僕らのLvを見た狐子が「廃人さん……」と呟いて少しだけ揉めた。
要は2垢8キャラの育成度合いが現在のLvに反映されているだけで、2年ちょいやっていればオール・カンストはできる・できた。
廃人というのは、例えば架空の家族名義で4垢5垢当たり前の人とか、公認されていた2垢であっても2PC2キャラ同時操作という曲芸をこなす人とか、果ては4PC4キャラを同時に動かす一人軍隊で、掲示板ではそのおぞましき偉業を称えし『オクトパス』の称号で呼ばれた人とか。
「単にLvだけで廃人呼ばわりされると、なんかこう、本物に申し訳ない気がする」
「これが廃人の思考か」
「「だから違うって」」
さりとても、手続きは滞りなく済んだので、放心気味の才女さんを残して冒険者ギルドの外に出る。
彼女のケアは腕まくりおじさんがやってくれるだろう。
打ち合わせ通り、間借り人6人と倉庫に寄ってから、クラン会館事務室経由でクランルームへ。
シオにはルピスと同室に移ってもらい、空いた大部屋に全員入れるかと思いきや、元老夫婦からのダメだし。
「わしらこれでも夫婦者でのう、狭い部屋でいいので別にしてほしいんじゃ」
「わがまま言ってすいませんねえ」
TS者とはいえ、姿形は年頃の女ばかり4人。
居心地悪いだろうなあと、とうごさんの思いは魂で理解できたので異議申し立てを受け付ける。
というわけで、大小合わせて個室6部屋、全部埋まった。狭いほうの2つはすでに素材庫と装備庫(予定)。
改めて注意。
「貯めこんだアイテムは命綱。怪しいことしたら追い出す」
「ご懸念、理解いたしますわ。であるがゆえにこそ、わたくしたちを受け入れてくださったことに感謝いたします」
「追い出した場合、運び込んだものの返却は必要ないですよね」
「エグイなあ。ボクらが持ち込めば持ち込むほど人質とられるようなもんじゃん」
「でも他に手がないし、俺……わた……あちき……たちとしても『信じる』しかない立場なわけだ……よ」
軽口を叩く狐っ娘に応じるエルフ耳さんは、アイデンティティに苦労なされているご様子。
逆に金髪縦ロールはまあ、あからさまな姫だわなあ。善い姫か悪い姫かはまだわからない。
4人の代表として振舞っているのは赤毛の騎士娘だけど、Lvだけ見ると下から2番目というアンバランスさ。
リーダーシップとはLvではなく人間力ということなのかもしれない。
キャラの見た目でも20歳前後と4人の中では姫とならんで高めだし、中の人の元年齢も比較的高いのかも。
後はそれぞれ用事があるので、夕食は各自でとることと、暗くなっても倉庫前やラウンジで遭遇できなかった場合はすでに部屋にいるかもしれないと伝えて解散。
といっても倉庫持ち出し組は、つまり新たな同居人全員はルピスにひっついてぞろぞろ移動することになる。
夕の鐘を受けての掲示板チェックでは、拡張バッグの取引がさらに1件成立したっぽい。
どうやら、金貨30枚でラインができている。
金貨28枚と銀貨6枚でホールドのままだった僕は、提示額最下位に落ちていた。
自分も関わっておいてなんだけど、正直、これはバブル相場だと思う。買取の紙をはがし、ゴミ箱に放り込んだ。
ルピスとシオ、そして元老夫婦と合流し、屋台で夕飯をすませ、帰宅。
4人組とはクラン会館のラウンジで邂逅。
同居人紹介はうちだけの問題じゃないので、所在無げな顔がラウンジにあふれていた。
「シャワー、お先にどうぞ」
「うっひょーーー! こっちきて初めてのシャワーだぁ」
「ありがとうございます。……匂い、してました?」
金髪縦ロール姫へ無言の笑顔で返答。
全員揃ったリビングで、洗濯と干場、ゴミ箱、ゴミ処理について説明。あとは都度都度ということにする。
そして、就寝。
ルピスとシオは同室で、僕は今夜は一人寝で。
シオも含めて3人の僕らに、倍する6人もルーム内に入れたんだ。
無駄な疑い、杞憂であってほしいと思いながら、最悪の想定はしておかないといけない。
「部屋扉に」
「適当な箱よせ障害物」
「OK」
「OK」
クランハウスの間取りは、仕切り板という感じの木壁で声が通る。
自室にて『バニーさんのHB』を装着。意識を集中して【聞き耳】を発動。
……扉一枚、仕切り壁一枚程度だと、普通の声量でしゃべっている分には筒抜けだな。
狐耳とエルフ耳の子もいたし、当然に【聞き耳】が付与されているとみて相手も条件は同じ。
サイドポーチの中身をちょっと整理してから横になる。
人を疑うというのは疲れる。
気が重い。




