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1日目の②.神託の冒険者

 剣と羽の意匠を掲げた建物の前で、お立ち台上のおじさんは、僕たちの意識を十分に集めたことを確認して両腕をおろした。


「神託の冒険者諸君に告げる!

 ここはスタルティアがウルブ王国の王都ウルバリア。

 私はウルバリア冒険者ギルド、特区支部をあずかるアレクセイ・パーニン士爵である」


 曰く、僕らの出現は一年前の神託で予言されていた。

 ゆえに、『神託の冒険者』に備えて準備が進められ、王都を囲う壁の外に張り出す形で新たに整備した市街地が、ここ特区だという。


 なるほど、言われてみれば、広場を囲う建物は綺麗だ。

 風雪に耐え、生活で蓄積する汚れというものがほとんどない。


「諸君の身元、身分は、身につけた冒険者証が、ひいては冒険者ギルドが保証することになる」


 僕らの首からさげられていた長方形の金属板が冒険者証というものらしい。

 軍隊でつかう認識票(ドッグ・タグ)みたいなものだろう。


 まず剣と羽の意匠。

 おじさんの背後の建物に掲げられたものと同じとみて、これが冒険者ギルドのマーク、紋章エンブレムってヤツだな。

 『ウルバリアS』とか『F』とか、予想はできるけどとりあえず脇に置いて、『99』はレベルか?

 『ランド』は僕の名前、『僧侶プリースト』と『魔術師ウィザード』の記載もあり。


「当座は特区内のみで過ごしてもらう。特区外への出入りは時期を見ての判断となる」


 僕ら転生者、わりと人数がいる。

 少なくとも1,000人以上はいると思う。雰囲気的にはその数倍はいても不思議じゃない。

 それだけの人数を、いきなり現地社会に解き放つのはリスク高いよなあ。


「冒険者という身分上、市街での武装も認められてはいるが、特区内のみで過ごすのに重武装は必要ない。厳に自重されたい」


 持つとしてナイフ程度の軽武装にとどめること。持つなとは言わないんだ。


 当座は王国法ほかの処分については適用しないか甘めの対応となるが、罪は罪であること。

 そのあたりもからんで、冒険者ギルドとして僕ら『神託の冒険者』に常識を教える、意識をすり合わせるための講座を用意していること。

 および、各職ギルドも同様に職の説明やスキルに関する講座を用意していること。


「諸君らの出現と同時に、我が冒険者ギルドの建物の壁に幾つもの扉が出現した。

 神託に拠れば、諸君ら個々人の持ち込み品を収めた倉庫につながるという」


 倉庫!

 『インベントリ』も『アイテムボックス』も反応しないからどうなっているのかと。


「あれらの扉は開けた者本人のみが入れる一時的な空間につながり、14日間のみ存在するそうだ」


 え、永続じゃないの?

 マジ?

 困るんですけど?

 アイテム、大量に持ち込んでるんですけどお!?


「我らは神託で、食糧はじめ素材または武具などの買取を行うように命ぜられている。

 この広場を囲うように、買取窓口を準備中だ。それぞれの取扱い品については絵看板で目星をつけてくれ。わからなければ近場の係員に尋ねよ。買取以外のことでも、疑問があれば尋ねてよい。黄色い腕章が目印だ」


 そういや食料品は『持ち込み推奨』されてたな。

 絵看板は、つまりピクトグラムってことか。いや、グラフィック・シンボルだったか?

 こんなときなのに、こまけぇ用語が気になる。


「最後に、神託の冒険者諸君が、我が冒険者ギルドをはじめ、王国および王国の民にとって良き働き手であることを期待している。以上」


 おじさんが台を降りると、再び喧騒が爆発した。


「『神託の冒険者』だって」

「冒険者になってくれと招待されたわけだし、転生アフターフォローも準備してくれてるとか、まさしく神か」

「見ろよ、この人数だぜ。フォローなしじゃ王都とやら大混乱必至、そりゃあ出丸作って隔離もわかる」

「異邦人隔離区ということですね。いきなり現地人とは混ぜるな危険でしょうし」


 この場合、僕らと現地人のどっちにとっても隔離だし、保護でもある。

 しかし、何人いるんだろう。


「ざっくりで、3,000から5,000人ってところかなぁ」

「カウントに定評のある日本野鳥の会の人ですか?」

「いんや、最近はレーザーや顔認証でぱぱっと数えちゃうらしいから、野鳥の会ネタを持ち出す君はもしや同世代かな?」

「なんせ旧LLOプレイヤーですから。今となってはいい歳ですわな」


 年末の紅白歌合戦で野鳥の会の人が観客審査をカウントしていたのは1985年から1992年の間だけだという。

 その後と近年は、機械集計および野鳥は野鳥でもどこぞの大学の野鳥研究部だとかなんとか。

 ムダ知識(トリビア)を経由しつつ、『神託の冒険者』こと僕ら転生者の人数についても解説してくれた。


 引き気味ないし俯瞰視点が取れれば、両手の指でつくった四角形のフレーム内に何人いるかを数え、かけるところのフレーム総数で概算。


「ほら、あっちの倉庫扉に並ぶ行列の人数と、こうして情報収集のための残留組が同数だと仮定すれば、さっきの3,000から5,000人くらいなんじゃないかなーってはなしになるわけなんだ」


 公称300万人登録のMMORPGから、転生者が3,000人とは、多いのか少ないのか。

 オンラインゲームのアクティブユーザーなんて登録数の1%未満とは聞くし、例の招待状が届いたかどうか、転生移行用クライアントをダウンロード(DL)してまで、いまさらLLOに関わる気になったかどうか、最後にクーリング・オフで転生しないという選択。


「最後の最後で帰った連中の気持ちもわかるだろ」

「家族とか会社とか、責任あるとどうしても」

「僕は、先が見えてしまったからもういいやって」

「俺も離婚してからコッチ、パッとしなかったのが決め手だなあ」

「ただ、『今日から君たちには(魔物と)殺し合いをしてもらいます』てなわけでしょ、冒険者って」

「そう考えると、仮に3,000人だとしても、結構残ったもんだお」


 それだけの人間が、日本という国、周囲との縁を捨てたということでもある。

 人のことは言えないし、この場で話題にする気もないので意識を強制的に切り替える。


「身分『冒険者』というのが、私気になります。あと士爵って、貴族制ということでしょうか?」

「剣と魔法の異世界で王国だし、いわゆるナーロッパ想定でいきますか」

「幅がありすぎるだろ」


 社会制度なんて、僕らだけで話し合ってもわかることじゃないしね。


「この冒険者証、数字はレベル(Lv)ですよね。アルファベット一文字は?」

「ありがちなのだと、ランク。実力はSだけど面倒臭いのでBでいいですな俺はFランクだろ」

「ちなみにYOU、Lvなんぼ?」

「5ですけど何か?」

「戦闘力たったの5……」

「「「「言わせないぞ!」」」」


 この場に集いし面々は今さっきまで見ず知らずの他人のはずだが、なぜか息ぴったりでツッコム。


 なおその場にいた全員、『F』でしたが何か?

 Lvとは連動していないのか、単純に実績がないからなのか、はたまたランク制とはまた違う何かを示しているだけなのか。


「不自然な空欄もあるから、所属、LLOでいうクランとかPTパーティとかも載っかりそう」

「ステータス見れないのかなあ」


 たった数種類のパラメータで能力をあらわせるわけないじゃない?

 じゃあ、なんで補正なんて振ったんだ。


「軽武装に留めろとか破壊スキル使用の禁止とか、注意事項は当然で常識的だし、割と丁寧な対応に感じる」

「やっぱり、神によって招かれた『神託の冒険者』というネームバリューが効いているのではないでしょうか」

「わけのわからん異邦人を、隔離区内とはいえ自由に過ごせってんだお。配慮はされてると思うお」

「上げ膳下げ膳の勇者様ほどではなくとも、特別な召喚者ポジっぽいだろ」

「やはり『ざまぁ』要素はナシっぽいですねえ」


 若干一名『ざまぁ』にこだわりのある彼はともかく、総合的に、そう悪い状況ではないのだろう。

 講座とやらも用意されているというし、とりあえずの問題は、当面の生活。つまり、食事や寝床。


「先立つものは金だよな。多少持ち込めているはずだが、倉庫に置いてあるのか?」

「物価は調べていくしかないですね。買取のカウンターとは別に屋台も出ているようですし、お金を確保できたら行ってみます」

「神託から一年間準備してきたそうだが、数千人を食わすのは大変だからなあ。早急な食糧手当、持ち込み推奨はこのためだったか」

「ぶっちゃけ問題なのは倉庫だお」


 皆、多かれ少なかれ、持ち込み品がある。


 というかLLOにおいて武器防具、装備というものは想定狩場に合わせて準備する特化装備に行きつくのだ。

 必然、高レベル・キャラを扱っていた者ほど、複数の職を楽しんでいた者ほど、その倉庫には各種装備があふれている、はずである。


 僕?

 装備だけじゃなくて素材に関しても、残せるものはなるべく残そうなんて固い決意をしたような気がしますね。

 無くて後悔するより、邪魔になって後悔するほうがいいとか、誰かがほざいていましたね。

 うあぁぁぁぁ……


「14日間だお。その間に置き場所……住まい、部屋を借りるか何かで中身を移さないといけないお」

「常識的に考えて、まずは先立つもの、お金の確保。そのためにも、改めて処分できそうなものは買取に?」

「捨てるものなんてないある……」


 情報収集という名目で雑談中にも、倉庫扉に並ぶ行列は順調にはけていく。


 人が一気に集まって、なおかつ指示もなく行列を作るのは日本人か旧共産諸国人くらいだというジョークを思い出す。

 そういや、指示がなくとも最適に近い集団行動をとるというのは、オンラインゲームで日本人プレイヤーが不気味がられるネタでもあった。


 集団行動は、災害列島に住む者としての教育の賜物なんだけど。

 生き残るための知恵というか。


 なんとなく集って雑談していた僕らも、半分は社交辞令、もう半分は割と本気で互いの名前などの挨拶をかわし、やや重い気持ちを引きずりながら、倉庫までの列の最後尾に加わった。






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